召喚されて早々メガネを壊された勇者の話
気が向けば連載化させるかもしれません
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「もし。起きてください勇者様」
「ううん? ……どちら様?」
目を開ければ白装束に身を包んだ男が一人。蒼い瞳がこちらを見据えていた。
自分は確かパソコンを前にネットサーフィンに勤しんでいた筈だった。寝ていたと言うことは寝落ちをしたのかと思ったが、寝ぼけて霞がかった頭では良く考えることが出来ない。
この男は誰だ? それにここはどこなのだろう。
「あの、ここはどこでしょうか? あなた方は?」
「ここはファルファリア。あなたはこの国を救うために神に選ばれた勇者様なのです」
この男は何を言っているのだろう。ファルファリアなどと言う国の名前は聞いたことが無かった。それに神に選ばれた勇者とは一体なんなのか。
メガネを取って目を擦る。まだ寝ぼけているのかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
メガネをかけ直し、場をよく見てみる。周りを見渡せばそこは白を基調とした神殿のような場所で、声をかけて来た男と同じような法衣のような白装束に身を包んだ人々が私を取り囲んでいた。
足元を見れば魔方陣のようなものが彫り込まれている。溝には赤い液体が流れており、微かに鉄のような臭いがする。もしかしなくても血、だろうか。こんな一般人へのドッキリにしては随分金がかかっている。
それに、ドッキリにしては悪趣味だなあなんて思いながら、男の話を聞くことにした。
「ここファルファリアは今危機に晒されているのです。北に本拠を構えるを魔王軍が攻め込み、国境での小競り合いが続いていて、敵軍勢も拡大し、国内に攻めこまれるのも時間の問題。そこで神のご加護を賜った勇者様のお力をお借りしたく、勇者様を召喚させて頂いた次第です」
なんだかゲームにありそうな世界設定なんだなあ。どこでドッキリネタバラシになるのかと思いながら男の話を聞く。この分だとまだまだ先になりそうだが、面白そうなので話に乗ってみることにした。
「勇者ね。勇者、いいですよ。私でよければいくらでもあなた方のお力になりましょう」
「ほ、本当ですか勇「おい! 勇者を召喚したと言うのは本当か!」
男が喜びを含んだ声を上げようとしていると、後ろから力強い声が聞こえて来た。
見れば紺を基調とした軍服のようなものに身を包んだ赤髪の男がズカズカとやって来た。周りを取り囲んでいた白装束の男達は、それこそモーゼの十戒のようにその男を避けて行く。
「ルナウィ様! 今勇者様にご説明をしている最中なn「何が勇者だ! 勇者などに頼らずとも、この国にはまだ力があるだろう! 勇者など要らぬ!」
ルナウィと呼ばれた男は、私の目の前に立つとキッと眼力の強い目で睨みつけて来た。顔立ちも精悍で気品が漂っているような気がする。お偉いさんなんだろうか。イケメンかよ。
「お前が勇者か。女ではないか! おい勇者!我が国はお前の力など要らぬ! さっさと自分の国へ帰れ!」
「帰れるなら帰りたいですが……帰れるんですか?」
「ことを終えるまではなんとも……神の啓示がなければ不可能だと思います」
「だ、そうですが」
「お前達神殿の力はそんなものか! 呼び出せたのだからさっさと返せ!」
「そ、そのようなことを言われましても」
「まあまあ、そんなに怒ることないじゃないですか。要らないと言うなら大人しくしていますから」
仲裁にはいればルナウィは私の胸倉を強く引っ張ってきた。苦しい。
「お前の存在事態が目障りなのだ! 勇者が召喚されておいて戦に出ぬとは士気に関わる!」
「なら戦に出ますから」
「出さん! お前のような女に何が出来ると言うのだ!」
