九話
翠蘭と佐維がしばらく見つめあっていたが。
睦月が咳払いをしたので二人は同時に目を逸らした。裟浬はやれやれとため息をついている。
「…佐維。そなた、蓮と一度会ってこい。許可はする」
「はあ。名誉な事ではございますが。どちらでお会いすればよいのでしょうか?」
「そうだな。蓮をこちらに呼ぶ故、その時に会えばいいだろう。話をする時間も作るからそのつもりでいてほしい」
「わかりました。陛下の思し召しのままに」
佐維が深々とまた頭を下げると翠蘭は裟浬に視線をやる。
「裟浬、とりあえずは話はついた。佐維を元の職場まで送ってこい」
裟浬は眉をしかめながらも頷いた。
「畏まりました。では、佐維。行くとしよう」佐維も頷いて立ち上がった。二人は執務室を後にしたのだった。
翠蘭はふうと椅子に深く座ると背もたれに凭れる。睦月は心配して近寄った。執務机の向かい側にある棚に茶器がある。
それを手に取った睦月は小さな炉で湯を沸かした。茶瓶がしゅんしゅんと音を立てるまでに茶葉を急須に入れる。
湯呑みを二つ、籠から出して用意をした。そうして、茶瓶が音を立て始めたので手巾で取っ手の部分を持つ。
手慣れた様子でお湯を急須に注いだ。茶瓶を傍らにあった机に置く前に手巾を敷いた。そうして、茶瓶をその上に置いた。
急須に蓋を素早くしてしばし待つ。時間が経ってからお茶を湯呑みに注いだ。
一つの湯呑みを持って翠蘭の執務机の上に置く。
「陛下。お茶を淹れましたからどうぞ」
「すまないな。睦月」
翠蘭が素直に言うと睦月はどういたしましてと返事をする。二人はしばしお茶を無言で口にしたのだった。
あれから、翌日になり蓮は翠蘭の執務室に来ていた。
何故か、執務室には見知らぬ青年がいる。しかも、青みがかった黒髪も艶やかで淡い水色の瞳が印象的なとびっきりの美男だ。蓮は翠蘭に問う。
「兄上。あの、こちらの方は?」
遠慮がちに問いかけると翠蘭は面白そうに笑う。
「ああ、やっぱり気になるか。蓮、こちらは裟浬の息子でな。名を遠野佐維と言う。わたしの護衛である衛士をやっている」
簡単に翠蘭は青年について紹介をしてくれる。が、蓮は佐維という青年を知らないし白來国の件で関係があるとも思えなかった。だとしたら、何のために彼が呼ばれたのだろうか。
「兄上。佐維様は裟浬様のご子息なのはわかりました。けど、何のためにこちらにお呼びになったのですか?」
「…まだわからぬか。蓮、存外鈍いな。佐維はなまだ仮定だが。そなたの許嫁候補に決まった。だから、こちらに呼んだ」
淡々と翠蘭は告げた。佐維は床に跪くと蓮に深々と頭を下げる。
「…蓮姫様とお見受けします。申し遅れました、わたしめは名を遠野裟浬の子息で佐維と呼ばれております。このたび、畏れ多い事ながら姫様の相手に選ばれました」
「はあ。ご丁寧な挨拶をどうも。佐維様はわたしの結婚相手として選ばれたんですね」
蓮が言うと佐維は下げていた頭をさらに下げて床につきそうなほどに平伏する。
「姫様。わたしのような武骨者に嫁がれるのはお嫌かもしれませんが。誠心誠意込めてお守りしますので。よろしくお願いいたします」
蓮はあまりにも恐縮する佐維に驚いて二の句が継げない。それを翠蘭はやれやれと呆れながらも見守る。
「さて。挨拶はできた事だし。二人で話す時間をしばしやるから。庭園で散策でもしてくるといい」
翠蘭が命じると佐維はやっと平伏していた姿勢からゆっくりと立ち上がる。蓮よりも頭一つ分くらいは佐維は背が高い。それにさらに驚いてしまう。
淡い水色の瞳で佐維は蓮を見つめる。
「では、行きましょうか。姫様」
「…はい」
蓮が返事をすると佐維は穏やかに笑う。それに見とれてしまう蓮だった。




