義弟
弟の状況を危惧する兄は、解決の兆しを見て、それが確かなものに成り得るかを確かめようとする。
より厳しい状況が予測されるようなら阻止しなければならないと決意しているからだった。
兄は自身にしかなし得ない方法で対峙するのだが…
確かめなければなら無い事がある。
窓から望める王宮の庭では、来賓を迎えてのガーデンレセプションの準備が整い、程なく訪れる賓客を迎えるべく、王妃が最後の点検をしてくれている。
私もじきに呼びに来る使いに従って、赴かねばならない。
…では有るのだが…
「火急のお召しとは…何が有りましたか?!」
案内を得るでも無く、ノックでも無く、私の立つ背後から声が掛かる。
指定した私独自の通路を経てここへ来るようにと、私達だけのコンタクトを通じて、弟を呼び出していたのだ。
余り例の無い私の行動に、この所とみに美貌を増した面を、緊張に少し引き締めて私の半身はそこに現れた。
「誰にも何も悟らせるなとは…」
「済まないが、これから赴かねばならない所が有ってね。兄の頼みだ、何も聞かずに代行を頼みたい」
こう言えば、アウルが私に従う事を知っているから出来る頼みだった。私自身の事で有ると言うから叶う話で、アウルの為と言えば効かない。
兄である私で有っても、彼の意思を動かすことは出来なかった。
だからこその画策で有った。
託す決心をする前に、確かめなければなら無い事があったからだった。
着用していた服を取り替え、アウルをゾフィーの待つ庭園へ送り出しておいて、先程覗いた窓から眺めていると、レセプションの開催を案内するふれと供に、ゾフィーをエスコートしたアウルの姿を認める事が出来た。
私の大事な2人は、お互いに相手を思い遣って、これと言っていつもの態度を変えることは無い。
身替わりは妻には既にバレていて、ゾフィーの意味ありげな一瞥が私の居る窓へと向けられた気がしていた。
そう…それが確かめられれば私の決意も固まろうと言うものだよ。
済まないね。
確かめられなければ、例え貴女の頼みでも、受けられない。
確信は、結婚式に列席して居た2人を見たときに得られた。
アウルの意識を一瞬で変えて見せた存在の大きさに、生涯1度の式典に臨みながら、呆気にとられて危うく事態を失念し掛けた。
「マーヴが良いと言うまで傍に居るよ」
私が生涯の伴侶を得て、自分が必要でなくなった状況を、一瞬の内にかき消された驚きに、我を忘れたアウルを見た。
私には出来なかった事をして退ける対象が存在している事実を目の当たりにしたからだった。
内務省の戸口に近付きながら、ここまで来ながら漸く、企みを成就させる難しさに気付く有様だった。
アウルの、会話の内容によって単語のイントネーションに意味を含ませるような声の出し方を、上手く真似られるだろうか?!
態度は?!所作は?!私が皆に接しているもので違和感を抱かせるようなことは無いのだろうか?!せんない繰り言を思いながら、潜ったファサードの下で、警備室から出てきた所員に声を掛けられた。
「お帰りなさい。兄上の御用は如何でしたか?!」
考えても居なかった!アウルなら何と応えるのだろうか?!
「公務のことで少々相談を受けてきた。なに、さほど重要では無かったよ」
「…それは…良う御座いました」
そう答えた所員だけで無く、何人か、すれ違って声を掛けられた人々の全てが、即座に態度を改めた事に、その時は気付きもしなかった。
従って、場所こそ昔は「家」で有ったこの建物は、アウルの使っている南の執務室以外、現在の間取りの知識さえ無いという、手がかりの、公爵づき秘書で有るというルイザ次官を頼る他に、何の手段も持たない有様だった。
「済まないが、アレンを寄こして、君は席を外してくれないか?!」
「承知致しました」
印象的な一瞥の後、端的な応えを残し、秘書嬢は辞して姿を消した。暫し有って、再び現れたルイザ次官がアレンの来訪を告げた。
「カーライツ伯爵をご案内申し上げました」
言って、アレンを残して深々と叩頭して扉を閉じて辞した。
残された彼が秘書嬢の閉じる扉へ向けていた顔を上げると、私にひたと視線を据えて見詰めた。それは、身内を透かされるような鋭さと、未知の危機に身構える機知とをも感じさせるものだった。
もう既に私の企みは破綻していたのだ。
「…はやり判るか」
「陛下…なぜこの様な…」
私以外にこの様なことをなせる者は居ない。だが、その必要の説明が付かない。
彼の困惑の原因はそれだけだったが、私の確かめたかった事の答にはそれで充分だった。
「貴方を試しに来たのだ。貴方が見ているものが何で有るかを」
「無論、あれの意を翻せるとは思っていないよ。だが、貴方を排除する事は出来る。私は、私の全てを傾けてでも、あれをこれ以上傷付けるわけにはいかないのだ」
「半身を託すには覚悟が要る」
言われて息を呑み、覚悟に引き締めた面が見事だった。眼差しが閃いて、見据えた視線が全てを物語る。
「弟君を感化して…と、お怒りでは無いのですか?!」
「判って聞いているのだろう?!貴方はひと言も発すること無く見分けた。やはりゾフィーの弟だ」
思いがけない姉の真実に、彼本来の人と形とが伺える。覚悟の程が、浮かべた微笑みに現れていた。
「覚悟は決まった。戻るよ」
溜息と共に言った私にも、微笑みを向けた。
「お送り申しましょう」
「貴方と共に戻っては企みが暴かれる。一刻も早く迎えに行きたかろうがな」
「では車寄せまでお供申します」
車寄せまで、彼と供に歩く私に、内務省内の人々が見せた所作は、宮中のそれと変わりが無かった。何の事は無い、門番の彼に入り口で看破されていた。
アウルは既にこれ程の組織を作り上げ、隅々まで人々を作り上げていたのだ。
私が出来ることは限られて居るのだ。
ロータリーに付けられた車に誘い、手ずからドアに付いていたアレンに、頼んだ。
「アレン。お願いする。この事は口外無用に」
「は。畏まりまして」
さて、弟に悪さを悟られずに済む方法は有るだろうか?!
お読み頂き有り難うございました!
マルグレーヴ側からの視点は初めてだったと思って書きました。そっくりな外見とは裏腹な部分と、兄弟ならではの苛烈な処断の仕方が、似てるなんてほくそ笑みながら書かせて頂きました。
有り難うございました!