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守隠し  作者: スタンドライト
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4・6

 部屋の中央で横たわる卓都の胸からナイフが生えていた。薄暗い部屋の中でもハッキリと分かる程にフローリングに血の池が出来あがりそれを避けるかのように茫然と立っているヤヨイが昼夜の登場にハッとし、今し方我に返ったかのような顔をしながら声を発していた。

「……一足遅かったみたいね」

なにを言ってるんだろう、こいつは、と昼夜はふと疑問に思った。別に彼女の復讐劇に終止符を打つ為に現れた主人公でもない自分にどのような期待を彼女から持たれていたのか疑問に思ったが、しかしそんな感情も露と消える。

ヤヨイの着ていたカーディガンは破れかけ口角からは血を拭ったあとのような、汚らしい痕がそこにはあった。加えていつも美しく整えられている長い黒髪はボサボサと何者かに引っ張られたかのようにけば立っていた。

「…………」

昼夜が無言で現場の検証を行っている事に気付いたヤヨイが吐き捨てるように言ってきた。

「殺してやったわ」

それは積年の恨みを晴らした、親の仇を見事討ちとった物語の中の登場人物を思わせる一言だった。しかしこれは物語などではない。現実なのである。

「自分の過去を振り返る事すら出来ない愚かな男を、殺してやった。自分の無責任さによって生み出した一つの命を自分の正当性を見出す為だけに死に追いやった男に、私が死を与えてやった」

卓都は目を見開いたまま動かなかった。ただ天井を見上げたまま、まるで時が止まってしまったかのように制止していた。

昼夜が卓都に電話してから二十分強。人一人を殺すには充分な時間だったのだろうか?

「あまり驚かないみたいね」

ヤヨイの言葉に、昼夜はゆっくりと頷いた。

「今さっき、こずえからの手紙が家に届いたからな。お前達の事も、こずえの事も全て書いてあったよ」

「そう」

ヤヨイは特に驚いた様子もなくそう言うと、再び卓都へと視線を向けながら言った。

「で? こずえの本心を聞いて、あなたはどうするつもり? 私はこうして見事目的を遂げた訳だけど、あなたは? 彼女から叩きつけられた最後の言葉をどう解釈して、どう動くつもり?」

「…………」

お前なんかに答える必要はないと、そう言っても良かった昼夜だったがしかしここは沈黙が功を奏するような、そんな気がして仕方がなかった。そして実際それが功を奏したのかどうか、ヤヨイは口を開いていた。まるで自らこずえが思い描いたシナリオに乗っかるかのように。

「話しがあるって、このバカから聞いたでしょ?」

すでに死亡した卓都を顎で指したヤヨイに、特別なんの感情も抱かない事実に昼夜自身自分の感覚が確実におかしくなってしまっている事に気が付きながらも、それを敢えて無視する事によって自身の病的なまでの性質を最大限に研ぎ澄ましていた。

「話って言うのはなんてことない。ただ今後の身の振り方について決めておこうって話し。既に私達は二人の人間を殺害している訳だから、今後の事もしっかりと考えておかないと」

「二人って言っても俺は卓都の事なんか殺してないけどな」

「おんなじような物よ」

ヤヨイは冷たく言い放つ。

「ここでこうして私と一緒にいるんだもの。殺人教唆の疑いでもかけられて同じ罪状をかけられるのよ」

随分と乱暴な理屈だと思った昼夜ではあったが、しかしこの瞬間に彼の頭の中を過ぎったのは理不尽な理屈に対しての怒りではなく先ほど読んだ、こずえからの手紙に書かれていたとある一文の事だった。

あんまりヤヨイちゃんの生真面目さを、ナメない方がいいよ。

その言葉が昼夜の頭の中を過ぎった瞬間だった。彼女はなんの臆面もなく言い放っていた。

「私は警察に自首しようと思う」

唐突に端たれた言葉にしばし硬直する昼夜。しかし彼女は何の淀みも無く、淡々と言い放つのだった。

「私にとって卓都に対する復讐は自分の人生の中にある通過しなくちゃいけないポイントだった。それを通過しなきゃ私は前に向かって歩けないし、いつまでたっても後ろめたさを覚えながら生きる事なってしまう」

