二話
翠蘭が間者を放ってから半日が経った。レンの様子をこっそりと見に行く。
裟浬も一緒に付いていった。地下牢に続く隠し通路を使う。
「…陛下。蓮姫を見舞うのはかまいませんが。人目についたら一大事ですよ」
裟浬が注意をしてくる。翠蘭は肩を竦めて言った。
「わかっている。妹の様子を見に行くくらいは良いと思うんだが」
「仕方ないですね。陛下が人目につかぬように目隠しの術をかけておきます」
「悪いな。では行くか」
翠蘭の言葉に裟浬も頷いた。隠し通路用の取っ手があるところまで行き、自分で床にある取っ手を動かす。
ががと低い音が響いて床に四角形の穴が開いた。階段があり、翠蘭は蝋燭に魔術で灯をともして降りていく。裟浬も後に続いた。
しばらくして地下牢のある塔にたどり着いた。その一番奥に蓮の閉じ込められた牢がある。翠蘭は蝋燭を掲げて鉄格子の向こうを伺う。
「…レン。様子を見に来た。聞こえるか?」
翠蘭が低めの声で呼び掛ける。牢の中の人影がぴくりと動いた。じゃらと鎖の音が鳴った。
「…その声は。翠蘭の兄上?」
か細いが高めの声が翠蘭と裟浬の耳に届く。翠蘭はすまなそうにしながら懐からあるものを取り出した。
「兄上?」
レンらしき声が翠蘭に訝しげに問いかけた。が、彼は答えを返さない。かちゃりと地下牢の扉の南京錠が鳴る音が響いた。
きいとゆっくり牢の扉が開く。翠蘭は蝋燭を持ったままで器用に中に入る。レンの元まで近づくとむき出しの土に跪いた。
「すまぬな蓮。そなたをこんな長い間、閉じ込めて。巫女としての役目は果たしてもらわなければならぬが。王宮に来ないか?」
「兄上。いきなりどうなさったのです」
レンこと蓮は慌てて顔を上げて翠蘭を覗きこんだ。翠蘭は蝋燭を足元に置いてからまた、違う鍵を胸元から取り出した。
「私はそなたを縛りつけるつもりはない。龍神に来ていただき、守ってもらったらそれで良いと思っている。自由に生きたらいいんだ」
「…陛下。蓮姫を外に出すおつもりですね。たぶん、そうではないかと思いました」
「裟浬殿。いいのですか?」
蓮が戸惑い気味に尋ねると裟浬は首を横に振った。
「陛下がこうなさっているのですから。わたしからは何も言いません。むしろ、蓮姫は自由になさるべきです」
意外な言葉に蓮は驚きのあまり、固まった。翠蘭は鍵を手錠の鍵穴に入れて開けてしまう。かちゃんと手錠が外れる。足枷も開けられて外れ、両手両足共に軽くなった。
「さあ、これでそなたは自由の身だ。前々からこうしてやれればと思っていた」
「でしたら、私は国の外に出されるのでしょうか。追放か幽閉か」
「…蓮。私を見くびってもらっては困るな。そなたを追放したり幽閉するつもりはない。翡翠の涙を作るために龍神を呼んではもらうが。それ以外は好きにしなさい」
翠蘭の言葉に蓮は唖然となる。まさか、兄がそのように考えていたとは。蓮は立ち上がろうとする。だが、長い間歩いたりしなかったのでよろめいてしまう。とっさに翠蘭が蓮の手を取って支える。
「やはり、地下牢に閉じ込めるのは間違っている。父上も酔狂な事をなさったものだ」
「陛下。もう出ましょう。蓮姫もおいでください」
わかったと言って三人で地下牢の塔を出た。
蓮は兄とはいえ、翠蘭に横抱きされながら地下牢を出た。裟浬も力はあるが蓮を抱き抱えるのは難しい。翠蘭が触らせないのもあるが。何より、隠し通路を歩こうとしたら蓮がよろめいてつまづく事が何度もあったからだ。仕方ないと翠蘭が彼女を横抱きしたので出口まではそうしてもらう事にしたのだった。
執務室にたどり着くとやっと翠蘭は蓮を下ろしてくれる。柔らかな毛皮の敷物の上に慎重に下ろした。
「ふう。さすがに階段を上がるのはきつかったな。蓮を落とさぬようにするので必死だったし」
「申し訳ありません。兄上の手を煩わせてしまって」
「気にする必要はない。まあ、蓮を地下牢から出せて良かったよ」
翠蘭はにかっと笑った。それに戸惑う蓮だった。
翠蘭は蓮を王女が住む後宮の一棟に移す事にした。だが、蓮は一人で歩く事もままならない。裟浬の配慮により体格の良い侍女を二人呼んだ。彼女たちに抱き抱えられながら蓮は後宮の一棟に連れて行かれた。
湯浴みをして服を着替えて髪を櫛で梳いてもらう。綺麗に身支度をして食事をとった蓮だった。