購買部での話
「で、何か買いに来たんじゃないのか?」
美奈穂と話し込んでいる間、購買には誰も入って来なかった。
長々と話をしているところを見られて下手に詮索されるのを回避するため、元命は話題を逸らす。
「あ! うん、注文していた栄養剤、入っているって聞いたから」
「栄養剤? ちょっと待ってろ」
元命は在庫を確認するため、業務用冷蔵庫を開けた。
要冷蔵の食品群の中に、市販の栄養ドリンクを見つけた。
河内技術研究開発所の関連会社で製造されている箱入りの多少値段が張る栄養ドリンクで、『三神美奈穂 注文分』と書かれた発注書がセロハンテープで貼られていた。
薬局などで売れられているものとパッケージの色が違っている。
その事に疑問を持ちつつ、冷蔵庫から取り出した。
「これか?」
「……うん。変かな? 栄養ドリンクなんて飲んでいるの」
美奈穂は恥ずかしそうに俯いた。
「気にする必要はないんじゃないか? 勉強で疲れる事もあるだろうし」
「えへへっ、そうだね。勉強って疲れるもんね」
気恥ずかしそうに照れた笑いを浮かべる。
「これ、パッケージの色が違うが、限定版か何かか?」
「限定版じゃなくて、社販のパッケージ……かな? 注文じゃないと買えないの」
「社販ねえ。そういうものもあるんだな」
元命は美奈穂にポンと手渡した。
「飲むならこれがいいってお父さんが言ってたから飲むことにしているの」
「なるほど、そういう事か」
「戻らなくていいのか? 今、授業中だろ?」
「うん、そうだけど、私の専攻じゃない科目だから受ける必要がないの」
「つまり、さぼりと」
「うん、そんなところ」
多少目を曇らせて、陰鬱そうに微笑んだ。
元命は美奈穂の表情の変化の意味が読み取れず、反応に困っていると、
「いつ戻ってきて、いつからここで働き出したの?」
と、先ほどの陰気さなど最初からなかったかのように目を輝かせた。
「今日だよ、今日。知り合いに招集を受けてな」
「じゃ、ここに来れば、いつでも会えるね!」
「それはどうだろうな。短期だから人手不足が解消されたら去ることになるんだろうな」
「そうなんだ。でも、ここに来れば元気がもらえそうな気がするから、また来るね」
「また来るも何も購買だから毎日来る必要だってありそうじゃないか」
「それもそうだね。私、何を言っているんだろ」
美奈穂は照れ臭そうに微笑んだ。
「そろそろ授業が終わる頃だし、お仕事の邪魔しちゃいけないから、私、戻るね」
「ああ、ちゃんと勉強しろよ」
「うん、またね、お兄ちゃん」
美奈穂は声をかけてきた時とは別人のような表情をして、軽く手を振りながら、元命から離れていった。
「……あれ? 親しげに話をしていたな、この俺が。記憶はなくなっているが、脳は覚えているって事なのか? 分からんものだな」
美奈穂の事を記憶の中からさらに探り出そうと頭をひねるも、何も見つけ出す事ができなかった。