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守隠し  作者: スタンドライト
初動
7/30

 「私もついていく」

突然何の話しをしたかと思えば、今までの経緯を辿ると結論に辿りつくのは容易だと思う。

こずえの言葉が唐突だったのは周知の事実ではあった訳ではあるが、昼夜は特別それが唐突だったとか、突然だったとか、そうは思えなかった。というよりも流れから言えば当然だった気もすると、好奇心旺盛なこずえの性格からすれば押して測るべき流れでもあった。

小空卓都の条件。深澤ヤヨイとの会合を条件に提示された昼夜は翌日その睡眠薬調達の為の詳細な情報をこずえへと話す為再び駅前のファストフード店に来店していた。

卓都の変わってしまった現状と思いの外軟派な条件の提示にこずえは終始静かに相槌を打ち続けていたのだが昼夜の言葉が終ると同時に断言していた。

「私も博士とヤヨイちゃんに会いたい」

当然昼夜がその申し出を断らない訳がなかった。そもそもこずえの守隠し計画を主とした睡眠薬調達が前提となった、いわばこれはお使い的な任務のような物なのである。昼夜にしてみれば少しでも睡眠薬イコール千駄木こずえイコール事件性を匂わせない為極力、少なくとも直接睡眠薬をもらう卓都との接触は避けなければいけない絶対の防衛ラインがそこにはあるのだが、それを頑として受けつないのも千駄木こずえが千駄木こずえをたらしめている何よりの証拠だった。

加えて、昼夜の説得に正論を述べるかのように放ったこずえの言葉も効果的だった。

「じゃあ聞くけど、ヤヨイちゃんの連絡先物部君は知ってるの?」

当然の事ながら昼夜は知らなかった。しかし元同じ小学校の人間を当たれば何とかなると断言しキッパリとこずえの疑問を斬り捨てた訳ではあるのだが、その後にこずえが発した言葉もまた昼夜の動揺を誘う一言で会ったのは言うまでもない。

「私はヤヨイちゃんの電話番号もアドレスも知ってるけどね」

正直言えば昼夜は楽がしたかった。せっかくの夏休みだというのに遊びにも行けず塾と自殺志願者の相手ばかりをしていれば家で呑気にゲームをするゆとりくらい欲しいと思うのが当然だし、それが普通の高校生だろう。しかしその為には時間がなく、また時間を作りだすだけの余裕も、ゆとりも今の昼夜にはなかった。

こずえにヤヨイの連絡先を教えてもらえれば他の友人に彼女の情報を聞き出す手間が省ける。

たったそれだけの事だったのかもしれないが、今の昼夜にしてみればそれは何よりも魅力的だった。夏休みに入ったばかりだといのに夏休みに入る前以上の疲労感を味わっている高校一年生にしてみたらそれは確かに、何よりも重要な時間だった。

そして更に、こずえは畳みかけるように言う。

「でも探すって言ってもどうだろ。やよいちゃんって友達少なかったからね。私以外に携帯のメアドとか交換してる子、少ないんじゃないかな」

随分と薄汚い手を使うこずえに昼夜は、お前本当にこれから自分がしようとしている事の危険性を理解しているのか? と冷静に正論を突き立てたい衝動に駆られていたのだが、そんな機先を制するかのようにこずえは更に畳みかけていた。

「っていうかヤヨイちゃんとメアド交換してる子なんていなかったかも。よく考えたらヤヨイちゃんと喋って他の私だけだったし」

確かにその通りだった。教室の片隅でひたすら難しそうな本を読んでいたヤヨイに話しかける奇特な人間はこずえしかいなかった。皆が手を出さず遠巻きに見ている対象に対して何のためらいもなく手を差し出すのがこずえだ。ヤヨイがこずえ以外に友達がいなかったのは紛れもない事実だっただろう。

