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66.妖者の王

「あら、今ごろお目覚めですか? 人が寝ずに番をしていたというのに、随分と遠慮なしにグースカ寝るんですね」


「お、おはようございます。イザベラお姉様」


 昨日は強力な魔法を使ったからなのか、ぐっすりと眠ってしまいました。

 そうでしたね。イザベラお姉様に護衛をしてもらっていたのでした。


「ほら、ボサッとしない。早く着替えてくださいな」

「えっ? ああ、はい。分かりました」 


 お姉様が私の着替えを手伝ってくれる!? そんなこと、今まで一度もありません。 


 髪までといてくれますし、すごく手際が良くてあっという間に支度が終わりました。


「またにやけて。わたくしに着替えを手伝いさせたことがそんなに嬉しかったのですか?」

「はい! それはもう!」

「はぁ……、なんであなたは犬みたいにこんなに突き放してもわたくしに懐くのか。理解に苦しみますわ」 


 い、犬みたいにですか。

 そんなことを言われても、喜ぶのは仕方ないでしょう。


 なんせ、イザベラお姉様が私のために着替えを手伝ってくれるなど僥倖としか思えませんでしたので。 


「お姉様、これから朝食をご一緒にどうですか?」 


「ご冗談を。わたくしはこれから休ませていただきますわ。あなたの護衛は夜のみという約束でしたからね」


「……そうですか。そ、そうですよね。ごめんなさい。私ったら」


 寝ていないお姉様を食事に誘うなど愚行でした。

 私は浮かれすぎていたみたいです。お姉様は疲れていらっしゃるのに、それを配慮もしないで。


「誘うなら夕食にしなさい。相変わらず、鈍感なんですから。困ったものですね」

「お、お姉様! はい! 是非とも誘わせていただきます!」

「ちょっと、飛びつかないでくださる? さっさとお行きなさい!」


 イザベラお姉様に喜びを伝えますと彼女は嫌がりながら私を引きはがします。


 なんだか分かりませんが、少しだけお姉様との距離が近付いたような気がしました。


 ◆


「悪いね、食事が終わって早々に」


「いえ、まったく問題ありません。お父様が私の話を聞きたがっているんですよね?」


「ああ、そうだ。既に人づてに大体の経緯は聞いているらしいんだが、どうしても君の口から直接聞きたいらしい」


 フェルナンド様と朝食を食べたあと、私たちはお父様の部屋を目指しました。


 どうやらお父様は私が妖者の男に襲われたという話を聞いて酷く狼狽したとのことです。



「お父様、昨日の話を聞きたいとのことでしたが、どうかいたしました?」 


「おおっ! シルヴィアか! お前、大丈夫だったか!? 怪我などはないと聞いていたが、本当に大丈夫なのか!?」 


 私が声をかけますと青い顔をしたお父様が私の身体を心配されます。

 お父様がここまで私を心配されるのは初めてですね。


「お父様、私はこのとおり無事です。安心してください」


「う、うむ。そ、そうか……。それならいいのだが」 


 私は両手を開いて自身の無事をアピールしました。

 これで安心してもらえればよいのですが、どうですかね……。


「シルヴィア、教えてくれまいか? 昨日見たという妖者はどんな男だった?」


「分かりました。では、もう聞かれているとは思いますが――」


 私は昨日の話をしました。


 その妖者がどんな風体だったかということ。宙に浮いて音もなく猛スピードで移動すること。私の魔法が一切通じなかったこと。 


 話を終えると一度は落ち着きを取り戻しかけていたお父様の顔面は蒼白となりガタガタと震えだします。 


「ま、間違いない。その男は妖者の王だ」 


「妖者の王……、ですか」


 そしてお父様の口から昨日の男の正体らしき言葉が出てきます。

 なんでしょう。“妖者の王”という存在とは一体……。


 そもそもお父様がなぜ昨日の男についてご存じなのでしょうか。 


「ノーマン伯爵、あなたはあの男について知っているのか? 妖者という存在はほとんど表立った記録が残っていない謎多き存在なんだが」


 フェルナンド様もそのあたりが気になったらしく、お父様に事情を尋ねます。


 そもそも、私もお姉様も妖者については伝説上の存在で実在するのかすら疑わしいと思っていたほど。


 つまり、お父様は一度たりとも私たちにそれについて言及したことはなかったのです。 


「私の父、シルヴィアの祖父。大賢者アーヴァインは若かりし頃、大陸中を旅していてな。とある国に立ち寄った際、その殺伐とした雰囲気に違和感を覚えたそうだ」  


 なんと、ここでお祖父様の話ですか。

 お父様が“妖者の王”とやらを知っている理由は大賢者と言われたお祖父様の若い頃の話と関係があるみたいです。


「巧妙に隠していたが、しばらくその国に滞在していたアーヴァインは王族たちが地下牢に監禁されていることに気付き、それを解放。王族に成り代わってその国を支配しようとしていた妖者たちを薙ぎ払い、ついには首謀者と対峙する」 


