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78.復活

 翌朝、朝食を食べ終えた私はフェルナンド様の執務室を訪れました。イザベラお姉様も一緒です。


「シルヴィア、悪いが目を通さなきゃならない書類が溜まっているんだ。今日は一人にさせてくれ」

「嫌です」

「えっ?」


 一人でお仕事をされたいと主張するフェルナンド様ですが、今このひと時だけは私のわがままを聞いてもらいます。


 あとでいくら怒られてもいいですから、このまま帰ることだけはしません。


「少しだけ、一時間だけ散歩に付き合ってください」

「……まいったな。別の日じゃダメなのかい?」

「ダメです」


 困った顔をしている彼に我を通すのは気が重いですが、負けません。

 今ここで話をつけないと心が離れてしまう気がします。


「ふわぁ。一時間くらいわたくしに休憩時間をくださいな。眠くて仕方ないのです」

「ふぅ、仕方ない。少しだけ付き合おう」


 ガタッと椅子から立ち上がるフェルナンド様は諦めたような声を出します。

 お姉様、援護射撃ありがとうございました。ここからは私が何とか彼を励まして見せます。

 私たちは王宮の中庭へと足を進めました。


 ◆


 さて、どうしましょう。お姉様から檄を飛ばしてもらい、フェルナンド様を励まそうと決めたのはいいですが、何をどう話したらよいのやら。

 なぜ、私は特にかける言葉も考えずに昨夜寝てしまったのでしょうか。そういう呑気な自分が本当に嫌です。


「…………」

「…………」


 そろそろ話さないと不自然ですよね。散歩をするの言っても無言じゃ何をしに来たのか、となりますし、私が誘ったのですから私が言葉を発しませんと。

 何を怖がっているんですか。勇気を持って口を開くのです。


「あのっ!」

「私は大抵のことは出来る自信があったんだ」

「フェルナンド、様……?」


 私が声を発するのと同時にフェルナンド様が声を出しました。


 彼が自信家なのは知っています。常に堂々とした立ち振る舞い。その振る舞いに足る能力。

 私が彼に憧れていたのは、その人間離れした完全さだったのかもしれません。


「でも、思い知らされたよ。私は自分が愛する者一人も守れないような非力な男だったということを」

「そんなことありません。私はフェルナンド様に助けられています」

「君がそう言ってくれるのは嬉しいが、私はイムロスに完敗した。数十秒は確実に気を失っていたのだ、言い訳はできない」


 イムロスに魔法でスキを突かれたことを気になさるフェルナンド様。

 魔法を使えぬ者があれほどの規模の魔法を防ぐなど不可能に近い。どうしようもなかったことなのです。


 ですが、そんなことを告げてもフェルナンド様はおそらく自分を否定することをやめません。

 では、どうするか。私の頭はすでに沸騰していました。


「では、次は負けないように二人で頑張りましょう!」

「……二人で? どういうことだ?」

「私はフェルナンド様に守ってもらえるように強くなります。フェルナンド様も強くなった私を守ってください。今度は二人でイムロスに立ち向かうのです」


 あのときは言われるがままに下がってしまった私も悪いのです。

 もっと前に出てフェルナンド様の援護をして、彼を守っていれば彼が吹き飛ばされるようなことはありませんでした。


 フェルナンド様に守られるために私にも襲いかかる困難を退ける覚悟があれば、負けなかったはずなのです。


「無茶苦茶言うなぁ。守られるために強くなるって少し変じゃないか?」

「そうですかねー? ですが、二人で頑張るほうが気楽じゃないですか?」

「……そうだな。私も一人で気負いすぎていたかもしれない」


 声に力が戻った。俯いた顔を上げたフェルナンド様の瞳は以前よりも澄んでいて一縷の曇もありません。


「荷物なら私にも持たせてください。私はそのためにフェルナンド様と結婚するのですから」

「ありがとう、シルヴィア。……君には感謝しどおしだな」

「そ、そんなことはありませんよ。私はただ、フェルナンド様に――あっ!?」


 そのとき、強い風が吹き私はバランスを崩して一歩前に足を踏み出します。

 そんな私をフェルナンド様は優しく抱き止めて、見上げるとその美しい瞳がすぐ側にありました。


「今日は風が強いから、気を付けて歩いたほうがいい」

「は、はい……」


 しばらく見つめ合うとまた風が吹き、花壇から花びらが舞い上がります。

 そんな中で私たちは自然と顔を近付け――。


「随分とお楽しみみたいですわね」

「「――っ!?」」

「えっ? えっと、はい」

 

 イザベラお姉様が突然現れて声をかけてくるので、返事をするのが憚れて変な声が出ました。


 ええっと、そのう。お姉様、見ていました? 今、この瞬間に私たちがせっかく、口づけをしようと……。


 私はてっきり寝ていたものだと思っていたのですが、見られたのであれば顔から火が出るくらい恥ずかしいです。


 確かに王宮の中庭ですから目立ちますし、それを考えていなかったことは無配慮だったのですが……。


 ああどうしましょう。他にも見ている人がいそうですよね。


 イザベラお姉様もアルヴィンさんとのキスが見られて問題になった訳ですから。


 いえ、私とフェルナンド様は婚約者同士なので見られたとしてもいいんですけど、ただ単純に恥ずかしいなぁ、と思う訳です。まぁ、お姉様がその前に声をかけたので未遂になってしまったのですが……。


「イザベラ、なんの用事だ?」


「なんですか? せっかくの楽しみを奪われて怒っていらっしゃるのですか? わたくしは構いませんよ。元婚約者と妹が口づけしているのを見せつけられても」


「ふむ。確か君は衆人に見せつけるように接吻したんだったな。それに倣うのはどうも縁起が悪い。遠慮しておくよ」


「昨日の負け犬顔から随分と持ち直したみたいですね。残念ですわ。あなたの負け顔も素敵でしたのに」


 ああ、なんだかフェルナンド様とイザベラお姉様が舌戦を繰り広げております。

私個人としてはやはりお姉様に見られるのは抵抗がありますね。こういうのは最初が肝心だと聞きますし、静かなところで二人きりが良いのかもしれません。


「それで、お姉様はなぜこちらに?」


「はぁ……、シルヴィア、あなたが魔法の特訓がしたいと言ったからわたくしは呼びにきたのですよ。それとも今日はお休みしますか?」


「いえ、お願いします。あの、フェルナンド様……」


「私なら構わないよ。君のおかけで元気にもなれた。それに執務が滞っているのは本当だからね」


お姉様にお願いした魔法特訓。イザベラお姉様は稽古をつけるために私のもとに来てくれたみたいです。


なんだか嬉しい。嫌々了承してくれたと思っていましたので、そのセリフに少し驚いています。


「お姉様、ありがとうございます」

「ニコニコして気持ち悪い子ですね。まずは瞑想から始めましょうか。あなた、雑念が多すぎますの。部屋に戻ったら三十分は無心で心を鎮めなさい」

「は、はい!」


 集中力を養うには瞑想から。お姉様に言われてそれを何度も実践はしているのですが……。

 これが一番難しいのです。どうしても余計なことを考えてしまいます。

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