バッと乱暴に手を離されたかと思うと、バランスを崩し地面に叩きつけられる。その反動でメガネがどこかに転がっていき、どこかで小さなパリンッと言う音が聞こえた。
「え」
「なんとかせんか! お前達神殿は何の為にいると思っている!」
「ちょ、ちょっと失礼!」
嫌な予感がした。急いで起き上がりメガネを探せば、ルナウィのブーツの下に変わり果てた相棒の姿がそこにはあった。
「あ、あ、私のメガネが……」
「何だこれは、ガラスか?」
ルナウィが拾い上げたメガネを奪い取る。そこには両レンズがパラパラと割れた相棒の無残な姿があった。
「何してくれとんじゃお前ー!!!!!」
「なっ?!」
ぼやける視界でルナウィに掴み掛かると、ルナウィは動揺したような声を上げる。
「私の! 私のメガネがお前のせいでこんな姿になっちゃっただろうがあ!!! どうしてくれんじゃワレエエエ!!!」
「な! 何なのだお前は! そんなガラスがはめ込まれたもの、すぐに作れるだろう!」
「ただのガラスなわけねえだろうが! さっさとメガネ屋さんに連れてけ!」
「メガネ? メガネとは一体何なのだ」
「メガネは視力の矯正器具だよ!! ……え、メガネを知らない? 嘘、やめてくれ、まさかメガネありませんとか言うんじゃないだろうな! やめて!」
「メガネなど知らぬ! 何なのだお前は怒ったり冷静になったり、忙しい奴だな」
「嘘だああああ!!! 私は一体これからどうすりゃいいんだああああ!!! ドッキリでしょ! ドッキリだって言ってくれ!!」
酸いも甘いも共に過ごして来た相棒を破壊され途方にくれる。自慢じゃないが私の視力はそこそこ悪い。歩行に問題はないが、ものを判別するのにはそれなりの近い距離が必要だ。
この馬鹿ルナウィの胸ぐらを掴みながら相棒の死に慟哭する。私はこれからどうすればいいのだろう。
「う、うう」
「おい、お前……泣いているのか」
「う、うええ」
「す、すまない、そんなに大切なものとは知らず……」
「うう、勇者になってやる」
「は? ぼほッ」
「勇者になって世界救ってさっさと帰る!! お前が何て言おうが絶対そうする!!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で決意を叫ぶ。新たな相棒を手に入れる為にはそれしか方法がない。ルナウィに最後にビンタを食らわせ涙を拭く。決意を胸に、今歩き出す。
◆◆◆
結論から言うと私の性能はチートだった。帝国騎士団に所属し、ファルファリアの第四王子であったルナウィの剣と互角にやり合うくらいには身体機能が向上していた。ルナウィがどれくらい強いかと言うと、若くして帝国騎士団の副騎士団長を務める程度の実力を持っている。
魔法の腕も上々のようで、帝国魔道士であるサラミラと言う私の先生からもお墨付きを貰った。異世界様様だなあなんて思いながら魔王と戦う準備を進めていく。メガネが無くても何とかなるものだな。
共に旅立つ仲間も次第に集まって来た。今はルナウィの家であり、この国の要所である城に滞在しているのだが、侍女達の話を聞くにみんなイケメン揃いなのだとか。
この世界に来てメガネを早々にぶっ壊された自分にはわからない情報だ。正直イケメンへの耐性もないのでこの時ばかりはメガネがぶっ壊れて良かったと思った。
「ねえねえアヤコ。これから俺とお茶しない?」
「いやいや、今から鍛錬なんですけど。他の人誘いなよ」
「えー? アヤコがいいんだよ。ね、だめ?」
「ダメですけど」
「もー連れないんだから、ね、ルナウィ」
「何故俺に振る。鍛錬は大切だ。お前も遊んでばかりいないでサラミラ様の所で鍛錬をしろ」
「もー二人揃ってそれ?」
私を堕落の道へ誘おうとするのは、カリエス。共に旅に出るチャラい魔道士だ。奴もイケメンらしく侍女達の評価は随分高い。茶髪に碧眼らしいが目の色まで見ることができない。