 お祖父様は世直しの旅をしていたと仰っていましたが、随分とアクティブだったのですね。 


 困っている人たちを助けていたのは知っています。しかし、地下に捕らわれていた王族を見つけるなど簡単ではないはずです。


「首謀者は妖者の王イムロス。アーヴァイン曰く、自身を超える魔力を持つ者に初めて出会ったそうだ」


「妖者の王イムロス? 大賢者殿よりも大きな魔力を持つ、だと?」


「確かに昨日のあの男から感じたそれはお祖父様よりも大きかったかもしれません」


 お父様から飛び出した名前。妖者の王、イムロス。

 それがあの男の名前ですか。

 

「イムロスは強かった。目にも止まらぬスピードでことごとくアーヴァインは背後を取られて吹き飛ばされる。そして己の魔法はことごとく無効化される。まさに人智を超えた力の持ち主だったとのことだ」


 昨日のときと一緒です。

 私の魔法は一切、通じませんでした。そして気付いたら音もなく近くまで接近を許し、腕を簡単に掴まれてしまったのです。 


「アーヴァインと違い、シルヴィアは運が良かった。お前にはまだ利用価値があったから、傷付けぬように手心が加わったのだろう。その気になっておれば、お前は今ごろワシの前に立ってはおらん」


「怖いことを仰らないでくださいな」


「いや、ノーマン伯爵の言うとおりだ。歴史上でも随一の魔法の使い手である大賢者殿すら手玉に取られたのであれば、君も相当危なかったに違いない」


 お父様の言葉に納得するように頷かれるフェルナンド様。

 怖いです。もしかして、私は殺されていてもおかしくなかったということですよね。


 若い頃のお祖父様は私が知っていたときよりも魔法のキレがあり、常人離れした体力があったと聞きます。


 そんなお祖父様の魔法が通じず、一方的にやられてしまうとは。あれ? 一方的に……?


「お父様、当たり前ですが、お祖父様はそれでも無事だったんですよね? どうやって逃げたのですか?」


 そうですよ。お祖父様はそれでも生き延びることができたのです。

 でなければ、こうして若かりし頃の武勇伝も聞くことなど叶わないのですから。


「続きを話そう。アーヴァインとて大陸に並ぶ者はいないという魔法の使い手。徐々に素早い動きにも慣れ、色々と試すうちに気付いたのだ。イムロスは自身の魔力を下回る魔法を打ち消す結界で身を守りながら動いとることに、な」


「あー、だから魔法が通じなかったのですね」


「私の剣で傷付けられたのは、そういうことか」


 まさか魔法を打ち消す結界などを身に纏っているなど考えもつきませんでした。


 効かないのは魔法だけなので、フェルナンド様のサーベルは避けなくてはならなかったということですか。納得です。


「イムロスの秘密を見抜いたアーヴァインは彼の結界を破って傷付けることに成功する。そして戦況は五分に戻り、三日三晩戦い続けた二人だったが、最後にはアーヴァインがイムロスに致命傷を与えて勝利。その国は救われた」


