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初動
8/30

 深澤ヤヨイは俗に言う生真面目の権化のような存在で、それと同時にクラスの誰とも関わりを持ちたがらない変わった性質を持った少女だった。今で言うもっと砕けた言い方をすれば不思議ちゃんと呼称してもいいのかもしれないが深澤ヤヨイの不思議ちゃんっプリは女子はおろか男子からすら嫌われると言う離れ業をやってのける程にその不思議っぷりを、いや、正確に言えば生真面目っぷりを披露していた。

かつての事を振り返ってみれば、昼夜の頭に出てくるのはヤヨイが他の生徒を注意している所か或いはクラスの端で周囲の世俗になど視線もくれず本を読んでいる時の情景くらいでしかない。誰もがヤヨイの事を煙たがっていたのと同様、ヤヨイ自身もクラスの皆を煙たがっていた節があったのは否めない事だろう。

小学六年の進級と同時に新たに入れ替わったクラスの面々が子供ながらにグループ作りに勤しみ和気あいあいと楽しい時間を作っている中、わざわざ仲間はずれのグループにその身を投じ自己犠牲心を露わに満足げな表情を浮かべていたのも束の間である。小学生だからこそ起こり得るクラス内の歪んだ景色を是正するが如く男子女子共に敵へと回して正論ばかりを突きつけたヤヨイはいつの間にやら本当にクラスの敵となり最終的にはクラスの空気として認知され四教の四天王などと称されながらも社会の椅子はいつも空位だとばかりにさんざん蔑まれた物だった。

そんな小学六年の頃から周囲に敵を作るヤヨイが、既に全人類を敵にさせる片鱗を持ったこずえと波長があったのもそれはそれで筋の通った話であった。

今から思えばと、昼夜は二駅離れた大平駅へと向かう途上で、どんどん雑多になっていく景色を眺めながら思い返していた。

次第に孤独になっていったこずえと最初からいきなり孤独だったヤヨイがどことなく似た者同士である事に今更ながらに気が付き、どうして今まで彼女の事を忘れていたのだろうと不思議ささえそこには存在していた。

こずえが苛められている時、彼女はヤヨイに助けを求めなかったのだろうか? ある意味同種の人間として近しい存在だった二人が小学校卒業後一切連絡を取っていないとは思えなかった。それなりに仲の良かった二人が互いの境遇を相談して慰め合いみたいな事をしなかったのだろうかと、昼夜はふと思っていた。しかしそんな考え自体が筋違いであるという事もある意味では承知していた。昼夜は自分で自分の肝に命じているのだ。自分がこずえのいじめについてどうこう言える立場の人間ではないという事に。数ヶ月間の見て見ぬふりをしてきた幼馴染が出来る事といえば黙って被害者の言う事を聞き続ける事と余計な口を出さない事。その二点しかなかった。

私を殺して欲しい

どこまでが本気なのかは分からない。しかしウソだったとしてもそんな事を言わしてしまった原因に自分の行動が絡んでいる事が確実に判明していた昼夜にとって、これほど居心地の悪い人間の隣りなどある訳がなかった。

吊革を握りしめながら段々と煩雑化していく街並みを眺めるこずえを見ながら昼夜は思っていた。確かにこずえとヤヨイの再会は彼女にとって良かったのかもしれないと。そして少しでも、おこがましい事であるとは分かっていたが、少しでも今日、ヤヨイとの再会がこずえにとって良い作用をもたらしてくれればと自分勝手な願いを胸に昼夜も吊革を力強く握りしめるのだった。

