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本音と勘違い


「俺は異世界人だ。」


まず初めにタチバナは自分の出自を伝える。

今まで敢えて従業員達に話す事はなかったので、この機会に伝えようと思ったのだ。


タチバナはそう切り出した後、切々と自分の生い立ちを語った。


向こうの世界で今と同じく企業をしていた事、そこで失敗し、捕まってしまった事、その際にアフラーダにこの世界に誘われた事を真摯に伝えた。



「分かるか?俺はただの人間でこの力は貰い物だ。神や悪魔などではないし、お前達の様な超越者でもないんだ。」




タチバナは落胆する従業員の顔を想像していたが、そこにはキラキラとした瞳の従業員達がいた。



彼等からすると、タチバナが人間である事も異世界人である事も既に承知の上である。


彼等に刻まれた橘の花の紋章のスキルの1つ、共有化の力により、フラウ等のタチバナに近しい従業員の知識や感じた事を共有しており、その辺は公然の秘密として扱われていた。


寧ろ、その秘密をこうして皆の前で打ち明けてくれたタチバナの誠実さに感動してしまっている。



や、ヤバい。これ絶対まだ勘違いしてやがる!



上手く言いたいことが伝わっていないことに気付いたタチバナが焦り出す。




「そ、それにだ!お前達は優秀だ。知識も力も経験も、それに俺にはよく分からんが魔力とやらも凄いのだろう。それこそ、俺が前の世界でこき使っていた従業員なんか目じゃないくらいによく出来た社員だ。だからこそ俺にこき使われるよりも他に――」



「我等一同、社長に使い潰される事を望んでおります。」


フラウが被せるように社畜発言をする。



「いやいやいや!もっ他に条件の良い所なんかいっぱいあるだろ?それに自分で起業すると言うのも手だろうし·····。」



「ここまで知識や力を与えて頂いた貴方を裏切れと?あまり貴方の従業員を馬鹿にしないで頂きたいですな?」


ホビット族の族長、ウォールが皮肉げに笑う。



「そもそも社長の下以上に面白い所なんざないしのう。儂等ドワーフが目ん玉ひん剥く位の技術の宝庫で、それを惜しげも無く公開してくれるなんぞ、どんな工房でもありゃしないわい。」


ドワーフ族の族長、ザップが呆れた顔でため息をつく。



「待遇もまぁ及第点ですし?生活必需品がタチバナブランドと言うのは中々ない条件ですしねぇ。」


幸せそうに尻尾を振りながら獣人族の代表、ルイーゼが顔だけは冷たく笑い、ボソリと、後は私に手を出して頂ければ完璧なのに·····、と呟いた。



「社長の国では寄らば大樹の陰と言う慣用句があるのだろう?それはこちらでも同じだ。貴方という大樹に皆が寄り添っているのだ。」


「それが煩わしいとお感じされているのならば兎も角、我々からは離れる気はございませんよ?」


エルフの族長、ゲイルとフローラが言う。




「お、俺は酷い奴なんだぞ!?何ならエルエスト王国の貴族達が奴隷にしている仕打ちと何ら変わらない!」


「違います。」



ソフラがぴしゃりと否定する。

それを皮切りに次々と従業員達が叫び出す。



「社長は俺達に温かい食べ物と清潔な寝床をくれました!」


「文字も教えてくれたじゃないですか!」


「服も靴も頂きました!」


「休みも週に2日も頂いています!」


「好きな物を買って構わないと、お給料をくれて俺たちの為に店まで用意してくれました!」


「私達に好きな人と付き合い、結婚して構わないと仰って頂いたじゃないですか!」



従業員の殆どは元奴隷であり、それらは本来彼等にはどれだけ望んでも手に入らない奇跡だった。



「な、なにを言っている!そ、そんな事は人として当たり前の――!」



「そうです。社長が俺達を人にしてくれたんです。お前達は家畜じゃない。人間なんだと教えて頂きました。」



ログが真っ直ぐに告げた言葉で、タチバナは言い淀んでしまう。



「社長。ノーザン帝国の兵士虐殺を気にされているのなら、あれをしたのは我々従業員です。どうか我々を罰して下さい。何ならこの場で我々100万の従業員が首を落とします。その首を持ってノーザン帝国と和解を!」


さらにカポネが罰して欲しいと頭を下げてきた。

追従する様に全従業員が頭を下げる。


直角まで頭を下げる最敬礼だ。



ここまで真っ直ぐ謝られるとタチバナとしても非常に困る。


確かに神の杖使用時は、あまりにもグロい画像を見たのでテンパって気絶してしまったが、冷静に考えると別にタチバナ商会が責められる様なことはしていない。


攻めてきたのは向こうだ。

むしろ良くやったと褒めて然るべきだろう。



「ま、まぁ、あの件については特にウチは悪くない。ちょっと?いや、かなりなオーバーキルだったとは思うが、お前達が責任を取る程のもんじゃあないさ。」



「お優しい·····。」


ルーミエが感極まった様に呟くのを聞いてゲンナリするタチバナ。



「取り敢えず、だ。そんな訳で俺は単なる人間でただの社長なんだ。神にはならないし、何なら王とかそう言うのはやめてくれ。」


そうタチバナはハッキリと告げた。


「承知致しました。王や神()()ならない。ハッキリと理解致しました。」


「うん!そういう事だ!さ。ならこんな所からさっさと帰ろう!もう良いだろ?アフラーダ。」



誤解が解けたと思い込んでいるタチバナはスッキリした顔でアフラーダに尋ねる。



『·····そうね。良いわよ。じゃあ順番に送り返すからちょっと待ってなさい。』


全てを知るこの星の意思は楽しそうにそう告げた。




☆ ☆ ☆ ☆




自分と言う存在が確立されて数万年。

まさか自分にこんな面白い事が起こるとは思わなかった。



あのタチバナという男は実にイレギュラーだ。


知らぬ事とは言え、超越者をあんなに作り出し、そしてあまつさえ神たる自分の力を奪い取り、神にとって変わろうとした。


その過程で死を自覚し、さらに自意識を確立してしまった。

チートを通してタチバナと繋がっている事も関係しているだろう。


ここまで情緒が発達してしまったら、もう元には戻れない。



あの男は意識しているのかしていないのか分からないが、社員達は王や神()()ならないと言った。


そりゃあそうだ。


何せ従業員にとってタチバナは王や神よりも上位にある存在だ。


根本的なタチバナの勘違いは解かれていないままだ。


これからあの者達はどうなるんだろう?

人間並みに発達してしまった情緒が動き出すのを自覚する。



『それに私の力も返して貰わないといけないしね』



思いがけず人の情緒を獲得してしまった神たる存在は楽しそうに呟いた。




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