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69.大きな馬車

 まるで、見世物のような感じで大きな馬車は王都の大通りを移動します。

 ライラ様も派手好きですね。陛下の豪快さといい、ナルトリア王家の気質なのかもしれません。

 

「フェルナンド殿、こんなときに呑気に会食などしていいものなのか。ワシの感覚では理解できん」


「私も同感だ。しかし、世話になっている以上はあちらの顔を立てねばならない。だからこそ伯爵は一番先に立ち上がったのだろう?」


 率先してこの会食へ向かったと思われるお父様もどうやら乗り気ではないみたいです。  

 当たり前といえば、当たり前ですよね。昨日の今日ですので。


 もっと言えば、つい先ほどイムロスの脅威や宝剣の秘密について話したばかりで、外で会食しようというのは想像できないことでした。


「ライラ様はプライドの高い御方ですから、そのイムロスとやらに対しても全く動じていないとアピールしたかったのではありませんの?」


「アピール、ですか?」


「ええ、イムロスという妖者一人に翻弄されてガチガチに警備を強化したとあらば、ナルトリア王国の沽券に関わる。そうお考えなのでは」


 ナルトリア王国の沽券、確かにお姉様の言うとおりかもしれません。


 大国であるナルトリア王国はノルアーニと友好的な条約は結んでいますが、他国とのいざこざが多い国です。


 つまり弱みを見せるとつけこまれる可能性が高い。治安が悪くなる一因にもなり得ます。


 大国は大国らしくあれ。ライラ様のお考えはそんな感じなのかもしれません。


「一人、と言っても化物だ。恐れを抱くのは何も恥ではないというのにな」


 お祖父様から直接お話を聞いたお父様はイムロスの恐ろしさを誰よりも強く理解しています。


 右手を振りあげれば竜巻が起こり、左手を振り下ろせば地割れが起きる。おおよそ、災害とみなしても良いくらい強大な力を持った男だったとのことです。


 そんな人にアーヴァインお祖父様はどうやって勝ったのでしょうか。そちらのほうが気になります。


 魔力を集中して威力を高めたと言いますが、それだけなのでしょうか。


「どんな化物であろうと一人は一人ですわ。国が恐怖するには少なすぎますの」


「そんなことは分かっとる。だが、実際にティルミナもニックも国を壊しかけたのだぞ。巨大な力を持つたった一人が国を揺るがすという前例があるのだ」


 お父様の仰るとおり、一人の力とて馬鹿には出来ません。


 魔法、特に古代人の時代の魔法はその力が大きすぎて自らの子孫を滅ぼしかねないと制約をわざわざ作ったほどです。


 再生魔法にしても人間には使えないという制約があるからこそ、ギリギリその存在を許されたのでしょう。


 本来なら未知の存在であるイムロスに最大限の警戒をすべき場面だというのは間違いないでしょう。


「馬車に乗ったあとに愚痴を言っても仕方ありませんもの。進言すべきなら、その前にすべきでしたわね」


「はぁ、そうだな。お前が正論だよ、イザベラ。まぁ、フェルナンド殿の推測によればイムロスは昔よりも弱体化した可能性が高い。少しは楽観的にいたほうが良いかもしれんな」


 そうですね。イムロスは数分でどこかに行ってしまうほど余裕がないとするならば、お祖父様との戦いのときほどの脅威はないのかもしれません。


 怖い怖いと思いつめても身体に良くないですし、今できることを考えたほうがいいです。


 いつ奇襲を仕掛けられても大丈夫なように準備しておきましょう。


「根拠はあるにせよ、あくまでも推測だ。過信してはならない。だが、この馬車に乗った以上はそれを嘆いても仕方あるまい」


「失敬。どうも最近、いけないな。ワシもどこかの娘に好き放題されて精神的に弱ったようだ」


「あらあら、それは本当にいけませんわね。早く忘れられたほうがよろしいかと」


「それが出来たら苦労はしないわい! 馬鹿者!」


 お父様はお姉様を好きで勘当したわけではありません。断腸の思いでした。


 イザベラお姉様の将来にはとても期待していましたし、お姉様もそれに応えられるように努力していたのです。


 それを壊したのが私のような気がしてきて、心苦しくなることもあります。


 私に出来ることとは何でしょう。ノーマン家の魔術師として立派に務めることでしょうか。


「シルヴィア、暗い顔をしているがどうした? 不安なのかい?」


「いえ、なんでもありません。私も今から出来ることだけを考えるつもりです」


「そうか。何かあれば遠慮なく相談してくれ。そのくらいの甲斐性は見せたいからね」


 フェルナンド様は優しく髪を撫でて、元気付けるように微笑みかけてくれました。


 彼の優しさにも報いるために頑張らなくては……!


 私は下を向いて密かにグッと拳に力を入れてフェルナンド様のお顔をもう一度拝見しようと、顔を上げます。


 あれ? フェルナンド様? 窓の外を見ていらっしゃる?


「妙だな。馬車がどんどん加速している」

「加速? そういえば、随分と速いですね。揺れも段々と強く――」


 外の景色がものすごいスピードで移り変わります。まるで乗馬でもしているときみたいに。

 つまりそれは、この馬車があり得ない速度で走っていることに他ならないのですが、何がどうなっているのでしょう。


 ナルトリア王国の馬車を引く馬は常識外れの力持ちなのでしょうか。いえ、この気配は先日のイムロスのものと似ている気がします。


「まさか、妖者!?」

「「――っ!?」」


 私が言葉を発したとき、フェルナンド様もイザベラお姉様もお父様も戦慄した表情を浮かべました。


「馬車を引いている馬からそんな気配がします」


「そんなバカな。どこから見ても普通の馬だ。サイズは確かに大きいが……」


「しかし、そもそも妖者の正体は動物だったはずだ。私たちが遭遇した妖者がたまたま人間の姿で目の前に現れただけなのかもしれない」


 私はこの馬車を引っ張って進んでいたのが妖者なのではないかと想像をしてしまいました。


 物凄い力ですが、そのような剛力を持つ存在もあり得なくはないと思ったのです。


「それではこの状況はまさに袋のネズミですわ! きゃっ!」

「「――っ!」」


 今度はお姉様の声に呼応するように今度は馬車が急停車しました。

 私たちは全員バランスを崩してしまいます。こ、これはまずいです。


 まさかイムロス以外にも妖者が私たちを狙って、しかもこんな白昼堂々、偽物の馬車を用意してまで襲いかかってくるとは思いませんでした。


「シルヴィア・ノーマン、大人しく投降せよ」

「つ、剣が……」


 目の前に幾本もの刃が現れて私たちは動きを封じられます。

 ああ、剣を持った覆面の人たちに完全に囲まれてしまいました。


 これはいきなりピンチです。私の身柄を要求しているということは、イムロスの仲間ということでしょうか。

 どうしましょう。本当に困りました……。

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