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72.集中力

「それで、あなたは魔法を使うときに何か考えていますか?」


 自室に戻った私にイザベラお姉様はそんな質問をされます。

 はて、魔法を使うときに考え事ですか。うーん。言われてみると、そうですね……。


「色々と考えています。魔法を放つ方向や距離もそうですが、それ以外にも沢山考えています」 


 私も魔術師の端くれ。何も考えずに魔法を使っているわけではありません。

 岩巨人の腕(ゴーレムハンド)にしても、他の魔法にしても、狙った場所に当てなくてはならないので考えることも多いのです。


「全然ダメね。不合格」

「えっ? 全然ダメ、ですか~」


 思った以上に辛辣な評価でした。お姉様は私が何も考えていないと思っての質問だと解釈したのですが違うみたいです。


「あなたは余計なことを考えるだけの余裕があるから、魔法の精製に集中できていないのです。魔法を発動するときは無心で魔力を一点集中。これは基本中の基本ですわ」


 基本と言われましても、何も考えずに魔法を発動などできません。

 だって、そうしないと無理じゃありませんか? 的に魔法を当てるの。


「まずは無心になってご覧なさい。話はそれからです」


 無心になる? 難しいですが、挑戦してみましょう。

 えーっと、目を閉じてそれから……。


「無心、無心、無心、無心……、こんな感じですかね?」

「……ふざけていますの? どこの世界に無心とブツブツ唱えながら、無心になれる人がいますか? おふざけのつもりでしたら、わたくしはもうあなたに教えることはありませんわ」


 お、怒られてしまいました。

 ふざけているつもりはありません。どうしたら良いのかわからなかっただけで。


 無心と言ってみれば、何も考えられずに済むと思ったのですがダメだったみたいです。


「一応、真剣にやっているつもりです」

「あなた、本当に才能の赴くままに適当に魔法を使っていたのですね。……魔風(ウィンド)!」

魔風(ウィンド)!」


 お姉様が突然魔法を使ったので、私も同じ魔法を使って相殺します。

 こんなこと、前にもありましたね。確か、アルヴィンさんとお姉様が浮気したという事実を知って実家に帰ってきた日のことです。


 怒ったお姉様が私に向かって魔法を使用したのでした。


「な、なぜいきなり魔法を? びっくりするじゃないですか」

「なんで相殺されたか分かりますか?」

「えっ? 相殺された理由? 私とお姉様が同じ魔法を同時に放ったからです」


 魔法が発動される瞬間は目の輝きを見ていればわかります。


 そこで同じタイミングで魔法を放てば、互いの魔法が打ち消し合うという理屈です。


「あなた、変だと思いませんの? 同じ魔法でも人によって大きさも強さも違うはずなのに、わたくしの魔法を完全に打ち消したことを」

「変、ですかね?」

「完全に同じなんですよ。あなたの魔法はわたくしの魔法と」


 完全に同じ魔法? それが変な話ですか?

 確かにお父様の魔法はお姉様の魔法と比べて大きいな、と思うことはありますが。


 他の魔術師をあまり見たことがありませんので違和感がわからないのです。


「ですから、あなたは無意識のうちにわたくしと同じように魔法を発動させているのですよ。ごちゃごちゃ色んなことを考える余裕があるのは、あなたの気を抜いた状態の魔法がわたくしの本気の魔法と同等だからです」

「そ、そんなのって……」

「だから腹立たしい。あなたはまるで本気を出さずにヘラヘラと魔法を適当に使ってわたくしと同じ威力なのですから」


 吐き捨てるように私に対する気持ちを口にするイザベラお姉様。

 私はそんなに適当に魔法を使っていたのでしょうか。その上、無意識でお姉様とまったく同じように魔法を使っていたとまで言われて混乱してしまっています。


「……はぁ、再生魔法を使うときのように集中なさい。あれだけはいい線いっていますから」

「再生魔法? は、はい! やってみます!」


 お姉様は私の再生魔法はきちんと集中ができていると仰ってくれました。

 確かに再生魔法を使うときだけは頭の中が一瞬真っ白になっている気がします。


 それが集中しているからならば、その要領で他の魔法を使えば上手くいくかもしれませんね。

 よーし。やってみます……! お姉様から合格点をもらうために!