「ちょ、ちょっと待ってください。お祖父様の魔法は通じなかったんですよね? なぜ、急に結界を破れるようになったのですか?」


 いきなり話が飛んだので、びっくりしました。

 イムロスのほうが魔力が大きくて、それを下回る魔法は打ち消されるという話が分かった途端に、結界が打ち破られています。


 おかげで三日戦ったという話からが入ってきませんでした。


「馬鹿者……! お前はそれでもノーマン家の魔術師か!? 才能に任せて何も考えずに魔法を使っておるから、大事なことを忘れるのだ!」


「す、すみません! ええーっと、大事なこと。な、なんでしたっけ?」


 先程まで怯えたような顔をしたお父様が怒り出しました。


 この感じ、昔の修業時代を思い出します。

 物覚えが悪く、感覚的に魔法を使う私は理論的なことが苦手だったのです。


「魔力とは魔法を生み出す力の源。確かに魔力が大きい方が強力な魔法は扱える。だが、体内の魔力の流れを把握して、それを一点に集中するように運用すれば――」


 お父様の魔法学の講義が始まりました。

 右手の人差し指を立てて、左手には果物ナイフ。


 うーん。前にもこの話を聞いたことがある気がしますが、思い出せません。


「このとおり、強力な力も生み出せるということだ」


 人差し指でナイフの切っ先を潰して、その刃をまるで紙細工のようにふにゃふにゃにするお父様。


 そうでした。魔力の一点集中――それこそ、我がノーマン家の魔法の真髄でしたね。


 我ながら酷いです。こんな大事なことを忘れて呑気に魔法を使っていたとは。


「ごめんなさい、お父様。すっかり大事なことを忘れていました」


「いや、よい。お前はそんなことをしなくとも自身の魔力をそのまま使うだけで強い魔法が使えていたからな」


 する必要がなかったといえば、そのとおりです。

 色々な魔法を教わったり、自分で勉強して使えるようになったりしましたが、今までそういった技術が必要だったことはありませんでした。


「ノーマン伯爵、そろそろ話を戻しても良いかな? つまり、大賢者殿はその技術を活用して、自身の魔法の威力を上げてイムロスを倒したということか?」


「フェルナンド殿の言うとおり。アーヴァインは魔法の技術面でも当時から超一流だったのだ。とはいえ、この話はワシも子供の頃は作り話だと思うとった。あまりにも現実離れした話だからな」


 王族たちが捕らえられていて、伝説の存在のような妖者たちが国を支配しようとしていたなど、確かにおとぎ話みたいですよね。


 お父様が信じられないのも無理はありません。


「だが、ある日のこと。アーヴァインを訪ねて、とある国の国王がやってきたことがあった。その国王はアーヴァインに妖者に支配されかけていたことは国の恥だとして固く口止めをお願いしていてな。ワシもアーヴァイン、いや父上からの言いつけを守り今日初めて話したというわけだ」


 あー、なるほど。だから私やお姉様にも今まで一切話していなかったのですね。


 イムロスは死んだと思われていましたし、特に危険性を伝える必要もないと判断してお祖父様もその約束を守った、と。


「シルヴィアが見たという風体が、以前聞いた話とことごとく一致していてな。もしやと思っていたが、おそらく間違いあるまい」


「お祖父様が三日間戦い続けてやっと倒せたような妖者の王が、あの人の正体……」


「魔法の技術的な話をしたが、まだ未熟なお前ではどうにもなるまい。無論、ワシでも厳しいだろう。軍隊を以てして、討伐にあたらねばならん」


 お父様は落ち着いたせいなのか、再び顔を青くして俯きます。

 話のとおりだとすると、“妖者の王”イムロスの力は常軌を逸していました。


「早く帰らなくてはならんな。ナルトリア王国にこれ以上は迷惑がかかる。シルヴィアを狙っているのなら、これ以上は居られぬとナルトリア国王にお伝えせねば」


 お父様は立ち上がり、せっせと支度を始めようとしました。

 ナルトリア国王に謁見を願おうとされているのだと思います。 


 確かに迷惑はかけられないということには同意しますが、私がこの国から離れたら大丈夫というわけでもなさそうなのです。なぜなら、イムロスの目的は――。


「ノーマン伯爵、あなたらしくもない。イムロスの最終的な目的は宝剣。どちらにせよ、彼はこの国を襲撃するつもりだ」


「――っ!? むぅ、そうだった。だが、シルヴィアをこの国から引き離せば幾分かは迷いが生じるはず。ノルアーニとナルトリア、二つを一度に攻めるのは無理なのだから」


 フェルナンド様の言葉にお父様は立ち止まりましたが、それでもこの国から早く出たほうが良いという方針は曲げませんでした。


「わかった。それでは、陛下のご意向を聞こうじゃないか。私が謁見の許可を取ろう」


「かたじけない、フェルナンド殿」


「いいさ。おそらく陛下もイムロスの話は聞きたいはず。少なくとも情報の共有はしておいたほうがいいからね」


 ナルトリア国王との謁見許可を取り付けてくると、部屋を出るフェルナンド様。やはり頼りになります。

 果たして国王陛下はどのような結論を下すのでしょうか……。

※大切なお願い※


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『氷結の聖女と焔の騎士』


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短いお話で、サクッと完結させる予定ですのでよろしくお願いいたします!

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