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千駄木こずえは幼少の頃より限りなく凄いと呼ばれるべき人間で、それはいわゆる『本物』と呼称されるべき人間だった。
通常だったら誰もがやらないような事を平気でやってのけ、そして結果を出しては周りからのひんしゅくを買うような少女であった。
この場合周りから得られる結果が賞賛では無く、ひんしゅくであった事が限りなく千駄木こずえを本物たらしてめている由縁なのかもしれない。
これはこずえが小学六年生の時の話しである。
体育の授業中に二人一組となり組体操を行う授業の時の事だった。その時担任の教師はいつも通りはつらつとした声で自由に、仲の良い者どうし二人一組となれと、ハッキリとそう言った。
当然の事ながらこの言葉の結果生まれるのは小学六年生ながらに働く様々な感情だろう。
自分の好きな人と一緒に、楽しい人と一緒に、或いは嫌いな奴とは一緒になんか、周りから見られたとして変な奴とは一緒になんか、そして、一人だけにはなりたくない。
小学生も小学生ながらに大変である。そしてそんな、言ってみれば可愛らしくも大人達の人間関係を縮尺したかのような図を完成させるにはパズルのピースが足りなかった。
当時こずえと昼夜がいたクラスは二十一人だったのだ。当然一人余る。そして当然余るのは確実にクラスに一人はいるであろうタイプの誰とも喋らない少年だった。
当然の事ながらこの流れで行けば最期の一人となって孤独を一身に浴びるのはその少年の筈だった。いくらこずえが嫌われ者であろうともさすがに一人や二人の友人めいた者はいるのだ。
こずえは誰とも喋らないのではなく、喋るたびに友人を失っていくのだから。
しかしこの時、何がどう作用して解となる結果を導いたのか、通常で当てはめられた方程式は通常通りの解を導き出しはしなかった。
「センセーすみません」
何を思ったかこずえはペアになりかけていた友人を差し置いてこう言ったのだ。
「あたしあまっちゃいました」
誰もが一人になる状況を恐れていた中で、確実に誰が一人になるのか分かっている状況の中で、こずえはそう言っていた。結果こずえは担任とペアを組む事となり、誰とも喋らない少年はこずえの友人めいた少女とペアを組む事になった。
この時クラスの皆に蠢いた感情がどのような物だったのか定かではない。しかし周囲からこずえに対して向けられる視線が明らかに奇異なる物となっていた事に、この時の昼夜は感じていた。そしてあの時の感情を、きっと今になって思い返してみればこういう事になるのだろう。
鼻につく
たったそれだけだったのだろう。しかしそれは非常に重要で、重大な、ある意味プライドに関わる問題だった。
一人になりたくないと思っている事を、小さくて弱事だと認識している自分達。一人でいる事はある意味憧れなのに、大勢でいる事のほうがステータスだと思ってしまう自分達。
小学生の時にこんな言葉は使わないし、知らないのかもしれないが、孤高。誰もが潜在的に嫌う事のない言葉。皆はそれを子供の時に嫌う事を恐れ、それから逃れる術を手に入れ、そして憧れを押しつぶす。憧れている事すら恥ずかしいと思うようになる。
しかし、だけどだ。こずえはそんな誰もが出来ないような事を平然とやってのけていた。
後になってから、昼夜はその時の事を聞き返した。
何故あのような事をしたのか。当時というか、現在もそうなのかもしれないが昼夜にしてみれば一人を生みだす人間と一人から生み出される人間はタイプが違く、明らかに後者のタイプは自業自得なのだからそのような、まるで弱者を庇うかのような偽善的な行為を何故したのかと聞いたのだ。すると当時、小学六年生のこずえは笑顔でこう言った。
「だってそっちの方がカッコいいじゃん」
格好を付けると言う事にさりげなさを求め、一人という単語に格好よさと惨めさの両局を感覚的に見出しどっちつかずの答えを選んできた昼夜にとってそれは驚きの言葉だった。
格好付けてるがマイナス的な意味合いしか持たなかったときに、こずえはそれをステータスへと変化させていたのだ。
誰もが憧れてしまうような存在。だけど憧れが自分の醜さを際立たせてしまう。それがこずえのいわゆる『本物』と呼ばれる由縁でもあるし、そして皆からの嫌われ者、生理的嫌悪として認知されてしまう一面でもあった。
結果こずえの行動は正しかったのかもしれない。誰も友達のいない少年の惨めな気持ちを救ったのかもしれない。しかしその正しさゆえに、その行動によって幸せを手に入れた者など一人としていなかった。庇われたその少年もしかり、カッコうを付けたこずえもしかりだ。
その後中学へと入学してもこずえの本物の人間力を垣間見せるシーンはたびたび目撃され、周囲から話題となり、そしてうとまれていった。
