優人の噂
朝起きてからもリビングで黙々と昨日銀華が沢山作ってくれたコロッケをレンジで温め直して食べている。当然朝から五十個以上食べるのは不可能なので、母さんに頼んで弁当箱にパンパンに詰め込まれたコロッケを見る。
「それ凄いね」
昼休み、朝比奈彩と約束していた屋上のベンチで一緒に昼を食べていた時の事。朝比奈彩は俺の弁当箱にパンパンに詰め込まれたコロッケを指差す。
「ははっ……一個食べます」
「そんな悪いからいいよ」
朝比奈彩は遠慮して、自分の弁当のおかずを口に運ぶ。
「それもしかして朝比奈さんが作ってるんですか」
「え……そうだけど」
「凄いですね自分で弁当作るなんて」
「まぁ弟や妹の分と一緒に作ってるからね」
どうやら朝比奈彩には弟と妹がいるらしい、普通は母親が弁当を作ると思うのだが、もしかして仕事で忙しいから朝比奈彩が作っているのか。
「へー優人君は元々施設出身なんだ、私と一緒だね」
「そうなんですか」
「うん、でも私はすぐに養親縁組が決まって施設出たから。仲良くしてた子との思い出もあまりないんだよね」
「施設の名前とかも覚えてないんですか」
「そうだね、小学生の頃だからね」
「だからこの前から言ってると思うですけどあなたとお付き合いするつもりはこれっぽっちもありません」
いきなり屋上の扉が開かれて、銀華とこの前銀華を口説いていたサッカー部のキャプテンが屋上にやってきた。
「どうやら先客がいたみたいだね」
「優人さん……」
二人ともこちらに気付く、銀華は少し辛そうな顔をこちらに向けてくる。
「えっと優人君の知り合いかな」
「あー義妹の銀華です隣の人はサッカー部のキャプテンでしたよね」
「君が噂の鏡優人さんですね」
「噂……?」
「ええまぁ色々噂になってますよ、女子から別れ話をされて悔しくて仕返しにいじめを指示していた、そんな噂が」
「誰ですかそんな噂流したのは!!」
「……え、いや僕じゃないよ!?」
いきなり銀華がサッカー部キャプテンの胸倉を掴んで扉に強く押し当てる。俺と隣に座る朝比奈彩、サッカー部キャプテンも皆動揺している。
「優人さんはそんな事するような人じゃないって、私が一番知ってるんです。なのにそんな噂を流す人がいるなんて」
「銀華その辺にしとかないと、その人死んじゃうから」
銀華がサッカー部キャプテンの胸倉を掴んだままグラグラ揺らしている。さらに頭がガンガン扉に当たってめちゃくちゃ痛そうだったので慌てて止めに入る。
「それに優人さん」
銀華はサッカー部キャプテンの胸倉を離して振り返って俺を指差してくる。
「その人とどんな関係ですか」
「どんな関係……? 一応先輩後輩ですよね」
「う、うん……」
朝比奈彩に問いかけると首を縦に振るが怯えているように見える。そりゃ死体のように転がっているサッカー部キャプテンを見てしまったら当然か。
「銀華一旦この話は終わりにして、その人を保健室に連れて行こう。もし何か後遺症でも残ったら大変だ」
「はい……」
サッカー部キャプテンの肩を貸して、保健室へと連れていく。幸いにもサッカー部キャプテンの意識はすぐに戻って、先程屋上での記憶が無くなっているだけで済んだが。養護教諭に一週間で生徒を二人も保健室に連れて来るのは俺ぐらいだと言われ、次はないようにと釘をさされた。
「失礼します」
保健室から出て、廊下の壁にもたれていた銀華と朝比奈彩に事情を説明する。
「全くとんだ昼休みだったよ」
「ごめんなさい優人さん、私のせいで……」
「まぁ反省してるならいいけど、今度からは俺の話になってもそんな熱くなるなよ」
銀華にデコピンを一撃食らわす。銀華は痛いとか何も言わずおでこをごしごしと擦る。
「いいなぁ」
「どうかしました……?」
銀華と俺を眺めていた朝比奈彩に問いかける。
「ううんなんでもない。それよりも折角のお昼休み潰されたからね」
「もし今日の放課後時間があるなら、俺のバイト先で何か奢りましょうか……?」
「いやいや、そんなのじゃ満足できないなぁ。今週末は空いてたりする?」
「今週末ですか、えっとすみません。今週末は予定があって」
「だったら再来週は絶対空けといてね。ちょっと付き合ってほしい場所があるから」
「分かりました朝比奈先輩……!!」
「えっと付き合ってほしいのは優人君で、あなたには関係ない話なんだけど」
「そんな……もう私達友達じゃなかったんですか」
「私いつあなたと友達になってたの」
銀華の話に朝比奈彩が驚く。
「ちょっとあなた達、いつまで廊下で騒いでるの。チャイム鳴ったしさっさと教室戻りなさい」
保健室から養護教諭が出てきて廊下に響く程怒鳴り散らす、俺達は一目散に保健室から逃げる。
「まぁ付いて来たいなら別に構わないけど、言っておくけど覚悟が必要よ」
「望む所です。どこに連れてかれても、あなたなんかに負けませんから」
銀華は勝負でも挑むかのような言動をし、再来週の週末がとても不安になってきてしまう。




