68.ティータイム
国王陛下から宝剣の秘密について聞いたのち、私たちは王宮の中庭のテラスに集まってお茶をいただいておりました。
「つまり今までどおり皆様に守られながら生活をすれば良いということですよね。エミリオンという神様を復活させてはならないのは分かりますが……」
「君の身のためだ。妖者の王、イムロスさえ退ければ早く帰国できるように私も交渉するさ」
「す、すみません、フェルナンド様。つい愚痴っぽくなってしまって。大丈夫です。不満などはありませんので」
「はは、わかっている。シルヴィアはそんな自分勝手な子じゃないのは、ね」
確かに退屈なのは間違いありません。
しかしながら私とて大陸に危機が訪れるという可能性を無視してまで自由を謳歌したいなどとは思わないです。
大人しくすることが最善ならば、私は喜んでこの状況を受け入れます。
「あら、人には厳重に警護するようにと言っておいて、呑気にティータイムを楽しむ余裕はあるのね」
そんな中、仮眠を終えたイザベラお姉様が私たちのもとにやってきました。
席を立ってせわしなくウロウロしているお父様のいた椅子に座って、当たり前のようにお父様の紅茶に砂糖をいれてかき混ぜていますね。
あっ、飲みました。こんな大胆なこと昔のお姉様は絶対にしませんでしたのに……。
「いいのかい? ノーマン伯爵に怒られるよ」
「あんな青ざめて震えている他人など怖くありませんわ」
お父様を他人だと言い放つイザベラお姉様からは何の未練も感じられませんでした。
お姉様はノーマン家から出たことを喜んでいらっしゃるのでしょうか。
彼女が思っていた以上に家の重責を背負っていたことは最近になってようやくわかりました。全部お姉様に任せようとしていたことも。
それがお姉様にとってはプレッシャーでしかなくて、呑気に生きている私が疎ましくなったのかもしれません。
「お姉様、昨夜はありがとうございます」
私はイザベラお姉様にお礼を言いました。護衛として眠らずに一晩部屋で過ごしてくれた彼女に感謝を伝えたかったからです。
朝はバタバタしていて、そんなことを言う余裕はありませんでしたので。
「ふん。命令とはいえあなたと同じ部屋というのは苦痛でしたよ。ライラ様に談判して別の者を置いてもらおうかしら……」
「君はこの王宮に仕えているんだろ? 命令には絶対服従だ」
「うるさいですね。愚痴くらい言っても良いではありませんか。わたくしもあの方の命令に背くような愚行は犯しませんわ」
どうやら私の護衛をするのが嫌でたまらないというのは愚痴で済ませてくれるみたいです。
お姉様は宮廷魔術師としてナルトリア王宮に雇われていますから、ライラ様に解雇されると非常にまずい立場になります。
「それで、いつまでこの子のお守りをしなくてはならないのですか? フェルナンド様はご存じですの?」
「妖者の王、イムロスを討伐するまでだろうな」
「いむろす? なんですか? それ」
お姉様はずっと眠っていましたのでお父様からイムロスの話も聞いていませんでしたね。
フェルナンド様もそれを承知しているので、お父様から聞いた話を掻い摘んで彼女に説明をされました。
彼女は紅茶のおかわりを要求しながらそれを黙って聞いています。
「――というわけだ。君の祖父が苦労して討伐したという怪物がシルヴィアを狙っているんだよ」
「お祖父様が三日もかけて、ですか。大丈夫ですの? 王都くらいは滅びるかもしれませんよ」
「滅多なことを言うでない! 馬鹿者!」
話を聞き終えたお姉様の第一声に、いつの間にか彼女の後ろに立っていたお父様が怒鳴り声を上げました。
確かに不謹慎なことこの上ないです……。お姉様ったら、思っていることをすぐに口に出されるようにもなりましたね。
「それではお父様、いえノーマン伯爵はそうではないと言い切れますの? 賊は大賢者アーヴァインと同等以上の力を持っているのですよ?」
「そ、それは、陛下がなんとかすると仰るからして」
「まぁ、言いくるめられましたの? 理不尽な力に抗えずに滅ぼされかけた国の話をしておいて」
「ぬぅ……」
イザベラお姉様はお父様に非難めいたことを言われます。
イムロスという妖者は間違いなく国に甚大な被害を与えるだけの力は持っているでしょう。彼女の懸念はもっともです。
お父様もある程度の被害が出ることは予期していますが、立場的にもそれ以上の言及はできないのでしょう。
ナルトリア国王にしても、まったくの無傷で勝利しようなどと楽観的なことは言っていませんでした。
陛下やライラ様のご厚意なのですから甘えようという選択はおそらく、いえ絶対に正しいはずです。