 立川駅から二駅離れた大平駅に到着した昼夜達は大勢の乗車客達と共に下車するとその流れに沿いながら北口改札を抜けた。

こずえの話しによればヤヨイの家は駅から徒歩十五分程の高層マンションらしく、歩いていればすぐに分かる程の巨大さを有しているとの事らしい。

まるで何度も訪れた事があるかのようなこずえの物言いに昼夜はヤヨイの家に行った事があるのかと聞いてみたがこずえは首を横に振って、

「電話で聞いただけ」

とだけ短く答えた。どうやらヤヨイと会うのは本当に小学校の卒業以来らしく正に何年来となる級友との再会であると、懐かしさを滲ませてこずえは言うのだった。

駅から出た昼夜達を待ちうけていたのは煩雑と言っていいだろう、様々な建築物が坩堝となった非常に美しくない街の光景だった。

大型のショッピングデパートに立ち並ぶ消費者金融の看板、ビルの合間合間に立っている奇妙な電気屋等の個人商店。全てが不均一で、どれも洗練がされてない街並みが昼夜達を迎え入れていた。所詮は一地方都市の大都市である。そこにあるのは首都にあるような綺麗でオシャレな物とは違う、不格好で背伸びをした片田舎の街でしかなかった。

「案内任せたからな、こずえ」

卓都が目に光を宿しながら舵とりをこずえへと任せ、昼夜達一向は駅から足を踏み出しまだ見ぬ深澤ヤヨイ宅へと向かって進んだ。

駅を離れ、大きなビルの合間を縫うように進むと見えてくるのはまるで原生林の中に生えた小さな木々の梢のような家々だった。かつて昔からそこに存在したかのようにビルの合間合間にある民家がひっそりと昼夜達の視界の端を横切り、通り過ぎていく様はどことなくディズニーランドのジャングルクルーズのアトラクションのような感覚を三人にもたらし自然と深澤宅まである十五分の道のりを退屈させない物となっていた。

駅からビルの合間、曲がりくねった迷路のような裏道を抜け辿りついたのは四車線ある高速下の環状道路だった。車が数多く行きかい排気ガスが充満するその横断歩道を渡ると昼夜達は目の前に巨大な建造物がある事に気が付いた。

高さ凡そ三十階はあるだろうかと言う程の巨大さを誇る建造物。いわゆる高層マンションである。高速下の環状道路をくぐり抜けてみればなんて、少し幻想的な表現を使わせてもらえばその先にあったのは紛れもなく昼夜達の地元には存在しないであろう、不釣り合いな建物だった。

「あれがヤヨイの家か?」

卓都の言葉にこずえは曖昧に頷いた。

「多分そうなんじゃない?」

歩いていればすぐに分かる巨大な高層マンション。確かにその通りの表現だと昼夜は思った。地元にいたらこんな建物お目にかかる事など確実にないだろうし、何よりマンションと言う名の自己主張度も、そしてその高さから入口周辺に展開されている広場みたいな、周りの環境から言えば不釣り合いと言ってもいいだろうオシャレな感じの公園が明らかに場違いだった。

ここに深澤ヤヨイが住んでいるのだろうか?

昼夜は改めてかつての、余りパッとしない生真面目少女を思いだしながら緑が人工的に配された広場へと足を踏み入れていた。そしてふと疑問を感じていた。

「そういえば」

それはふと、というよりもそもそも前提的に最初から疑問に思わなければいけない事項だったのかもしれない。

「今日俺達が来る事を深澤は知ってるのか?」

その問いに誰であろうこずえが笑顔で答えたのも言うまでも無かった。

「んーん。っていうか行くなんて言ってないし」

その瞬間である。ハタと昼夜と卓都の足が止まる。

アポなし?

「聞いたのは家だけ。最初家に来るの? とか聞かれたけど今度いつかね、って言っただけだから。大丈夫だよ」

その言葉に卓都が思いの外真剣に応えた。

「いや全然大丈夫じゃねーだろ」

そして卓都はそのまま続けた。

「いいかこずえ。オレはヤヨイに会う為にここに来たのはそうなんだけど、それと同時にとある事をしに来た訳だ。それが一体何だかわかるよな?」

「そんなの知ってるって」

卓都の言葉にこずえは得意気に応える。

「よーするにナンパでしょ」

確かに事実を言い当てた答えだった。それは卓都自身も何ら他意のない答えだったのだろう。

彼は正にその通りであるとしっかり頷き、そして改めて口を開くのだった。

「確かにその通りだ。でもな、一つ考えてみろ。オレがかつての級友のつてを利用した理由をだ。確かに今のオレはヤヨイの事なんか何一つ知らない、電話番号すら知らない状態だ。だからこそ千駄木、お前に助力を求めた。だけどオレが求めたのはその助力だけじゃないんだよ。

