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七月三十一日。こずえの母と出会った三日後、こずえと最期に話しをしてから六日後。つまり約一週間の間隔を開けて昼夜とこずえは再会を果たしていた。再びとなる駅前のファストフード店にて。
今回はガラス張りのカウンター席ではなく互いにしっかりと昼食も兼ねてフライドポテトなど注文し対面式のボックス席に腰掛けての会合となっていた。時刻は昼の十二時である。
夏の太陽が空の頂点に昇り直上から容赦のない熱線を降り注ぐ中、昼夜とこずえは互いにストローから飲料水を啜っていた。
「で?」
こずえがさっそくとばかりに疑問を投じてくる。
「ここ一週間なんの音沙汰も無かった訳だけど、物部君は一体どんな素晴らしいプランを用意してくれたのかな?」
真っ白なフレアスカートに白黒のボーダーのキャミソール。そしてその上に羽織った黒のジャケットは寸分たがわずこずえを可愛いと思わせるには充分ないでたちで、昼夜が少なからず彼女の事を異性として認めざるを得ない破壊力がそれには備わっていた。そんな魅力的とも言っていいだろう、こずえの口から出て来た詰問とも取れる今後のプランについて、昼夜はとりあえず事の全貌を話す前に少しばかり聞いておきたい事がある事に気が付き、そして口を開いていた。
「三日前の話し、おばさんから聞いていないのか?」
「三日前?」
こずえは予想外の言葉に半ばキョトンとしていた。しかし昼夜にとってそれは特別予想外な事ではなかった。あの時感じた雰囲気からすればそれも当然なような気がしたし、逆にあの時の事を昼夜自身がこずえに対して話していいのかと、逆に気にもなりはしたのだが、その辺りは気にしなかった。というよりも気にならなかった。いや、或いは気になったのかもしれない。
今更自分がこんな事を言えた立場でない事は、充分承知していた。しかし思わざるを得なかった。
お前の家族は大丈夫かと。母親とちゃんと喋っているのかと。ちゃんと家に帰っているのかと。家にいない時お前はどこにいるんだと。そして、あの男は何者だと。
昼夜はそう問いただしたかった。しかし実際出て来た言葉は、そんな自分の本心の三分の一も満たしていない中途半端な言葉でしかなかった。
「三日前……おばさんに、ばったり道端であったんだよ」
何一つ学校の事を話さなくなった
清子の言葉が昼夜の頭を過ぎった。
「なんか、おばさん心配してたみたいだけど大丈夫なのかよ?」
実際言ってみてこれほど後悔した言葉はないだろう。昼夜は自身が放った言葉の直後、すぐにでもトイレに逃げ込みたい衝動に駆られたがそんな衝動をまるで無視するかのように言い放ったのがこずえだった。
「大丈夫だよ」
こずえはいつも通りの笑顔で言った。
「特に、なんにも問題なんかないよ。だって」
一つ間をおいてから言う。
「物部君が私の事守ってくれるんでしょ?」
守る。守って、殺す。守る事が殺すで、隠す事が救う。理解し難い論理展開に昼夜は半ば呆れ果て、いや、そもそもついていく事さえ出来なかった。しかしついて行けないと判じていながらも、昼夜は既に練り上げていた不完全犯罪のプランを紐解く事しか出来なかったのだ。
三日前に会った奇妙な千駄木家の状況も、こずえが実際どのような状態に陥っているのかも分からないまま、昼夜は彼女に付き合う事しか出来なかった。それが彼女にとって、昼夜に対しての復讐だと言うのなら、昼夜はその事について償いをしなくてはいけないのだ。だからこそ、昼夜は持ってきたショルダーバッグからノートを取り出し、そして具体的なプランが書かれた項を紐解くしかなかったのだ。
「じゃあ単刀直入に行くからな」
「いいよ」
昼夜は右手にシャープペンシルを持ちながらカチカチと音を鳴らし、既に書かれた図になっている守隠し計画実行プランの説明へと移った。
「守隠し計画その① 山中黙殺日帰り殺人事件」
「ちょっと待って」
と、唐突に、いきなり出鼻をくじかれた感じで昼夜は説明を中止する。
「なんだよ」
「なんだよって」
こずえは若干苦笑いである。
