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守隠し  作者: スタンドライト
秘密
30/30

4・7

 二時間後、物部昼夜は千駄木家の前にいた。ヤヨイの返り血を浴びた昼夜の服はベッタリと赤く、余りに堂々とその色合いを主張しているせいか逆に斬新なデザインをした奇抜な服を連想させるかのようでもあった。最も日もすっかり暮れ辺りが闇に溶け込み始めたその風景の中で、田舎町を歩く人間が少なかったのもまた事実なのかもしれない。

実際昼夜のそのショッキングな服を見た者は誰もいなく、昼夜もそれを無意識的に理解していたのか、バスに乗るという選択肢を選び取る事なくフラフラと、まるで夢遊病者を連想させる足取りで一時間以上もの時間をかけアパートから千駄木家までの道のりを踏破していた。

右手に握られた真っ赤なナイフを目撃した者は誰もいなく、それが幸か不幸か彼を何の障害もなく千駄木家へと辿りつかせたのは実際奇跡的としか言いようがなかった。

トランス状態が臨界点に達しその先に存在していた未知の領域へと突入した彼を俗にはキレると表現するのだろうが、昼夜にしてみればそれは至極普通で、冷静な状態でしかなかった。

右手に握られたナイフと血に染められた服を見てパニックになるような事はなかった。

むしろそれらの物達が昼夜をパニックから優秀な聖戦士へと変化させている位だった。

手に持った武器が何を意味するのかなど、簡単な事であり浴びた血がまだ生ぬるいのは戦闘が継続中であることを示しているのだ。

そうだ。

昼夜はまるで思い立ったかのように立ち上がり、歩いて、千駄木家へと到着していた。

それはこずえの言葉を、思いを盲信するが如く凶刃を握りしめるカルト宗教の信者のようでもあった。ヤヨイの言っている事は紛れもなく間違いではなかった。

昼夜はある種こずえに心酔していた。そしてこずえが死後、彼の中で伝説と化してしまったのも間違いではないのかもしれない。

盲目になった信者が教祖に対して罪を働いた者を許す事が出来る訳もなく、そしてその根源に自分がいる事も許されがたい真実だと直感している彼が思考を停止せざるを得ないのも無理からぬ話しだった。

しかし思考と行動が直結しない今、彼は滅茶苦茶な論理を展開し停止している思考に感情と言う名の混沌を織り交ぜナイフを握りしめているのだった。

そしてチャイムも押さずに門を開き、そして更にはノックもせずに玄関の戸を開けた。

ドアについていた鈴が小気味のいい音色を立て来客を家主へと伝えた。

「はあい」

どこか間延びした、日常を連想させるようなこずえの母、清子の声に昼夜は激情を覚える。

娘に男を取られ嫉妬に駆られる母親。娘が壁一枚を隔てた部屋の中で懸命に助けを求めシーツを握りしめているにも関わらず現実を見ようとしなかった変態。

そんな最低と言ってもいいレッテルを張られた清子がパタパタと、娘がいなくなったというのに微塵もそれを気にしていないかのように玄関に現れた時、昼夜は躊躇しなかった。いや、出来なかった。

「…………え……?」

リビングから出てきて昼夜を視界の真正面に捉えた瞬間だった。彼女の目に入って来たのは何だったのだろう? 彼女の眼には何が映し出されたのだろう? 

ナイフを掴み返り血に塗れながらブルブルと震える娘の幼馴染にどのような感情と認識を覚えたのだろう?

「……昼夜君?」

しかし答えが分かる訳などなかった。

昼夜は何一つ言葉を発しないまま土足のまま室内へと上がり腰だめに構えたナイフを清子の身体へと一突きした。激しい物音が室内に響くと同時に清子の悲鳴が響き渡った。当然リビングからそこにいるはずであろう秦雄一の声が響いてくる。しかし昼夜はそれを気にする事なく、無言で清子の腹に突き刺したナイフを引きぬく。生温かい血が溢れそれが昼夜の身体へとしみわたる。

ドタバタとした足音が徐如に近づいてくる中昼夜はもがく清子の首にナイフを当て思い切り引いた。すると血が噴水のように吹き荒れ今までじたばたしていた彼女の動きが途端に緩慢な物となった。

死。

昼夜は彼女に死を与える事によってとある感情を覚えていた。それはこずえへの思い。彼女が望んだ守隠しを、最期までやり遂げなくてはならないと言う思いが既に昼夜を支配しており彼を凶行へと走らせていた。そして次なるターゲットに対して、昼夜はその激情を更なる高みへと解放させない訳がなかった。

「秦ああああああああああああああ!!!!!!!!」

まるで獣が咆哮するような化物染みた声にもはや昼夜の人間性は存在していなかった。乖離された性質が人間をどのような存在へと押し上げるのか、それは一概に定かな事は言えないが昼夜の場合においては一つだけ言える事があった。

それは原理主義と言ってもいいほどの過剰な盲信的感情で、そこに依っていた彼の心理状態が対象へと攻撃を示さない訳がなかった。

「清子!?」

秦がリビングから廊下へとその身を躍らせた瞬間だった。昼夜は再びナイフを腰だめに構えて廊下を走った。たった数歩で到達する筈の二、三メートル間に昼夜は絶望と達成感を見出しその途上の距離に無限を感じた。しかし無現などこの世に存在する訳が無くものの数秒で到達するであろうその凶刃が秦の死を招くのは当然の帰結でもあった。