そして私立の中学入学を機に家族ごと街へと引っ越した深澤家の消息を知る者は一人もいない。いや、実際本格的に聞き込みを実施すればそんなただの平凡な一家族の消息など簡単に判別は付くのだろう。しかし問題なのは昼夜のモチベーションだった。

そんな守隠し計画に必要な一アイテムの入手、の条件をクリアする為だけに一日、或いは二日三日と足を棒にして貴重な夏休みの時間を削るなど想像するだけで苦痛だった。

昼夜はそれを想像しただけでもゾッとし、人生で残り数回しかない月単位の夏休みに憧憬と節約の二文字を連想していた。

楽をしたい。

ただ単純な、それだけの感情を元に昼夜は妥協案を出した。

こずえから連絡先を聞くリスクは承知する。(何故連絡先をこずえから聞く事がリスクとなるのかというと卓都から、誰から連絡先を入手したと聞かれた場合こずえがそこで出てきてしまうからだ。実際そんな物は昼夜がウソをつけばいいのかもしれないがいざ最終的に、こずえの失踪に事件性が帯びてしまった場合洗い出されるのが他者との関連性だ。だからこそ昼夜はこずえと卓都の会合はおろか、その助力すら拒否していた訳なのだが、労を惜しむという精神的弱さに目をつぶった訳である)

しかしこずえが卓都とヤヨイ、二人と会うのは絶対にダメだと、釘を刺したのだ。昼夜にとってこれは真っ当な妥協案だと思えた。確かにこずえの希望は一つも叶っていないがそもそも自分がこれから行う事のリスクを考えてみろと、ここで改めて昼夜は口を酸っぱくして言いつけてやる気持ちで一杯だったのだが、どうやら昼夜よりもこずえの方が一枚、いやそれどころか二枚も三枚も上手だったらしい。こずえが昼夜の楽をしたいと言う本音を見抜きそう発したのかどうか、それは誰もが知る所では無く、永遠に不明な謎となったのだが、これだけは一つ確実に言える事だった。

「でも、私を小空君達に会わせてくれないんだったらヤヨイちゃんのアドレス教えないから」

こずえは昼夜の妥協案に対して絶対に不可避な条件付けをしてきたのだった。そして……

 「やっほー博士」

夏真っ盛りの正午十三時。

昼夜とこずえは日野町駅前のバスロータリーで対岸の歩道から歩いてくる金髪不良少年の姿を確認していた。

こずえの明るい天真爛漫な声に一瞬怪訝な表情をした金髪少年ではあったが、声の主が誰か分かった途端に思いの外純真そうな、かつての博士を思い出させる屈託の無い表情を見せた。

「こずえ!」

バスとタクシーが何台も行き交う横断歩道を駆け足で渡ってきた卓都が懐かしそうに言い放った。

「なんだよすげー久しぶりじゃん。最初誰だか分かんなかったつーかいきなり博士とかほざくからぶっとばしてやろうかと思ったけど、まさかこずえだったとはな。でも何でこずえがここに? って、お前黙ってね―でさっさと答えろよ」

卓都のまくしたてるかのような喋りの後にどつかれた昼夜は身体全体に疲労感を覚えながら力なく答えた。何故こんな事になってしまったのだろうと、心の底から後悔しながら。

「深澤の情報提供者だよ」

昼夜は肩パンされた右肩をさすりながら続ける。

「たまたま俺と千駄木が学校一緒だっただけだ。それで丁度良いやって思って聞いたらこれまたたまたま知ってたってだけの話しだよ。んで千駄木に事情を話したら――」

「付いてきちゃった」

こずえは可愛らしく舌を出しておどけていた。実際昼夜にしてみればその仕草は可愛いどころか憎たらしいとしか思えないのだが、久々に会った卓都にはその憎たらしいポーズがどう映ったのだろう。彼は思いの外ストレートに言葉を発していた。