加えて勉強もスポーツも出来るこずえは更に周りとの溝を深めているようでもあった。
俗に言う空気が読めないとも違うし、気まじめと言う言葉も当てはまらない。まるで物事の本質を見抜きながらもそれに対して何ら優越感を抱かないその女子中学生の像は周囲から生意気に見えた事だろう。いつの間にか友達がいなくなっていたこずえに降りかかったのは当然言うまでもなく積極的ないじめでは無く、まるでその場に存在しないかのようにふるまわれる空気人間が如く、無視をされ続け三年間を終える事となった。
一方、その間昼夜とこずえの関係はと言えば小学校の時から家が近所でよく遊んでいた事もあり、家族間の付き合いがあっただけにそれなりに会話などをしてはいたのだが、こずえの状況が徐々に悪化していくその様子を見て行くたびに自然と声をかける回数も少なくなっていた。
「ちゅーや」
まだ二人が幼い時、こずえが昼夜の事をそう呼んでいたのも既に過去の事であった。中学に入学し、一年が過ぎた辺りからこずえは昼夜の事を物部君と呼び、昼夜もこずえと呼んでいた彼女の事を千駄木と呼ぶようになっていた。
最も学年全体クラスから無視をされているこずえではあったけど、当の本人はそれを特別気にした様子も受けず一人で毎日笑いながら学校に来ていた。休みはおろか遅刻すらせず毎日、しかもたった一人でその可愛らしい笑顔を振りまきながら学校に存在するこずえを見て男子の間ではそれを『教室の精霊』と比喩する者達もいたけど、そんな隠れファンみたいな者達の存在がまた女子達の燃え盛る火に油を注いだみたいなものだった。
しかしこずえの中学三年間はあくまで学年全員から無視をされるレベルのいじめに留まっていた。実際こずえがこの無視という行為をいじめと捉えたのかどうか、定かではないがとにかくそこまでで留まった。直接誰かに暴力を振るわれたりとか、或いは物を隠されたり壊されたりなどそう言った事はなかった。それが何故なのかは簡単な事である。
こずえが怖かったからだ。
何をするのか分からない。いや、何をしてもそれが本物で、反論されでもしたら自分達のしている事が矮小な事になってしまう、自己嫌悪に襲われてしまう事が全ての生徒達が分かっていたから誰も何もしなかった。そして空気と化した教室の精霊は三年間空気のまま中学を卒業した。
偶然にも昼夜と同じ進学校に入学したこずえ。
誰もが驚くような偏差値の高い場所で新たなスクールライフをリスタートさせたかったのかもしれない。だけど高校入学後も状況は変わらなかった。いやむしろ、その状況は悪化の一途を辿った。
年齢を重ねれば重ねるほど、こずえの凄さには磨きが掛かってきた。そしてその本物の人間性という面においても、常人とは一線を画すようになっていた。
それは友人関係においても、勉強についても、ただの世間話しや学校の行事についても、全てにおいて妥協を許さない、いや、他人の妥協についてとやかく言うような事は無いのだが、自分自身が一切何に対しても妥協しないその姿勢は非常に気持ちが悪く、他人を惨めな気持ちにさせる光景だった。
「お前疲れないのかよ?」
入学して一カ月後にこずえは様々な人からそう言われた事だろう。しかしこずえはそれを、
「ぜんぜん」
と笑顔で言うのだ。恐らく誰もが気持ち悪いと感じたに違いない。こずえが正しいと感じた事はすべからく全て実行され、そして客観的に見て確実に正しいのだが、その正しさが誰かを幸せにした事などはただの一度もなかった。誰もがその正しさに目を背け、自分を惨めに感じ、そしてうつむいて、こずえの事が嫌いになるのだ。
そして結果的に生まれた悪感情が中学の時を超えて、物理的行使へと向かったのはある意味衝撃的だった。
これはある意味高校生だからだったこそなのかもしれない。
きっと皆は本気でこう思っていたのだろう。
転校してくれと。頼むから自分の傍にいないでくれと。
こずえが傍にいるだけで、自分が小さく見えてしまう。偽物だと認識させられてしまう。
中学生だったら気づく事の無かった、新たなステージに到達した思春期特有の少年少女達が悩む葛藤の根源になってしまったこずえが周囲からの総攻撃を受けない訳がなかった。
本物は嫌われてしまうのだ。
そして理不尽な攻撃に対して本物は戦いに応じる。それが正しさなのだから。
高校に入ってからも同じクラスで居続けた昼夜はそれをただ傍観していた。およそ一対三十の勝ち目すら見出す事の出来そうもない戦いを見つめ続け、ただ黙っていた。
こずえは未だかつて受けた事のない陰湿かつ、そして暴力的な攻撃に対して筋を通しながら、そして効果的に対応していたと思う。
だけどそんな一対三十だなんて成立する筈の無い戦いに奇跡など起きる訳が無く、頼みの綱となるべき教師も、教育委員会も、そして家族もがこずえに問題があると採決を下した時には攻撃は激化の一途を辿り、そして戦闘は終結していた。