「…………お………」

彼が何を言おうとしたのか定かではない。しかし昼夜はそんな事を気にする事もなくその刃を秦の身体へと突き刺し、そのままの勢いで廊下へと倒れ込んでいた。

秦の口からどろりとした汚らしい血が溢れ昼夜にそれは気持ち悪く感じられた。

「しね」

昼夜は言葉を連ねる事なく単語だけで自分の思いを表現し、それをナイフの切っ先にへと伝えて思いを伝道させた。

しね、と。何度も彼はいってナイフを引きぬいて、突き立てて、引きぬいて、突き立ててを繰り返し行っていた。

次第に動かなくなってきた秦だったが、それでも昼夜はナイフを振り下ろす事をやめる事はしなかった。刃物が人体に突き刺さる音はそれほど大げさなものではなく、どこかレアステーキにナイフを入れる時のような感覚に似ていた。肉の中から溢れるうっすらとした血が食欲をそそるのと同様に、ナイフを突き刺す度に殺意を増加させるその構図は昼夜にとって殺人を食事と連想させていた。

そしてそこに加わっていたのがこずえから与えられた使命感と、彼女の苦しめたと言う秦雄一への怒りだった。

「ここか」

昼夜は一方的に秦へとそのナイフを腹に突き立てた後、まるで一人言を呟く狂人を連想させるかのように視線を彼の股間へと走らせ、ズボンを脱がし始めた。

「ここが、これが、こずえをくるしめたのか」

露わになったのは秦の小さくなったペニスだった。どす黒く汚れた汚らしいこの物体にこずえが毎夜貫かれていたのかと思うと狂おしい程にそれが憎かった。

「もうにどとできないからだにしてやる」

既に死にかけている秦ではあったが、まだ寸での所で息はあったようだ。火事場の馬鹿力を連想させる最後の力を振り絞るかのように身体を捩りそれを拒否しようとするのだったが昼夜はそれを断固拒否した。

「じたばたすんな!!」

そう言って昼夜は一度立ち上がり彼の剥き出しになった股間を思い切りけり上げた。そして汚らしい血の泡を吐きながら悶絶する秦を余所に、再び屈んで彼のペニスを手に取りナイフを当てた。

「………………!!!!!!」

もはや言葉は出て来なかったのだろう。秦はそれでも懸命に嫌がるのだったが、それが無駄な抵抗であった事は間違いなかった。

昼夜は無言のままにペニスの中腹部へとナイフを押し当て、まるで包丁を持った事が無い料理未経験の子が肉をそのままぶつ切りにするかのような所作でペニスを叩きつけ、磨り切り、溢れる血を何とも思わずに強引に一刀両断した。

柔らかいと、昼夜は思った。どこかホルモンを連想させるその形に出来れば勃起した状態で切断した方がこずえの無念も貼らせたのではないだろうかとさえ思ったほどだったが、しかしそれもよく考えてみればただの自己満足でしか無いのかもしれないと、そう自分を納得させながら立ち上がった。切断されたペニスに何ら感概を覚える訳もなくそれを踏みつけ立ち上がる。

既に秦の命は事切れているようで身動き一つしない肉塊がただ廊下であお向けに倒れていた。そして振り返った先には清子も血まみれの状態で倒れていた。

二人の人間の死が昼夜にもたらした感情は特別な恐れでは無かった。むしろそこにあったのは達成感と言ってもいい充実に溢れた感情だった。

手に持っていたナイフを床に落としその両手にまみれた血を見て昼夜は実感する。

やった、と。

こずえの言う守隠しを実行してやったと。

確かにこずえの事を知っている人間を全て消すのは不可能だが、しかし彼女に深くかかわった人間は皆死んだ。こずえの思うがままに動かされていた卓都も、彼女の真意を測りかねていたヤヨイも、母親でありながら彼女を助ける事もなく、それどころかあまつさえ嫉妬した清子も、そしてこずえに対して毎夜、性的虐待をしていた秦も、すべてが死んだ。

そして誰も真相を知る者がいない状況の中、真の意味で実行された守隠しが昼夜には誇らしかった。

『誰からも忘れられたい。存在しなかったことになりたい』

かつてこずえが放った守隠しの理由に添えられた言葉が昼夜の中で胸を打った。やってやったと。殉じてやったと。昼夜は誇らしく思い胸を張るのだった。しかしふと思う。

果たしてそうだろうかと。本当に、こずえの守隠しは実行されたのだろうかと。そして気が付く。まだ一人いるじゃないかと。真実を知る者が、こずえの存在を知覚している者が、存在しているではないかと。

「たいへんだ」

昼夜は無表情にそう言うと床に落ちたナイフをそのまま拾い上げる事なく動かなくなった清子を跨いで玄関へと向かい、そして言うのだった。

「まだ一人残ってた」

そう言い残した昼夜は戸を開け一人、夜の闇へと消えていくのだった。

彼がどこへ向かったのか、定かではない。

しかしナイフを手に取る事なく最後の一人を殺害しに行くと言い残し去った昼夜をその後、見かけた者は誰一人としていなかった。

そして、千駄木こずえの守隠し計画は終幕を迎える事となった。


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