魔法世界ができるまで
ーー充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。
レイ・カーツワイル
ーー革命家であり、科学者であった黑伊 縁は、日本の淀みを全て払拭し思想を持つべき者たちが報われる世界に法も秩序も、全てをひっくり返した。
過度なインフレは一切起きず、努力が報われ知ってる者だけが得をする世界を失くした。平等ではなく均衡。与えるべきは要求と報酬に沿うた幸福度。
イノベーションにより人間の勤労を減らし無駄を無くす事に徹底を施した。中央集権は終わりを遂げ、生産と供給、移住地の均一化、民俗的取り組みを図り教育を一から組み直しより良い国造り、国民主権の大国家へと躍進を遂げ世界でも日本はまた一目置かれる存在へと昇華した。
全てが慢性化しインフレもデフレも起こらない。経済の活性化は世界からの貢献により勝手に解消される。拝金主義から道楽主義へと変わり、子供から大人まで交流の輪は遊楽へと変わった。市区町村の部分的統合により都道府県長からの伝達が速やかに行われるようになり、国の繋がりはより一層強まった。国家が一つのビジネスとして機能する国となったのだ。
若者の多くが黑伊氏を支持し、明確な目標は宣言通り実現へと昇華した。
若干27歳の出来事であった。彼は3年と7ヶ月でそれをやり遂げたのだ。
その後、大規模国家革命により日本が大きく変わりあらゆる物資が日本にも廻るようになった。
科学者の一面も持っていた黑伊氏は全体的な指揮を現首相に一任し、監視役を付け逐一報告制により問題の早期解決を目指していたが、国が出来上がった以上それはほとんど機能せず国民主権となった今活性の自動化が進み続けていた。
そして得た物資により黒伊氏は研究に努めた。
“魔法”の研究を公表したのはそれから8年後であり、誰もが本来なら嘲笑するそれは、黒伊氏が公表したというだけで固唾を飲んだ。
段階は極めて初期のもので、それは論文の一文からの抜粋でしかなかったのにも関わらず、国民を震撼させた。
“空間摩擦による自由意志熱源操作”
あまりにも珍奇なそれは、ハッタリやトリックのそれに近く、科学的根拠に基づいたと言われても静かに頷けない。
しかし黑伊氏が見せたものはあまりにも歴然としていた。
脳から発せられる指示を帯びた電気パルスを空間素粒子へ変換し、電子レベルでの摩擦統合によって何も無い空間に火を発生させたのだ。
燃える紙があるわけでも無いのにも関わらず、指示を送り続けることで火は消えずに宙に浮いて燃え続けていたのだった。
これは常に発生を繰り返さなければいけないため極度の脳疲労が伴うらしく、長時間の実験は出来ないと告げ彼はまた研究に没頭した。
国民は魔法だなんだと一層盛り上がり、黒伊氏は各国から研究を売ってくれと殺到したという。
黑伊氏は全てを断り、数人の信用できる研究員だけを残してさらなる研究を続け、2089年、104歳で逝去した。
死ぬ前に残した最後論文は、世界を暗示する呼びかけだった。魔法を極めるだけ極めた黒伊氏は過去の研究資料を全て破棄し、自らの遺体も脳ごと吹き飛ばして死に絶えたという。まるで知ってはいけないことを知ってしまい、後悔したかのように消えた
魔法ブームはその時既に去っており、彼の死んだ後も国民はやっぱりハッタリだったんじゃ無いかと疑った程だという。
ーー2100年
黑伊縁の忘形見である嫡出子、黑伊英理が世界を震撼させる声明を挙げた。
「父、縁が遺したものが一つだけある。それはーー」
英理は右腕を天に伸ばし高らかに挙げ、瞼を下ろした。
すると驚くべきことに、晴天の空に巨大な光り輝く円が描かれる。
その円の中に複数の線が結ばれ、見たこともない文字が紡がれる。
完成した、と思われた直後に光は一層強くなり、やがて空に溶けるように消えた。
ただのプロジェクションマッピングを使った演出のように見られたが、その刹那想像を絶する変化が起きる。
突如として、雲ひとつない晴れ渡っていた空に、大きな雲が発生し、曇天に変わる。
そして驚くべきことに、嵐のような大雨が地表に降り注いだ。
民衆はパニックに陥ったとともに、大歓喜が巻き起こった。
「魔法が完成していた!」
誰かがそう言ったことを皮切りにその場にいた人々は皆濡れることも構わず叫び声を上げていた。
「父は私たち血族の細胞に魔法を行使できる因子を遺した。これは後世に何十年、何百年という歳月を費やして人類の常識を変える因子となる。研究は成功していた」
ーーやがて世界は黑伊の血を巡って戦争で溢れかえった。