1 SFな異世界より
鳥の声が静かに響く森の中、大きな木の上に人がいた。
褐色の肌に黒く短い髪の少女がひとり、丈夫そうな太い枝に腰掛けていた。
「あんまっ…………。うぇー……」
少女―――カノン・サクラダは、一口含んだ木の実の余りの甘さに嫌悪感を覚え、甘味の爆弾が苦虫に変貌したかのように顰めっ面を浮かべた。
無言で残りの実を食べ尽くし、甘ったるさを吐き出すようにため息をつく。木の実は熟れすぎても駄目らしい。ひとつの教訓を胸に刻んだ。
―――というか、熟れすぎ。旬の実なのに。
残った種を投げ捨てると、カノンは腰掛けていた木の枝の上に立つ。そして、3メートル下の地面へと階段を降りるような気軽さで落ちた。
すとん、と。両足が地面に接地した瞬間、湖面に水が落ちたかのような青白い光が波紋を広げた。
光の正体、アルマと呼ばれる力が働き、カノンは骨を折ることもなくスタスタと歩き出す。
途中、帰り道から離れて岩のなかに作られた祠のもとへと寄り、木の札に一礼。
「ごちそーさまでした。まずかったですよ」
参拝を終えると、村への帰路へと走り出した。
祠からの返答は、当然なかった。
「ん? おお、カノンが戻ってきたぞ。まったく、最近の山は獣が凶暴になっとるのに、あいつまた山で食べ歩きしよっとったな。おーい、カノン! ちょっとこっちこーい!」
村に戻ると人だかりが出来ていた。豊かな山と川、そして温泉源に恵まれた土地、ボイッシュ村には多くの村人が生活をしているが、近所も含めて多数の村人が一箇所に集まっている。
その中心には、村人には見えない都の出で立ちをした一行が、村の重役たちと親しげに話をしていた。
「なにかあったの?」
白い髭をもっさりと蓄えた近所のおじさんに呼ばれ、歩み寄る。
「おお。なにやら都の学者さんたちがアルマの調査をしにきたらしくての。ただ最近の山の状況もあってな、数日は村で休憩することになったんじゃよ」
「へえ。まあ、温泉にでも入ってればいいんじゃない」
話の最中、学者一行の隙間から、金色の髪の毛がチラチラと見え隠れしていた。
「うむ。ボイッシュの温泉は最高じゃからな! まあそれはさておき、彼らは温泉に行くわけじゃが、一人だけ学者さんじゃない子がついてきてしまっておるようでの。その子がどうしても村を見てまわりたいというから案内を頼もうと思ったんじゃよ」
一行の塊から金髪の少女がひょっこりと顔を出す。こちらを視認すると、口元をにんまりとさせてトコトコと歩み寄ってきた。
「ごきげんよう! あなたがこの村の案内をしてくださるのね! わたくしはセシリア・ラインズベルトですわ!」
溌剌と喧騒の合間をいくような甲高い声に身体が後ろに引くのを抑えながら、カノンは挨拶をしてきた金髪少女を見た。腰の高さほどの白い棒を持ち、白いワンピースは出自の品を表しているかのように輝いて見える。
身長は同じ、年齢も同じくらいかな。―――うん。お帰りいただこう。
「この村に来たなら、絶対、温泉に入るべき。温泉でゆっくりしていくべき」
圧力をかけるつもりで、さも大原則であるかのように詰め寄る。
案内など求めず、温泉でのんびりお過ごし下さい。という願いを込めての念押しである。
「いいえ。わたくしは温泉には興味ありませんの」
きょとんとした顔で避けられた。
「いやいやいや、お嬢さん。我が村の温泉は、それはもう格別でしてな。ここに来たからには一度は入ってみるのが鉄板という奴なのですぞ!」
後ろから援護射撃、まだ近くにいた三度の飯より温泉好きなおじさんが、食い気味に語りかける。普段ならば鬱陶しいが、いまならば拍手で迎え入れよう。
「そうそう。ここに来たなら温泉でゆっくりするのが一番だよ」
案内とかめんどいし。都の人とか得体が知れない。怖くて何喋ればいいかわかんないし。
打算と受身な性格から、ここぞとばかりに必死に押すと、
「そうですか。では温泉にも入らせていただきますわ!」
効果は有り。よかった。『ボク』の平穏は守られた。
「うんうん。それがいいよ」
「では温泉に入ってから、案内をお願いしますわね!」
「うん――――え? 温泉でゆっくりして調査行くんじゃないの?」
「え? 三日も温泉だけなんて、必要ないでしょう?」
……おう。三日もいんのかよ。温泉で茹で蛸になってろ、とは言えない。
……妙案がない。
「あ、そう。あー、えっと。じゃあ」
言葉を渋ると、それを了解の合図と受け取り、身勝手な笑顔を向けられた。
「ええ! 案内お願いしますわね!」
「任せたぞぉ、カノン。爺さんにはもう了解とっておるからの」
そうして話題をすり替える間もなく、カノンの三日間は案内人として役付けされた。