「なにその下手な推理小説のタイトルみたいな名前。もしかして物部君ミステリ好きだったりとかする訳? その割にはセンスの欠片もないネーミングセンスだけど」
失礼な事この上無い言葉だった。昼夜的に言えばそれは少しでも自分が不毛な事をしているのではないという、例え何の役にも立たなかろうと、少なくとも自分にとって楽しい事をしているのだというある意味自己暗示的な心がけでタイトルを付けてプランを立てていたのだが……
「ああごめんごめん。悪かったって。そうだよね。一生懸命考えてくれたんだもんね。無神経でした。なんも文句言わないから説明お願い」
こずえの訂正が果たしてそれ程意味があったのかどうか、判別は出来なかったが少なくとも昼夜が次の言葉を発するまでに回復したのは確かな様だった。
とりあえずの所、現時点で考えられるプランの説明を行った。
「まず考えなくちゃいけないのがどうやって殺すか、っていう方法についてと、どこで殺すのかっていう場所についてと、それと殺した後その死体をどうすればいいのかって事なんだけどこれについて俺の考えた結果によれば、結構意外とシンプルな結論が導き出された」
昼夜は完全犯罪第一段階の項、殺害の行動をシャープペンシルで指した。
「つまりなるべく凶器は使わずに相手を殺せればそれがベストなんだ。凶器を使って相手を殺した場合、必ず凶器が証拠となって現場に残るか、或いは自分で所持するか、それともどこかに隠すかしなきゃいけないしそれはリスクのある行動だ。だから凶器は使わない」
「使わないって……」
こずえはポテトを口に運びながら質問する。
「じゃあどうやって殺すの? もしかして物部君が私の首を素手で絞め上げる訳?」
なんともゾッとしないその表現の正体に昼夜は首を横に振った。
「そんな乱暴なマネはしない。というか俺には出来そうもない。だから薬を、睡眠薬を使おうと思うんだ。っていってもあれだぞ。睡眠薬を致死量飲んで殺す訳じゃない。普通に睡眠薬を適量呑んでもらうだけで後は俺が事を実行するだけだから、実際千駄木は睡眠薬を呑むだけで大丈夫な訳だ」
昼夜の説明にこずえはどうも腑に落ちない表情をしていた。何となく納得が言っていないといういより、不安で一杯といった方がいいかもしれない表情である。まあ実際それも当然だろうと、昼夜はこずえの気持ちが分からなくもない状態だったので改めて計画の全貌を説明する事にした。
「いいか? とりあえず流れを説明するとこうなる。まず二人で、まだどこの山にするかは決めてないけどとにかく山中へと移動してその場で千駄木には睡眠薬を呑んでもらう。そして千駄木が眠っている間に俺は地面に穴を掘って、まあ別にこれは千駄木が眠っている間じゃ無くてもいいんだけど、とにかく眠っている千駄木を穴の中に入れて閉じるんだ。そうすれば難の凶器もいらずに千駄木は土の中で静かに窒息死する事が出来るだろ? それに土の中に埋めれば誰にもばれないし腐っても土に帰るだけだから異臭も気にならない。この計画結構――」
「ちょっと待って」
昼夜にとってそれは思いの外良好な計画だと思っていた。正にシンプルイズベスト。殺害方法と死体遺棄が同時に決行されてしまう一石二鳥な殺害に実際自分は犯罪者向きなんじゃないかと思ったくらいだった。しかしこずえは
「それ私イヤなんだけど」
真っ向からの否定だった。
「イヤって、何がイヤなんだよ」
当然昼夜も困惑気味である。何しろこずえが言う守隠しを実行するにはまず死体が見つからない事が前提であるし、それに殺害の現場を見られない為に場所を山中にした事だって他に道はないように思えた。それにもっと言えば実際こずえが死亡する時間と昼夜が穴を埋め終える時間にはタイムラグが生まれるのだ。つまり昼夜は家にいながらこずえの死亡を迎える事が出来る。完璧なアリバイが出来るのだ。更にはもし死体が見つかったとしても適量の睡眠薬しか飲んでいない為こずえの言う所の自殺がイヤという、自殺の件も消せる。まあその分他殺という結論にしか導かれる事にはならないのだろうが、そんな完璧な計画などありはしないのだ。
