14話 避けられぬ決闘
エリックとローエンは歩いて穏健派の白く多いテントまで辿り着いた。遠目にはわからなかったが近くにしてみるとかなり大きい。見上げなければ天辺が見えない。一体どうやってこのテントは支えられているのだろうか。きっと腕の良いものが組み立てたのだろう。建物を作るには知恵が必要だ。
テントの入り口の前で顔にマスクをした男が椅子に座って腕を組んでいた。表情はわからないが鋭い目で辺りを見回していた。そしてその視線はエリック達を捉えた。しかし男は動かない。
エリック達も男の視線を感じていた。テントの前に居座っているのだから関係者に違いないと予想した。臆していても仕方がないのでエリック達はマスクの男へと近づいた。言葉が届く距離まで。
「見ない顔だな。お前たちは何者だ?」
「旅の者です。穏健派の長、クイナに会いに来ました。俺たちはこの都に来たばかりです。行動派と穏健派が争っているという話は聞きました。クイナに質問があるのです」
「様をつけろ。クイナ様だ。それに、素性の知れない者をクイナ様に合わせるわけにはいかない。お前たちは、自分の家に『話がしたいんです』と訪問してきた人間を家の中に入れるか?入れないだろう。そうであるように、お前たちを中に入れる道理はない」
マスクの男は淡々と語った。どこか敵視されているかのようにも思える。
エリックは思案した。確かに男の言う通りだったからだ。クイナに情報を求めながらもエリック達は何も与えるものがない。それに素性も知れない。何かクイナにとって得がなければならない。
「どうしたら、中に入れてもらえますか?」
「どうしたら、か。我々は仲間には寛容だ。旅人よ。穏健派のために力を貸すというのであれば、中に入っても構わない。お前たちは、戦えるか?強いのか?」
「穏健派に入る、ですか。しかし、何故俺たちの強さを尋ねるのですか?血を流して戦っているのですか?」
「実力のある戦士が必要なのだ。行動派と穏健派の争いも、ヴァルゴとクイナ様の話し合いで終わりの道が見えてきたのだ。争いを終わらせる条件がようやく決まったのだ」
「それは?」
「穏健派に協力するか?」
「その条件というのを教えてもらわなければ、返事は出来ません」
「そうか……。その通りだな。ならば教えよう。決闘があるのだ。多くの人々が争うのをクイナ様は良しとしなかった。しかし、どこかで決着をつけなければならない。だからクイナ様はヴァルゴに、決闘で勝った側がノーバイドの未来を決めようと申し出た。ヴァルゴは断れない性格だ。常に強気で、強者でなければ気が済まない。ヴァルゴは逃げることなくクイナ様の要求を飲んだ。それ故、決闘に勝てる強者を探さなければならない」
「お話はわかりました。しかし、すこし疑問ですね。勝てると見込んだから、決闘を申し出たのでは?実力のある戦士が必要だと言いましたね。穏健派の中に決闘に勝てる実力者がいないのは、おかしいのでは?」
疑問を呈したエリック。淡々と語っていたマスクの男は、エリックの言葉に頷いた。
「そうなのだ。誤算があった。クイナ様の狙いは一対一での決闘だったが、ヴァルゴは人数を増やすと主張した。クイナ様は一対一に拘ったが、ヴァルゴは人数を増やすことを譲らなかった。そちらの主張だけ飲むのは都合が良すぎるだろうとヴァルゴは言ったのだ。クイナ様は決闘が白紙に戻ればまた争いが続き街の民が不幸になると感じた。終わりなき争いに終止符を打つために覚悟したのだ」
マスクの男はため息をついた。街のことを憂いたため息かもしれない。
「なるほど。それで、決闘は何人で行うのですか?人数が増えたと言いましたが、百人くらいですか?」
エリックの隣で黙っていたローエンが質問した。肝心な所である。規模が百人であった場合、エリックとローエンが助けに入った所で乱戦を防げるのかは疑問だったからだ。
「五人だ。五人チームで一人ずつ戦って、勝ち星の多い方が勝者となる。つまり三人勝てばいい。相手が地面に倒れたら勝ちとなる」
「五人」
エリックが呟いた。想像よりも多くない。詳しい情報を聞けば力になれるかもしれない。皇帝の棺の情報を教えてくれるかもしれない。しかしどうやって自分たちの実力を証明すればいいのかは疑問だった。ローエンは強い。戦ってみたエリックにはわかる。エリックも腕には自信があった。
「どうしますか、エリック?」
「クイナ、いや、クイナ様と話してみないと方針は決まらないな。思想も人物もわからない。しかし、理解するには中に入らなくては……」
相談するエリックとローエン。二人は気づいていなかった。後方の建物に隠れて、二人を見つめていた両の黒い瞳があることに。
「戦う自信がなければ去れ。我々は平和主義だが、今求めているのは力のある戦士」
マスクの男は突き放すように言った。
その時建物に隠れていた人物がエリック達の元へやってきた。驚いたのは気配がまったくなかったことである。エリック達は驚いた。咄嗟に身構えてしまったほどだ。戦う体制を咄嗟に取ったエリックとローエン。急速な接近への対処のため。
接近してきたのは背の低い少女だった。短く切り揃えられた黒髪に、黒い瞳。着ている白い装束だけが浮いている。肌も白いが影のある表情だった。鼻筋は綺麗に通っていた。少女は音もなくエリック達に接近することに成功し、マスクの男にむけていった。言い放った。
「こいつら強いよ。間違いない」
「シノ様、いつの間に……この旅人達を知っているのですか?」
「いや、初めて会った」
「では、何故強いとわかるのですか?」
「僕の言葉が信用出来ない?」
「い、いえ、とんでもありません!信じます!シノ様が言うのであれば。強いのであれば、欲しい人材です」
マスクの男は立ち上がっていた。エリックとローエンは険しい表情で少女を見つめている。マスクの男が言う所では、シノというらしい。少女の発言力は大きいように見受けられた。
「あなたは……?」
「先に名を名乗るのが礼儀だと思う」
「失礼。俺はエリックといいます。こちらはローエン」
「把握した。僕はシノ。君たち、動きが手練だね。クイナ様に会いたい?」
「会いたいです」
「中に入ろう」
そういうとシノはマスクの男の隣を通り抜けテントの中へと入って行こうとした。それを見たマスクの男は躊躇った。
「シノ様、しかし……クイナ様から入り口を守れと言われております」
「僕が許す。それではダメ?」
「は、はい。わかりました。エリックにローエン、中に入るといい」
マスクの男はエリックとローエンに道を譲った。やはりシノというこの少女は発言力があるようだ。
エリックとローエンはその時奇しくもまったく同じことを考えていた。
今、シノに不意打ちされていたら死んでいたかもしれないと。シノはエリックとローエンは強いといった。それに対してエリックとローエンの評価は、シノは間違いなく強い人物だということだった。




