第四話 新しい生活とおじいさんの正体
騎士団の兵舎はお城の敷地内にあった。
お城って、ちょっとわくわくするね。
「やあ、待ってたよ」
「あ、騎士のお兄さん。きょうからよろしくお願いします」
「うん、よろしく。まずは部屋に案内するから、ついておいで」
「あの、荷物は」
「ああ、あとで運ばせるから大丈夫だよ。ダガン殿に知られるとことだからね、慎重に扱ってくれるはずだよ」
「おじいさんって、いったい何者なんですか?」
「あれ、知らないんだ? んー、長くなるから時間があるときに教えてあげるよ。まずは君の部屋に行かないと。ちょっと予定が詰まってるんだ」
部屋に案内される途中、お城で働いている人とたくさんすれ違った。
官舎の一部は兵舎の中にあるんだって。
「あら、ぴーくんじゃない? 連れて歩いてる子、誰かしら」
「迷子……じゃないわよね、きっと。よくわからないけど、子守りしてるぴーちゃんもかわいいわぁ」
ぴーくん? ぴーちゃん?
「あの、お兄さん、ぴーくんって――」
「俺、ピッツっていうんだ。正騎士では最年少だし、細身だろ? 騎士は体格重視だからさ、ああやってからかわれるんだよね。ぴーくん、ぴーちゃん、ぴっち。俺はひよこじゃないってーの」
「やっと名前聞けた。ピッツさんていうんですね」
「あ、そんな丁寧じゃなくていいよ? 俺、アトロくんの世話係になったからさ。付き合いも長くなるだろうし、適当でいいよ」
「うん、でも呼び方はピッツさんで」
「やっぱり子どもは適応力が違うね。ピッツさん、いい響きだなぁ……」
なんか、苦労してるみたいだね。
「さ、着いたよ」
「……」
「あれ、反応なし?」
「……ほこりっぽい」
「え、今朝掃除してるはずだけどなぁ。とりあえず、ここがアトロくんの部屋だから。これからは自分で掃除してね」
「きょうからする」
きょうは早寝できなさそう。母さん、ごめんね。
「そ、そう……。じゃあ兵舎を一通り案内するよ。大体でいいから、自分の部屋からの道順も覚えてね」
「大体でいいの?」
「うん。わからなくなったら誰かに聞けばいいしね」
トイレにお風呂場、厨房に食堂と、生活に必要なところを一通り回ったあとで、仕事で使う部屋を案内された。
「まずここが予備の防具を保管してる倉庫ね。これ、使うときに引っ張り出してその都度きれいにしてるんだけど、アトロくんには定期的に手入れをお願いしたいんだよね」
「その前に部屋の汚さがひどいよ」
「掃除のしがいがあるでしょ?」
「まあね」
一週間はかかりそうな感じがするよ……。
「ここが洗濯場。生活にも必要だけど、たぶんここでの仕事も多いと思うよ。訓練が終わった後とか、団員の衣類を洗ってほしいんだ。やってくれてる侍女さんもいることにはいるんだけど、不人気極まりないからね。人手不足なんだ」
「洗濯用の魔法はないの?」
「ないね。あるなら最優先で覚えたいよ」
「ないのか……。あ、防具はいいの?」
「防具はそう頻繁に手入れしないよ、大変だし。多い人で月に一回とかじゃない? 俺は年六回」
「二か月に一度!? きったなー」
「仕方ないだろ」
「仕方なくない! 僕がやってあげるよ」
「あ、ほんと? やったね」
騎士団、不潔すぎるよ。
「で、次が毎日掃除してほしい部屋たちね」
「掃除は毎日するのが普通だよ」
「じゃあ天職だ、よかったね」
騎士団がだらしないってわかって、がっかりしてるけどね
「あ、部屋は手前から資料室、会議室、応接室ね」
「ふぅん……うわ、ここもほこりっぽい」
「え? でもほら、これ見て。清掃が終わったらここに担当者の名前を書くんだけど、きょうの欄は名前書いてあるでしょ? 残留魔力もうっすら感じるし、この資料室は間違いなく掃除してあるよ」
「残留魔力? なあにそれ」
「あ、そっか。まだ学校に通ってないんだっけ。魔法は知ってるよね?」
「火を出したり水を出したりできるやつだよね」
