甥っ子
この世にただ2人、他に寄る辺のない兄弟は大事件から何とか立ち直ろうとしていた。自分への責任感から逃げずに果たそうと前を向いた弟を見守っていた兄だったが…
事件の痛手が薄れた頃から、アウルは折に触れて私を訪れてくれるようになった。だが、会う度に、内に秘めた絶望にも似た感覚が、以前の彼では無くなったことを感じさせた。
それでも、弟は、事件から1年が過ぎる頃、家庭教師に付いていたのを止めて、聖グラヴゼルへ編入を果たした。
恐らくは私の為に、社会的な発言権と人脈を掴むために、或いは、それまで支えて来てくれた公家の人々のために、前を向いたのだった。
自分の感傷を、延いては自分を捨てたのだ。
初めの半年ほどは、慣れない集団生活や、学科への対応等に没頭せざるを得なかったと見えて、考えずに済む生活を楽しむ様子に愁眉を開いたものだった。
ハラハラと、見守ることしか出来ない日々は積もり、少しずつ日常を取り戻すかの様な弟に、何事も無く過ぎてくれればと願うばかりだったが、在る出来事によって穏やかな現状は、過去に引き戻されるに至った。
アウルの元婚約者、婚約解消の後は、詳しい消息も知れず、社交界からも姿を消し、何れかへ嫁すことが噂されるばかりだった彼女が、弟との間の男児を残して事故死したというのだ。
それは直ちに、否応なく、己の災厄に甘んじて、2世を誓った相手を顧みることも無かった自分を思い知らされる事態と成った。何故今なのか?!
心身共に負わされた傷を乗り越えかけているアウルが、事件の最中へ引き戻されねばならない?!
だが、2つにしかならない甥っ子は、母を亡くした事実もハッキリとは理解し得て居ないのだろう、屈託のない様子がとても愛らしかった。
栗色のふかふかとした巻き毛は何れ母譲りの豪奢な黒髪になり、此方を見詰める緑色の大きな瞳は明らかにアウルの血を曳いていると一目で判る。
小首を傾げて、私とアウルとを見比べる様が、余りに稚くて涙を誘う。
「泣いちゃ駄目」
少し憤慨するような、めっ!と、小さな唇を尖らせて叱るように言われると、思わず微笑まずに居られなくなってしまう。その強さは、まるで意欲を携えて産まれてきたかのようだった。
「そうして何時も叱られる」
言って、照れるように、はにかむかの様な笑みを浮かべるアウルを見ると、小さなこの子が、自分を諦めて意欲を無くした彼の支えに成っているのだと知れた。
互いに13歳に成って、4か月、新しい学期を迎えた或る日、婚約者で有るカーライツ伯爵令嬢ゾフィーから、弟のアレンを伴って訪れると申し出が有った。
ゾフィーの3才下の弟で有るアレンは、生来虚弱で、永の療養生活を余儀なくされており、就学も侭ならなかった。
だが、この秋、晴れて聖グラヴゼルに編入が叶った。これを期に、正式にカーライツの継子として認められる事となり、非公式にでは有るが、未来のカーライツ伯爵として、何れ義兄と成る私に、挨拶に訪れるのだ。
良い折だった。
クリストファーの出自を、3年後には家族となるゾフィー達には話しておく必要が有った。
クリストファーはまだ4歳に成ったばかりで解りはすまいが、ゾフィーとアレンには、供に未来へ向かう者だと認識されるべきだった。
アレンは外せない学校行事の為に到着が遅れるとのことで、ゾフィー1人の前で話を始めた。
ロザリンドが亡くなり、クリストファーを遺したこと。幼子に支えられてアウルが日々を過ごしている事を告げると、ゾフィーの目に涙が溢れた。
無理も無かった。
初めて出逢った日、彼女とゾフィーは、先王の望んだ同じドレス、同じチョーカーそっくり同じ、私達を添えて、二組の兄弟姉妹と成るとして、共に在ったロザリンドが、幼子を遺して逝かねばならなくなってしまったと思うだけで、胸が締め付けられる様な悲しみに襲われる。
ゾフィーを宥めている時に、先触れがアウルの到着を知らせ、やや有って、遠慮がちに顔を覗かせた。
「…失礼、出直して…」
弟が言うのを聞いて、ゾフィーが慌てて引き留めた。
「違うの。ローザの事知らなくて…御免なさい」
「…ゾフィー…有り難う」
アウルの微笑が殊の外柔らかい気がしたのは思い過ごしだっただろうか?!
外が騒がしい気がして見ると、初老の婦人と、女官らしい女性が駆け込み、アウルを認めて息を切らせたまま訴え始めた。
「…旦那様…申しわけ…」
胸を押さえて話し始めたのは、亡くなったロザリンドの乳母で有り、今は、クリストファーの祖母を名乗っているクララだった。
アウルに従って王宮を訪れていたクララ達が、クリストファーを見失ったのだ。
「大丈夫だよ、クララ」
涙を流す老女をアウルが慰めた。
4歳に成って足が達者に成ったクリストファーが、彼女等を振り切って何処かへ迷子に成ってしまったのだった。
手分けをして探そうと、皆が散りかけたところへ、庭の方から幼い声がアウルを呼んだ。
「父しゃま!!」
庭の木々の間から、クリストファーの手を引いた少年が現れた。
ゾフィーによく似ている。
彼女と同じく、見事な青い貴石の瞳を携えていた。だが、その輝きは限りなく暖かい。それでいてとても強い。
何だか、安堵という感情そのもののような…きっと、彼がアレンなのだろう。
アウルを認め、彼の手を離れて駆け寄るクリスを抱き上げると、瞳を見据えて嗜めた。
「お婆ちゃまを困らせては駄目だろう?!」
「…御免なさい」
項垂れて反省するクリスに1つ微笑むとクララの手に渡し、アレンを向いて見上げたアウルがそのまま言葉を失った。
アレンもまた、戸惑うように佇んだままだった。
…7歳の誕生日。
王宮で引き合わされた時の、ロザリンドに見えた時のアウルの様相だった。
言葉を失って目を見張ったままのアウルを見たのは、その時以来だった。
今度こそ…兄がこの身を傾けてでも、お前の幸せを叶えよう。
どうか…諦めないで。
お読み頂き有り難うございました!
「秘められた紫」から書き始めた物語だったので、ストーリーを追うことに必死であちこち抜けていた部分を書き足している今日この頃です。よろしくお付き合い下さいませ!