 ◆


「あのう、ライラ殿下が夕食をご一緒にいかがかとお誘いされているのですが、これは一体……」

「ああ、なんでもありませんの。少し魔法の指導をしただけですわ。あなた、きれいにしてくださる?」

「は、はい! しかし、また。何をしたらこんなことに? まるでこの部屋だけ嵐が吹き荒れたような……」


 あ然として室内の惨状を見ているライラ様の使いの方。

 魔力を集中して魔法を発動させる特訓をした結果、とんでもないことになってしまいました。


 これは難しいです。いつもの魔法が気を抜いて使っていると言われても納得できてしまいます。


「シルヴィア、ライラ様がお食事ですって。断りましょうか?」


「怖いことを仰らないでください。もちろん、ご一緒したいと伝えていただけませんか?」


 ライラ様のお誘いを断れるべくもなく私たちは夕食を一緒に取ることになりました。

 きっとフェルナンド様もいらっしゃると思います。それにこれからのこともお話されたいと考えているのでしょう。

 お姉様はつまらなそうな顔をされていますが、そんな彼女の手を引いて私はライラ様の待つ王宮の食堂へと向かいました。


 ◆


「……来たか。座ってよいぞ。今、ワインを用意させる」


 食堂についたとき、すでにライラ様は席についており私たちに座るように促します。

 フェルナンド様とお父様もやはり招かれており、私は彼の隣に座りました。お姉様はお父様の隣です。


「魔法の特訓は上手くいっているのかい?」

「それがなかなか難しくて。ようやく一歩だけ前進できたところです」

「前進できたならすごいじゃないか。誇っていい」

「ありがとうございます。頑張りますね」


 いつも優しい言葉をかけてくれるフェルナンド様のおかげで私はやる気満々になります。

 我ながら現金だと思うのですが、彼に微笑みかけられると胸が熱くなって力が湧いてくるのです。


 それは初めて出会ったときから感じていたことでした。


「あれから賊共の身元を洗い出したのだが。ルーメリア王国出身だということが判明した」

「なんと、ルーメリア王国の人でしたか」


 ルーメリア王国とは大陸の北側にある、ここナルトリア王国と私たちの故郷であるノルアーニの隣国にあたります。


 フェルナンド様曰く、最近は特に治安が悪くなり密猟者などがノルアーニ王国やナルトリア王国に入ってくることが多いのだとか。


 ルーメリア王国の人間が妖者の手足となり私の誘拐に加担した。ライラ様の話をまとめるとそういうことになります。


「賊の話をどこまで信じられるか分からんが、今、かの国のならず者たちは妖者の配下となり周辺諸国を荒らしているらしい」


「妖者たちが人間を従えているってことですか? そ、それって」


「大賢者殿がイムロスと戦った国と状況が似ている。国を支配というほどではないが。……なるほど、そういうことか」


 衝撃の事実でした。

 ルーメリア王国はかつてナルトリア王国との戦争に負けて、国土の半分を割譲。国力を著しく失ったという話は聞いていました。そのせいで国が荒れているとも。


 しかし、その国のならず者たちが妖者に支配されているなど想像したこともありません。

 イムロスという妖者は人間を支配してどうするつもりなのでしょうか。


「そんな危険な連中が宝剣の力を手に入れようと企むとは……。間違いなく大陸全土、いや世界を手に入れようとするくらいの野望はあるのだろうな」

「すなわち、これは大陸全土の危機ということでしょうか?」

「言い換えればそうなる。宝剣の力が解放されれば、すべてを手に入れるのも容易いだろうからな」


 宝剣には破壊の神、エミリオンを復活させる力があると聞いています。

 国を手に入れるくらい力のある妖者というだけでスケールが大きいのに、それ以上となるとなかなか想像し難いものがありました。


「ライラ殿下、妖者の勢力にルーメリアの国力が加わったと考えると、同じ悪事を働くにせよ厄介度合いが変わります」

「わかっている。国防について問題なしと言えぬ状況ということもな。こうも容易く、貴様らが一網打尽にされそうになったのだ。私も危機感を覚えている」


 どうやらライラ様ですら今の状況はまずいとお思いになられているみたいです。

 それでも彼女の目は依然として強い光を帯びています。  


 私にはその瞳が迫りくる危機にも決して物怖じしない心が表れているように見えました。


「ライラ殿下、何か手をお考えなのですかな? 出来れば我らにもご教示いただければ、と存じます」

「うむ。ノーマン伯爵、あなたの言うとおり手は考えている。他国に紛争に出かけている兄たちの部隊。それをこちらに戻そうと書状を出したのだ」


 ナルトリア王国は他国との争いが絶えない国でもあります。

 国王陛下の方針で王子たちには軍隊を指揮させているというこの国。


 二つの軍隊を二つの国に送っているという状況のため、今は第一王子と第二王子が不在という状況です。

 ライラ様はその軍隊を王都に呼び戻そうと思案したのでした。


「兄上たちの軍隊が戻れば、この国の防備は万全となる。思えば紛争自体がティルミナによる奸計である可能性が高いのだ。長引かせるのは妖者共にとって利益にしかならんのだろう」


 ライラ様の言うとおり、ティルミナが自らが宝剣を手に入れようとするために、わざわざ紛争を起こして邪魔な軍隊を遠くに送ったという推測は成されておりました。


 確固たる証拠はないのですが、様々な国で実力者に取り入っていた彼女がちょうど軍隊が遠征に行った瞬間にことを起こしたので、タイミングとしてそう考えるとしっくりくるのです。


「まぁ、ティルミナの計画だったかどうかは置いておいて、この危機には国を上げて戦わなくてはなるまい」


 力強くナルトリアの全勢力で戦うと断じたライラ様はいつにも増して心強い。

 妖者の王イムロス、そしてルーメリア王国。まだまだこの国でのトラブルは続きそうです。

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