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アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第五章 バリアン遺跡の決闘
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25話 惑わす幻の槍

「よくやった!エリック君!」


 クイナはエリックの肩をぽんぽんと叩いた。


「剣筋がまったく見えなかったよ。それに、言葉に力があった。エリック君の言う通りだ。結構考えているんだね。ありがとう、これで穏健派の一勝だ」


「負けられない戦いでしたので」


「頼もしいねぇ。さて、次だね。ローエン、いいかい?」


 ローエンは腕を引っ張って伸ばしていた。体操だろう。


「いつでもいけます」


「さっきの男以外は大したことはないと僕は思うけど油断するなよ」


 シノは腕組みをしながらいった。


「それよりシノも負けない準備をしておいてほしいですね」


「口の減らないやつ」


「冗談です。負けませんよ」


 ローエンはシノの肩をぽんと叩くとバリアン遺跡の中央へと向かった。


 シルヴァはヴァルゴの元に戻っていた。行動派の者達は焦っていた。一番の手練のシルヴァが勝って相手にプレッシャーを与えるつもりだったのだ。だがそのシルヴァが負けてしまった。


「ヴァルゴ様、申し訳ありません」


 頭を下げるシルヴァ。頭の中ではエリックの言葉がぐるぐる回っていた。


「申し訳ありませんじゃねぇ!穏健派なんかに負けてどうすんだ!」


 ヴァルゴは顔を赤くしている。苛立っているのが見てとれる。苛立ちの原因の一つはシルヴァの剣がいつの間にか地面に落下していたことだった。明らかに普通ではない何かが起きた。


「次だ次!よそ者でたまたま強いやつが乱入してきたってことだろう。考えていてもしょうがない!次は勝てよ!頼んだぞクジャ!あんまり負けてはいられねぇ。穏健派は日和った連中の集まりだが、シノがいるからな……絶対に勝ってこいよクジャ」


「は、はい」


 クジャと言われた男はどこか緊張した面持ちで返事をした。黒髪を後ろに纏めて頬髭を生やしている。目は開いているのかわからないほど細かった。鎧は立派だった。武器は背中に背負った槍。

 ヴァルゴに背中を叩かれバリアン遺跡の中央へ向かうクジャ。中央ではローエンが待ち受けている。

 クジャはなんとなく思った。何か不気味だ。何が不気味なのかはわからない。ローエンの持つ赤い槍の存在感に押されたのかもしれない。


 ローエンとクジャが向かい合う。ローエンはとても落ち着いている。クイナ達の方を向いて手も振ってみせた。

 対するクジャはガチガチに固まった態度。ここで負けたらなんと言われるかわからない。ヴァルゴを恐れながらちらりとヴァルゴ達の方を見た。行動派はクジャを応援している。応援の声が響いている。若者が多い。


「エリック、勝てると思う?」


 周りから観戦しているシノがエリックにきいた。


「余裕だ」


「同感」


 二人は頷いた。

 そしてヴァルゴの大声が響く。


「よーし、始めろ!!」


 開始の号令。

 最初に動いたのはクジャだった。それは勢いだったかもしれないし緊張だったかもしれない。

 ローエンは槍を構えている。

 瞬間的にクジャが自らの槍を横に振った。

 続いて自分を守るように槍を引き寄せる。さらに空中に向かって槍を振るう。

 クジャは汗ばんでいる。さらに前に槍を一突き。いずれの行動もローエンに届いていない。ローエンは一歩も動いていない。


「なにやってんだクジャは」


 ヴァルゴが舌打ちしている。

 一方穏健派の者も困惑していた。


「なにかおかしい。相手の動きがおかしい。動きが滅茶苦茶だ。どう見る?シノ」


 エリックが観戦しながらいった。エリックにも違和感の正体が掴めない。


「僕もわからない。ただこの変な状況はローエンが何か仕掛けたとしか思えない。相手は相当焦っているし……なんなんだ?」


 ローエンは動かない。獲物を見つめる鷹のように相手を見ている。


 一方クジャは戦っていた。『ローエンが槍を突いてきているように見えている』のである。赤い槍が容赦なく自分を攻撃してきているように見えている。それを防ごうと全力で自分の槍を動かしている。あっという間に隙だらけになっていくクジャ。

 ローエンが動く。赤い槍でクジャの槍を狙って薙いだ。クジャは散々守りに徹していたのにその薙ぎを防ぐことは出来なかった。

 クジャの持っていた槍が弾き飛ばされ地面に音を立てて落ちた。

 クジャは焦り、そしてローエンの槍が自分を突き殺すように『見えた』。

 尻もちをついて倒れるクジャ。

 穏健派の者達から歓声が上がった。異論の余地なくローエンの勝ちだった。

 一方行動派は動揺していた。完全に追い詰められている。

 ローエンは足早にエリック達の元に戻ってきた。クジャは額から汗をかき地面に倒れ込んでいた。


「ローエン、どういうことだ?相手の動きが普通ではなかった。まるで幻影と戦っているような素振りだった」


 エリックがきいた。シノも同じことを思っている。


「この槍の為せる技です」


 ローエンは赤い槍を右手で掴み前に差し出した。


「この槍は幻覚を見せる魔法の槍です。霞の槍といいます。実際の槍の動きとは別の動きを相手が錯覚する。防ぐのは容易ではなく間合いも測りづらい。この槍の動きを見極めるのは不可能です」


「性格の悪い槍だな。強いけど」


 シノは頷いている。そして行動派達の方を見た。

 どうやら相手さんはかなり焦っているようだ。倒れ込んでいたクジャも立ち上がりヴァルゴ達のところへ引き返している。


「ヴァ、ヴァルゴ様すみません」


「すみませんじゃねぇ!相手はまったく動いていないのにお前はなんで変な動きをしているんだよ!」


「え?いや、相手は怒涛の攻撃をしてきましたよ」


「はぁ!?止まってただろ!!」


「いえ、確かに突きをしてきて……」


「どういうことなんだ」


 ヴァルゴは舌打ちした。クジャは嘘を言っていないように思える。相手が何か仕掛けてきたのだ。

 いずれにせよ状況は良くない。穏健派にはまだシノが残っている。このままあと一敗してしまえば行動派は負けてしまう。決闘の人数を多くして自分たちに有利になるように仕向けたのに、蓋を開けてみれば自分たちが追い詰められている。


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