「そうそう。その魔法のもとになるのが魔力っていうものなんだけど、魔法を使うとその場にちょっと魔力が残るんだよね」
「でも掃除と関係ないじゃん」
「いや、清掃魔法っていうのがあるんだよ。魔法って敵を攻撃するだけじゃなくてさ、生活を便利にするものもあるんだ。でも、正しく使わないと事故とかケガの原因になるから、学校で教わるまでは親も教えられないんだ。もう何十年も、城や貴族の屋敷の掃除は清掃魔法で行われてると思うよ」
「もしかして、魔法じゃちゃんと掃除できてないんじゃない? お役所に行ったときも思ったんだけど、なんかほこりっぽいところが多すぎるよ」
「ほこりっぽいかなぁ……」
「じゃあさ、明日までに部屋の掃除するから見に来てよ。窓だってもっときれいになるよ」
「アトロくんがこだわりすぎてるだけだと思うけどねぇ。仕事は明日からだから、やりすぎて寝坊しないようにね」
部屋に戻ると荷物が運び込まれていたので、さっそく掃除にとりかかる。
たしかにパッと見ただけではわからないけど、窓枠とか指でなぞってみるとうっすらほこりがつく。
「こんな掃除しかできないなら、清掃魔法とかいらないよね?」
魔法って聞いたときは一瞬わくわくしたけどね。
実際に掃除を始めてみると、ほこり以外の問題も出てきた。
壁のすみっこに、黒いシミのようなものが見える。
「これ、カビじゃん……」
カビとり用の石けんと道具はあるからいいけどさ、他の部屋とか大丈夫なの?
厨房とかカビだらけだったら嫌だよ、僕。
「おーい、そろそろ夕飯だよ。お、やってるねぇ」
「あ、ピッツさん。もうそんな時間ですか」
窓から外を見ると、たしかに暗くなっていた。
カビとりに夢中で気づかなかったな。
「どう? 普通にきれいでしょ?」
「まさか。そこのちりとり見ても同じこと言えるの?」
「んー? うわ、結構ほこりあるね」
「でしょ? しかもカビ生えてるところもあるよ。そっちのすみっこはまだ掃除してないから残ってるし」
「げ……こりゃ衛生局に苦情いれないとだめかなぁ。まあそれもごはん食べてからだね」
食堂にいくと、他の騎士団員や侍女の人たちが大勢集まっていた。
「たくさんいるね」
「これでも団員は三分の一だけどね。あそこ、並んで受け取るんだ」
「僕、届くかな」
「そのために俺がいるんじゃないか。ま、届くと思うけどね」
十五分ほど並んで、食事を受け取る。
トマトと豆のスープに鶏肉の揚げ物、それと丸パンだった。
受け取るとき、ちょっとだけ背伸びした。
「ほら、届いたじゃん。あ、あそこ空いてる。行こう」
「僕からじゃどこが空いてるかなんて全然見えないよ」
席に着くと、知らない騎士の人が話しかけてきた。
「お、ピッツじゃん。そっちの少年が例のアトロって子? おれジラン、よろしくねー」
「アトロです。よろしくお願いします」
「ちなみにピッツとは同期で親友なんだ。こいつが頼りないときはおれのところにおいでね」
まあ見た目だけならジランさんの方が頼りになりそうだよね。ごついもん。
「そうだジラン、お前衛生局に知り合いいるだろ? ちょっと取り次いでほしいんだけど」
「衛生局ぅ? なんでよ」
「それがさ、アトロくんの部屋あるだろ? 二階の空室だったところ」
「ああ、今朝連中が掃除しましたって言いに来たとこね」
「うん。でもアトロくんが言うにはほこりっぽいとかでさ、実際結構ほこり出たし、壁の隅の方とかカビ生えてたんだよ。これ報告ってか苦情いれたほうがいいだろ?」
「そいつはまずいな。ダガン殿が聞いたら誰かが死ぬぞ」
またおじいさんが出てきた。
「あ、アトロくん。あの部屋と資料室、どっちがほこりっぽく感じた?」
「どっちもどっちだよ」
「なになに、どういうこと?」
ジランさんに昼間の話をする。
ついでに、騎士団の不潔さも訴えてみる。
「へぇ、きれい好きって極まると清掃魔法を超えちゃうわけ。でもそれが本当なら、おれは取り次ぎしないぞ」