ですが、巨大な力を前にして誰も傷付かないような選択肢はないので、それを受け入れる覚悟は持っていなくてはならないのは間違いありませんでした。
「イザベラ、そこまでノーマン伯爵を責めるのは酷だろう。彼は最善の選択をした」
「それくらい承知しています。だからこんな状況に巻き込まれたことを憂いているのではありませんか」
「そうか。それなら、そんなに悲観しなくてもいい。光明はあるのだから」
「はい?」
フェルナンド様はイムロスという大きな脅威に対して光明があると述べられました。
それは一体、どういうことなのでしょう。どう考えても被害を防ぐ方法など簡単に見つからないような気がしますが……。
「イムロスという者は、昨日の夜にシルヴィアを狙ったがすぐに退散した。あれだけ素早く動けるのに、宝剣にはまったく手を出そうとしていない」
「人が集まってしまったからではありませんの? 盗みを働くには適した状況でないなら、わざわざ動かないでしょう」
「強い力を持っているのに? 随分と紳士的じゃないか?」
「「――っ!?」」
言われてみれば確かにそうですね。
あれだけの騒ぎになったとしても、力の限り暴れて宝剣を奪おうと試すことくらいはしそうなものです。
イムロスという人が力尽くを好まない人? いえ、私のことは力でもって攫おうとしたのでそれはあり得ません。
それではなぜという話になりますが、その答えというのは単純に――。
「イムロスという人物の力がノーマン伯爵の話よりも矮小であると言われたいのですか?」
「うん。シルヴィアの魔法が通じなかったみたいだから、強力な魔力は保持しているのは間違いないだろう。私は力というよりも、力を発揮できる時間が極端に短いと推測している」
なるほど、それならばすぐに帰ってしまったのにも納得できますね。
イムロスという妖者はお祖父様と同じくらいの力は持っているけど、その力を発揮できる時間が限られている。その仮定が合っているなら随分と状況は違いますし、対策も立てられます。
「フェルナンド殿、だからあのときワシに陛下のご厚意に甘えるべきだと……」
「この仮定を過信するわけにはいかないが、敢えて危険を犯すのも悪手だと思えてね。もしも、この仮定が真ならばノルアーニへ戻る選択をするほうが相手には都合がいいだろう?」
イムロスの力に制限時間があるなら、確かに帰り道で奇襲を仕掛けるほうが目的を達成しやすいでしょう。
少なくとも王宮の中にいるほうが彼も時間がかかって嫌がると思われます。
「ああ~、皆様こちらにお集まりでしたか~」
「アリーナさん?」
そんな話をしていると、以前にティルミナに捕まって彼女と入れ替わっていたメイドのアリーナさんがこちらに近付いてきました。
ニコニコと笑顔を向ける彼女ですが、私たちに何か用事があるのでしょうか?
「どうかされましたか?」
「いえ、先ほどなんですけど~。ライラ様がささやかな歓迎会を開きたと仰っていると聞きまして。至急、皆様を呼んでほしいと」
ええっ!? ライラ様が私たちの歓迎会ですか?
それはかなり意外ですね。いえ嬉しいですが、びっくりしました。
「いまさら歓迎会ですって? ふふ、ライラ様のお考えが理解できませんわ」
「お前を歓迎したくなったのだろう」
「そういえば、そうかもしれませんね。わたくし、自分のしたことを忘れておりました」
「忘れるな、馬鹿者!」
イザベラお姉様はいまさら歓迎会だと鼻で笑います。
ライラ様はかなりお姉様にご立腹されていましたよね。お姉様がしたことを考えると怒って当たり前ですし、許していただけたこと自体が奇跡なのですが……。
「外に馬車と護衛用の馬車を待たせておりますから、会食会場に向かってください~」
「ほほう。護衛用の馬車まで。ライラが招いているなら断るわけにはいかない。ご相伴に預かろうとするか」
「あまり外に出るのは気が進まないが……」
「ライラ様の誘いを断るのは怖いですからね……」
こうして私たちはアリーナさんの案内で城門から外に出て用意された馬車に乗り込みました。
彼女の言っていたとおり大きな馬車が数台取り囲むようにして私たちの馬車を守ってくれています。
これなら安心してお出かけできますね。
「なんだありゃ!」
「ちょっと見てみろよ! あれ!」
「大きな馬車だなー! 誰が乗っているんだろう!」
しかし、これだけ大仰だと周囲から注目されすぎてちょっと恥ずかしいです。
目立てばトラブルも起きにくいと考えられているのかもしれませんが、この食事のあとはできるだけ外に出たくないと伝えたほうが良いみたいです……。