これによりいじめが成立し、いじめられっ娘千駄木こずえが誕生したのだ。
そしてそのいじめられっ娘千駄木こずえが誕生してから丁度一ヶ月を迎えた七月二十六日。
昼夜とこずえは教室で邂逅していた。およそ数年ぶりと言っていいだろう、毎日顔を合わせていたはずなのに邂逅という言葉を使用した事に深い意味などはない。そもそも会ってすらいなかったのだから、二人の邂逅は本物の邂逅でしかなかった。
「物部君」
唐突な守隠し発言を受けた数分後。
昼夜はこずえに引っ張られ教室を後にし、自転車に乗って自宅を目指しペダルをこいでいた。
当然こずえも隣りにいる。
赤い通学用自転車にまたがり市が作った巨大森林公園の林道を走りながら、彼女は相変わらずの表情をしながら喋ってきた。
「どっかでごはん一緒に食べようよ」
その言葉に昼夜はこぎ続けていた自転車のペダルを止め、すぐ傍にあるベンチに移動して腰かけた。その何の迷いもない仕草にどこか驚いた風の表情を見せたこずえではあったが、すぐに昼夜の意図を理解したのか天真爛漫な笑顔を維持しながら同様に自転車を止めて昼夜の隣りに腰かけた。
「相変わらずだね物部君も」
その言葉に昼夜は首を横に振った。
相変わらずなのはどっちだよと、真夏の空を見上げて顔をしかめた。
「何なんだよさっきの話しは」
とりあえず下校中に色々と考えた昼夜ではあったが、自分がこずえから嫌がらせを受けてもおかしくない事は理解出来ていた。凡そ三カ月間、同じクラス、そして幼馴染という間柄でありながらこずえの窮地を黙って見て見ぬふりをしてきたのだ。嫌がらせの一つや二つ、されてもおかしくはないだろう。しかし、その先にある事実だった。それが、改めて考えてみれば、考えてみるほど、理解等出来る訳がなかった。
「殺して欲しい?」
ふざけんな
昼夜は短くそう吐き捨てた。そしてどこか、ふざけるなという言葉が宙にフワフワ浮いている事にも気が付いていた。しかし、それすら昼夜は見て見ぬふりをした。
「千駄木が俺に対してどういう感情を抱いているのか位、俺だって分かって
るつもりだ。だからこうして付き合ってやってるし、話しだって聞いてやってる。だけどな、さっき教室で言った――」
「付き合ってやってる?」
こずえは首をチョコンと傾げながら、まるで視線で穴が開けられるんじゃないかと思えるほどに強く、純粋な眼差しで昼夜を見つめていた。
「私は一緒にごはんが食べたいって言ったんだけど。もしかして物部君、聞き間違えしちゃった感じかな? まさかこんな公園の、ベンチに座らされてこれからお弁当が広げられる訳じゃないもんね」
「…………」
「ホント相変わらずだよね物部君」
こずえは言い切る。
「沈黙の使い方がうまい」
嬉しくなどなかった。そして昼夜は無視しながら続けた。
「……どういう事だよ?」
セミの大合唱をBGMに、非現実的な言葉が飛び交った。
「殺して欲しいって、本気で言ってる訳じゃないんだろ?」
だがこずえは即答だった。
「本気だよ」
その瞳にまるで嘘はない。
「本気も本気。大マジ。マジマジだよ。私今死にたいんだ。もう生きてるのやになっちゃった。なんか色々疲れるし、何の希望もないし。知ってる物部君。例えばさ、明日とか明後日とかさ、人間って小さな予定が一杯、それなりに入ってるじゃん? でもそういう予定が入って無い上に何の楽しみもなかったりするとさ、凹むんだよね。予定がないイコール誰からも必要とされてないみたいな。それに嫌な事ばっかり満載だしね。学校にいても、家にいても、どこにいてもね」
こずえの言葉に説得力がない訳ないのは昼夜自身が知っていた。
およそ三ヶ月間、いや中学時代を入れれば三年間だろう。昼夜はこずえがされてきた事を見て来たのだ。目を覆いたくなるような現場だって何度も見て来た。そして、実際昼夜は目どころか口さえ覆って、見て見ぬふりをしてきたのだ。
終わってしまった関係だと思っていたのだ。
しかしここにきてのこずえのアクション。昼夜自身、その意味を理解する事が出来なかった。
「……死にたいんなら自分で死ねよ」
なんと言っていいのか分からず、とりあえず口に出してみた言葉がそれなりに酷い内容を孕んでいた事に言った後気付いた。しかし訂正はしない。あまりにもこずえがあっけらかんとしていたからだ。
「そんなのやだよ」
こずえは言った。きっぱりと、さっぱりと。
「自分で死ぬのなんか怖いし。それにこれはある意味復讐なんだから」
フクシュウ
何故か昼夜の中でカタカナ変換が行われた単語に起伏は何にもなかった。
「千駄木こずえから、物部昼夜への復讐。昔好きだった人が、今、自分に対して酷い事をしてくれた事に対する復讐」
昔好きだった人……
「って……お前それいきなりすぎだろ。初耳だぞそんなの」
「そりゃそうでしょ。だって言ってなかったもん」
