あっち向いてホイ!でそのチート回収させていただきます!
真新しい羽衣に身を包み、あらゆる生き物の輪廻転生を司る神様が出勤していく神役所を前にしてネバリスターは自分の姿におかしなところがないか確認していた。
今日からネバリスターは神界のエリート神達が目指す人気職業ナンバーワンの神役所に内定を貰い今日が初出勤となる。
そもそも神界では不景気による就職難のため、公務員である神役所に就職願書を出した新人神様の採用倍率は天文学的数値を叩き出していた。
八百万とはよく言ったもので、毎世紀毎に数多くの神が生まれては消えていく。
そんななか三流神学校を卒業したネバリスターが神役所に採用されるのは奇跡としか言いようが無かった。
なにしろネバリスターが採用通知を受け取って一番驚いたのだから言うまでもないことだった。
「今日からここが俺の職場かぁ」
見上げた神役所の迫力に圧倒される。
しかし解せない事もある。 本来ならば新人神様の採用は新世紀の始めに行われるはずで四半世紀たった今は新卒者採用時期にしてはあまりにも時期外れなのだ。
時期ハズレであろうと採用は採用で変わりなく、ネバリスターの心は浮足立っていた。
受付の女神様から配属先となる部署へと向かうと、部屋の中から言い争う声がして目の前の扉が勢い良く開いた。
「うわっ!」
「やめてやるよこんな仕事、なにが花形だ! こんな部署に配属になるくらいなら霊魂回収の派遣会社のほうが百倍マシだ!」
そう言った男性神は扉の前にいるネバリスターを見つけるとニヤリと笑った。
「あんたも神役所に採用されるなんて幸運だと思っただろうが、まぁせいぜい頑張れや」
ポンポンとネバリスターの肩を、叩くと去っていってしまった。
一体何なんだろうかと扉を開けると、部屋の中央部に一つ机があり、羽衣を纏った女神様が座っている。
羽衣の上に分厚い袢纏を羽織りまるで瓶底のような眼鏡で隠れた目元には、眼鏡がずれた拍子にガッツリと濃く隈が常駐している。
執務用の机にはうず高く積まれた書類と赤マムシやらイモリ入りなどと書かれた栄養剤の空き瓶が転がっている。
きっとネバリスターは配属される部署を間違えたに違いない。
幽鬼のように顔を上げた女神様は恐ろしい勢いで立ち上がるとネバリスターを部屋へと引き込んだ。
「ふっ、ふふふっ、君が今日から我が部署に配属される新人さんかな?」
「多分そうだと思います」
「いやぁ助かるよ、新しく部署を立ち上げて一流神学校からエリートを集めたんだけどねぇ心労から退職者が後を立たず困っていたんだ」
新規部署に配属されるのはたしかに立ち上げなど心労は多いのだろう。
「ハイ! ネバリスターと申します」
「うん、元気で良いねぇ。 じゃぁ早速仕事を頼もうか、はいこれ」
そう言って渡されたのは何かのリストだった。
「なんですかこれ」
ペラペラと書類をめくればそこには名簿と転生または転移先の世界の名称。
そして回収チートの名前が記されている。
「これから君に回収してきて貰うチートだよ。 いやぁ本来ならば四半世紀に一人くらいしか居ないはずの転生転移者にチート一つ与えて世界を渡らせるんだけど、高官神達が暇潰しや趣味で異世界人にチートをばら撒いたせいで世界のパワーバランスが崩れすぎちゃってね。 このままだと神界すら消失しかねないんだ」
神界消滅の言葉に唖然とする。
「しかも渡って行く人数も急激に増えたから主神様が気が付いた時には末期に近い状態でね、ばら撒かれた強力すぎるチートを回収して世界のバランスを取ろうと考えて設立されたのが君が配属されるチート回収科だ」
どうやらチート回収科と言うのがネバリスターの配属先らしい。
「と言う訳で見習い期間中にそのリストにある転生転移者からリストにあるチートを回収して来てくれるかな」
……信じたくない言葉が聞こえたような気がして思わず聞き返した。
「あの、見習いって?」
「んー、本採用してもみんなすぐに辞めていくから手続きめんどくさいじゃん。 だから実地の本採用試験だと思ってくれていいよ。 はいこれ仮の身分証ね、じゃぁ頑張って」
女神様がパチンと指を弾き音を鳴らすと、ネバリスターの足元がなくなり落とされた。
「回収ってどうすれば!?」
「リストの裏側にワークマンシート書いてあるからー」
ヒラヒラとこちらをろくに見もせずに強制転移させられた。
目の前には緑色が濃い惑星がある。
たしか女神様はワークマンシートなるものがリストの裏面に記載されていると言っていた。
ペラリとめくったリストの裏側にはまるで書きなぐったような癖の強い走り書きが……
