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 「結局、買わなかったわねえ」 


 鐘楼前広場に着いてからも、クロマは残念そうに溜息をついていた。服屋に置いてある上着という上着を片っ端から取り寄せてもらったが、どうやら彼女の肌には合わないようだった。


 「んー、生地が良すぎるせいかな……すごい落ち着かなかった」


 ごめんねと謝ると、クロマは優しく微笑みかけた。


 「いいのよ。また今度、違うお店に行きましょう。さて……と、どこから見て回るのかしら?」


 パレットたちは鐘楼の前まで来ていた。現在は使用を禁止され、梯子が取り外されているため鐘のある上層部には入れない。それでもポアレンの象徴として、長年に渡り市民に愛されてきた。


 その鐘楼を囲むように、様々な露店が軒を連ねている。野菜や果物といった食材を扱う店や、食器や石鹸などの日用品の店、さらには不気味な仮面ばかり揃えた店までもある。


 「んっと、まずは野菜から見たいんだよね」


 パレットは右から左へと見渡す。パン屋と同じく馴染の店があるのだが、その日その日によって場所が変わってくる。露店の店主たち曰く、同じ場所は飽きてくるため互いの了承を得て入れ替わるらしい。


 視線を左へと向けている途中、小さい影が二つ、こちらの方に駆け寄って来るのが見えた。


 「おっす! 姉ちゃんたち!」


 「あ……おはよう、ございます。パレットお姉ちゃん、クロマお姉ちゃん。バルデロも……」


 活発な少年と大人しそうな少女がパレットたちの前に立ち止まった。


 「おー、タクトとカノカ。おっはよ」


 パレットはしゃがんで二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 「子ども扱いすんなって!」


 タクトと呼ばれた少年はパレットの手を払おうとする。しかし、八歳の少年には力が及ばなく、あきらめた様子で撫でられ続ける。反対に一歳下の妹であるカノカは、心地よさそうに撫でられている。


 「おはよう。あなたたちもお買い物かしら?」


 クロマも長い髪が地面に着かぬよう、細心の注意を払いながらしゃがみ込む。


 「おう、かーちゃんにおつかい頼まれたんだ!」


 タクトは胸を張って声を大にして答えた。少年にとってのおつかいは、家の手伝いの中でも最高難易度らしく使命感に溢れていた。


 「あのね……香辛料、買ってきてって言われたの」


 妹のカノカはオドオドと小動物のように周囲を見回している。人見知りのため、人が大勢いるような場所は苦手のようであった。


 「お、それじゃあ姉ちゃんたちと一緒に行こうか。ちょうど買うところだったんだよね」


 パレットの言葉にカノカの表情がパッと明るくなる。タクトが側にいるにせよ、知り合いが多い方がカノカの不安は減るだろう。


 いらぬ心配かな、と思っていたパレットの耳元にクロマが囁く。


 「パレットが香辛料を買うなんて珍しいわね。料理でも始めるの?」


 「あぁ、うん。そう……しようかなあ?」


 実際は、香辛料を買うつもりなどなかった。ただ、ユーリとカノカが気になり、付いていくための口実なだけであった。


 「その時はクロマ、料理教えてね」


 「ええ、もちろん。……あら?」


 微笑んでいたクロマは、何かを見つけたように声を上げる。その視線を追っていくと、広場の入口付近に竜が見えた。やはりその巨躯のため、人が賑わう広場の中でもよく目立っていた。


 「ごめんなさいね、仕事に戻らなきゃ。終わったら戻ってくるから」


 「ん、了解。二人はあたしが見とくから」


 クロマは軽く手を振って、広場入口の方に歩いて行った。バルデロもそれに続く。


 「バルデロと向こうの竜さんは、色が違うんだね」


 パレットのブラウスの裾をちょんと引っ張りながら、カノカが訊いてきた。彼女の言う通り、バルデロは艶掛かった黒褐色に対し、向こうの竜は黒々とした鱗だった。


 「竜の鱗って、汚れるとくすんでいくんだよね。ほら、バルデロの方はあたしが昨日、癒竜したからツヤツヤしてるでしょ」


 「わあー、ほんとだ。 癒竜師ってすごいね! お姉ちゃん」


 パレットの説明に目を爛々と輝かせながらカノカは頷く。パレットは照れ笑いを浮かべながら、カノカの頬をふにふにと突く。


 「なあ! 早く行こーぜ!」


 癒竜について、さほど興味のないタクトは先陣を切って駆け出した。妹のカノカも兄の後を追うように走り出す。


 パレットがこの兄妹に出会ったのは、今から三年前のことであった。その時も広場に買い出しに来ていたパレットは人ごみの中、幼い兄妹が泣きじゃくっているのを見た。


 どうやら母親とはぐれてしまったようで、パレットは二人に抱き付かれながら親探しを始めた。無事に母親を見つけることができたその後も、こうして一緒に買い物をしたりする仲である。