実際一番手っ取り早いのは太平洋のど真ん中でこずえを殺して海の底に沈めるのが一番最良の方法なのかもしれない。しかし昼夜もこずえも高校生だ。自家用クルーザーも無ければ太平洋横断船に乗るお金も無ければそんな船にのって殺人を犯す事の方がよっぽど危険である事は承知していた。だからこその昼夜が考えた山中黙殺日帰り殺人事件だったのだが……
「殺され方がイヤ」
こずえは真っ正面からそう言ってきた。そしてまさか殺され方などと言われた昼夜にしてみればそれは意外にも何とも言えないシチュエーションでもあった。殺され方に希望があるなどおかしな話ではあるが、確かに最期の時位自分の好きなように選ばせてあげるのが人として当然なのだろうかと、そんな風にも昼夜は考えた訳だが……
「っておい」
昼夜は改めて思う。
「そんな我がままが通用すると思うな。こんな単純な計画でも案外頭を捻って考えたんだ。アレがやだとかこれがやだとか、そんな事言ってたら何一つ実行なんか出来ないんだからな。っつうか殺され方がイヤって、実際何が嫌なんだよ。もっと嫌なら嫌で具体的に――」
「生き埋めがイヤ」
何となく、力強い言葉だった。
「実際睡眠薬の力を借りたってせいぜい寝てられるのなんて五六時間でしょ? もし土の中で起きちゃったりしたらどうなるのさ? いきなり目の前は真っ暗だわ息苦しいわでただ怖くて苦しいだけじゃん。私はイヤなの。死ぬのはいいけど苦しいのも怖いのも絶対にイヤ」
何とも面倒の臭い殺害依頼者だと思った。しかし昼夜はここで説明する。
「いや、っていうか普通五六時間も地中に埋められてりゃ死ぬだろ普通に。酸欠状態になって。しかもお前は眠った状態なんだから、そこまで苦しまずには済むと思うんだけどな」
しかし実際昼夜にとってみても、こずえに対してそこまでの強い発言など出来る訳がなかった。
実際に殺されるのはこずえなのだ。こずえが嫌と言えばそれはまかり通るし、何より昼夜が実際にこんな事、本当に出来るのかよという、ウソをウソだと思いながらそれをウソだと信じられず踊らされているピエロのような、そんな感覚を持ちながらの行動でしかなかった。だから必然的に昼夜がしりすぼみになってしまうのは仕方の無い事だった。しかし、
「生き埋めはイヤだけど、でも睡眠薬はいい案かも」
こずえが殺害内容の概要を吟味しながら、それとなく頷いて言っていた。
「確かに死ぬ瞬間って確実に怖いもんね。でもその瞬間を眠りながら迎えられるんなら悪くないかも。うん。そうだ。その通りかも。とりあえず生き埋め案は置いといて、睡眠薬を買おう」
こずえは勝手に納得して勝手に頷いていた。その一人での納得の仕方に半ば自分など必要ないのではないかと昼夜自身思ったが、少なくとも一歩、いや半歩は事が前に進んだ事に対してホッとしたのか、それとも焦りを覚えたのか、よくは分からなかったがまだ話していない注意事項を話さなければと口を開いていた。
「とりあえず睡眠薬の購入についてなんだけどさ」
睡眠薬の購入については方法が二つあった。一つは市販の薬局で販売されている薬を購入するか、もう一つは内科を受診し、市販では売ってない強めの睡眠薬を購入するかとなるのだが、当然睡眠中に殺されるのであるから強い薬を購入した方がこずえにとっても得策ではあるのだ。
しかし
「俺達は買いに行かない方がいいと思うんだ」
昼夜はそう言って、続けた。
「ほら、よく推理ドラマや小説なんかでよくあるじゃん? その購入ルートから殺害動機や犯人を割り出すなんて方法がさ。だから直接殺害に関係する俺達は病院や薬局に行かない方がいいと思うんだ。だから、実際購入するには……」
「代理の人間を用意するって事?」
「そう」
昼夜は頷く。
「代理の人間。全くもって赤の他人を頼るのもけっこうリスクが高いとも思うから、この場合つまり、俺達から言えば小学校時代の、もう疎遠になった、それでいて昔は仲の良かった、そんな人間がいいのかもしれない。もちろん睡眠薬購入の本当の理由は言わないさ。それに頼むのも俺の方がいいと思うし、千駄木の名前は出さない。適当にウソを見つくろって、適当に騙して購入する。そうすればルートも、まあ気休め程度にしかならないとは思うけど俺達が直接買うよりは全然良いと思うし」
