81.あの頃の笑顔
「もう少しで終わりそうです……」
先日、イムロスと剣で打ち合ったフェルナンド様の上着がかなり損傷していましたので、私がそれを修繕していました。
「あなた、それに何日もかけていますよね。見ていてイライラしますわ。そんなことせずに再生魔法で直せば一瞬ではないですか! ほら、早くなさい!」
再生魔法を使えばお姉様の仰るとおり、数秒で元通り新品同様の状態になるでしょう。
ですが、フェルナンド様は私のしたいようにしてよいと仰った。
ならば私は心を込めて婚約者である彼の衣服を自分の手で直したい。その方が彼が喜んでくれると思ったのです。
「まったく、魔法を使えば楽なのに敢えてそうしないなんて。あなたのそういうところが不思議ちゃん気取っていて鼻につきます」
「ええーっ!」
そんなつもりは一切ないんですが、これってそんなに嫌な行為ですか?
もちろん、フェルナンド様が急ぎでと仰せになれば私も躊躇なく再生魔法を使いますよ。
ですが、彼も再生魔法を使わないで繕っている私のことが好きだと言ってくれましたので、こうしたほうが良いのかな、と。
時間を潰したいという邪な心があったことは認めますが……。うーん、やはり私がわがままなのでしょうか。
「ねぇ、あなた。護衛の人間を他の方に変えたいとは思いませんの?」
しばらく修繕作業を続けていると、イザベラお姉様が再び口を開きます。
彼女の膝の上で気持ち良さそうに眠っているルルリアを撫でながら、自分が護衛で嫌じゃないのかと尋ねるお姉様。
そんなことは考えたこともなかったのですし、それをお姉様が気にされるなどもっと考えられませんでした。
「お姉様より頼りになる護衛などいませんよ? 魔法も一流、咄嗟の判断力や思いきりの良さなどは誰よりも迅速ですし。嫌な理由がありません」
ナルトリア王国広しといえども、お姉様以上に頼りになる人材がどれだけいるのかわかりません。
魔法の技術的な話で言えばお父様をすでに超えていて、お祖父様にも負けない領域にいる上に、躊躇なくそれを使う強い心があります。
私などティルミナを相手にしたときもニックを相手にしたときも、やはり人に向けて魔法を放つとなると加減をしてしまいますので。
そういった面で、冷静に成すべきことをなすお姉様は非常に頼りになります。
「能力的な面はこの際どうでも良いとしましょう。あなたを悪意を以てして嵌めようとしたわたくしに命を預けて怖くないのですか? わたくしはあのとき、あなたとフェルナンド様を――」
「それは以前のお姉様ですから、今のお姉様とは違います」
「はぁ?」
イザベラお姉様は、ずっと彼女が捨てたものを直していた私のことを疎んじていて、奪われたと吹聴していました。そして最後にはフェルナンド様まで奪ったとアルヴィンさんに告げたのです。
そのせいで私は困ったことになったというか、お姉様とアルヴィンさんが困ったことになってしまい、騒動に巻き込まれてしまったのですが、私にはどうしてもお姉様を恨むことができなかったのです。
もちろん、彼女がしたことは感心できません。ライラ様が特別に寛大だったから許されたのだと思います。
でもお姉様は自分の犯したことから逃げませんでした。最後には腰が引けた私を守るために叱咤もしてくれました。
私たちはもう仲の良い姉妹にはなれないのかもしれないですが、少なくとも私はお姉様を信じていたいです。
それが間違いだとしても、後悔はしないと思っています。
「私はお姉様が側にいて嬉しいですよ。それに今のお姉様、前ほど私のことを嫌っていないように見えますし」
「……バカですわね。頭の中に生クリームでも詰まっているんじゃないですか?」
「し、辛辣です!」
心底呆れたような表情でイザベラお姉様は私を甘いと言われます。
やっぱり、お姉様が嫌っていないというのは私の勘違いなのですかね。自分の都合の良いように考えてしまって、すごく恥ずかしいんですけど。
「ふふ、あなたは今も昔も変わりませんね。ずっと変な子のままですわ」
「お姉様……?」
一人で色々と考えた挙げ句に自分の思考に疑いを向けたとき、お姉様はそっと私の髪に触れました。
こんな朗らかなお姉様の笑顔を私が見たのはいつぶりでしょうか。
幼いあの日、誰よりも美しい自信たっぷりの微笑みに私は目を奪われました。
今でも私はやはりこの方を敬愛しています。その想いが伝わらなくとも、それは永遠に変わりません。
彼女の仰るとおり、私は昔も今もこのままなのですから。