 タクトは振り返って妹の手を取る。迷子になった時のことを思い出したのか、カノカに「はぐれるなよ」と言っているようにも見えた。なんとも微笑ましい光景に、パレットの顔は自然と綻ぶ。


 「あんまり走ると、転ぶよー!」


 二人に声を掛けた、その時。


 少し離れた場所から怒号と悲鳴が響いた。そちらを見ると痩せた男が露店の前で何やら揉めている。ややあって、男は露店の反対方向に走り出した。


その顔は不気味な笑みで歪み、左手には小袋が握りしめられている。


 「強盗だ!」


 男がいた露店から、店主と思しき叫び声がした。おそらく小袋には店の売り上げ金が詰め込まれているのだろう。


 「……え、ちょっと……待って」


 言うと同時にパレットは駆け出していた。


 あろうことか、強盗の進路の先にはタクトとカノカ兄妹が茫然と立ち尽くしている。そして、強盗の右手にギラリと光るナイフが握られていた。


 「どけえええっ! ガキがああ!」


 そのまま二人の横を走り過ぎればいいものを、興奮した強盗は幼い兄妹に凶刃を振りかざす。


 パレットは地面を思いきり蹴る。兄妹と強盗との距離は、およそ十メートル。スリングショットがあれば余裕の射程圏内であったが、今は手元にない。そもそも、翼を持つ竜に乗って飛び回る夜中以外は、武器類を持ち歩かないようにしていた。


 悔やんでも遅いとは分かっていた。パレットは、何も持っていない手を前に突き出す。


 (誰か……!)


 言葉にはならない叫び。突き出した指の間から、怯えた妹を必死に庇う兄の姿があった。その勇敢な小さきものを襲う鋭利なナイフ。


 「……助けて」


 声を絞り出したパレットの横を黒い影が音もなく通り過ぎた。そして、それはあっという間の出来事だった。


 獣のような俊敏さで強盗との距離を一気に詰めると、足を踏み切り跳躍した。そして、そのまま片方の靴底で強盗を蹴り飛ばす。


 「かっ……はぁっ!」


がら空きの胴体に蹴りを入れられた強盗は、鈍い音を立てながら地面を転がる。


 蹴りを入れた本人は、空中でくるりと身を回転させ地面に着地した。顔を上げると、シャツの上に羽織った黒いベストをぽんぽんとはたく。きっちとした服装を着ているが顔は若々しく、パレットと歳の近いようにも見える少年だった。


 強盗の手から落ちた小袋とナイフを拾い上げると、首に巻いていたスカーフで刃の部分をぐるぐると巻いてみせた。


 「もう、大丈夫だぞ」


 少年は、口をぽかんと開けていたタクトとカノカの頭をぽんぽんと優しく叩く。すると、安心して緊張の糸が切れた兄妹は、弾けたように泣き出した。


 それを機に、動けずに見守るしかできなかった人々が一斉に動き出す。いち早く駆け出していたパレットは、幼い兄妹を両腕に抱きしめる。二人の体温を感じながら、パレットは安堵の息を吐く。ケガは一切ないようだった。


しばらくして辺りを見渡すと、広場にいた屈強な男たちが強盗を縄で縛り、買い物袋を脇に抱えた女性たちは心配そうに兄妹に声をかけている。


「タクト! カノカ!」


 声がした方に顔を向けると、クロマとバルデロが駆け寄ってくるのが見えた。今にも泣き出しそうな顔であったが、パレット自身も目に涙を浮かべていた。


 「ごめん……あたしが二人の側から離れてたから……」


 「あなたが謝ることないじゃないの……」


 クロマは顔を伏せていたパレットの頭を優しく撫でる。


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