000 - 彼女は死に急ぐ。目的を果たすために。
「目的が更新されました」
非常に規模の大きい都市。先程まで威勢とは比べものにならない程姿勢を低くした斜陽はもうあの自己主張の激しい輝きを失っていた。
彼女は直観する。この先に行かなければならない。それが私の存在意義のはずなのだ。
どこまでも続く摩天楼は次第に闇に溶け込んでいく。
知識も職人も、ここには居なかった。
いや、元々いなかったのだろう。
乱暴に組み替えられ、壊された砂の城がなんとかそこに姿を保っているのである。そんな厚化粧、もう誰も見向きもされないことに気付かずに我慢比べをする様子は醜かった。
親を失ったことに気づくこともなく、少しばかりの機能が残ったシンボルは規則的に時報を流し、決まった条件で噴水に水を放出している。
日が沈むと今度は奇跡的に割れなかった電球の寿命を穏やかに進めている。
「探知に成功しました」
見れば見るほどにアシンメトリーな奇妙さを残した地域。
この惨状を今一度改めて眺め、あるとき最初から興味などなかったかのように視線を躊躇いも無く外してしまう。
その視線の先。
己の足元に構築された、家とも呼べぬ小さな直方体が破壊と建築を繰り返した結果負のシンボルのように増幅した不安定な塔――もとい、住居群を見下ろす。
どこまでも続く階段の先は、ここからでは見えない。人気を全く感じさせないことも相まり、本能的な恐怖さえ植えつけられるようなずっしりとした闇がずっと続いていると錯覚させるほどに。
「まったく、後任の初任務がこれとはね。研修とか無いのかなー?」
布地は真新しい。しかし袖口は汚れている。
黒に赤の刺繍が入ったフードを脱ぐと不満そうな顔が斜陽を睨みつける。その行為は死体蹴り以外の何者でも無いが、うざったいという個人的な嫌悪感は時薬では完全に処理しきれなかったようである。
*
まだ増設するのであったのであろう仮の最上階。
彼女は錆びたバールのような細い棒を片手に持ち、ガムテープでヒビの部分をテーピングされた窓を彼女は思いっきり叩き割った。
呆気なく割れた被害者は砂や泥で汚れた床に薄いガラス片が飛び散り、硬質な音を立てた。用済みになったバールのようなものを乱雑に床に落とし、先程とは違う音のするガラスを容赦なく踏み付けて暗闇の中を歩く。
そこに入ってしまえば光源らは手を出してこなかった。
作業用だろうか。積みあがった廃木材に上に埃を被ったカンテラが1つそこに佇んでいた。
カチン。
そんな音が響くとカンテラは息を吹き返した。不安定さを残しながらも足元をゆらりと灯して彼女の相棒を務める。それがもう死んでいると捉えるならば、彼女はただの迷惑な訪問者ということになってしまうが。
明かりをそこかしこに持っていけば、彼女はすぐに気づいた。ハリボテのような柱の周りに、何十もの生命体が転がっている。異常なほどに痩せこけ、またひしゃげている。それぞれが違う顔を持っていたが、それぞれは同じ表情をしてそこにいた。
――彼らは、生きていた。
壁に染み付いた赤。赤。赤。
初めて感じる恐怖と同時に湧き上がる好奇心が彼女を足をすくませた。確認できる死体全てが同じ場所を貫かれている。黒く変色し、腐敗臭とそれに群がり、生に縋る生物。
「目的地に到着。正しく愉快な任務遂行を」
無機質な声はソレを呼び寄せた。時間が死んだこの廃屋で"生きる"ソレの手下が右、そして左でひしめき合う。それらの一体がカンテラに照らされ、何も無いと錯覚する場所に透明な繊維があることを意図的に彼女に理解させた。
悲壮感と憎しみを溜め込んだ茫漠な体が歩くたびにその重量を響かせながら無礼な新参者を朱色に光った瞳で威嚇した。
「うわー。死なないといいんだけど」
任務を告げる無機質な声色と同じように、彼女は呟いた。
どちらかと言うならば、生死よりもそれらの集合に対する嫌悪感に対してそううざったいように一歩前へ進み、口先だけの軽い冗談はむなしく空を切った。
ソレの大きな前足が光源に触れ、彼女は勢いよく木材を蹴った。
表現を若干柔らかく変更しました