絶望の先
何とか体調が戻って来ました。
不定期にはなりますが、お付き合い頂ければ幸いです。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
原爆投下の写真や動画を見た事はある。
あのキノコ雲のやつだ。
もしこれが、あんな動画ならその凄惨さは伝わらなかった。
もしこれが瓦礫や焼け野原になった丘の風景なら、兵器の威力は察せても、そこにいた筈の兵士を思う事はしなかっただろう。
それは花の開花の様だった。
地上1000メートルから撮影されたリアルタイムの動画。
空間の振動による衝撃波は炎も煙もキノコ雲も生み出さない。
そこには緑の丘に大量の赤い何かがぶちまけられ、赤い花弁が徐々に開いている様に見えた。
「如何です?司令!神の杖は無駄に破壊を撒き散らしません!従来の爆弾等と違い、空間振動による衝撃波は生物等の柔らかい目標のみを破壊します。熱と衝撃で違いますが、イメージとしては電子レンジが近いですね!これを使えば施設の占拠等も簡単に――」
··········うっぷ。
「し、司令!?」「社長!!!」「み、水を持って来て!!」
フラウの説明とメインモニターに広がった上空1000メートルからも見えるほどの大きな血溜まりを見て、胃の中身がひっくり返った。
·····俺は何を社員にさせたんだ?
そのあまりに大きなショックから意識が遠のいて行った。
◆ ◆ ◆ ◆
初めは、ただの反骨精神だったと思う。
中学までは普通に授業を聞いているだけで満点を取るのは当然だと思っていた。
だって先生が言っている通りに答えを書けば丸が貰える。
ただそれだけの単純作業を、周りが何故出来ないのかが分からなかった。
その慢心を打ち砕かれたのは、高校に入ってからだった。
次第についていけなくなる授業内容、ささくれ立つ精神が周りとの協調性を奪って行く。
まだ自分と周りの学力を受け入れられれば、クラスのお調子者の様な立ち位置もあっただろう。
しかし、中学までの優等生だったプライドがそれを許さなかった。
例え周囲から孤立しようとも、いじめの対象になろうとも、
そのプライドを捨てる事が出来ず、ただただ死にものぐるいで勉強をした。
高校、大学、社会人、そして企業した時も、どこまでも肥大化した反骨精神を原動力として続き進んだ。
ブラック企業を創立した動機も、今思えばそんな幼稚な自己顕示欲と承認欲求、独占欲の現れなのだろう。
あぁ、そうだな。
結局それなのだ。
俺は何かを奪われるのがどこまでも嫌なのだ。
·····その想いだけで突き進んだ先がこれか。
「猿山の大将の先が大量殺戮の黒幕とは、結局世にごまんといる独裁者と同じだなぁ。」
ぼそりと呟き、目を開けると真っ白い空間にいた。
あぁ。またここか。
『強き意志を持つ魂よ。また会いましたね。』
どこからともなく声が聞こえる。
俺をここに送り込んだ神か。
確か名前は、·····創造神アフラーダだったか?
『それは人の子が勝手にそう呼んでいるだけで、私には名前も性別もありません。』
そうなのか。
·····ん?今、俺声に出していないよな?
『ここは神の領域。声に出さずとも念ずれば伝わります。』
なるほど。
面倒がなくて良いな。
『ふふ。何度か人の子とこの空間で話した事がありますが、心を覗かれているのをそう評価したのは貴方が初めてです。心を暴かれるのは怖くないのですか?』
ふん。俺は基本的に思った事を口にするからな。
嘘や誤魔化しをする時もあるが、別にそうでないなら見られても構わんだろう。
『口では何だかんだと言っても、貴方は基本的に正々堂々と真っ向からを好みますからね。そうなのでしょう。』
あん?そんな事はないぞ!
俺は何人騙したか分からんくらい騙した稀代の悪党だぞ?
『貴方の性質の話です。以前の世界では知りませんが、この世界ではそれが上手く噛み合っているように思いました。·····貴方も気付いていたのでしょう?』
·····まぁ、な。
俺だって馬鹿じゃあない。従業員と俺の間で認識の違いがあったというのは流石に分かっている。
『お陰でこの世界の文明はより発展しました。従業員達も幸せそうでしたよ?』
·····ふん。いつもいつもアイツらはどんな事でも全力で取り組み、そして確かに、幸せそうに笑っていたな。
「·····で?そんな事を言いに呼び出したのか?」
コイツに呼び出されたのは2度目だが、曲がりなりにも神と呼ばれる存在だ。
そう簡単に会えるわけではない。
何かしらの思惑があるはずだ。
『思惑、と言う程ではありませんがね。貴方の仕出かした事の後始末についてですよ。』
うん?俺の仕出かした事?
『250万人もの人間を次のステージに進化させ、この世のバランスを著しく狂わせた事についてです。』
次のステージ·····?
ああ。あの謎の発光現象か!
『莫大な魔力をその内に取込み、超人と言える圧倒的な身体能力や様々なスキルを発現させる種としての進化。それは本来、限られた者に与えられる奇跡です。』
なるほどね。
やはりウチの従業員達は異常だったのか!
やっぱりなぁ。
明らかにやってる事がおかしいもん!
『世界の発展を望み、貴方をこの世界に取込みましたが、まさかこの様な事になるとは思いませんでした。世界のバランスを保つ為、貴方の存在を消去し、巻戻す事にします。』
なぬ!?
待て待て!消去する!?
殺されるのか!?
『ああ。誤解させてしまいましたね。あくまでもこの世界では、です。要するに元の世界に戻って頂きます。』
え?戻れるのか?
地球へ?
『はい。このまま元の世界の元の場所、元の時間に。あぁ、折角骨を折って頂いた訳ですし、向こうでも多少の融通は効かせましょう。例えば戻す時間を捕まる1年前の時間にする等でも大丈夫ですよ?』
ほう!それならここに来る直前の、あの逮捕劇を回避出来るな!そうだな。やはり、この世界より地球の方が文明が発達しているし、何よりあの社畜共と関わらなくて済むから俺の胃に優しい!
『なら合意とみなし、すぐに――。』
「·····何て言うと思ったか?」
『え?』
ふん!確かにあの社畜共には困ったものだが、それとこれとは別だ!
アイツらは俺のモノだ。
あの世界で獲た地位も名誉も金も!
地球での悪評すらも捨てるつもりはない!
俺は俺の全てを捨てるつもりはない!
『何という強欲。神を前にそこまで言い切りますか。』
くっくっく。どうやら俺も従業員達に毒されているらしい。
「たかが神如きが、社長を前に頭が高いんだよ!」
今まで意識して使った事はなかったが、何となく分かる。
俺の右拳が激しく光り輝く。
『な、何をしているのですか!?』
決まってる。
社長のする事はただ一つ!
社員共に命令する事だ!!
パキィィイイイン!!
真っ白な空間に大きなヒビが入り、その隙間から大量の人がなだれ込んで来る。
ウチの社員達だ。
「社長。遅くなりましたが、タチバナ商会全社員、出勤致しました。」
フラウが俺の傍にやってくる。
あぁ、これでいつも通りだ。
『魔力で空間を突き破った!?何て無茶を·····!』
ハッ!この俺はブラック企業経営者だぞ?
社員共の出勤時間なんざ俺の気分次第だ!
さぁ!楽しい楽しいサービス残業の時間だ!