要するにヤヨイとオレのパイプになってほしかったんだ。だから事前に連絡を入れてアポ取って正式な形で会うのがオレにとってもヤヨイにとってもベストだったのに、それをお前何で……」

「大丈夫だって」

しかしこずえは何の心配もしてないようで、というよりもむしろ得意気な顔で

「突然出会った方がサプライズなんだから」

と強引な理屈を展開していた。

当然の事ながら自宅に押し掛け突然出会ったという現象が起きる訳もないのだが、しかしこずえは笑顔のままだった。

「そんな事よりさっさといこーよ。私ちょっとワクワクしてんだから」

二人でただポカンとしている昼夜と卓都を置いてけぼりにしこずえは言うのだった。そして振り返る事はおろか停止して思考する事すらその頭の中には備わっていないのではないかと思わせる千駄木こずえが歩みを止める事なく、対照的に歩を淀ませる昼夜達を引っ張りマンションの正面玄関から自動ドアをくぐり抜けインターホン目がけ部屋番号を押しこんでいた。

「部屋番号は知ってるのか?」

昼夜の問いにこずえは頷く。

「当たり前じゃん」

お前に言われたくないと、昼夜は部屋番号を押すルンルン気分のこずえの後ろで一人ごちそうになったが、それを卓都が遮っていた。

「これで留守とかだったら最高に笑えるよな」

笑えるというよりももはや腹立たしいと言った方が正確な気もしなくもないと、昼夜が卓都の気持ちを慮ったのも束の間。部屋番号を打ち終えたこずえがインターホンの前に立ち、マンション玄関の入口である自動ドア開閉の許可を求めるべくコール音が鳴り響いた。

「なんかドキドキするね」

一人興奮しっぱなしのこずえとは対照的、に突然のアポなし突撃訪問をする事になってしまった昼夜と卓都がこずえとは別の意味でドキドキを覚えていたのは言うまでもないだろう。しかし……

「…………あれ?」

鳴り響くインターホンが途切れる事はなかった。ひたすら鳴り続ける甲高い音にこずえは首を傾げ、卓都は半ばイライラした表情を見せ、昼夜はそんな事だろうと思ったと、三者三様の表情を見せていた。

「留守なのかな?」

どうやらその通りらしい。そして約束もせずに突貫訪問を行えばこうなる事は容易に想像が出来た事であった。

「どうすんだよ」

半ばキレかけている卓都が表情を険しくしながら愚痴り始めそうだった。しかしこずえはそんな事気にした様子もなく携帯を取り出していた。

「ちょっと電話してみる」

しかしこずえが携帯に耳を当てる事数十秒。そこから発せられる言葉は一言もなくただ沈黙のみが三人の間で停滞するだけの時間が流れていた。

「出ないみたい」

「んなのわかってるよ」

卓都がこずえに噛みつく。

「つーかどうすんだよ。ここまできて会えなかったってふざけんなよ。つーかこずえ。お前何で事前に今日行くって伝えてねーんダよ。大体サプライズとか訳分かんねえ事言ってっから――」

「うるさいなあ博士は」

こずえは言い切る。

「そんなにヤヨイちゃんに会いたいんだったらそこら辺うろついてでも探せばいいじゃん。もう自宅の場所は分かったんだし、それにまず、もし本当に会いたいんだったら私に聞かなきゃいけない事があるんじゃないの? 私の携帯に入ってるヤヨイちゃんのアドレス教えてくれってさ」

