パレット・オリバの一日は、夜明けとともに始まる。少女は少しだけ重たい瞼を擦りながらベッドから這い出ると、すぐそばのカーテンを開ける。
小窓の向こうに広がった水平線から日が半分ほど顔を出していた。真っ暗な海は日光に反射して煌めき、瑠璃色の空は徐々に暖かみを増してゆく。いつもと変わらぬ光景であった。
小窓を開けると、ひんやりとした潮風がパレットの金色の髪を揺らす。春先ということもあってか明け方は少々冷え込んでいた。彼女の細い腕にも、ぽつぽつと鳥肌が立つ。
その腕を擦りながら、パレットは寝衣から作業着に着替える。作業着と言っても、普段着である白色のブラウスと膝丈長さのズボンの上にエプロンを羽織るだけのものだった。ベッドの側に揃えられた革製のブーツを履くと、寝室から出る。
肩にかかった髪を後ろに一本に束ねながら、パレットはロビーとリビングを兼ね備えた階下へと降りた。どこからか漏れた微かな明かりを頼りに部屋を横切ると、玄関横の大きな窓のブラインダーを一気に開け放つ。金属同士がスライドする音と共に眩い光がパレットを包み込んだ。
いつの間にか、日は海面の少し上に位置している。空も明るさを増してきたようで、夜明け前に出港した漁船もちらほらと確認できた。
「ん……よしっ!」
全身に日光を浴びたパレットは大きく背筋を伸ばす。これが彼女にとっての始業の合図でもあった。
まずは、外に立てかけてあった箒とちり取りを手に、玄関前の歩道の掃き掃除を始める。
パレットが居住する店舗は丘の上にぽつんと構えており、眼下にはそびえ立つ鐘楼を中心にポアレン市街地が広がっていた。この時間帯は静まり返っているが、日が高くなるにつれ喧騒に包まれてゆく。
市街地から目線を上げていくと見渡す限りの海原が広がっているのだが、そこから潮風によって落ち葉や紙切れといったゴミが運ばれてくる。
それらをせっせと掃き集めると店舗の裏に回り、焼却炉に捨て入れた。一定量に達すると焼却処分するのだが、僅かに届いていないように見える。明日には燃やしてしまおうと、パレットは判断を下す。
玄関前に戻ると、潮風によってべたついた大窓を拭き、これで一通り早朝の掃除を片付けたことになる。
ようやく朝食にありつけると、パレットはロビー突っ切ってその奥にあるキッチンへと向かった。小振り
の麦パンを齧りながら、羊のミルクで流し込む。十六歳、食べ盛りのパレットにとっては物足りない朝食であったが、生憎と買い置きしていた食材が不足していた。
「あっ……と、いけない。忘れるところだった」
麦パンを咥えたままロビーに戻ると、片隅に置かれた木製のスタンド看板を外に運び出す。この看板が店外に出ていないと開店していると知らせる術はない。といっても、毎日開店しているので意味があるのかパレットには分からなかった。
玄関の横に置かれた看板には、流れるような美しい手書きの文字で『癒竜専門店グロッバ』書かれていた。