4・5
バスに揺られている内に次第に日が暮れ始めていた。未だ消化しきっていないこずえの肉片が昼夜の胃の中で脈打っているかのように嗚咽をもたらしていた。
手紙を読み終わった直後昼夜が駆け込んだのはトイレだった。そしてそれと同時に今まで流れてくる事のなかった涙がポロポロと零れおち便器の中へと吸い込まれていった。
しかし悲しみという感情を覚えると同時に得た感覚は不快感とそれに伴う嘔吐感で、自分が今し方食べたあの食材の舌触りや味を思い出しただけでも気が狂いそうになった。そして彼女が秦雄一にされていた事を想像し、映像に叩き起こして、愕然とする。
あのベッドしか無い部屋。枕元の両脇のシーツが異常に劣化している事を思い出し更に気持ちが悪くなったのは言うまでも無かった。
こずえは堪えていたのだ。天井に張られた鏡すら見たくないと目をつぶり、全力でシーツを握りしめて、歯を食いしばって耐え続けていた。しかし彼女にとって大きな転機となったのは秦雄一の行動などではなかった。物部昼夜の行動が、無関心さを装ったこずえに対する劣等感が、彼女を死へと突き動かしたのだった。
大好きだよ。
あっけらかんと書かれた手紙の文面に昼夜は握りしめるその力を強め過ぎて思わず破ってしまっていた。手がわなわなとふるえて動悸が収まらなかった。最後に書かれていたこずえの言葉を読んで、彼は率直に想うのだった。
殉じてやろうと。
彼女の想いに、最期まで殉じ、自分の運命さえも賭して彼女の願いを叶えてやろうと、昼夜はそう思っていた。
ふと彼の脳裏にマエストロ桂子が放った言葉が思い出される。
病気の宣告。その病的過ぎる責任感とこずえに対する劣等感がいわば彼女をカリスマとして憧憬させてしまうコンプレックスが、昼夜を突き動かしていた。
神隠し。
周囲から忘れ去られて、存在そのものがいなくなる。
その世にも不思議な神の気まぐれとしか思えない所業を実行してやろうではないかと、こずえの守隠しを本当の神隠しとして成立してやろうではないかと、昼夜はもはや盲信していた。
千駄木こずえの存在を消す為に、否、そもそも存在していなかったと認識させる為に、いや、彼女に関する記憶、知識を持つ物を全て消し去る為に、昼夜はこずえのメッセージを受け取り、そして先ず最初に訪れるべき小空卓都、深澤ヤヨイの元へと向かうのだった。
バスが停留所に到着した時、日は既に血の色を連想させるかのような橙色へと変化しこれから昼夜を待ちうけている何かを暗示しているかのようでもあった。
強烈な西日に表情を曇らせながら停留所からしばらく歩いて、山をバックにポツンと佇んでいるアパートへと到着した。一種の、秘密の隠れ家と呼んでもいいだろうニュアンスのある昼夜達の共有スペースが小学生時代に誰もが一度は経験した秘密基地とは違った意味合いをもたらしている事は昼夜自身分かっている事だった。
卓都とヤヨイがここで何をしているのかなど、考えなくとも今の昼夜には分かった。殺意に踊らされた人間の意思が自身の能力や資質、性質を超えてトランス状態に陥るのはごく自然な流れだったし、それが性差によって阻まれる物だとも思ってはいなかった。
復讐を誓ったヤヨイ。そしてその情報を知りながらこずえに脅されて、彼女の駒となるべく踊らされた卓都。彼の運命が今、どのような状況にあるのか、昼夜は半ば覚悟を決め込むように階段を上がり、そしてドアノブを掴んでいた。
あの電話が彼との最後の会話だった可能性を充分に吟味しながら、そしてこれから自分が取るべき行動に何の歯止めも利かない状態を自分自身で確認してから、ノブを捻ってドアを開けた。
そしてその先に待っていたのは全くもって昼夜が予測した通りの光景だった。