「……後ろめたさ?」

ヤヨイは頷きながら言う。

「そう。後ろめたさ。私のお腹の中に存在していた、無残にもこの男に蹴り殺された小さな命に対してのね。だからこの復讐に対しての、殺人に対して後悔は一ミリもない。ただ人を殺したって事はその周囲に存在している人達を悲しみに陥れるって事だから、彼等分の悲しみの分だけ罪を償わなくてはいけないとも思う。こんな男にだって家族はいるんだしね。それは私が行った事に対する正当な責任の対価だと思ってる。それに復讐の途上で、こずえを利用して彼女を実際殺してしまったって言う事実もそこにはある。だから二人分の周囲にある悲しみを抱えて私は警察に行くつもり。ちゃんと罪を認めて、裁かれて、刑に服して、法律上で認められた罪を償う期間を真っ当したら私は前向きに生きていける。失う期間は大きいだろうけど、それでも甘えないで自分に対して正直でいたいと思うの。だから自首する」

「自首するって……」

昼夜は予測していなかった答えの登場に面食らいもしたが、しかしこれこそがこずえの言う忠告だったのだろうと、そのヤヨイの病的なまでの生真面目さに昼夜はある種の辟易を覚えていた。

それはどこか、自分とは関係の無い一つの物事として捉えているかのような感情でもあった。

「……まあお前らしいっちゃらしいのかもな。そもそも復讐とか言って卓都をホントに殺しちまうんだから、そもそもが異常な訳だ。もう今更驚きもしないわ。もうちょっと適当に生きた方が楽だとは思うけどな」

「それこそあなたに言われたくないんだけど」

ヤヨイは自分ばかりが異常だと言われる事が心外だと言わんばかりに白熱するはずもない議論を持ちかけてきていた。

「私が物事の様々な事に対して適当に処理が出来ないのは、私個人の性格が、まあ俗に言う生真面目だからっていう言葉で説明がつくけど、でも物部、あなたはそんなんじゃない。むしろ私から言わせればあなたの方こそ異常よ。あなたには適当に物事を受け流す適度は不真面目さを持っている筈。でもそれなのに自分が犯した過ちや間違いなんかに対して病的なまでの責任感を持っている。

いや、責任感と言うより責任の所在といった所かしら? つまり物事の原因について追及し過ぎる結果それが自分の所為にならないかどうか、いっつも恐れてるのよ。

そう、これは病的なまでの怖がりって事かしら。そしてその原因が自分にあると知った時、あなたの思考は停止する。何故なら自分が全て悪いから。自分が悪いと明らかに判明しているのに、その責任を取らない事実が周囲からどう見られるか、それすら恐れているからあなたは立ち止まって身動きが取れなくなる。まあ究極の怖がりよね。そして今回の件も、それが大いに関係している」

「…………」

昼夜は何一つ答える事なくヤヨイの言葉を受け流そうと決意していた。それは何故か? 簡単な事である。深澤ヤヨイの放つ一語一語の中に含まれる意思の断片が、昼夜の決意した『千駄木こずえの為に行われる殉教』と言ってもいいその思考を停止させた行為に歯止めをかけようとしていたからだ。しかし黙っていても昼夜の状況が改善される訳でもない。

「こずえはあなたにとっての、劣等感の対象でもあったけど、それと同時に都合の良い回答者でもあった」

ヤヨイはどこか目を血走らせながら話している。

「物部にとって、いや、これは私達にとってもなのかもしれないけど、こずえは周囲の人間の劣等感を刺激するような存在の子だった。彼女と一緒にいると自分が小さくて大したことの無い人間に思えてくる。それはこずえの放つ一つ一つの言葉や、普段から滲みでてる雰囲気、そして学生にはつき物の成績表や考査試験なんかで常に露わになっていた。

持って生まれた物が違うなんてよくフィクションの世界の中じゃ言うけど、ホントにその通りだった。そしてそれがフィクションの世界の中では無く現実の世界の場合、周りに生まれるのは羨望ではなく嫉妬と、無意識の内に起きる自身への劣等感と対象に対する憎悪だった。