当然の事ながら昼夜は驚いた。ある意味ここ数カ月で一番の驚きだったかもしれない。というかこずえが誰かを好きになる等と、そう言った感情が彼女の中で持ち合わされていた事にすら衝撃だった。しかもそれが昼夜に対して向けられていた等となれば、驚きも倍増である。突然の告白に昼夜自身これが実は夢なのではないかとさえ思ったほどである。
「でももうそんなの過去の話しだけどね」
こずえは笑顔で言う。
「一向に振り向いてもくれず、いじめられているのにも関わらず助けてもくれない、しかもあろう事か見て見ぬふりを決め込んじゃうクラスの偽物ヒーローなんかとうの昔に幻滅しちゃったよ。もう最悪だね。顔も見たくないし、可愛さ余って憎さ百倍ッて感じ。だから物部君に私を殺させる事が復讐。でも見返りとして私とセックスしていいんだよ? これ魅力的じゃない? 私それなりに可愛いと思うんだけど」
昼夜は一瞬こずえの白い肌に視線を走らせた後、慌ててうつむき口走った。
「でも、んな事したら俺殺人犯じゃん」
何言ってんだ俺。
そう思わざるを得なかった。ただこずえは気にした様子もなく言う。
「だから、違うって言ってるじゃん。物部君、その明晰な頭脳をもっとうまく有効活用しなよ。私は確かに物部君に殺されるつもりだけど、それは実際違うの。さっき言ったじゃん。
守隠しだって。私は死ぬんじゃない。いなくなるの。存在ごとね。みんなから綺麗さっぱり忘れ去られる。まるで神隠しみたいに。それが私にとって、物部君が償う事の出来る罪の一つ、守るって事にもなる訳だし、しかも私自身物部君に復讐もできるし、それに守った事も隠して貰える。だから守隠し。ものすっごい、一石二鳥どころか三鳥くらい得な案だと思わない?」
思わないと言われてもだ。
昼夜は頭をこんがらがりそうにしながら言う。
「みんなから綺麗さっぱい忘れ去られるって……そんなの無理だろ。つうかどうやってそんな事――」
「だからそれを物部君に考えてもらって実行して欲しいの」
こずえの目は確かに真剣だった。昼夜はその瞳をもう何年も前から知っている。しかしだ。事が事過ぎた。余りにも突飛な発言に、いまいち昼夜自身どう感情を置いていいのか分からないでいた。
「もしかしてまだ信用してない?」
「……当たり前だろ」
信用できる訳がなかった。殺害依頼が一介の男子高校生に届くなど、話しがチープ過ぎるという物だ。普通に考えておちょくられているとしか思えない。
普通に考えて、という枠組みが既にこずえが絡んでいる時点で通用しない概念ではあるのだが。
「もし千駄木の言ってる事が本当だとするんなら」
昼夜はこずえの、まん丸の目を見ながら言った。
「証明して見せろよ」
その言葉にこずえは首を傾げる。
「証明って、どうすればいいのさ」
彼女の問いに、昼夜は一しきり沈黙を以ってして考えた。一体何をもってすればそのご無体な依頼が本気であるのかを、どう証明しきる事が出来るのか、検討に検討を重ね、結局出て来たのは次の言葉だった。
「覚悟」
昼夜は言う。
「もし本当に自分が、その守隠しに遇うつもりでいるんならその覚悟を見せてみろよ。そうすりゃ俺だって信じるさ。それこそ実行してやるよ。何だっていう事を聞いてやる」
「…………」
数秒間の間が生まれた。その間が何を意味しているのか、昼夜には分からなかったが、とにかくその覚悟が、本物である事は直後の言葉を以ってして判明したのだった。
過去好きだった物部昼夜。千駄木こずえがいじめられているのを知りながら見て見ぬふりをしてきた物部昼夜。そして、そんな物部昼夜に幻滅をし、復讐をしたいという千駄木こずえ。
そんなこずえが、言い放った覚悟とは確かに、本物だった。
「今日の夜。家の前にある広場に来て」
その言葉が、昼夜を激しく動揺させたのは言うまでも無かった。
「私の処女を物部君に上げるから」
○
夏休み直前の終業式後、こずえの衝撃的依頼を受けた昼夜がその当日の夜を普通に良眠しながら過ごせる訳がなかった。生まれてくる疑問と振り返っては自分を責める事しか出来ない過去の数々。そんな鬱陶しい物達に囲まれ、包まれながら過ごした一夜が決して穏やかなる物となる訳がなかった。
もっとも、こずえが見せてくれると言ったその覚悟に対して、昼夜自身がその覚悟を決めかねたのも安眠の阻害となった一つの要因でもあった。
結果的な話しをすればその日の夜。昼夜がこずえの処女を頂く事にはならなかった。
指定された夜の八時に家を出て、こずえとの家の間、ちょうど中間地点にある広場へと向かった昼夜はそのまま頭を下げたのだった。
「参りました」
半信半疑のつもりで向かった先に存在した幼馴染の、殺害依頼者に昼夜は頭を下げる事しか出来なかった。
本当にいた……
と昼夜自身驚きを隠せず、そして今まで見た事もないような可愛らしい服を着て広場のベンチに座っているこずえを見た時はもう、信じるとか信じないとか、そんなのはどうでもよくなってしまった。ある意味この瞬間だったのだろう。
