鏡銀華の帰国祝い
「うーん」
映画館から出てから甘栗は声を出し唸っていた。
「どうしたんだ」
「いやこの映画のラスト皆元に戻って結ばれてハッピエンドなんですけどなんか自分的には気持ちが分かんないなって」
甘栗は先程買った映画のパンフレットを見ながら隣で歩いている。
「気持ち……?」
「そりゃ元の姿に戻った時は嬉しいですよ、けどやっぱり人間って同じ過ちを繰り返しがちじゃないですか、もしかしたらあの映画の後だって」
「甘栗あれはおとぎ話だ。真に受けない方がいいぞ」
「そうですね先輩の言う通りです。あ……先輩この後まだ時間あります? よかったらレストランを予約してるのでそこで夕食でも」
「悪い、今日はこの後。家で、帰国してきた妹の為に母さんが豪勢に夕飯を作ってるらしいんだ」
「そう……なんですね、それじゃあ仕方ありません。レストランの予約はキャンセルしておきます」
「本当に悪いな、まさかレストランを予約してるなんて知らず」
「いえ先に言わなかった私が悪いので、先輩今日は楽しかったですありがとうございました」
「送ってかなくていいのか」
「そんな……先輩にはこの後待ってる家族がいるんですから。早く帰ってあげてください」
「だったらお前も一緒に来ないか」
「……え」
「いやまぁ一人位増えても平気だと思うし、ちょっと待ってろ」
携帯を取り出し電話する。
「ああ、母さん。今日の夕飯だけど友達一人増えても平気かな……え、女子だけど。うん、うんありがと」
「母さんもいいってさ……てか悪い。お前まだ行くとか何も言ってないのに勝手に決めて」
「えっと、それじゃあお邪魔させて貰います」
「ただいま」
「おかえり、もう皆帰って来て待ってるわよ」
「そうなの父さんの帰りもっと遅いと思ってたのに」
「あらあなたが優人の……その制服、優人が通ってた中学校よね」
「はい。私先輩……じゃなくて。鏡優人さんの後輩、甘栗愛名って言います」
「甘栗……」
「ん? どうかした母さん」
「別に何も……ささ入って。甘栗ねぇ」
母さんに押されるようにリビングに入る。父さんはもう酒の瓶を開けてコップに注いで、飲み始めていた。鏡銀華の方はソファに座りテレビを観ていた。
「銀華もテレビ消してこっち来なさい」
「はーい……そこ私の席」
「え…あ。ごめんなさい」
「甘栗こっち座れよ」
甘栗が座ろうとしていたのは鏡銀華が座る席だったので、空いていた隣の席に誘う。
「……」
「どうしたの銀華、肉じゃが好きだったでしょ」
「母様、この女誰?」
「優人の友達よ、だから銀華この女とか言わない」
「ふーんこいつの友達ね」
「ごめんね、この子初めて会う子には結構辛辣なのよ」
「いえ別に構いません、初めまして私甘栗愛名っていいます」
「初めまして鏡銀華です」
お互い机を隔てていたので立ち上がり握手を交わす。甘栗は微笑んでいたが鏡銀華は無表情、そして鏡銀華が帰国した祝いが行われる。
「甘栗さんってうちの会社の社長と同じ苗字なんだね」
父さんがコップに酒を注いでいると不意に甘栗に話しかけていた。
「それ多分私の父です」
「そうか、そうか。甘栗さんの父親……ん?」
父さんは一瞬固まりコップから酒が溢れ出る。
「つかぬ事をお伺いしますが、甘栗さん父親の名前は」
「父の名は甘栗隼人です」
「まさか甘栗さんは本当にうちの会社社長の娘ですか」
「はい、父からも鏡さんの事は伺っております。優秀な社員だと」
「これはとんだ御無礼を、まさか甘栗さんが社長の娘さんだとはつゆ知らず」
父さんはいきなり机に頭を下げる。まさか甘栗が社長令嬢なのも驚きだが、それ以前に父さんが甘栗の会社の社員だった事が驚きだ。
「道理で見覚えがあるはずだわ、ずっと昔に夫が勤めてる会社の何周年だったか忘れたけど。パーティで社長を紹介された時に銀華と同じ位の女の子が背に隠れていたと思うのだけれど」
「それ私ですね。まだ小さかったので、無理を言って連れて行ってもらった記憶があるので」
「おい銀華どこ行くんだ」
「トイレ」
「ごめんね。まぁ銀華もすぐ戻って来ると思うし、冷めないうちに食べて」
「いただきます」
甘栗と手を合わせ、机に置かれた肉じゃがの皿からじゃがいもや人参を取る。
「先輩お肉いらないんですか」
「俺は好きなのは後で食べる派なんだよ」
「そうなんですか、初めて知りました」
「誰にも言った事ないからな。それよりお前こそ、遠慮しないで好きなの食べろよ」
甘栗の取り皿には、主食の肉じゃがとは違い。その隣の皿にある山盛りのキャベツの千切りとひじきの煮物を自らよそっていた。
「いや、やっぱり悪いかなって思って」
「そんな事思ってるのお前だけだから。ほら、よそうから取り皿寄越せ」
半ば強引に甘栗の取り皿にコロッケを二個分ける。
「お前コロッケ好きだったろ、中学の頃よく一緒に買い食いしてたから」
「それは……先輩と一緒に食べれるのが嬉しくて……」
「何か言ったか?」
自分の分のコロッケを取るのに気をとられて、甘栗が何を言ったのか分からなかった。
「なんでもないです。それより銀華さん、全然戻って来ないですね」
「ん……確かにトイレにしたってちょっと長いな」
銀華がトイレに行くと言って、もう十分近く経つ。だが噂をしてたら、鏡銀華がリビングに戻ってきた。
「おかえり」
少し気まずいが鏡銀華に声をかけるが、鏡銀華は無視して真正面の席に座る。
「何か欲しいのあるか? もし良かったらよそうが」
「別に自分でよそうから」
「そうか」
鏡銀華の為を思っての行為だったが、どうやら必要ないらしい。
「お邪魔しました。とても有意義な時間を過ごさせて貰いました」
「いいのよ、また今度好きな時にいらっしゃい」
鏡銀華の帰国祝いは終了し、俺は甘栗を家まで送る為靴を履き替える。
「んじゃ行くか」
立ち上がり玄関の扉を開ける。家から少し歩くと甘栗が声をかけてきた。
「先輩の家暖かいですね。お母さんは優しくてお父さんはふざけつつも家族を大切に想ってるのが伝わってきます」
「それ言ったら、お前こそ社長令嬢なんて今日初めて知ったぞ」
「えっと……はは。いつか言おうとは思ってたんですけど中々言い出せなくて、でも社長令嬢なんかに生まれてもいい事ないですよ」
そう言う甘栗は、空を見上げる。俺も隣から空を見上げるが星空は雲に隠れて見えなかった。
「なぁ甘栗」
「なんですか先輩?」
「いやなんでもない」
一体俺は何を言おうとしたのか、自分でも分からない。だが言ってしまったら、甘栗が隣からいなくなる気がしたので甘栗になんでもないと答えた。
そして甘栗の住む豪邸が見えてくる。
「ここまで送ってもらえればもう平気なんで」
「じゃあまたな甘栗」
「あ…先輩待ってください」
甘栗がいきなり手を掴んできたので、振り返る。すると甘栗は突然頬にキスしてきた。
「…な…!? お前」
「油断大敵ですよ先輩……それじゃあまた」
甘栗は舌を出し、そのまま豪邸の方まで走り去って行く。まさか初めてのキスが後輩の甘栗に奪われてしまうとは。