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アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第五章 バリアン遺跡の決闘
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26話 影渡り

 そして行動派の戦士たちはプレッシャーに押し潰されそうだった。特に次の出場選手のデルマは怯えに近い感情を覚えていた。短い茶髪の好青年だ。鎧は着ていない。


「負けるわけにはいかないんだぞ!!豊かな土地に移動するんだ。そうすりゃ生活は楽になる。弱いものを見捨てるなとかクイナは主張しているが、犠牲なんてものはいつの時代だってあった。人間は生きていく中で何かを見捨てなければ幸せになれない時期ってのがある。今がその時期なんだ!!そうだろお前達!!」


 ヴァルゴの喝。その言葉の力強さに行動派の人間は気合を取り戻した。

 歓声が上がる。怯えていたデルマも気力を取り戻した。


「ヴァルゴ様!俺やりますよ!我々の豊かさのために!」


「その意気だデルマ!負けるなよ!」


 行動派の者達はデルマに次々に応援の言葉を浴びせた。負けるな。頑張れ。幸せを掴むんだ。


 それをシノは観客の中から見ていた。次の出番はシノだがまだバリアン遺跡の中央には向かっていない。

 行動派の者達の様子をただ見つめているシノ。


「シノ、予定通りだ。終わらせてくれ」


 クイナがシノの肩を叩いた。その表情は少し悲しそうにも見えた。


「クイナ様、何故人は間違ったことを正義だと信じられるのでしょうか。何故人を傷つけるのでしょうか。行動派は自分たちが正義だと疑わない。僕は正義を信じていません。もし信じられるものがあるとすれば、それは人の強い志だけです。彼らに志はあるのでしょうか?なんの権利があって移住を望むのでしょうか。自分一人で勝手に出ていけば良い。それなのに仲間を作りたがる。他人に自分の理想を強要する。僕は悲しいです。だから戦います。悲しいから」


「それでいい、シノ。存分にやってきな」


 シノは深く頷きバリアン遺跡の中央へと向かって行った。


 シノとデルマが同時にバリアン遺跡の中央へと向かい、中央で二人は対峙した。

 デルマは油断していなかった。ヴァルゴに目の前の少女はとても強いと教わっていたからだ。行動派が完全に押されているが、まだ勝機はある。そのためのバトンを繋ぐため、デルマは負けるわけにはいかなかった。


 ヴァルゴに教わったこともあるが、目の前のシノは威圧感を全身に纏っていた。臆していては一歩退いてしまうかのような威圧感。存在感。だが相手は所詮小娘。


「怪我をしないように引いた方がいいんじゃないのかいお嬢ちゃん」


「こっちの台詞だね。お前では僕には勝てないよ」


「安い挑発だな。行動派の未来がかかってるんだ。そんな挑発には乗らない」


「何故自分たちの未来を考えることが出来て他人の未来を考えることが出来ないんだ?」


「どういう意味だ?」


「その言葉でわかったよ。時間の無駄だ。さっさと終わらせよう」


 シノは左手にナイフを握った。美しい銀のナイフ。右腕はフリーになっている。

 軽くジャンプを繰り返すシノ。相手に向ける瞳は怒りでも悲しみでもなく、諦め。


「容赦はしない」


 デルマも剣を抜いた。

 吹く風。

 砂埃。

 見守る観衆。

 移動することの出来ない穏健派の者が祈るように両手を合わせている。

 シノはちらりとそれを見た。


「負けないから」


 誰に聞こえるでもなく呟いた。


「準備はいいか!?」


 ヴァルゴの大声。顔には焦りが浮かんでいる。

 デルマはヴァルゴに頷いてみせた。


「始めろ!!」


 再びヴァルゴの大声。それと同時にデルマは地面に倒れ込んだ。シノが押し倒したのだ。


「終わり」


 シノはそう言ってクイナ達の方に歩いていく。

 穏健派の勝利なのだが観衆には何が起きたのかわからなかった。倒れ込んでいるデルマでさえ何が起きたかわからない。ヴァルゴもわからない。だがデルマが倒れているのは事実。シノとデルマの距離は五メートルはあった。しかしシノは一瞬でデルマに接近したのだ。

 倒れ込んでいたデルマは慌てて起き上がった。そして叫ぶ。


「お前、なにをした!!こんなのインチキだ!!」


 シノは鋭い目つきで振り返る。


「実力の差」


「馬鹿にしてんのか!?何をしたって聞いているんだ!!」


「お前にはない。僕にはある。足りていない。それだけの違い」


 その声はどこか威圧感を感じさせるものだった。


「何が足りないというんだ!!」


「志だよ。お前達の負けだ。大人しく引き下がるんだな。ルールもわからないのか?倒れたら負けなんだよ」


 デルマはその言葉を受け黙ってしまった。確かにその通りだからだ。たとえどんなに意味不明な現象が起きたとしても。


 穏健派の観衆は現実を理解し始めた。勝ってくれたのだ。戦士達が行動派に勝ってくれた。一人が歓声を上げると周りの者も歓声を上げ始めた。涙を流している者もいる。シノに向かっていく者もいれば、エリックとローエンに感謝する者もいた。


「旅の方、本当に、本当にありがとうございます。あなた達は命の恩人です。先立った夫が愛したこの土地に残ることが出来ます。本当になんと言ったらよいのか」


 小柄な老婆が何度も何度もエリックとローエンに頭を下げている。それを受けた二人は温かい気持ちになった。

 確かに皇帝の棺の情報を聞き出すのが目的だった。だが気がつけば穏健派の主張を正しいと感じ行動している。


「おばあさん、俺たちは確かに目的があるから穏健派に協力しました。だけどそれだけではない。『正しい』と思ったから行動したんです。頭を上げてください」


 エリックは微笑んだ。それを聞いた老婆は泣き出してしまった。


「困ったな……」


 エリックが戸惑っていると、そこにシノが歩いて戻ってきた。シノの周りは穏健派に囲まれていた。様々な声がシノに向かって飛び交っている。


「やはりシノ様は素晴らしい方だった!!」

「穏健派の女神だ!!」

「シノ様、ありがとうございます!!」

「結婚してください!!」


 多種多様な声。シノはやれやれといった様子だった。しかし表情はまんざらでもなさそうだ。


「エリック、ローエン、おつかれ」


「やったなシノ。これで穏健派の勝利だ」


「正直、助かった。ありがとう二人共」


 シノはエリック達に頭を下げた。

 クイナの姿は見当たらない。ヴァルゴの所に行っているのだろう。


「瞬間移動の謎を教えてくれませんか?」


 ローエンがきいた。いまだに解けない瞬間移動の謎。


「教えようか。あれは影渡りっていうんだ。人間の影に瞬時に移動できる。物体の影には移動出来ない」


「なるほど、それは強い。ほぼ弱点はないですね」


「影が無ければ移動できないというのと、逃げるには向かないって所が弱点かな。さて、クイナ様はもう少しすれば戻ってこられると思う。皇帝の棺のこともわかるだろう」


 そう告げたシノは周りから相変わらず称賛されていた。勝利のムードが漂い、場は温かい雰囲気に包まれていた。


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