だけど一方で、物部、あんたみたいに秀才タイプの人間はそう言った感情を抱く一方、ある種千駄木こずえに対して憎悪を通り越してとある感情を抱けるようになる。それが絶対に越えられない壁に対する対象の神格化。つまりあなたはこずえの事を妬みながらも、それが常だと捉えるようになって彼女を神にも似た特別な人間だと信じたって訳。そしてそんな特別な人間から負わされた責任が、結果的に自殺なんていう目も開けられないような事実へと結びついた時、あなたは思考を停止する所か自分の足ですら立つ事が出来なくなった。

なんといったって物部の小さな世界の中で存在していた神が、あなたの責任によって死んだんだからね。気が狂わない訳がない。

そして自立して立つことすら不可能になったあなたが最後にこずえから何を言われたのかは知らないけど、それを元にさまよいこうして私の元に現れたのはもはや殉教者と言ってもいい程の異常さでしかないの」

昼夜は何一つ言葉を受け取らず、右から左へとその言葉を素通りさせていた。聞いてはいけないという感情が彼の中で確かに存在し、そしてこれ以上この女と一緒にいては何も果たせなくなるという確かな確信があった。

「物部」

ヤヨイは一体どこまでこずえの話しを知っているのだろうと、ふと昼夜は関係のない事に気を使いながら頭をもたげた。

「あなたこずえに何を言われたの?」

それは昼夜にとってのある種、禁断のワード、いや、解放のワードだったのかもしれない

「こずえの言うあなたへの復讐がどういう意味か、あなたには分かっていないの? いや、その意味の本質がどこにあるのかなんて本当は関係がないのかもしれない。こずえの復讐があなたを本当に苦しませる為にある物なのか、或いはこずえ流の、自分の罪を償わさせる為に与えられたチャンスだったのか、もう死んでしまったこずえの本当の意思をくみ取る事なんて出来ない。後は生き残った者達があーだこーだ言いながら考えるしかないんだと思う。だけど物部、あなたがしている事は違う。というかあなたは何もしてすらいない。ただこずえの言葉を自分の都合の良いように曲解してそれを真実だと認識して、盲信してるだけ。さっき物部の責任感についての話しをしたけど、結局あなたは責任という物に対して何一つ分かっちゃいない。ただ周囲の目が、自分の目が怖いから責任って言葉をチラつかせて自分を納得させているだけ。そしてその納得にこずえを利用している。彼女を神格化して、自分を救済しているの。結局これじゃどっちが守隠されているのか分からないじゃない。

それに、私言ったよね? 素直になれって。あれがどういう意味だかあなた分かってる? 結局どういう気持ちの整理の付け方をしてこずえの死体と対面をしたのかは分からないけど、私はこう考えている。

都合の良い真実。きっとこずえからの口当たりの良い言葉を盲信して、信じ込んでそれを原因に納得を決め込んだんでしょ? 

結局なにもしてないじゃない。あなた今まで自分が何をしてきたのか分かる? 一年前からこの計画をスタートさせたとか言ってたけど、あなたの頭の中は一年前と何にも変わっちゃいない。ただこずえの口から発せられる神の啓示に導かれるがままに、こずえの復讐劇に付き合われていただけ。

まあさっきも言ったけどこずえの言う復讐の本質がどこにあるのかは分からないけど、でもそれでも、一つだけ私にも分かる事実はあった。それはこずえが本当に死ぬ直前まで、本気で物部、あなた事を好きだったって言う事。それだけは絶対に揺らぐことのない本当のしん――」

ヤヨイが最後まで言葉を言いきる事は出来なかった。

何故なら昼夜が彼女を突き飛ばしていたからだ。そして壁に背中を打ちつけ痛みに悶えるヤヨイの首を両手で掴んで思い切り力を入れていた。

「……黙れ」

もはや言うべき事は何一つないと、昼夜は万感の力を込めて彼女を締めあげていた。一分、いや、二分、それとも三分だろうか?

昼夜はヤヨイを失神するまで首を絞め上げると卓都の胸に突き刺さったナイフを抜き取りそれをそのまま彼女の胸に突き刺した。

男と女の血が混ざりあい不気味な感触をその掌の中で味わう事で昼夜は我を忘れ、衝動に駆られ、そして深澤ヤヨイを殺していた。


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