「……んなの出来る訳ねえだろ」

何故か卓都はここで尻ごみする。

「そんな、他人のアドレスを本人の了承を得ずに教えてもらっていい訳ねえだろうが。常識だろそんなの」

十六歳にして煙草をふかす金髪の少年が常識を説いた瞬間だった。何故かその事実が昼夜には面白く、不覚にもこんな状況だというのに耐えきれず笑ってしまっていた。そして案の定その笑いが場を和ませる訳もない。

「なに呑気に笑ってんだよ昼夜」

卓都は思いっきり昼夜を睨みつけていた。

「言っとくがヤヨイと会えなきゃお前の睡眠薬も無しなんだからな。笑ってるヒマがあったらここにヤヨイを連れてこいよ」

「…………」

非常に面倒臭いと思った。そして昼夜は完全に責任をこずえへと移譲する。

「どうすんだよ千駄木」

まるで卓都と同じ事を言い放った昼夜の言葉に、こずえは少しばかり悩んでいた。

自宅に目当ての人物はいなく、携帯に電話しても繋がらない。しかも地元から離れた街で土地勘もない昼夜達にしてみればこれ以上ここで出来る事など無かった。だからここは改めて出直すという選択肢が最も適切だったのだろう。しかしその適切さはあくまでも昼夜の中にある適切さで、こずえの中にある適切さとは全くの別物だった。だから、こずえの答えが出た瞬間に昼夜は思わず反論をしたくなったのではあるがそんな事はしたって無駄だと言う、そんな諦めにも似た徒労を瞬時に味わい、口を噤むのだった。

「ちょっとその辺りヤヨイちゃんの事探してみよっか?」

面倒臭いとは思わなかった。何より卓都の表情がそれも辞さない事を露わにしていたからだ。


 深澤ヤヨイの住む高層マンション周辺は周囲をその他の市営住宅やらこじんまりとしたアパートやらがひしめく立体的な集合住宅街だった。アパートと団地の合間合間に広場や公園がいくつもあり夏休みを迎えた子供達が暑さにも負けず元気に走り回っている光景がいくつも見て取れていた。昼夜達はそんな見ているだけで微笑ましくなりつつも、こめかみから汗が流れおちそうな風景を受け流しながらあてもなくただブラブラと捜索をしていた。

こずえの言葉につられて探索行為に付き合わされる羽目になった訳ではあるが、実際土地勘もない昼夜達がおよそ四年ぶりとなり級友に出会いを求めると言うのは土台無理があったのかもしれない。何故ならいつのまにやら昼夜達はその立体的な集合住宅街を抜けどことなくスレた感じのする、パチンコ屋やラブホテル、或いは怪しげなエステサロンが立ち並ぶいわゆる合法歓楽街に辿りついていたからだ。

かつて生真面目の権化として他者からうとまれていたヤヨイが確実に寄りつかなそうな一画で昼夜達は三人、怪しげな道が立ち並ぶ大通りから裏に面した道で立ちつくしていた。

「こずえ」

だまってこずえの、気ままな探索に付き合ってきた昼夜達ではあったが、これ以上の気ままを許していては自分達までもが道を見失うと判断したのだろう。卓都はハッキリと言い放っていた。

「ここはさすがにねーだろ」

北に視線を這わせれば巨大合法ギャンブル店、南に目線を投じれば大人達が憩う休憩所、東へとその眼を向かわせれば男性客限定であろう看板が掲げられたマッサージサロン、そして西に存在する居酒屋をちゃんぽんにした巨大な森ビル。

こんな所にヤヨイがいる訳などなかった。ギャンブルや酒など不浄な物として取り扱っていそうなヤヨイが夏休みを利用してこんな所へ散策に来る筈などないのだ。ましてや男性向けマッサージサロンなど、看板を見ただけで卒倒、或いは発狂して看板を蹴り飛ばしそうなイメージさえある。

「でもわかんないよ」

しかしこずえは口をとがらせながら言うのだった。

「もしかしたらこの四年間でヤヨイちゃんが変わってる可能性だってあるじゃん。昔は真面目一本やりだったけど、今じゃパチンコとお酒を嗜むようになりましたなんて、別におかしい話しじゃ無いんじゃない?」

