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 広場の近くを巡回していた兵士たちによって、ミイラのように全身を巻かれた強盗は連行されていく。飛び蹴りのダメージが残っているのか、弱々しく抵抗もしていなかった。


 兄妹を助け出した少年は兵士に事情を説明すると同時に、手に持っていた小袋とナイフを渡す。


「すっげえな! 兄ちゃん!」


 すっかり泣き止んだタクトは、目をキラキラさせながら少年に話しかけていた。ついさっきまで、強盗にナイフで襲われそうになっていたとは思えない切り替えの早さである。


 「お、なんだなんだ? もう平気なのか? さっきまで大泣きしてたのに」


 「な、泣いてねーよ! ……ちょっとだけだよ」


口を尖らすタクトに、少年は栗色の短髪を掻きながらからかうように笑ってみせた。


その様子を見ていたパレットの腕の中では、妹のカノカが小刻みに震えている。恐怖心が抜けていないが、七歳の少女には当然のことであろう。


「大丈夫? カノカ……」


 クロマの柔らかな問いかけに頷くカノカだが、その表情は怯えきっていた。すると、少年はパレットたちの方に近づき、麻のズボンのポケットをごそごそと漁りだした。


 それは、手のひらサイズのぬいぐるみであった。おそらく何らかの動物であろうが、見る角度によっては犬にも見えるし、猫にも見える。


 「ほら、これやるから元気出せよ」


 少年はぬいぐるみを差し出したが、カノカは突然のことで目を丸くしたまま動けずにいた。この短時間で様々なことが起こり、少女の思考はパンク寸前だった。


 それを察したのか、少年はカノカを抱きしめるパレットにぬいぐるみを手渡した。小さな女の子が持つようなものを、なぜ自分と同じくらいの歳の少年が持っているのだろう。パレットは首を傾げる。


 「あ……えと、ありがと……」


 パレットは頭を下げて礼を言う。この礼は、兄妹を強盗から助けてもらった件のつもりだったが、少年にはぬいぐるみの例として伝わってしまった。


 「気にすんな、また買えばいいだけだ」


 へらっと笑う少年は、ぬいぐるみの売っていそうな露店を探し出すようにぐるりと辺りを見回す。


 「二人のこともありがとう。あなたが助けに来なければ、今頃どうなっていたか……」


 すかさずにクロマがフォローを入れると、少年は緊張した面持ちで顔の前で手を振ってみせた。


 「あ……いえ、どうせ俺が助けなくても……こいつが、どうにかしてたと思いますよ」


 そう言って、少年に足元にいたタクトの頭をぽんぽんと叩く。タクトは驚いた顔をしていたが、すぐさま当然だと言わんばかりに胸を張る。


 さすがにどうにかできたと思えなかったが、パレットは強盗がナイフを下ろす直前にカノカを庇うタクトを見ていた。その勇気ある行動は、心の底から称えるべきだと思った。


 「それじゃ、俺はこれで」


 パレットらに背中を向けると、そのまま露店の方に歩いて行った。


「え……っと、何かお礼でも……」


パレットの言葉に片手を上げて颯爽とその場を後にする、と思いきや踵を返して戻って来た。


 「あ、じゃあ一つだけ教えてくれ」


 少年は人差し指を立てる。


 「人を探しているんだ。ポアレン市に住んでるらしいんだが、あんたここら辺に詳しいか?」


 「ん……まあ、少しは……」


 正直、パレットには自信がなかった。十年近く住んでいるが、住人の名前はほとんど知らない。それでも、兄妹の恩人のために何か役に立ちたいと強く思う。


 「パレット・オリバーという人物なんだが」


 「え?」


 「え?」


 パレットとクロマは同時に声を上げた。まさか、自分の名前が出てくるとは全く思っておらず、面食らったように彼女は目をぱちくりさせた。


 「自力で見つけようと思って市中を駆け回ったんだけど、さすがにこれ以上時間を掛けられなくてな。何か心当たりは?」


 「……」


 パレットは無言で手を上げる。


 「お、知ってるのか! それで、どこの誰だ?」


 「ここの、あたし……」


 「へ?」


 「あたしがパレット・オリバー」


 ぽかんとしたパレットと少年は、しばらくの間見つめ合っていた。


 


 「いやまさか、こんな近くに探し人がいたとはな」


 苦笑しながら、少年は首にスカーフを巻きなおしていた。先程まで強盗のナイフをぐるぐるに巻いていたものだ。


 「それで、この娘に何の用かしら」


 クロマは首を傾ぎながら訊いた。


「あぁ、えっと……つい最近、配達屋で働き出したんですけど、ここの地理に詳しくなくて……」


 何やら言葉を濁しているようにも聞こえたが、クロマは先を促す。


 「それで、パレット・オリバーさん宛てに手紙を預かっていまして……」


 少年は懐から、一通の封書を取り出した。表面には『パレット・オリバー』と名前が記されている。流れるような筆跡にパレットは既視感を覚えた。


 「それじゃあ俺はこれで失礼します!」


 パレットに封書を手渡すと、目にも止まらぬ速さで広場の出口へと走っていく。


 「じゃあなー! 兄ちゃん!」


 タクトがぶんぶんと手を振ると、少年も肩越しに手を振ってみせた。そして、広場から姿を消した。


 「……恩人に対してこんなこと言うと失礼だけど、少し怪しいわね」


 「うーん……」


 パレットは否定できないでいた。強盗を蹴り倒した時の身のこなし方や、異常ともいえる脚力が配達員の枠に収まらないように思えた。それに配達員なら懐からではなく、配達袋から封書を取り出すはずだ。


 パレットとクロマは訝し気に受け取った封書を眺める。


 「一体誰からの手紙かしらね」


 「どこかで見た筆跡なんだよね……あっ!」


 封書を裏返したパレットは合点がいく。


 『ローズウェル・ランダ―ソン』


 右下に記されたそれは、パレットの勤める『グロッバ』の店長の名であった。見覚えのある筆跡は、看板に書かれた店名と全く同じものである。


 「あら、ローズウェルさんから? あの人の知り合いなら安心……だと思うけど」


 「うん。でも結局、何者なんだろ?」


 蝋付けされた封書を開けようとした手をピタリと止めた。ローズウェルは翼を持つ竜――ライラックのことを知る、数少ない人物でもある。元々、パレットが夜間の巡回に勤しんでいるのは他でもない、彼女たっての頼み事だったのだ。


 「どうしたの? 読まないの?」


 ローズウェルを慕っているクロマは、手紙の内容が非常に気になっている様子である。しかし、ライラックのことや巡回のことに触れた手紙内容であれば、クロマに対して言い逃れできない恐れがある。


 悶々としていたパレットに気付いたのか、彼女に抱き付いたままのカノカを預かり少しだけ下がる。


 「パレット宛ての手紙だったわね。待ってるからゆっくり読むといいわ」


 「クロマ……ありが……」


 クロマの胸の中に顔を埋めるカノカの表情を見て言葉が切れた。豊満で柔らかな感触が心地よいのだろう、うっとりとした顔で今にも眠りにつきそうである。


 ふと、自身の胸に視線を落としてみるも敗北の二文字が頭に過った。


 「……ありがと」


 パレットは、まだ成長期と言い聞かせながら、震える手で封を切る。


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