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警告



「これで時給九百八十円か。手当てみたいなものと思えば……とはいえ、はした金だよな」


 午後五時半、元命尚人は購買のアルバイトから解放された。


 エージェントの業務に比べれば精神的に楽な事もあって、気ままに仕事をこなす事ができたと言っても過言ではなかったが、元命には退屈すぎた。


 タイムカードを切って、購買部を出た。


 自分の一時的な住処などが記載されていた封筒などを事務所で受け取ると、書類をバックパックに入れた後、通用口へと向かう。


 そして、通用口のドアを開けて出ようと、ドアノブに手をかけようとした時だった。


「ッ!」


 あてられただけで神経がすり減りそうな威圧感を肌でピリピリと感じとり、元命はドアノブを掴もうとしていた手を咄嗟に引っ込めた。


 担いでいたバックパックを前に持ってきて胸の辺りを隠すようにしながら、パッと後ろに飛んで床に伏せた。


 神経を集中させて、周辺の気配を探る。


 外に一人。


 校内のどこかに一人。


 血なまぐさいエージェントとも殺し屋とも取れる殺気を故意に放っているのだろう。


 殺す気ではなく、あくまでも挨拶程度のものだと分かるプレッシャーでもあった。


 ピンッ、と通用口の向こうから、コインを宙へと軽く打ち上げたような音がかすかにした。


「表か。あんたはラッキーだな」


 渋く、鼓膜に重く当たるような男の声だった。


 扉の向こうにいる男は名乗りを上げるようなつもりで、コインの音を響かせたのだろう。


「ちっ……」


 元命は舌打ちをした。


 コインの音、そして、この声には聞き覚えがあった。


 上内西洋医学研究所側に雇われているエージェントである、表裏の一銭(ひょうりのいっせん)であろう事が推測できた。


 視野範囲外からの超遠距離狙撃から動いた物に一瞬で風穴を開ける神の速さとさえ言われるほどの早撃ちができる、敵対したくはない男の一人であった。


「あ、お兄ちゃん」


 通用口付近に漂っている殺気など全く勘づいていないかのような、この場の雰囲気には似付かわしくない可愛げな声が廊下の方から響いた。


『こっちに来るな!』


 そう怒鳴ろうかと思って、声がした方を見て元命は戦慄した。


「転んだの、お兄ちゃん?」


 昼休みの時に会った三上美奈穂が笑顔を振りまきながら、警戒心なくこちらに歩いてきている。


 そんな美奈穂の背後に、一人の女が後を付けるようにして、足音はおろか気配させ消して歩いている。、


 美奈穂に何か言おうと思ったが、出そうになっていた言葉をグッと呑み込んだ。


 美奈穂は背後にいる女に全く気づいてはいない。


 下手に騒いでは、美奈穂の身に危険が及びそうであった。


『ご機嫌よう、元命尚人さん』


 背後の女は言葉を発せずに、唇を動かして、こちらに話しかけてくる。


『このお嬢さん、お知り合い?』


 背後の女は妖艶でいながらも冷酷そうな笑みを浮かべていた。


『男を知らなそうな、このお嬢さんの性器に鉄の杭を入れて、串刺しにしてみたいわね。口から杭の先が出て来たら、さぞ美しいオブジェクトになりそうね』


 女はうっとりとしたような瞳で目の前にいる美奈穂に魅入っていた。


 元命は女を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がった。


 元命が観念したのを察したように通用口のドアが開き、黒いスーツに、黒いソフトフェルトハットの男がさも関係者であるかのように校内に入ってきた。


「撤退しろ。これは警告だ」


 表裏の一銭が美奈穂を見ながら耳元で囁いた。


「撤退? 俺はアルバイトしに来ただけだが」


「警告はした」


「……はいはい」


 美奈穂の背後に常にいた女が足を止めた後、元命に軽く会釈をして踵を返した。


「どうしたの? 怖い顔して?」


 と、美奈穂はキョトンとした様子で言った後、元命の視線の先を探るように振り返るも、もうそこには女の姿はなかった。


 元命を再び見つめて、小首を傾げた。


 表裏の一銭は殺気を消して歩き出し、変な顔をしている美奈穂とすれ違った。


 危害を加える気はないようで、そのまま校内へと消えていく。


「……いや、何でもない」


「何を見ていたの?」


 もう一度振り返った。


「幽霊だよ、幽霊」


 視界から一銭の姿がふっと消えた。


「……幽霊? 見えるの?」


「まあな。俺には見えない物が見えない」


「それって見えないって事だよね?」


「そんな感じだ。それよりどうして、ここに?」


 元命は警戒心を殺しつつ、作り笑顔をでそう訊ねた。


 購買での再会といい、今回の出会いといい、出来過ぎている印象を受ける。


 表裏の一銭などが属する西洋側のエージェントという可能性が捨てきれず、探りを入れた。


 元命を雇っている技研もそうなのだが、誰がどの案件に携わっているかなどの情報はエージェントには伝えられることはない。


 デリケートな情報であると同時に、相手側に知られては対策を立てられてしまうため、エージェントを動かしている者達でさえ全てを知らされていない事さえある。


 しかも、エージェントの総数は二百人を超えると言われており、全員の名と顔と特長を把握している者は、双方の管理職でさえいない。


 一部のエージェントは提携することで情報のやり取りなどをしているとの話がある一方、エージェントである事を隠し続け、一切接触してこない者もいれば、エージェントだと広言して行動する者さえおり、行動の仕方は個々で異なる事もあって、すべて判明していないというのが正直なところだ。


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