神の怒り
「で、具体的には何をするんだ?」
フラウにコソッと尋ねる。
事前に広辞苑オーバーのページ数を持つ作戦立案書を貰っているが、1ミリも読んでいない。
「神の杖の使用を前提とした作戦ですわ。」
神の杖ぇ!?
あのトンデモ兵器を使うのか!?
地球には、神の杖と言う兵器の噂がある。
核兵器に代わる戦略兵器として米軍で計画されている兵器で、超鋼材の金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。
極めて大規模であるが、一種の運動エネルギー弾であると言える。落下中の速度は約マッハ9.5に達し、激突による破壊力は核爆弾に匹敵するだけではなく、地下数百メートルにある目標を破壊可能だとされている。
ただし、実際はこの通りのスペックは物理的に作製する事は不可能であり、運用面や費用対効果からもその実在は否定されている。
簡単に言うと、宇宙から金属の棒を目標地点に落とす。
そんなネットに転がる都市伝説、完全眉唾物のSF兵器である神の杖なのだが、どこかのバカが非常に興味を持ってしまった。
スパイ衛星を打ち上げると言う計画と並行して宇宙兵器開発に着手してしまったのだ。
「しかし、あの兵器は成立しないんだろ?確か、宇宙から地球に落下させるのにとんでもない推進力もいるし、そもそもちゃんと狙った所に当たらないと聞いた事があるぞ?」
開発段階で色々説明されたが、ハッキリ言ってほんとうに使うとは思っていなかったので、適当に聞き流していた。
ふふっと楽しげに笑いながらセレスタが教えてくれる。
正社員の連中に多いのだが、俺が知らないと言えば嬉しそうに色々説明してくれる。
どうやら俺に何かを教えるのが嬉しいようだ。
「仰る通り、単に宇宙から物を落とすと言うのは中々大変です。ですから、擬似空間転移を使うのです。」
ああ。魔法ね。
まぁそんな事だろうと思ったよ。
「神の杖本体と着弾地点の空間を強引に湾曲させ、擬似的に弾を空間転移させます。本来なら何事もなく転移するのですが、擬似的なので·····」
そう言うとセレスタがフッと消えて、数メートル横に瞬間移動した。
パァン!!
セレスタの周りから何か爆ぜる様な音がした。
「この様に、空間が戻る際に術式が不完全だと湾曲させた空間が戻る際に移動した地点に衝撃波が出ます。これは、移動させる物体の質量や距離が多ければ多い程、加速度的に衝撃波は大きくなります。」
ほほー。
何となく分かったぞ。
つまり、神の杖はこの原理で目標地点を攻撃するのか!
「質量に関しては目標破壊範囲で衛星にて調整させ、任意のポイントを過不足なく即破壊可能ですわ。」
フラウがそう言いながら手元に持つタブレットでメインモニターを操作する。
メインモニターに映し出された敵のマーク周辺をぐるっとフラウが書き足した赤い丸が囲む。
「敵本隊周辺10キロを破壊します。これで設定完了。いつでもいけます。」
「司令。お願い致します。」
ニヤっと笑ってセレスタがこちらに話を振る。
ん?ああ。あれね?
よーし!
「神の杖発射用意!!っ撃てぇー!!!」
ちょっと言ってみたかったセリフだ。
「神の杖発射。」
その瞬間、ズズンっと本社が揺れた。
◆ ◆ ◆ ◆
神の杖発射前。
タチバナ領から240キロ地点。
緩やかな丘が続く牧草地だ。
ノーザン帝国軍はここに陣を築き、明日からタチバナ領攻めを開始する予定だった。
先行させていた大隊や偵察に出た飛行部隊から連絡はまだ来ていないが、特に問題だとは誰も考えておらず、予定通りに
行動を開始していた。
「なぁおい。聞いたか?タチバナ商会の社員は綺麗所が多いらしいぜ?」
「またかよ。あんまりそうやって強姦ばっかしてると上に目をつけられるぞ?それに人としてどうなんだって話だ。」
「大丈夫だって!アイツら邪教徒何だろ?むしろ、俺達のイチモツで浄化させてやるんだ。邪教の教えを悔い改めさせてやってるってなもんよ!」
「·····あまり、身勝手な理屈で神の教えを歪めないで頂きたい。」
「あ、神父様·····。いやぁ!冗談っすよ!冗談!」
「私も僧兵の端くれ。戦の習いと言うのは分かっていますが、あまり無茶はしない様に、ね。」
「り、了解です!」
「俺は女よりも金かなぁ。」
「妻子持ちは辛いねぇ。稼がなきゃならん。」
「まぁ何だかんだで嫁と子どもは可愛いからなぁ。」
「おうおう。妬けるねぇ。」
そこには、下衆な者もいたし、真面目な者、敬虔な者、妻帯者もいた。立場は違えど、確かに『人』がそこにはいた。
そんな中、1本の大きな杭が現れた。
先程まで何も無かったはずの空間に、突如として3メートル以上ある長い杭が地面に刺さっていた。
理解が追いつかず、杭の周りにいた兵士達は呆けた顔で杭を見つめ――。
臓腑を撒き散らし、バラバラに弾け飛んだ。
擬似空間転移による衝撃は何かが爆発しているのではなく、空間その物が振動し、衝撃波を出している。
ノーザン帝国軍司令部を中心に、炎や風、爆発を伴わない純粋な衝撃波が荒れ狂い、戦車や大砲、軍用車両をなぎ倒し、100万の兵士達の肉体をバラバラに引き裂いた。
後に、社長に楯突いた愚か者の末路として、オブラートに包んで絵本にすらなった史実。
神の丘の惨劇である。