渋々といった様子でどこか別の場所に行こうとするが、すれ違いで別の仲間達がやって来た。
「アヤコ! 俺と一緒に鍛錬しないか?」
「アヤコと鍛錬するのは私です。ガザミ、余計な口出しはしないでください」
「何だと!?」
「私はルナウィと鍛錬する予定なんだけれど……」
初めに声をあげたのが魔法戦士ガザミ。青い髪が目立つ、鳶色の瞳らしい。次に声をあげたのが僧侶ディシディア。緑髪に目は緑眼のようだ。二人も類に漏れずイケメンらしいが私には無駄情報だ。
顔を見えないイケメン達に現を抜かすほど自分は暇ではない。自分の世界に帰ると言う目標を達成するまで私は手を抜くことはしたくないのだ。
「ルナウィ行こう。相手して頂戴」
「良かろう。今回こそは負けんぞ」
「お、おい置いていくなよ!」
「ルナウィ様がお相手なさるのなら私たちでもよろしいのではないのですか?」
「ルナウィとの鍛錬が一番私の戦い方と拮抗していていいんだよ」
ルナウィとの鍛錬はいつも勝敗がスレスレだ。鍛錬を重ねるごとに自分が強くなっているのだと実感できる。勿論他の仲間達との鍛錬だってやりがいはあるが、やはりルナウィほど燃える戦いではないのだ。
「うむ、俺もお前との鍛錬は勉強になる。共に魔王を倒そうぞ」
グッと胸の前で手を握り、打倒魔王を決意するルナウィ。その様子にクスリと笑いながら、返事をした。
◆◆◆
魔王城を目の前に見据え、これからのことを思う。無事魔王に打ち勝つことができれば、私は自分の世界へと無事帰ることが出来るのだ。
魔王城は禍々しく、これからの戦いの苛烈さを暗示しているようだった。ぼやけて見えにくいが。
「これからの最終決戦に備え、今日はもう休もう。この辺りの敵は大体蹴散らしただろうし、何かがやって来たとしても、何とかなるだろう」
ガザミが辺りを見渡しながらそう言う。四天王と言われる敵達も既に倒し尽くした。ここら辺の敵もザコ敵とは言いがたく、どの敵も強かったが、ガザミの言う通り、今日はここで休息を取るのがいいだろう。
明日の最終決戦に備え、皆で休むことにした。
交代で一人火の番をしていればもう日が変わった頃だろうか。次の交代であるルナウィが起き出して来た。
「あれ? まだ交代の時間には早いんじゃないかな?」
「いや、ちょっとな」
なにか口ごもりながらルナウィが隣に座る。
何かあっただろうか? ルナウィの言葉を待っていれば、こちらをちらりと見ながら言葉を紡ぐ。
「お前は……やはり帰ってしまうのか」
「ん?」
「だから…お前は、魔王との決戦が終われば帰ってしまうのか?」
「ん、そのつもりだけれど」
「……帰らないでくれ」
「どうして?」
「ど、どうしてだと。そんなの、お前に帰って欲しくないから」
「どうして帰って欲しくないの?」
薄々察しながらも意地悪な言葉を返す。ルナウィはうつむきながらどうにか言葉を紡ごうとする。
「だ、だからだなあ! ……お前が好きだ。だから、帰らないでくれ……ないか」
私からは良く見えないが、恐らく顔を真っ赤にしながら言っているのではないだろうか。初めて会った時のことを思い出す。自信に溢れ、プライド高いルナウィが女一人にこんなたじたじになるなどだれが予想するだろうか。
「でもメガネ無いからね。帰るよ」
スパっと帰ると言うことを告げると頭を抱えているのが見て取れた。
「ならメガネを作る! だから帰らないでくれ!」
「作れるの?」
「うっ、いや、作ってみせる!」
メガネレンズの作り方など壊された本人がさっぱりだが、ルナウィは作ってみせると告げた。そんなにしてまで帰って欲しく無いんだなと思うと、少し胸の奥が暖かくなる。
「じゃあ、無事に帰ったら作って見せてね? そうしないと私帰っちゃうから」
「ああ! 作ってみせる! 待っていろ!」
