24 温泉×覗き見=鉄拳制裁
ケイロン・カルマとの戦いを終えて、まずは説教―――かと思いきや、心配の声で押しつぶされる勢いであった。おもにセシリアに対して、であるが。別に拗ねてなどいない。こうしてタダで湯船に浸かることができたのだから。
結局、学者やセシリアの滞在日数は大幅に伸びた。
どうやら今回の一件で怪我をした人々もおり、療養という形で滞在期間が伸びたのである。
セシリアの傷はアルマの治癒力を行使しても二三日は安静にしていないといけないとのことで、裸の付き合いをしたかったらしいセシリアを置いてひとり一足お先に戦果の報酬を楽しんでいる、というわけだ。
「ふーう。ふゃーあ」
おいおい誰ですかこのだらしのない声はー。ボクかー。じゃあしょうがないにゃあ。
ふやけた思考で間抜けな問答を交わす。指先だけでなく思考もふやけきっていた。
それもそのはず、だだっぴろい露天風呂にはひとっこひとりもいないのである。要は貸切、唯一神。なのであーる。
ふっふっふ。地元の人間でもそうそう入れない絢爛豪華な宿の湯を貸切なんて、なんて贅沢。それもこれもカルマの討伐を果たしたからであって、それは村の住人だけでなく学者連中にとっても非常に好ましい誤算であったらしい。だからこうして招待された。
しかし子どもの身分で危険なことに首を突っ込んだことには変わらず、褒美を貰いつつも手放しで褒め讃えられたわけでもなかった。
特にセシリア。彼女は貴族の娘だ。学者連中にとっては上客から預かっている娘なわけで、顔面真っ青な輩が非常に多かった。
セシリア自身は自分の責任だとかいって逆に謝ってるくらいだったけどね。
なかなか人間関係とは難しいもののようだ。狭き集落の村人たるボクにゃわからんちん。
「ふやああああああ……」
また間抜けな声がでる。止まらない。止められない。
温泉、最高。
誰もいないのだから。そうタカをくくる彼女の姿を、ひとつの視線が湯気から見ている影がひとつ。
そう。影である。真っ黒な手のひらサイズの人形。
木符からにょっきりと生えた黒人形、中身は男の黒人形。
―――どうしよう。あいつ女やんけ。
覗いちまったという罪悪感が彼の背中を突き破る。
法もない。治外法権。セクハラなどあるわけもない。黙っていればバレはしない。そう、黙っていれば良心が痛むだけのこと。
だが彼の心はそれを許さなかった。
良心からではない。ただの『精神麻痺』である。
覗きをしたという事実から彼の精神はパンクを起こし、彼は黒人形との接続を無言のままに切った。
カノンに気づかれることなく。その場から消え、『こちらの世界』へと戻る。
部屋をでる。そして、書斎で本を読みふける女社長のもとへ歩く。
「社長」
「んー?」
視線はページをめくる本に向けたまま、生返事で答えてきた。
「昨日話した少年ですけど、少女でした」
「……ん? ふーん?」
視線が男を捉えた。
責めるわけでも追求するわけでもない。ただ見ている。
「で、どうやって少女だってわかったの?」
「いま試しに接続したら風呂入ってました」
バカ正直か。心の悪魔も呆れ返った。
家に帰宅したときに、このときのことをこう思うのだろう。
『なんてもったいないことをしてしまったんだ』と。
覗いたとは言え不可抗力、しかも黙っていれば誰に気づかれるわけでも責められるわけでもない。本当にただ、彼の心は麻痺していたのだ。
「ほう。お風呂中だったと。……向こうとこっちでは、法律って当然ないよね」
「ですね」
「つまるところさ、不可抗力とはいえ、覗いた貴方を裁くものがいないってことだよね」
「ですね」
「…………わざわざ自己申告するって、裁かれたいの?」
「…………ですかね」
「どえむ?」
「違います」
多分。うん。多分。彼は小さく心に思った。
結局、カノンはのぞき見られていたことなど露知らず、温泉を堪能した。
男は頬に紅葉を作り、腹にパンをくらい、物理的で自主的な制裁を受けることに相成った。
帰宅後、やはり彼は思った。
だまってりゃよかった、と。




