案件
運転席にいるのは大柄な男であった。
その隣の助手席には、元命よりも年下に見える小柄な少女が座っていた。
男の方はどっしりと構えていて、いかにもといった様子である。
その代わり、少女の方は肩を丸めるようにして座っていて、怖がっているとも見てとれる。
無理矢理同行でもさせられているかのように怯えていた。
二人は揃いも揃って、元命の姿をルームミラーなどで確認しようともしない。
「説明は一度しかしない」
ドアが閉まると、ゆっくりと車が走り出した。
「今回の我々の任務は、紛失した新薬の行方を捜す事である」
男が渋めの声で言う。
「西洋の奴等が奪ったのか?」
西洋とは『上内西洋医学研究所』の事だ。
「否。あくまでも紛失したという話である。製造はしたらしいのだが、いつの間にか消えていた。故に紛失した分を再生産したいとの要求があった」
男も少女も、やはりルームミラーなどに目もくれず、ずっと前を見ている。元命など乗っていないかのように。
「その程度の事で俺たちに声がかかったのか?」
「おそらくは不自然な点があったのであろう。そのために我々がかり出されたのである」
「裏がある……か」
「まずはお前が行くべき場所へと案内する。ただし、元命尚人、君には設定がある。その設定に従い行動する必要がある」
「はいはい、分かった分かった。で、どんな奇抜な設定があるっていうんだい?」
「君はフリーターである。時給九百八十円で働く購買部のアルバイトである」
「はっ? フリーター? アルバイト? 俺がか?」
元命は素っ頓狂な声をあげて、信じられないという態度を露骨に示した。
「働く場所は、三園医科大学附属高校の購買部である」
男は元命の様子など気にかけずに話を進める。
三園医科大学附属高校は、その校名の通り三園岩淵にある三園医科大学の附属高校である。
三園医科大学は、河内技術研究開発所という企業が出資して設立した大学であり、数多の優秀な学生が在学中にスカウトされ、河内技術研究開発所にエスカレーター式に就職する事が多い事で有名であった。
「何か意味があるのか?」
「分からず。それが命令である」
「ハァ……、命令ねえ」
元命は大げさにため息を吐いた後、身体を前に乗り出し、運転している男に顔を近づけた。
「変装しているようだが、お前は二十六代目 望月だろ? で、こっちの少女は何者だ?」
「この女は世話役だ。名を……」
「……江科姫明日と言います」
江科が二十六代目の言葉を遮るように自己紹介をした。
やはり元命を見ようともしない。
「親方様のお世話をしているだけの者ですので、親方様に伝言がある場合は、私に伝えてください……」
何かに怯えるような素振りを見せながら、少女は前方を見たまま、か細い声で言う。
「……えしなきあす?」
元命は思案顔を一瞬見せたが、すぐに元の表情に戻った。
「変わった名前だな。覚えておくよ」
「はい、お願いします」
話が終わったのか、沈黙が支配し始めたところで車が停まった。
「購買部へ行けばいい。それで寝泊まりする場所も分かるであろう」
「はいはい、了解了解」
ドアを開けて外に出ると、校舎が視界に広がっていた。
地方にある有名高校だからなのか、校舎は真新しく、一見すると高校だとは分からない前衛的なデザインがなされている。何も知らない人であれば、美術館か何かと勘違いしそうな外観であった。
「よろしくな、俺の短期バイト先」
元命は参ったなという顔をしながら、おどけたような口調で言った。