昼夜がこずえの言葉に、『付き合ってやるか』と思えるようになったのは。
そして平身低頭頭を下げ続けた昼夜の覚悟の弱さにこずえは呆れかえったような表情をしながらもそれを笑顔で許すと、こう言った。
「明日の十時。駅前のマックで集合だから」
と言ってその場から去ってしまった。
結局の所こずえと会った所で何一つその覚悟とやらを確認する事はおろか、自分の軟弱さを見せつけてしまった昼夜にしてみればそれは屈辱以外の何物でもなかった。そして有無を言わさぬこずえの約束の取り付けに不満を抱きながらも、それを付き合ってやるかという上から目線で承諾出来たのも、ある意味こずえの上手さだったのかもしれない。
等と考える事もなく昼夜はそのまま一人自宅までの帰路へと付き、風呂に入って就寝した。
当然眠りが浅くなり妙な妄想までもが沸々と煮えたぎるのも無理からぬ話しだった。
もしあのまま自分が断っていなかったらどうなっていたのだろうと、本気で疑問に思い、興奮していた。
そして迎えた翌日。
天気はこれでもかという程に快晴で、空は真っ青だった。セミの鳴き声が世界中で反響してるかのように騒々しく、外へと出た昼夜は自転車にまたがり熱風を切りながら表情険しくペダルをこいでいた。
額から汗ばむ夏の汁に、何故自分がこんな事を……と夏休み初日にゆっくりと家で過ごす権利を剥奪せれた自分の境遇を呪いながら駅前のファストフード店へと向かっていた。
昼夜達の住む日野町は東京二十三区外にある、いわゆる西東京に位置する、マイナスイオンに満ちた目に優しい地域であった。
のきを連ねる民家の後方にはばっちりとその山々が視認でき、高層ビル等のコンクリートジャングルにあってしかるべき直方体的建造物が一切見当たらない、そんなピクニックには最高の地域だった。
自然とセミの鳴き声も巨大となりそこらへんいいる虫達が心なしか二十三区に比べて巨大化していると感じてしまうのも無理はないであろう、そんな地域。
しかしそんな西東京市、日野町も駅前へと行けばそれなりにオシャレな店や大型デパートなどのショッピングモールがあり、未開の地に存在するオアシスとして同地区の中高生たちからは重宝されているのだった。
当然昼夜もそのオアシスに何度も足を踏み入れ、その開発された先端的な雰囲気のする場所で楽しみを享受した事があるのは言うまでも無かった。
しかし今日に限って、その楽しみとやらを享受する事は出来そうもなかった。
凡そ自転車で二十分程をかけて駅前に到着した昼夜はバス停脇のロータリーに駐輪をして、頭上に広がる大型歩道橋へと足を進ませていた。そして階段を昇った先にある大型デパート店のすぐ脇にある全面ガラス張りのファストフード店を発見した時、昼夜が憂鬱にならない訳がなかった。
ガラスに面してカウンターに座っている女子高生が思いっきり昼夜を睨みつけていたのだ。しかも握りこぶしを作りながらだ。
さすがにその表情を見て危険を感じ取った昼夜はすかさず携帯電話で時間を確認するが、時は正に、既に遅しと表現していいだろう時刻を無残にも刻みつけていた。
時刻午前十時十五分。
たかが十五分の遅刻をどうこう言われるつもりはなかったが、相手にとってはたかが十五分とはいえ、それがされど十五分として認識されているのだろうなと言う、そんな当たり前の事実が教訓として昼夜に刻み込まれるエピソードとなった。
「遅い」
開口一番、不機嫌な表情をしたこずえが真っ先に言った言葉がそれだった。挨拶抜きで叱責が飛び出すとは、正に怒れる者はなんとやらである。
「十五分も遅刻ってどういう事? 昨日私言わなかったっけ? 十時に駅前のマックに集合だって」
確かにその通り、伝言は確実で昼夜の耳にその情報は伝播された筈だった。しかし
「いやちょっと寝坊しちゃって」
昼夜の言葉がウソなのは確実だった。彼が何故遅刻をしたのかなど単純な事でしかないのだ。
憂鬱
ただその一単語が、両の足が駆動させる車輪を重たくさせていただけだったのだ。
「まったく、物部君はどこまで女の子に恥をかかせるつもりな訳? 昨日も私があそこまで言ってあげたっていうのにさ」
昨夜の事を引き合いに出されてしまった瞬間に昼夜が口を噤む事しか出来なくなるのは誰がどう考えても当然の現象だった。処女のプレゼントを目前にて頭を下げ謝罪した男子高校生に、根性無しと言う名のレッテルが張られてもそれはおかしくはない事実だった。
と、それより
「随分と、今日はアレだな」
何となく、昼夜は思った事をそのまま口にしていた。
「なんだかどっかのアニメキャラが吐きそうなセリフを口にしているけど、最近のマイブームはそれなのか?」
その言葉にこずえは笑顔で頷いた。
「そ」
そして言った。