「なんつーか、お前相変わらずだな。地味に可愛いと言うか、そこら辺変わんねーな」

地味に可愛いという何とも素直に喜びにくいフレーズを叩きつけた卓都にこずえは女の子らしくきゃっきゃしながら笑顔を振りまいていた。

そう。昼夜もその比較的可愛らしいこずえの外見を思いきり客観視しながら、覗けばそこにあるのは『可愛らしい』という、褒め言葉にしか換言する事の出来ない賞賛が彼女に値するのだと確かに思えた。しかし――

「でも博士は全然変わらないよね」

こずえが放つ毒牙のような、まるで何も見えていないようでありながら、全く空気が読めていないようでありながら、それでも見透かしたような、そんな独特の千駄木語が三人の間を伝播した。数瞬の沈黙が舞い降りる。それもその筈だろう。博士、つまり小空卓都と言えば辞書を片手にビン底眼鏡をかけたガリ勉少年だったのだ。それが今や金髪にピアスを開けダボダボの服を着こなす地元のヤンキーみたいなそんな風体をしているのだ。その現実を目の当たりにして全然変わらないよねと、よく言えたものだと、正にこずえの中にあるワンダーランドが稼働を始めた真っ最中な訳であるが、これも昔の馴染みという物なのだろうか? こずえの言葉に卓都は笑い、そして言った。

「ほんと相変わらずだな。その見透かしてるっつーか、逆に見下してるって言うかよ。変わらないよな。いやもう気持ちいい位だぜ」

卓都は清々しくそう言った。しかし対照的に続ける。

「でもオレはもう博士なんかじゃねーんだわ」

それはどこかかつての思い出を懐かしみ、かつ捨て去ってしまいたいと連想させる、そんな言葉だった。

「とりあえず小学校卒業後に訪れた最初の壁で思いっきり挫折したからな。お陰でこの通り昔とは見る影もないだろ? かつての天才少年が今どこに? って感じだよ。全く以って挫折ってのは恐ろしいぜ。お陰でオレは今や流行りのニート道まっしぐら――」

「そんな事ないよ」

こずえはまるで確信を持っているかのように言いきる。

「博士は未だに博士だよ。相変わらず話し長い所とか、人の話し聞いてそうな感じなのに自分の事ばっかり話しちゃう所とか全然変わって無いじゃん。それに」

こずえは笑顔で言いきった。

「相変わらずのスケベだし」

「スケベって……」

昼夜は思わず口を挟んでいた。相変わらずのスケベと言う言葉が全く卓都と繋がらなかったのだ。何度も述べているがかつての卓都は辞書を片手に持った今時いないタイプのガリ勉少年だ。そんな少年の一体どこにスケベな要素があるのか昼夜にはサッパリ分からなかった。

「物部君相変わらず鈍いよね」

こずえは人差し指を立てながら言い、そしてそのまま指を卓都に指して言った。

「博士は昔っからスケベだったんだよ。っていうかむっつりスケベかな。隠れエロ男だったし」

「隠れエロ男って……」

突然訳の分からない事を言いだしたこずえに昼夜は若干冷や汗をかいていた。もし本当に卓都がむっつりスケベなのだとしたら相当にこの展開はよろしくないのではないかと思ったからだ。むっつりスケベがむっつりスケベと呼ばれる由縁はむっつりしているからなのだ。オープンスケベならばこの状況何の苦にもならないだろうが、むっつりスケベなら逆切れするか、本当にむっつりしてしまうかのどちらかだろう。そして現在の卓都を見る限り確実に前者の対応が待ち構えているかのような予測が経っていた訳だったのだが……

「お前本当に何でもお見通しだな」

卓都は笑ってそれを言いきった。

「確かにオレは昔っからエロかったけど、なんでんな事分かったんだよ?」

「そんなの簡単だよ」

こずえはそれがまるで世界の理であるかのよに断言した。

「目がすっごいエロかったんだもん。それこそ気持ち悪いくらいにね」

女性は男性の視線に敏感だという話しをどこかで聞いた事がある昼夜はその話しをふと思い出していた。それがすべからく全ての女性に当てはまる訳ではないのだろうが、少なくともこずえをエロい目で見るのだけは今後避けておこうと思わせるには充分なやりとりだった。