ルナウィに笑いかけると、笑い声が帰ってくる。意気揚々と決意を胸に秘め、ルナウィ達との恐らく最後の夜は更けていく。
◆◆◆
「勇者様、よくぞ魔王を倒してくださった。これでこの国のも安泰ですじゃ」
「勇者様、寂しゅうございますが、そちらの世界でもどうかお元気で」
皆口々に勇者勇者と私に一言ずつ言葉を残してゆく。周りを取り囲むのはこの世界に召喚された時の法衣のような白装束をまとった人々。あの神殿で私は別れの挨拶を受けていた。
「アヤコ、居なくなっちゃうなんて、寂しいなあ」
カリエスが私の手を取りながら、声色からも寂しそうな声で別れの言葉を告げていた。
「また、この世界に来てね? そうしたら色んな所に遊びに行こう?」
「うん、ありがとうカリエス」
カリエスは最後に手の甲に口付けすると後ろに下がってゆく。
「アヤコ、居なくなるなんて信じたく無いが、元の世界でも元気でな?」
「ありがとうガザミ」
「この縁は決して切れません。私たちの繋がりは世界を隔てても未来永劫です」
「そうだね、ディシディア」
ガザミとディシディアとも別れの挨拶をする。ディシディアの言う通り、私たちの繋がりは決して切れることはないだろう。
「ルナウィ、来ないね」
扉を見ながらカリエスが言う。この場にはあの赤髪の偉丈夫が居なかった。
「最後の別れだってのに何やってんだあいつ」
「辛いのではないでしょうか。だってルナウィ様はアヤコの事を……」
そこまで言うとディシディアは口を噤む。皆ルナウィの気持ちをわかっているようであった。少し顔に熱が行くが、それもすぐに引いてゆく。
「勇者様、準備が出来ました。魔方陣へどうぞ」
「はい」
ルナウィは来ないのだろうか。最後に一目でも会っておきたかった。だって、私だってルナウィの事……。
魔方陣へ乗ったかと思うと神殿にバンと大きな音が響く。何事かと後ろを向けば扉の所に目立つ赤毛が居た。
「おい! 待て待て待て! 返送の儀などさせんぞ!」
大きな声を出しながらルナウィがこちらへとやってくる。出会った時のような見覚えのある光景。
「アヤコ! 帰ることなど許さんぞ!」
「でもメガネ無いし」
「メガネなら持って来た!」
そうしてずいと差し出されたのは何かが入ったケース。もしやこれは。
「え! メガネ出来たの?!」
「付けてみろ」
ケースを開ければ見知った形をしたメガネのようなもの。こ、これは。と思いながらかけてみれば鮮明になる視界。
目の前のルナウィを見てみれば、赤毛に赤眼。鼻筋の通った整った顔立ち。初めてこの世界に来た時に見た見知った顔を久しぶりに見た気がする。
「み、見えるよ。わールナウィだ。カリエスにガザミにディシディアも! うわーイケメン揃いかよ。初めまして〜」
初めてこんなに鮮明に見たが、噂通り皆イケメン揃いだった。私は今までこんな奴らとパーティを組んで居たのか。
ルナウィが呆れたような顔をする。表情も鮮明に見えるなんてメガネ様様である。
「何が初めましてだ。……あまり似合わんな」
ルナウィがメガネを小突く。そりゃあ作りたてで薄型レンズなんて存在しないこの世界のレンズなんて似合わないだろうし、元の世界のメガネのように洗練されたデザインになるには時間がかかるだろう。
「それより、メガネを作ったぞ。これで帰らないんだろうな」
「え、うん。いいよ」
「はあーーーーー。今一度言うぞ。俺はお前が好きだ。一緒にいてくれないか」
「こちらこそ、私と一緒にいてください」
ルナウィが私に抱きつく。私も抱き返せば、力強く抱擁を返す。私はこの世界で生きてゆく。今思えばメガネを壊されたのも良かったのかもしれない。ルナウィを見やれば、ルナウィもこちらを見つめ返す。ふふと笑いを零せば、頭を撫でられた。たった一つのメガネが繋いだ縁は決して切れることはないだろう。