「最近の深夜にやってるアニメって結構面白いんだよ。ちなみにここ最近覚えたキャラのパターンにツンデレっていうのがあってさ――」
「いや、別にツンデレの解説はいいから」
昼夜はこずえの親切にも自分の趣味をおしげもなく披露してくるその価値観の押し売りみたいなサマーセールをかわしふと昔の事を思い出した。
そう、マイブームである。
こずえは昔からその周期周期で何かしらのサブカルチャー的な物にはまり、それに一しきり影響を受けると言動までもがカスタマイズされるという、言ってみれば普通の少年少女だったらごく普通の事を普通にやっているのだが、何故かこずえがその普通の事をしている事事態が普通に見えない傾向があった。何と言えばいいのだろう? マイブームとか言っておきながらそれを惜しげもなく他人に披露し、その素晴らしさを本気で披露してくるこずえの行動にそれほどの異常性があるという訳ではないのだが、それでも、それでも昼夜は思わずにいられなかった。
どこか他の人と変わっていると。そしてそれは今も変わっていないのだなと。
「で?」
昼夜は自分がまだ何も注文すらしていない事に気づきながらも、出来る事なら早く用件を済ましたいという思いからか何一つ金を支払う事なく席に座り続けていた。全く以って迷惑な客とはこの事だろう。
「一体何を話せばいいんだ? 用件は?」
しかし昼夜はそんな事など気にしなかった。そして用件は? などと聞いておきながら実際用件が一つしかない事など鼻から分かっていた。
「言っとくけど今の俺は超忙しいんだからな。塾とバイトのかけもちでお前と話し何かしてる時間なんかこれっぽっちも無いんだ。それをこうやって時
間を割いてやってるんだから感謝しろ――」
「嘘つけ」
唐突にこずえが割って入ってきた。まるで言葉を交わす事事態に楽しみを覚えているかのような表情をしながら。
「物部君バイトなんかしてないでしょ? 私知ってるんだから。っていうかここ一ヶ月間ずっと物部君の事私ストーキングしてたんだ。とりあえず復讐相手の素行を調査する為に労を惜しんでちゃ話しにならないしね」
「…………」
相変わらず一しきり沈黙を強要された昼夜ではあったが、何となくこの会話の雰囲気に慣れつつある彼がそうこずえの対応を苦にならなくなり始めている自分に気がつていた。
「お前」
昼夜は真顔で言う。
「それはストーキングというよりストーカーだろ。というか明らかに付きまとい行為だ。俺とお前の関係がもし幼馴染とかじゃなかったら確実に警察に突き出している所だぞ」
だがこずえは気にした様子も無い。
「でもよく考えてみたら付きまとい行為ってすごい言葉じゃない?」
昼夜にしてみればそれはもう勝手にしてくれと言った感じの疑問提起だった。
「だって付きまとうんだよ? この場合のまとうって、纏うって事でしょ? そんな纏うなんて言ったらほぼ密着状態じゃん。確かにそんな状態を強制的に負わされたら警察に突き出したくなるのも納得だよね。でもさ、そう考えてみたらこの私の一ヶ月間の行為はなんだったのかな? 確かにストーカーチックな事はしてたけどさすがに付き、纏うまではしてないよね。そんなこと実際にしてたら物部君きっと興奮しちゃって昨日の夜そのまんま私の事襲っちゃったりしたのかもね」
「黙れ」
もはや駄文と言ってもいい言葉の羅列に昼夜は顔をしかめさせていた。徐々に徐々に生み出されてくるこずえの会話の記憶、感触が昼夜を懐かしい思いにひたらせ、そして自己嫌悪させていた。
「そんなどうでもいい話しをする為に俺をここに呼んだんじゃない。 まあ、確かにバイトがあるなんてのはウソだけど、塾があるのはホントなんだ。だからさっさと用件を言って俺を自由にさせてくれ」
自由にさせてくれとはさすがに言い過ぎ、というか芝居がかり過ぎていて逆にイタイ感じがしなくもないが、そんなのを気にした様子もなくこずえは真顔で言った。
「っていうか物部君、分かんないの?」
なにげ、という言葉が昼夜の中でクッションとして作用されながらも、それはなんら緩衝材になる事なくそのまま昼夜のプライドを抉るような言葉だった。
「まさか昨日依頼した私の決死の復讐劇を一瞬にして終幕にさせるつもりじゃないよね」
やっぱその話しか……
昼夜は顔を上げて言った。
「っつうかさ」
こずえの目を真っ直ぐ見て言う。
「それマジなの?」
それに対しこずえが視線をずらす訳もなかった。
「うん」
正に狂気の沙汰とも言っていい色が瞳に宿っていた。
「マジ」
そしてより一層深いため息が昼夜を襲う。
「はぁ……」
「ちょっと何それ」
何それではないだろう。この場合昼夜が発したため息が妥当である事は間違いないのだ。
幼馴染からの殺害依頼。そしてそれを復讐と呼称し、意味の分からない事に守隠しとか命名する千駄木こずえ。
この場合昼夜がついたため息を例えて変換するとしたら何になるのであろう?