「なんでだよ」
「だって確実に衛生局長まで話がいくだろ? あの人って他人の粗探しは大好きなくせに、指摘されると烈火のごとく怒るじゃん。関わりたくないっての」
「じゃあお前はダガン殿に殺されてしまえ」
「まてまてまてまて話はまだ――」
「ねえねえ」
「――ん? おれまだ死にたくないんだけど」
「おじいさん、いったい何者なの?」
「ああ、そういえば話す約束だったね。ダガン殿はさ、亡くなった前王の懐刀だったんだよ」
「騎士団の名誉師範でもあるな」
「ああ。だけど現王の元教育係で、衛生局長のゴルザール氏と仲が悪くてね。なんでも、一回斬り殺しそうになったことがあるらしくて、自重するために城を出たって話だよ」
すごい人じゃん。
斬るのはダメだと思うけど。
「そのときちゃんと斬っておいてくれればなぁ」
「おいジラン、衛生局の連中に聞かれたらことだぞ」
「へいへい」
「ピッツさん、僕を雇うように言った『さるお方』って、もしかしておじいさん?」
「ううん、マクネビル公爵だよ。その公爵に進言したのがダガン殿だけどね」
「もしかしたらダガン殿、少年のきれい好きに何かを見出してたのかもな」
僕、おじいさんにものすごく助けられてたんだね。
「さて、どうやって衛生局に知らせたものか」
「おれは取り次がないぞ」
「取り次ぐっていっても下っ端だろ?」
「それでもだっての。絶対『誰からの報告だ!』ってなって巻き込まれるぞ」
「じゃあさ、その人に自分で気づいてもらえばいいんじゃないの?」
「どうやって?」
「魔法で掃除した部屋と、僕が掃除した部屋を見比べてもらえばいいじゃん。いまは暗いからわかりづらいけど、昼間なら窓を見ればすぐ違いに気づくよ」
「あ、待って。あのさ、この話って結局のところ衛生局に何を伝えたいんだ? 少年のすごさ? 掃除の手抜き?」
「あー……手抜きってわけでもないんだよなぁ」
「掃除に魔法を使うのやめてくださいって話じゃないの? あの程度の掃除しかできないなら、僕は清掃魔法なんて絶対使わないな」
「じゃあ視察してもらう方向で作戦会議だな」
「僕、まだ部屋の掃除終わってないんだけど」
「なら少年の部屋でやろう。実際に見てみたいしな。行くぞ」
待って、まだ食べ終わってないよ。
大慌てで食べきって、三人で部屋に戻る。
「よく考えたら少年ひとりに一部屋与えるって破格の待遇だよな。で、カビちゃんどこ?」
「おじいさんに感謝だね。そっちのすみっこのシミみたいなやつだよ。さっきまで四隅にあったけど、いま残ってるのはそこだけ」
「うわ、ほんとだ。ピッツ、おれたちの部屋にも絶対あるよな」
「だろうね」
「じゃあ僕は掃除するから」
「ああ。ジラン早速だけど――」
カビとりをして、壁を拭いて、天井をはたいて――
僕が部屋を忙しなく動き回るから、二人もそれに合わせてくるくる移動していた。
天井をはたくときは、ジランさんが肩車してくれた。
父さんと母さんの道具が大活躍だ。楽しい。
掃除が終わる少し前に、話し合いは終わった。
まず、清掃魔法じゃ掃除しきれないことを騎士団長に報告する。それを公爵様に伝えてもらって、公爵様から衛生局長にそれとなく伝えてもらう、ということになった。
うまくいくのかなぁ。
「アトロくん、終わった?」
「うん、ばっちり。ひさしぶりにいい仕事したよ」
「そ、そう……」
「でも実際、ちょっと空気もきれいな気がするよな」
兵舎全体がほこりっぽいだけだよ。
「よし、じゃあ明日の朝礼の時に騎士団長に伝えよう。アトロくん、君の紹介もしなきゃいけないから、参加してね」
「うん。何時から?」
「五時」
「起床の笛が鳴るし、ピッツと迎えに来るから心配しなくていいよ」
もう夜十時なんですけど。
ピッツさんたちと一緒に歯を磨いて、ちょっと悲しみながら寝た。
お風呂、いけなかったな……。