話しがおかしいとかどうとか以前に昼夜はパチンコとお酒を嗜む女子高生の画が非常に嫌だった。そしてそれは卓都も同じだったようで、

「どう考えたってそうはならないだろ。つーかオレはヤヨイにそんな現実は望んでない」

確かに、と、昼夜も頷く。男ならば誰もが同感を得るであろう発言に頷くのだった。しかしこずえは頷かない。

「えー、でもさ、博士的にはそっちの方が良いんじゃないの?」

まるで会話を楽しんでいるかのように続ける。

「なんかそっちの方がエロに直結しやすい感じだし、オープンスケベの博士にはぴったりじゃん」

「エロに直結しやすいって……」

卓都は若干言い淀みながら言う。

「一体今までの話しのどこをどう解釈したらエロと直結したんだよ。全く意味がわかんねーんだけど」

「え、わかんないかな」

こずえは思いの外意外そうな顔をしながら言う。

「何となくギャンブルとかお酒を嗜みそうな女の人ってエロにも開放的な印象ない? なんかきょーらくてきっていうか」

「享楽的な」

昼夜が補正をかましこずえは笑顔で頷く。

「さすが物部君」

うるさい

「なんかお金の出入りが激しい人って男の出入りも激しいそうじゃん。それにアルコールが入っちゃえば頼んだら股開いてくれそうだし」

「お前よく友達の事そんな風に言えるな」

「でも博士はそれがお望みなんでしょ?」

「お望みじゃねえよ!」

どんだけ下種な男だと思われてんだよ、と十六にしてアルコールを利用しかつての級友をでんすいさせ事に及ぼうとしていたと思われていた小空卓都が若干のショックを受けていた。

確かに自分がそんな風に思われていたとしたら、それはそれでショックを受けるのだろうなと昼夜自身、その光景を横から見ながら卓都の状況に憐れみを覚えるのだったがその瞬間に思いだしていた。

ほんの一週間ほど前、自分から開いてきた女の股を、余りの唐突さに怖気づいた自分がいた事に。

処女をささげるとか言われて置きながら、それを頂かなかった自分の男としての雄度の低さに、昼夜は恥ずかしさを覚えざるを得なかった。

そして二人の男が互いに気不味さを覚え沈黙が降り注ぐ。

「ちょっと何黙ってんのさ」

特に意図的に黙っている訳では無かったがこういう時男、つまり男子と呼ばれるべき存在の少年は非常に弱いのである。

「っていうか博士はなに、もしかして今日ヤヨイちゃんに会いに来たのはしっかりとした交際って奴を申し込む為にここまで来たの?」

「当たり前だろ」

卓都はきっぱりと言う。

「オレは身体だけの関係とか、一回限りの遊びとか、そういうのは嫌いなんだ。身も心も繋がってこそのセックスだろーが」

「結局やる事は考えてんのかよ」

昼夜の言葉に卓都は憤慨したように頷く。

「当たり前だろ! オレは男だ!」

妙な自己主張だった。

「でも意外と純情なんだね。そんな格好してるくせに」

「くせにとか言うな。意外とオレの心は傷つきやすいんだからな」

知ってるって

こずえは短くそう言って卓都の肩をポンとたたいた。

「でもさ、さっきも言ったけど意外にだよ。ヤヨイちゃんが本当に変わっちゃってるって可能性もあるじゃん」

こずえは十字路に佇むレンガ造りのラブホテルを見ながら続けた。

「小学生から高校生までの変化って結構劇的だし、ましてや私達とは全く違った環境に陥ってるんならその変化だって予想もつかない。博士の見た目が予想に反してたのと同じようにさ」

こずえの言葉に卓都は少しばつが悪そうな顔をしながら頭を掻いた。こずえの発した、あくまで見た目という部分がどこか彼の中で引っかかっているのかもしれないと昼夜は勝手な推測を立てつつ、しかしそれでも、あのヤヨイがこんな場所にいるだなんてどう考えても想像する事は出来なかった。