歓喜の雄たけびか、甘い吐息か、それとも幼馴染の運命を憂うセンチメンタルな感情の発露であろうか?
だがそのどれもが昼夜には当てはまらなかった。あるのはただただ感じる事しかできない疲労感と、そして悔恨から生まれる自責の念だけだろう。
こずえが何故この話しを嬉々としてする事が出来るのか、理解に苦しむ昼夜がつく事の出来るため息は一つしかないのだった。
「何それって、そりゃため息もつきたくなるだろうよ普通さ」
昼夜は自分でそう言いながら、自分がその言葉を吐く資格を持ち合わせていない事に気が付いていたが、ある意味ではそれが甘えだったのだろう。要するにツッコミ待ちという物である。
昼夜はこずえに甘えていたのだ。
「よく言うよね」
そしてこずえは狙いすましたかのように昼夜の自虐的な、そしてある意味加虐的でもあるボケにツッコミを入れて来た。
「そもそも同じ中学から高校に入った地元一緒の同郷組が苛められてるって知って知らんぷりなんかする? 実際ため息つきたくなるのはこっちだっての。っていうか実際何度もため息ついたし、おまけに涙だって流したんだか
ら。物部君に普通とかを説かれる筋合いはないつもりだけど」
全く以っての御正論に昼夜は頭が当たらなかった。そして指摘された言葉によって自分がどれだけ慰められているのかという事にも気が付き、本当の意味でこずえに頭など上がる訳がなかったのだ。
「だから言ってるじゃんかよ」
昼夜はガラスの向こう側に溢れる雑多な人ごみを見ながら言う。
「付き合ってやるって」
そしてその言葉にこずえは笑顔で頷くのだった。
「うん」
しかもとびきり可愛い笑顔でだ。
「中々ツンデレっぽくて良いんじゃない?」
なにがツンデレだ
昼夜は半ば白い目でこずえを睨みつけていたが、彼女がそんな事を気にする訳もなかった。
「じゃあ話しの本題、守隠し計画の話しに入ろうか?」
やっとの事で終わりを告げた長い序章を読み切った読者のような気分を味わっていた昼夜ではあったが、これから始まる本編がその序章の無為なる長さを補完してくれる事は無さそうである事くらい理解はしていた。
『付き合ってやるか』
昨日決心したその深淵なる心に誓いの楔を打ち込んだ昼夜ではあったが、早速それが抜け落ちそうになったのは一重に彼が飽きっぽいとか、そう言った性質の持ち主ではないからだろう。
「なんだよ守隠し計画って」
いきなり現れたツッコミポイントの登場に昼夜自身それを無視する事が出来なかった。というか出来る訳がないのだ。そもそも成立するはずの無い荒唐無稽な主題をテーマに計画を推し進める等、それはもはや計画というその単語を冠していい物でもなかった。しかしこずえはそんな事も気にせず進める。
「守隠し計画は守隠し計画だよ」
何故かその言葉に孕んだ雰囲気が、まるで世の中の常識を説いているかのようなトーンになっている事事態昼夜にとってそれは腹立たしかった。
「物部君が私を殺して隠してくれる計画なんだから。私にしてみたら殺される事は守られる事も同然だし、隠される事は救われる事と同意なんだから、立派に守隠し計画でしょ? 私的には結構いいネーミングセンスだと思ったんだけどな」
「…………」
相変わらずの沈黙強要っぷりに昼夜は一しきり様々な事を考えた訳ではあるのだが、とにかく話しを前に進めないと長丁場になる事は容易に予測が付いたので進行に努めた。
「計画って言うからにはそれなりのプランがあるんだろうな?」
昼夜の問いにこずえは頷く。
「うん」
まるでシャーペン持ってるかと聞かれた隣りの同級生みたいなニュアンスで。
「あるよ」
そしてこずえは続けた。
「まだ殆どプランとして形になっている訳ではないんだけど、実際考えてみたのは絞殺プランかな? 実際高校生が殺人をする為に道具を揃えたりするとなるとお金がかかるし、そこら辺の刃物で殺したら血だって残るからね。私達が目指しているのは守隠し、つまり神隠しだから。突然気付いたら忽然といなくなっていたみたいな。それが目標な訳よ。要するに完全犯罪。
だから血みたいな物的証拠が出るのはアウトだし、それに道具がいらないからって飛び降り殺人とか電車にひかれるとか、そういうのもダメね。確実に人目につくから。だから今の所考えられるプランで一番現実的なのは絞殺なのかなって考えてるんだけど、物部君どう思う?」
「…………」
どう思うじゃねえだろ
