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49.アーヴァイン・ノーマン(ニック視点)

 二番目に生まれてきただけで私の人生は兄の予備でしかなくなってしまった。

 ノルアーニ王国は他国を牽制するために一枚岩にならねばならぬと、父上は次期国王となる兄にのみ権力を集中させ、私を冷遇した。

  

 私を冷遇した理由は分かる。

 私は幼少の頃から勉学も運動能力も兄よりも秀でていた。

 父上はそれが気に食わなかったのだ。次期国王よりもその弟が優れていて良い訳がないと。

 

 父上は兄に英才教育を施した。一流の講師をつけて、一流の授業を受けさせる。

 

 教育というものはよく出来ていて、私と兄の能力差は一瞬で逆転して、そこからは私は優秀な兄に劣る無能な弟というレッテルまで貼られてしまった。


「ニック、お前が優秀なことは分かっている。僕が王になったら、変えてやるから。辛抱していてくれ」


 兄はそんな私を憐れに思ったのか、同情めいたセリフを吐く。

 それが一番の屈辱だった。「俺が王になったら」……もう敗北確定の未来の後のことなど私にはどうでも良かった。


 私はこのまま、兄の影として一生報われない人生を歩むのかと……己の矮小さを呪ったものだ。


 そんな中、私はある人物と出会う。まだ10歳になったばかりのことだ。


「ニック殿下、あなたには魔術師としての素養があります。これから成長すると魔力を暴走させてしまう可能性もありますから、私が魔法学をお教えさせて頂きますね」


 アーヴァイン・ノーマン――大陸一の魔術師として名を馳せており“大賢者”と呼ばれている男である。

 他国では王である私の父上の名は知らなくとも、この男の名前は知っていると言われるほどの有名人。

 なんでも若かりし頃、伯爵家の嫡男のくせに国を飛び出して大陸中で人助けをして回ったらしい……。


「それでは、よろしくお願いします。殿下……」


 柔らかな物腰はこの男の重厚な力強さを際立てた。

 彼は自らの力を誇らない。誇る必要がないからだ。


 私に初めて出来た講師(せんせい)はそんな男だった。



「非常に筋が良いですよ……! まさか、再生魔法までマスターするとは。私にもニック殿下と同じくらいの息子がいるのですが、あの子にも殿下のひたむきさを見習って欲しいものですねぇ」


 アーヴァインはよく笑い、よく褒め、私の努力を認めてくれた。

 この男には私と同じくらいの年齢の息子がいるらしい。

 ノーマン家は魔術師の家系として有名だからな。そいつも修行を積んでいるのだろう。


 大賢者アーヴァインと過ごした時間は私の人生の中で唯一楽しいと言える瞬間だったのかもしれない。



「父上! 何故ですか!? 何故、これ以上、アーヴァインから魔法を習ってはならないのですか!? 私には魔法の才があると、あの大賢者が認めてくれたのですよ!」


「自惚れるな! 愚息が! そうやって調子に乗ることが目に見えたからだ! お前のような反抗的な男は、なまじ、中途半端な力を身につけると、ろくな事にならん!」


 しかし、父上は私がアーヴァインに師事することを良しとしなかった。

 元々、魔力のコントロールをマスターさせれば良い話だったとはいえ、如何にも急な話だった。

 そう、父上は本当に私のことを敵視しているのである。


 私が力をつけると国に災いをもたらすと本気で信じ込んでいたのだ。

 それだけの理由で、父は私の唯一の安らぎの時間さえ奪ったのである。


「それならば、望み通りにしてやる……」


 幸い魔法の基礎は習った。

 高みにいるあの男の凄さも知った。

 あとは一人でも大丈夫だ。魔術師であること、あの男を追いかけ続けることは私が私であることの証明。

 

 偉大なる大賢者を超えて、私はこの国の(いただき)へと駆け上がる。


 幸い、父上の権力の過剰集中に反目している人間も多い。

 今は大人しく影に徹しながら、下剋上の機会を探ろうではないか。



 そして十年以上の月日は流れる。

 父上は既に引退して兄が国王になった。


 満を持して、私は動く。この国に虐げられていた復讐心をぶつけるために。

 私が大賢者の後継者として相応しい力を持つに値することを証明するために――。

次回でニックの過去編は区切りをつけます。


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