表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第六章 水の都アルカディアへ
29/52

29話 天秤の鳥が告げる

「クイナ様、情報をありがとうございます。俺は自分の村に戻ります。必ず賢者を倒します」


「待ちな。なんでそうする?」


「クスハを救うためです。俺を掌の上で操って……許してはおけない。クスハが倒れる前に」


「その思考が良くない。私は本当のことを話しているけど、なんで私の情報が正しいってわかる?その勢いだけの行動で周りが見えなくなったんじゃないのかい?正しい情報をまとめて行動しないとつけこまれる。気持ちはわかる。しかし考えてから行動しなさい」


 エリックはハッとした。確かにその通りだった。クスハを想う気持ちにつけこまれた。

 冷静になれ。砂時計は今も終わりへと向けて砂を落としている。


「アルジャーノはおそらく君の村にはもういないと思うよ。ノーバイドに私がいることをアルジャーノは知っているだろう。だから私から情報が君に流れることも予想しているはずだ。それにアルジャーノ……賢者の姿は本体じゃない。変わり身だ」


「変わり身とは?」


「魔法で架空の人物を作っているんだ。本体を叩かないと倒すことは出来ない。私もアルジャーノの本体には出会ったことがない。そうなると当然、残酷なんだけど……」


 クイナは真剣な表情だ。真剣に考えてくれている。


「本体の場所の手がかりはない。残念だけど。ごめんね」


「本体を叩かなければならないのはわかりました。そして……俺はクイナ様を信じます!あなたは嘘を吐く方には見えない。信じます!だから、どんな小さな手がかりでもいいんです!!何かないのですか!?」


 エリックはすがるようにクイナに問いかけた。彼のクスハへの愛がそうさせるのだ。


「すまない……」


 クイナは痛々しい姿のエリックから目を逸した。ローエンとシノも無言だったが、エリックの心だけは痛いほど伝わってきた。


「なんでもいいのです!!なんでもいいんです!!」


 エリックの大声はテントに響き渡った。

 手がかりはない。アルジャーノの本体がどこにいるかは不明。

 どうすることも出来ない。薬師にも治せない。

 何故人が人から幸せを奪う?

 なんの権利があって?

 理解出来ない。

 なんのために?


「なんでもいいんだ!!」


 エリックは膝をついてしまった。

 その時、テントの入り口の方から何かが飛んできた。

 白い鳥。美しい白い鳥。ローエンと出会った時に遭遇した喋る鳥。

 美しい鳥は刃のように空を舞いエリックの肩に乗った。


「水の都アルカディアに向かいなさい」


 テントの中に響く美しい言葉を発した鳥。

 皆驚いた。特にシノは驚いていた。喋る鳥など見たことがない。

 さらに驚いていたのはクイナだった。


「天秤の鳥」


 クイナは立ち上がり一歩エリックの方へ踏み出した。

 鳥はエリックの肩から離れ、風のようにその場から去ってしまった。奇跡だけを残して。


「クイナ様、今の鳥を知っているのですか?」


 ローエンはクイナに尋ねた。ローエンも鳥の言葉を聞いたことが何度かある。しかし鳥の名前を知ることはなかった。


「今の鳥は神様の使いだ。人間に道を示してくれる鳥なんだ。導かれて幸せになる者がいるという話だ。天秤の鳥と呼ばれているよ。私も見るのは初めてだけど、言葉を喋る鳥は天秤の鳥以外にいない。神のお導きだ」


「水の都アルカディア」


 エリックは呟いた。


「行ってみる価値はあると思います。あの鳥は間違ったことを言ったことが一度もない。立ち上がりましょう、エリック。元気をだしてください。まだ道が残された。未来への可能性はあります」


「しかし、ローエン。皇帝の棺は無意味だったんだ。莫大な財宝は手に入らない。俺はともかくもうローエンが旅を続ける理由はないはずだ」


「そうですね。確かに私の理想は終わったように思えます。しかし私は諦めません。莫大な財宝を手に入れなくても、街を作ることが出来るかもしれない。何年何十年とかかろうとも絶対に理想を叶えます」


「応援している。ローエンなら出来るはずだ」


「私は貴方と共に水の都アルカディアへ向かいます」


「何故だ?」


「何故、ですか。それは見捨てておけないからです。短い時間でしたが貴方の人柄はわかった。情が移ったとでもいうのでしょうね。仲間が必要でしょう?アルジャーノを倒すために。一人より二人の方が勝率は上がります。それに私は傭兵の身分。貴方に雇われるという形でご一緒させていただきます」


「雇う……何を渡せばいいんだ?」


「貴方の彼女の笑顔を見ることが報酬です。我々は仲間の誓いをしたはずです」


 ローエンは言い切った。

 エリックはその言葉に深く心を打たれた。

 なんて優しい人間。

 自分では到底叶わないほど優しい。

 人間が出来ている。ローエンの人生がローエンを作り上げてきたのだろう。


「ありがとうローエン。本当にありがとう。行こう、水の都アルカディアへ。俺は幸せ者だ。こんな仲間に恵まれて。孤独な戦いだと思っていた。それが、こんなにも……」


 人間は一人では生きていけない。だから支え合う。そしてローエンの覚悟は無償の支えそのものだった。それがエリックをどれほど救ったか。


「アルカディアはノーバイドからずっと北だね。天秤の鳥のお導きだ。良かったね、エリック君。仲間にも恵まれて、まだ可能性は消えていない。絶対に諦めるんじゃないよ。応援している。シノ!」


「なんでしょうか?」


「エリック君達を支えてやってくれ。一緒に行ってやってくれ。シノの力があれば旅は楽になる。恩人には恩を返さなければならない。ノーバイドはもう大丈夫だ。後は私がなんとかする。旅に出てくれ」


「ぼ、僕がですか!?しかしクイナ様のお側にいると私は決めて……」


「もう私になんて義理を感じる必要はないんだよ。最後のお願いだ。アルジャーノを倒してくれ。エリック君を救ってやってくれ」


 頭を下げるクイナ。そうされるとシノは何も言えない。恩人の頼みを断れるものか。


「わかりました。エリック達と共に水の都アルカディアに向かいます。ただ、絶対に帰ってきます。僕の居場所はクイナ様の傍です。例えどんなに辛い旅でも」


「ありがとう。お前は本当にいい子だ」


 クイナは笑顔を見せた。クイナの前に並んでいるのはエリック、ローエン、シノ。

 三人で水の都アルカディアへ。

 道は途切れていない。

 鳥が運んできた僅かな希望を胸に進むことが出来る。

 エリックは一人ではない。仲間が出来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