昼夜は硬直したまま一人脳内ツッコミをかましていた。
実際プランとか計画とか、そんな言葉を使っていただけにどこまで考えているのか疑問ではったが、まさか殺した後の事後処理にまで考えが及んでいたとは思いもしなかったのだ。
と言うより普通に、昼夜はある種の恐怖を覚えていた。普通に自分の殺害方法を本気で考える女子高生の図が、急にグロテスクに思えたからだ。
「なあ千駄木」
昼夜は溜まらず口をはさむ。それこそ何回目だと言わんばかりの同じ質問を携えて。
「実際の所、ホントのホントの所はどうなんだよ? 実はこの守隠し計画って奴が、俺とのちぐはぐになった関係を修復する為に銘打ったただの茶番だったりはしない訳か? それともずっと見て見ぬ振りをしてきた俺に対する嫌がらせがメインで、まさか自分が死ぬだなんて本当は考えてなかったり、つまりそう言った事を主題に置いた……要するに死ぬだなんてホントはウソなんだろ?」
だがこずえがそれに表情をしかめるのも、そして同じ答えを繰り返すのも、全く以ってそれは昨日から繰り返し行っているシーンの再生としか思えなかった。
「だからさ」
こずえは煩わしそうに言った。
「ホントだって言ってんじゃん」
更に続ける。
「私は物部君に守ってもらうんだって。私にとって生きる事はもう死ぬことよりも不幸せな事でしかないの。そんな状態の中だからこそ対比関係によって死ぬことが守るって事になるんだから。そんでもってその後隠してもらう。誰にも見つからないように、誰からも忘れられるように、そう仕組んでもらう。それが仕事。私からの依頼で、私からの物部君への復讐。そんで物部君にとってのメリットは過去、つまり私が苛められているその横で見て見ぬふりなんか決め込んじゃったその罪の意識の清算。それに」
こずえは意味深な笑みを浮かべて言った。
「死後私のカラダを好きにして言いっていう御褒美」
「…………」
昼夜は応えた。
「千駄木、一応言っておくけど俺は死体に性欲を覚えるタイプのネクロフィリアなんかじゃないからな」
「別にいいよそんなのどうだって」
だがこずえは何ともないように応える。
「物部君がどういう性欲を持っているのかなんて関係ないし。これは言ってみれば私からの誠意みたいな物。いくら復讐ッて言ったって人一人殺させる訳だしね。完璧にやり遂げないと人生ぶち壊しちゃうだろうし、やり遂げるにはそれなりの犠牲だってこれから必要になってくるし。だから私の復讐心だけじゃきっとお釣りが出ちゃうんだろうなって思ったからそう言っただけ。まあ生前にその誠意とやらを見せてみろ言われればそれもそうなんだけどさ、人って信用出来ないじゃん。誠意だけ見せてバカみさせられる何てことしょっちゅうだし。だから私の誠意をみたいんだったら精進してくださいって。そういう事。まあ死んじゃった私に出来る事なんてその程度の事しかないから、ネクロフィリアじゃない物部君にしてみたら大した御褒美じゃないのかもしれないど、誠意としてそれを受け止めてくれれば私的には満足な訳よ」
こずえのぶっ飛んだ会話の中に、昼夜は何度中断を余儀なくしようか、何度
も悩んでいた。
しかし彼女の発すその一語一語から感じ取れる物は如実とも言っていい覚悟の表れでもあり、そして常軌を逸した価値観の結晶でもあった。
誰からも理解されない人間。
考えが誰からも及ばれる事のない来代の本物。
昼夜の中でその言葉が何度も乱舞していた。敵わないといふされる。恐ろしいと目をそ向けられる。理解すらしたくないと罵声を浴びせられる。そんな一介の女子高校生にあてがわれる事の無さそうな認識の塊を昼夜は一身に覚え、そして反響させながらも、ある意味では現実的な事を考えていた。
それは至極単純な物で、そして実際に事欠かす事の出来ない疑問でもあった。
「千駄木」
昼夜はそれを真剣な面持ちで放った。
「一つ質問があるんだけど」
そしてそれは昼夜が、こずえが、共に事を成す上で一番重要な要素だった。
「実際殺すって言うけど、具体的には一体どうやって殺すって言うんだ?」
その質問にこずえは具体的かつ、単純に応えたのだった。
「そんなの簡単だよ」
ある意味それは正解だった。
「こう、ヒモで私の首をぎゅーっとやればいいんだよ。それだけ」
しかしそれと同時にその言葉は的外れの正解でもあった。何故なら、昼夜がその単純なる答えを聞いた瞬間にこの計画の危うさを改めて感じ取っていたからだ。