『転生者にチート返還を認めさせること』
「……ってそれだけかい!」
ネバリスターは危うくリストを破きかけて正気に戻った。
難儀だ、どうやって転生者にとって命綱と言っても過言じゃないチートを回収しろと言うのか。
しかもこのリストの紙の端についている危険を知らせるマークはなんだ。
忘れようと考えることを放棄してとりあえずリストの上から回収して行く事にした。
「え~と、まずは……はぁ!? なんだよ全ステータスカンストに言語補正、攻撃補正、魔術補強とか預け過ぎだろう」
リストの一番からすでに頭痛の種だった。
しかも1つだけチートを残して残りは全て回収することがノルマとして義務付けられている。
「とりあえず行ってみるか……」
ターゲットの居場所は神役所の身分証のお陰でなんとなくわかるためすぐに本人の近くへ飛ぶ事ができた。
「うわっ!? 誰だあんた!」
「今晩は〜、神役所のネバリスターと言います! ワタル・コウサカ様でいらっしゃいますか?」
神役所のリストにある本人の顔写真からも目の前の男性がワタル・コウサカ様で間違いないようだ。
「そうだが、一体何しに来た」
「実は貴方に付与されたチートを回収させていただきに参りました」
「はぁ!? 何ふざけたこと言ってやがる。 あと少しでこの世界が手に入るんだ。 返すわけ無いだろうが!」
「ですよねぇ~」
もし自分が転生転移者だったならこんな一方的な要求はまず飲まないだろう。
「う~ん、それならこんなのはどうでしょう?」
「……なんだ?」
「これから勝敗がつくまで勝負を行い勝ったほうがそれぞれのチートを貰えるってのはどうでしょう?」
「だめだな、まずあんたのチートがわからない以上それが俺の望む物だとは限らない」
「そうですか、やっぱり神級チートじゃ交渉になりませんよね?」
ネバリスターが持っているのは新役所職員の権限とも言えるチート移譲と回収位だ。
あとは学生時代に覚えた新人神様の必須科目である治癒や戦闘、魔術の基礎である初級神級チートくらいだろうか。
「神級チート?」
「えぇ、例えば貴方が持っている攻撃系のチートの神様バージョンと考えていただければーー」
「その勝負受けようじゃないか」
急にやる気になったようで勝負に食いついてきた。
「しかし勝負って言っても何をするつもりだ? いくら俺が強力なチートを持っていると言っても神と対等な勝負になるとは思えん」
確かに戦闘はなぁ……ワタル殿強そうだし。
「あっち向いてホイなんてどうでしょう?」
「まぁそれなら知識だなんだと言われるよりマシだな」
「ではいきます! 最初はぐ~! じゃんけんポン! あっち向いてホイ!」
最初にじゃんけんで勝ったネバリスターが人差し指をワタルに向けると、指を右側に向かって振った。
ワタルは危なげなく上を向いて回避した。
「じゃんけんポン! あっち向いてホイ!」
じゃんけんに勝ったワタルがネバリスターの顔に人差し指を向けると、風圧を発して右に振った。
即座を顔を下にさげて風圧を躱すとネバリスターの背後の壁が砕け散った。
「ちっ!」
タラーっと冷や汗が額から垂れる。 避けなければ神とは言え無事では済まない威力が込められたするどいウイングカッター。
「今狙いました?」
「いちゃもんをつけるな! じゃんけんポン! あっち向いてホイ!」
ホイのたびに飛んでくるウイングカッターを必死に避け、ネバリスターも自分がじゃんけんに勝てばウイングカッターを飛ばす。
そんな攻防を繰り返すこと四十八時間……音を上げたのはワタルだった。
ホイのしすぎで首を痛めたらしくギブアップしたのだ。
「約束通りワタル様のチートスキルは言語補正以外全て回収させていただきます」
「はぁ!? 聞いてねぇぞ!」
起き上がりながらネバリスターの羽衣の胸元に掴みかかってきた。
「言いましたよ?『これから勝敗がつくまで勝負を行い勝ったほうがそれぞれのチートを貰える』って」
身体を逸してワタルの攻撃をいなすとそのまま地面に拘束し、ワタルの背中に手をついた。
「過ぎたる力を回収せよ」
そう告げると、ワタルの背中に触れている手を通じて彼の与えられていた過剰スキルなどのチートがネバリスターの身体に流れ込む。
どうやらチートを抜く作業は抜かれる者にも負担となるのか、ワタルはかなりぐったりとしている。
「とりあえず神級治癒を時間差で発動するようにかけておきますね」
ネバリスターはワタルに告げると来たときと同じように移動する。
ペラペラとページをめくりワタル・コウサカの資料に回収済みの判を押す。
「さて次は誰かなぁ……」
新人神様のお仕事はあっち向いてホイ!