「変わるったって限度があるだろ」

昼夜は卓都を見、こずえを見、そして自分を見つめ直してから言った。

「変わろうったって結局は同じ人間なんだし」

結局根本的な所は変わらない。真面目な奴はどんなにお茶らけてても根っこの部分では真面目だし、軽薄な奴がどんなに大人ぶって見せようとも本質は変わらない。だから、ヤヨイも同じだと思った。決してこんな所にいるような奴ではないし、いていい奴ではなかったのだ。

それは卓都にとっても、昼夜にとってもだった。

「でも分かんないよ」

しかしこずえは嬉々として、それでいながらまるで物事の本質を捉えたかのように放った。

「それこそ人間の価値観なんてたった一日、或いは数十秒の出来ごとでガラっと変わる事だってあるんだもん。むしろ変化をする人間の方が普通で、全く変わらない人間の方が奇特なんじゃないかな。それにほら、あそこ見てよ」

こずえが指さす先にあったのはラブホテルの入口だった。そこには今し方出て来た感じの一組のカップルが二人で並んでいた。一人は中年のオッサンと言った感じで、もう一人はなんと意外な事にかなり若い、十代後半位の女性と言った感じだった。私服がどことなく若い感じで夏らしく黄色のキャミソールにジーンズと言った感じのラフな出で立ちである。

「もしかしたらあんな、明らかに援交っぽいカップルみたいにホテルからひょっこり出てきたりするかもしれないじゃん」

明らかに援助交際風と言えば確かにあのカップルがその通りであった。昼夜と卓都がその二人に視線を投じる中、二人は何の気後れもない感じでホテル前でしばらく話しをした後その場で別れて行った。

人の好みは色々なのだなと、改めてその多種多様な人間性を目の当たりにした気分の昼夜であったが、しかしその隣り、その二人を見つめ続けていた卓都がいきなり不穏な動きを見せ始めたのは恐らくそれが衝撃的だったからであろう。

「おい……昼夜」

卓都はまだホテル前に立って自分の財布の中身を確認している、少女と言っていいだろう娘を凝視しながら、声を震わせ発していた。

「お前、あの子の顔、見覚えないか?」

卓都の震える声が最初、何を意味しているのか昼夜には分からなかった。一体何が彼を混乱させているのかサッパリだった。

「別に、見覚え何かある訳ないだろ。俺だってこんな所来るの初めてなんだから」

そう言いつつ昼夜も黄色いキャミソールの少女を見つめた。身長がモデルのようにスラッとしていて昼夜と同じ位の高さだろうか? 腰から伸びた足の長さが艶めかしく見えるのはきっとスタイルの良さから来ているのだろう。顔に関しては確かに、どこか懐かしさを覚えさせるような顔ではあったけど確実に美人を特定していいだろうジャンルに属する、綺麗な顔立ちをしていた。少し細めの瞳ではあるが綺麗に整ったキレ長の瞳は古き良き日本の美を彷彿とさせ鼻から口にかけての造形はまるで絵に描いたかのような美しい造作を誇っていた。髪の毛は綺麗な光沢のある黒いロングヘアーで風が吹くたびにその柔らかそうな髪がなびき…………

ここで昼夜はその少女を凝視する事になっていた。そして卓都を見、少女を見、こずえを見、

懐かしさを覚える自分の気持ちに違和感を覚える。

「…………え?」

かつて生真面目の権化として存在していた少女。切れ長の瞳に日本人形を連想させるかのようなその容姿。瞳から発せられるその意思の強さは他者を竦めさせる事に特化しているかのようでありながら、それでも最終的には窓際族に追いやられた一人の少女。そう。

「……深澤?」

昼夜の言葉に卓都とこずえが頷き、そして三人が黙している間にヤヨイは昼夜達に気付く事なくその場から去って行くのだった。


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