「でももうむっつりッて感じじゃないね。もしかしてオープンスケベにでも進化を遂げたのかな?」

「当たり前だろ」

卓都はそれこそこずえに負けない位の力強さで断言する。

「オレは今レベル四十八のオープンスケベだぜ。まだまだレベル百になるまでは道のりが長いっつーの」

「エロってレベルがあるんだ」

「当たり前だろ」

胸をはる卓都に疑問顔をする卓都。こいつらこんなに仲が良かったっけと首を傾げながら話しについて行けない昼夜。

「レベルが上がるとどうなるの?」

「簡単な事だ。エロに奥ゆかしさを備える」

「じゃあ更にもって上に行けば?」

「一回りしてオシャレなオープンになるな」

「じゃあ更にその先は?」

「そりゃもう変態だろ」

「変態になっちゃうの!?」

何となく楽しそうな会話だと昼夜は思った。しかしそれと同時に最高に加わりたくない会話だと思った。しかし会話はまだ続く。

「じゃあレベル百になったらどうなっちゃうの?」

こずえは満点の笑顔だった。そして卓都は最高にバカな決め顔だった。

「そりゃあもう」

まるで映画の中で決め台詞を言う主人公のような、そんなワンシーンだった。

「マスターになるに決まってるだろ」

「マスター!」

何故かこずえが嬉しそうにはねた。そう言えば中学時代某SF超大作映画にはまっていた経歴があるなと、改めてこずえの嗜好遍歴が思い返される。

「じゃあ私を博士のパダワンにしてよ!」

意味が不明だった。しかし卓都は気分が高揚しているのかノリノリだ。

「いいだろう。お前を私のパダワンにしてやろう」

「マスター評議会の審査は?」

「いらん」

「やったあ!」

恥ずかしい会話だった。そして卓都も実は某超大作SF映画をこよなく愛している事に少なからず驚いていた。

「でもさあ」

とここでこずえが話しのトーンを変える。

「もし博士が今レベル四十八なんだとしたらだよ。一体何が出来る訳? まだ全然マスターじゃ無いじゃん。それじゃフォースなんか操れないよ」

レベルが百になろうがフォースなど使える訳がなかった。昼夜はどこかで正式に突っ込んでやりたい衝動に駆られタイミングを見計らっていたのだがどうにもうまくいかない。

「ねえ博士、レベル四十八のオープンスケベ状態ってのはどんな特殊能力が使える訳?」

すると昼夜の気負い等余所に卓都は思案顔で言い放った。

「それを言うなら簡単な事さ。要するにレベル二十までのむっつりスケベ状態なら女の子をチラチラと盗み見たり歩いている子の後ろを歩いてその匂いを嗅ぐ程度が席の山だが、レベル四十八の、つまり今のオレは違う」

盗み見ると言う部分がこずえには成立していないと言ってやりたい衝動に駆られたが機を逸した昼夜はそのまま口を噤む。

「つまる所今のオレの状態はオープンスケベ状態な訳だ。そしてオープンスケベ状態の俺が持つ特殊スキルと言えば」

「簡単な事だよね」

卓都がニヤリと笑い、こずえが昼夜を見据えて言葉を差し出した。加えて差し出した手が硬派なクイズ番組の司会者風になっていたのはきっと気のせいではないのだろう。昼夜は投げ出されたスルーパスに見事、ゴールを決めた。

「深澤ヤヨイに会いに行く」

「整いました!」

どこが整ったのかよくは分からなかった。

しかし笑顔ではしゃぐこずえを冷めた目で見ながらも、昼夜はそう言いだす事が出来ずに黙って歩を駅へと向かわせ、やっとの事で深澤ヤヨイ宅へと向かうのだった。


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