11 弓と弓
「うっそぉ」
目の前の光景におもわず間抜けな声が出た。
ケイロン・カルマの砕いた足がパキパキと音を立てながら、再生していく。
まるで氷点下のなか氷像の補修を見たかのようだなんてことを考えながら、背筋も凍えて寒気を覚える。全力の不意打ちですら数秒後には擦り傷にすらなっていないなんて。
だけど。ひとつ、いまの不意打ちでわかった。どうやら、体内のアルマを使った身体強化はカルマと赤い霧の影響を受けないらしい。
―――――まあ、強化できたところでだからなんだって話なんだけどね。毎朝かかさず文句たれながら汗まみれになってまでやり遂げた鍛錬の成果なんだから、このくらいの化物でも倒せても、ねえ? ……とにかく、この勝負の勝利条件は1分間の時間を稼ぐことなわけで。それなら思う存分、卑怯に徹してやろうじゃないか。
性根の悪さが口元をにやりと歪ませる。
うん、姑息な手段なら両手の指ほど案が浮かぶ浮かぶ。
カノンはまず、手のひらくらいの大きさの木の実を投げつけた。柔らかいその実はケイロン・カルマに直撃すると、グチャリと音をたてこべりつく。
動物なら嫌悪感に敵意をむき出しにしてくるはずだが、予想通りの無反応である。ケイロン・カルマは見向きもせずに進路をセシリアへ向けようとする。
「まあそうだよね、っと!」
カノンにとっても想定内の事態であるので、気にした様子もなしに木の実、木の枝を投げつけながら走り、近づく。
ケイロン・カルマの槍の射程に入ると、ようやくその巨体がカノンへと向けられ、勢いよく草木を薙いだ。
「うおっと!」
続けざまに槍が襲いかかるのを大木を盾に躱し、懐へ入っての牽制を続ける。一歩踏み間違えて近づきすぎれば致命傷になりそうだが、こちらから攻撃を仕掛けない逃げの一手ならば時間稼ぎくらいできるのでは――――?
カノンの判断は現時点では正しい選択だった。ただし、誤算はあとから生まれる。
ケイロン・カルマは、いまだ不完全体であった。
射程内に入ったカノンが何度目かのバックステップを踏んだ。
「……あれ?」
しかし、大槍が薙ぎられることはなかった。
その巨体も止まったままである。
なにか変だという思いが脳裏を掠めたその一瞬、赤い霧の嵐が起きた。
「うわっ!?」
目の前で急に起きた暴風にカノンの身体は飛ばされる。
背中が木に打ち付けられ、暴風は森全体に拡散する。目も開けられない状態のなか、必死な思いで顔の前で腕を組み、薄眼をあけて目標を捉える。
赤い霧がケイロン・カルマの巨体を包み、風きり音のなか、水が氷へ変わるような音とともに、大槍が姿を変えて、弓矢へと変貌していた。
そういえばケイロンの伝説では槍じゃなく弓だった―――などと考えている隅で、思考が疾く、凍りついていく。
ん。
弓。
…マズイ。
遠距離。
……マズイ。
的。
………マズイ。
セシリア。
…………マズイ!
「マズ――――!」
避けろと叫ぶ間もなく、姿を変えたケイロン・カルマの弓矢が森の空気を引き裂いた。その先には、詠唱を続けるセシリアがいる。




