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第三話 思い出の選別

少し短めです。

 次の日からはお店をいつも通り開けることにした。

 この先のことも早く決めないといけないけど、まだしばらくはここにいたかった。


 お客さんはそこそこ来てくれて、話し相手になってくれる人も何人かいた。

 だから僕は新しいサービスを始めた。

 靴磨きだ。

 お隣の食堂では長居するお客さんにちょっとした小皿を出したりしているし、おじいさんも常連さんにはお茶を出しておしゃべりしてるから、僕もなにかやってみようと思ったんだ。


 サービスだし無料でやろうと思っていたんだけど、みんなお金を払ってくれた。

 なかには、

「大通りとかにいる、靴磨きで日銭を稼いでる人の仕事を奪うことになるから、安易に無料でやってはいかん」

 と叱ってくれる人もいた。

 おじいさんのことなんだけどね。


 僕がきれい好きだからなのか、靴磨きは楽しくて仕方なかった。

 お客さんとおしゃべりもできるから、寂しい思いをする時間も短くなった。


 あっという間に日にちは過ぎて、店にいられるのもあと半月になった。

 そろそろ先のことも決めなきゃ。お昼食べたらおじいさんのところに行こう。


「いらっしゃいませ。あ、騎士のお兄さん。こないだはありがとうございました」

「こんにちはアトロくん。少しいいかい?」

「はい。あ、その椅子使ってください。靴磨きのお客さん用ですけど」

「ありがとう。その後どうだい?」

「優しい人が多くて、なんとかやってます。並べてないだけで、石けんとか在庫たくさんありますけどね」

「これからのことは決まった?」

「まだです。きょう革雑貨のおじいさんに相談しようと思ってたところです」

「革雑貨の……ならちょうどいいね。実は、さるお方から君を騎士団で雇うように言われてるんだけど、どうかな。住み込みで三食つき、来年からは学校にも通えるんだって」

「それはすごくありがたいですけど……その学校って、お金は将来返すんですよね?」

「え、あー……どうだろう、ちょっと確認してないからわからないや」

「そうですか。騎士団でのお仕事ってなにをするんですか? おすすめしないってこないだ言ってましたけど」

「平たく言っちゃうと雑用だよね。まあ掃除とか装備の手入れが中心だと思うけど」

「掃除!」

「え、ああ、うん、掃除。好きなの?」

「はい! 兵舎とか掃除のしがいがありそうですね!」

「まあ汚いことは認めるけどさ……で、どうだい?」

「一応、おじいさんに相談してもいいですか?」

「あー、うん。そうだね、そのほうがいいね(相談する相手が間違ってるけど)」

「?」

「ううん、なんでもない。それじゃあ返事が決まったら大通りにある騎士団の詰所においで。アトロくんが来たら話を聞くように通達されてるから、俺がいなくても大丈夫だよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 僕、なんでこんなに恵まれてるんだろう。

 さるお方っていうのも誰か気になるし。

 あ、またお兄さんの名前聞くの忘れてた。次会ったら聞こう。



 午前中の営業を終えて、お隣でごはんを食べてからおじいさんのお店へ行く。

 お昼は白身魚と刻み野菜のシチューだった。


「おじいさんこんにちは」

「おお、アト坊。いらっしゃい。きょうはどうした?」

「うん、ちょっと相談があって」


 騎士のお兄さんの提案を話すと、おじいさんは店の奥から立派な羊皮紙の巻物を取り出してきた。


「それなあに?」

「お前さんの身元を保証するやつだ。前に後見人の話はしただろう? 騎士団で働くんなら、団長様にこれ渡さなきゃいけないからな」

「それじゃあ――」

「働いてみなさい。掃除が好きなら結構じゃないか。返事はどこでだ? 役所か?」

「ううん、大通りの詰所」

「なんだ、すぐそこじゃないか。ほれ、いくぞ」



 詰所に着くと、ちょっと意外な反応があった。


「はいはい何のご用で……ダ、ダガン殿!? 失礼いたしました! どういったご用件でしょうか」


 おじいさん、やっぱり偉い人みたい。


「この子の付き添いでね。ほれ」

「あ、あの、西通りにある雑貨屋のアトロといいます。騎士のお兄さんから――」

「ああアトロくんね、聞いてるよ。返事、聞かせてくれるのかい?」

「はい。ぜひよろしくお願いします」

「てなわけだから、これを団長様に渡してくれんか」

「承りました。本日中に必ずお届けいたします。それでアトロくん、いつから働けるかな?」

「公爵様宛ての荷造りとか片付けがあるので、一週間後からでお願いします」

「準備も手伝おうか? 馬車も必要だよね」

「いえ、自分でやります。僕の、うちの店ですから。馬車は……お願いします」

「わかった。じゃあ準備が済んだらまたおいで」



 帰り道、またおじいさんに聞いてみる。


「ねえ、そろそろ教えてよ。おじいさん何者なの?」

「むぅ。内緒だぞ? 実はな……」

「うんうん」

「公爵様から土地を借りている、革雑貨屋の店主だ」

「知ってるよ。もういい」



 準備は思ったよりも大変だった。

 公爵様に送る荷物は、数は多かったけど特に考える必要もなかったから簡単だった。

 大変だったのは、持ち込む私物選び。

 与えられる部屋はあまり広くなくて、大人用のベッド五台分くらいだと聞いていたから、持ち込むのを諦めなきゃいけないものが結構あった。

 自分の着替えと掃除道具一式、そこに父さんと母さんのものをどれだけ追加できるかという感じだ。



 店を引き払う日、おじいさんたちが見送りに来てくれた。


「アトちゃん、本当にこれだけしか持っていかないの?」

「うん。父さんと母さんの普段着とおしゃれ着をひと揃えずつ、あと小物類で十分だよ。ちょっと残念だけどね」

「うちで預かれたらよかったんだけどねぇ」

「ならいくつかはうちで預かるぞ。ばあさんが死んで、部屋は余っとるからな」

「いいの?」

「いいとも。わしはオロと違って頼りになるからな」

「じいさんひでぇぞ。まあ、あれだ。アトロはもうちっと甘えることを覚えた方がいいぜ」

「うん、ありがとう」


 しんみりするかと思ったけど、みんな優しいね。


 処分予定だった荷物からおじいさんに預かってもらうものを選んで、今度こそ出発する。


「おじちゃん、おばちゃん、ごはんありがとうございました」

「たまにでいいから、食べに来てね」

「うん。鶏肉の辛いの、リベンジする」

「次は水だしてやらねぇからな」


 それは困るなぁ。


「おじいさんも、色々手伝ってくれてありがとうございました。荷物、必ず引き取りにくるからよろしくお願いします」

「なにかあったら遠慮なく来なさい。力になるぞ」


 おじいさん、偉い人だもんね。


「それじゃあ、行ってきます。馬車、出してください」

「アトちゃん、元気でね」

「しっかりやれよ!」

「風邪を引かんようにな」


 馬車から身を乗り出して、みんなが見えなくなるまで手を振った。


 いっぱい手を振って、ちょっとだけ泣いた。




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