第25話 幼なじみとカラオケ(前編)
家を飛び出し、駅前に向かう。
着ていく服に戸惑い、時間を消費してしまった。
予定時刻に間に合うかどうか分からず、焦りながら市街を駆けていく。
駅前の賑やかな風景が見えてくると、指定されたカラオケ店の看板がひょっこりと見えてきた。
店内に入り、中嶋さんを発見すると、向こうも気づいており、手招きをしている。
「松崎さん、3分の遅刻ですよ? 女の子達を待たせるのは、めっです」
なんだこの天使は。 歌声以外にも天使要素がこんなに注ぎ込まれているとは!
「ほんと、すいません」
「はい、次は気をつけて下さいね。 さぁ、部屋はこっちですよ」
廊下を歩いていると、各部屋の音が少し漏れていて、今期に放送しているドラマの主題歌なんかが聴こえてくる。
そんな中、懐かしい曲も聴こえてきた。
奥に進むにつれ、懐かしい曲は徐々に大きくなり、嫌な予感もしてきた。
「松崎さん、ここの部屋になりますよ」
あー、この部屋から漏れてたのかー。
俺がドアノブを捻らないと中嶋さんも部屋に入ることはできないが、開ける自信がない。
「どうかしましたか?」
「い、いやっ、何でもない。 」
ドアノブに手を添えて、そっと捻る。
「はなさくもーりーのみーちー、くまさんにーであーあーたー」
俺も気まずい何かに出会ってしまったよ。
「わぁ、懐かしいですね」
確かに懐かしい。
だが、絶賛喧嘩中の幼なじみの歌をこんな形で聴くことになるとは思わなかった。
他にも曲は沢山あるのに、なんで『森のクマさん』を歌ってしまったのか。
「あ、裕太」
「なつめちゃん、連れてきたよ」
「連れてこられましたね」
「ふーん、まぁそこにでも座れば?」
指をさした先は床だった。
「床じゃんっ」
「まぁまぁ、なつめちゃんもそんなことを言っちゃダメですよ。 2人とも仲良くして下さい」
「彩音ちゃん、これが私と裕太の関係だから大丈夫だよ」
「どんな関係だよ。 俺は初めて知ったぞ」
「じゃ、次は裕太が歌ってね」
「急に話を……」
「はいマイク」
「松崎さんの歌声も聴いてみたいです」
いやぁてれるなぁ。
「よし、いっちょやってやりますか」
最近のヒット曲で、知ってるものでも歌うか。
「よし、これだっ!」
素晴らしい選曲だ。
「なつめ、お前よりは良いセンスをしてるってのを知らしめてやる!」
曲のタイトルが表示され、なつめと中嶋さんが顔を背ける。
『春が来た』
歌い終わり、とても気分が良いのだが、気づけばなつめも中嶋さんもお腹を抱えて笑っていた。
「おいおい、春といったらこの曲だろ」
「すっ、すいまっ、せん、まつぷっ、ざきさっ。 ちょっと、休ませっ、ださい」
笑いすぎて中嶋さんが死にそうだった。
なつめは…………もう死んでいた。
「そんなに面白かったか?」
まぁ結果は、採点だからな。
「は?」
画面には42点と表示されていた……。
あ、俺は音痴だったのか…………。
「次は私が歌いますね」
お、ついにきたぞむ!
間近で天使の歌声が聴ける日が来るとはな!
「私はこれでっ」
あー、その流れでいくんですね。
『はとぽっぽ』
もはや、歌とかそういった世界ではなかった。
もう、普通のはとぽっぽだった。
「はぁー、楽しかったです」
はとぽっぽを歌うのが、そんなに楽しいのか。
さすが天使だなぁ。
「あ、すいません松崎さん。 急用が入ってしまったので、これで失礼しますね」
ほ…………え?
「急ですいませんっ。 穴埋めは今度しますからっ」
や……なつめと2人っきりかよっ!!
いなくなっちゃった……歌声も聴いてないのに……。
中嶋さんは、なつめにバレないよう俺に向けてウインクをしてから、帰っていった。
何のウインクだ?
次の埋め合わせもよろしくってことか。
さぁて、これからが問題だ。
レベル1の勇者が、ラスボス級のモンスターがいる部屋に閉じ込められたとする。
俺ならどうする……。
死ぬしかないな。
「裕太」
「はいっ」
「次歌うから、入力するやつ貸して」
「ほらよ」
なつめにタブレットを渡すと、自信ありげに曲を選んでいた。
「よしっ」
「次は何だ? 犬のおまわりさんか?」
「いいや。 私の自信曲」
「ほぉー、楽しみだこと」
画面が暗転し、曲のタイトルが表示される。
曲名は、河野あいの『明日への勇気』
曲のイントロが流れ始め、なつめの顔が真剣になる。
先ほどまでの空気とは違い、俺も気が引き締まる。
なつめが口を開いた時、俺はとんでもないことに気づいてしまった。
脳裏をよぎるこの記憶。
それはまさしく、天使の歌声だった…………。