昼夜の言葉に、こずえも頷いていた。確かに、と。その瞳は真剣そのもので一切のふざけた感じがなかった。まるでこれから自分が殺される話しをしている人間の目だとは思えない、そんな熱さがそこには宿っているようでもあった。そして対照的に、昼夜は視線を宙に泳がせながら第二の注釈を加える事になった。
「あと、もう一個の説明というか、注意なんだけど」
これは注意というよりも、実際こずえに行ってもらわないとこの計画自体が成立しない物でもあった。
「近いうちに一人暮らしを始めて欲しいんだ」
昼夜の唐突なその言葉に、こずえは若干、というかかなり怪訝な表情をしてみせた。
「一人暮らし?」
対照的に昼夜は得心顔で頷く。
「そう。一人暮らしだ」
正午を過ぎたファーストフード店が繁盛しない訳がなく、昼夜達の周りのボックス客がペチャクチャとお喋りをする喧騒の中、二人の間に生まれていたのは数秒の沈黙だった。
「なんで?」
当然のようにこずえの口から疑問が飛び出していた。そして当然のように昼夜も理由を説明する。至極簡単で、単純な説明を。
「突然自分の娘がいなくなってみろ。当然おばさんが警察に捜索届けを出すのは当然だろ? そうしたらどうなる? 今まで事件性の欠片もなかった俺達の計画に一つの、警察が介入するきっかけを与えるだろ? 確かに死体が見つからなければ何も問題はないのかもしれないけどそんな状況になったら真っ先に警察は俺の所に来て色々と聞いてくる。小中高と一緒だったクラスメイトが捜査線上に上がらない訳がない。そうなればもう後は芋づる式だよ。最初のきっかけ一つで完全犯罪なんか完全じゃなくなるんだ。だからどんな些細な事でも事件性を排除できるんならそれをすべきだと思うし、やらない訳にはいかないと思う。まあ実際一人暮らしを始めたからって家族と一切連絡を取らなくなる訳じゃないからいずれ行方不明者扱いされて警察が動くのかもしれないけど少なくとも時間は稼げるだろ? 時間が経てば経つほど犯罪の証拠とかって風化していくとか言うし、だから――」
「無理だよ」
一蹴。
こずえは昼夜の言葉を一蹴し、言い添えていた。
「物部君には悪いけど、それだけは無理。私が家を明ける事は出来ない。ごめん、これだけは譲れないの」
こずえの口から出た譲れない条件に、昼夜は何故か、ふと三日前の事を思いだしていた。そして、無神経にもそれを口に出していた。
「家を空けられないって、でも最近あんまり家に帰ってないみたいじゃんか」
何となく紡いだ言葉だった。しかし昼夜のその何となくな感じとは裏腹に、こずえは物凄い形相で昼夜の事を睨みつけてきた。
「なんで?」
こずえは無表情のまま言う。
「なんで知ってるの?」
それはもはや何の冗談味も帯びていない、凍りついた声だった。
「なんでって……」
昼夜は何となく不味い発言をしてしまった事に気が付きながら、正直に三日前の清子との邂逅を引き合いに出すしかないと思い口を開きかけた。しかしそんな口から飛び出しかけたこずえ母とのやりとりを思いだす直前になって、こずえがまるで釘をさすかのように口を開いてきた。
「あの男に会ったの?」
それは問答無用の雰囲気を孕んだ、確実に相手に対して疑問を貫いた口調の言葉ではなかった。今、こずえは昼夜に命令したのだ。知らない、と。そう言えと、無言の内にそう命令をしたのだ。そしてそれを感じ取った昼夜がもう何もいう事無く首を横に振ったのも当然の事だったのだろう。何故なら昼夜ほど実は気弱で、こずえに対して負い目を感じ、その場の空気に流されやすい人間など他にいないからだ。そんなごく普通な男子高校生が、これから自分が死ぬ事を覚悟するようなイカれた女子高生の言動に逆らう事など出来る訳がなかった。
学校生活での戦争。こずえを死に追いやったのはそれだけではなかったのかもしれない。
昼夜は三日前に会った男を思いだしながら、そして家に帰る事を拒否しながらも家を出る事を譲れないと放つこずえを見ながら、この場を締めくくるしか他に道はないと思わされ、そして口を開いていた。
「……じゃあとりあえず睡眠薬を調達したら、また連絡するから」
そう言うや否や昼夜は席を立ちあがって食べかけのポテトに視線すらくれず、こずえを残しその場から去ってしまった。
表現する事の出来ない気持ち悪さを胸に押し込みながらの退店だった。




