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ポアレン市には、犯罪者を一時的に収容するための留置所が設置されている。そこでは罪人から動機や方法といった犯行についての尋問も行っていた。それらを一言一句違わずに書類に記録し保管しているのだが、中には珍妙なことをいう者も少なからずいた。
『バカでかい鳥……に見えた。暗くてよく分からなかったが、そいつがいきなり襲い掛かって来たんだ! ……まあ正確には、頭上を通り過ぎて、俺は腰が抜けちまっただけなんだが……』
『いや、あれは鳥なんてもんじゃない。あのごつごつとした図体……鱗……竜? そう、竜だ! でっけえ翼を生やした竜が……おい、そんな顔すんじゃねえ、本当に見たんだよ!』
『その翼の中央、つまり背中に誰かが乗っていました。はい、人のようでした。……いえ、暗かったので人相はさすがに……それに何かで顔を覆っていたようにも見えました』
『そうそう、ちょうど月明かりでぼんやりとだけ見えたんだけど、軍服みたいな真っ赤な上着だったわ。……ねえ、これだけ話したんだから帰っていい? 色男さん……え、ダメ? ……ちっ』
書類を眺めながら、尋問担当の兵士はカップのコーヒーを啜る。この一年の間に、ポアレン市において空を飛ぶ竜が度々目撃されている。最初は犯罪者の戯言かと思っていたが、捕えた者たちは狼狽しており、兵士には嘘をついているようには見えなかった。とは言え、罪人を信用する気には到底なれない。
「空飛ぶ竜に赤い軍服……ねえ。おとぎ話かっての」
ミアレスト王国軍には、いくつかの隊が置かれており、それに合わせて制服も種類が分かれている。しかし、赤色の軍服など見たことも聞いたこともない。
「いや、待てよ……」
十年近く前に新平として、戦地に赴いた時にも似たような噂を耳にしていた。
『敵地に舞い込んだ空飛ぶ竜が次々と敵兵をなぎ倒していった』
『背中には見たこともない色のミアレスト軍服を着用した人間が乗っていた』
当時は、自軍を鼓舞するための与太話かと聞く耳も持たなかったが、今になってそれを思い出した。偶然とは到底言い難い。
もしそれが本当のことなら、と考えたところで彼には答えが出なかった。現状、その空飛ぶ竜とやらが危害を加えている訳でもない。むしろ犯罪者を裁いてくれるのだから味方ではないだろうか。
兵士は欠伸をしながら顎の不精髭を撫でた。留置所の窓から丸々とした月が見える。ふと、月の前に黒い影が横切ったような気がした。まあ、鳥の類だろうとぼんやり眺めていた兵士は制帽を目深に仮眠を取ろうとする。
「……んあ?」
不意に外から声が聞こえてきた。しんと静まり返った街中によく響きわたる。こんな夜も更けた時間だ、何か事件でも起きたのかと様子を見に出る兵士。
そこに別の兵士が二人やって来た。一人の若い兵士は、項垂れている筋肉質の大男を後ろ手に縛っている。
「銀行の窓を割って、店内に盗みに入ったようだ」
もう一人の白髪交じりの兵士が麻袋を片手に説明する。袋の中からジャラリと硬貨が擦り合う音がした。どうやら犯行に使用した物のようだ。
「またかよ」
最近の犯罪傾向は、窃盗や空き巣が多くを占めていた。王都プランナで、とある盗賊が暗躍しているのが原因の一つであろうと見解されている。模倣犯というものだ。
「それで、この男。さっきから妙なことを言っててな」
困った顔をする兵士の隣で、震えている男。その顔が恐怖で引きつっている。いかつい風貌で何がそんなに怖いのかと滑稽に思えたが、尋問担当の兵士には嫌な予感がしていた。
「……化物だ」
戦慄く大男は、青白くなった口元を恐る恐る開けた。
「翼を持った……空を飛ぶ化物だ……」
「……またかよ」
兵士の溜息がひんやりとした夜風に流される。