4・1
「打ち上げでもするか」
唐突に発せられた卓都の言葉に昼夜とヤヨイが眉をひそめない訳がなかった。
こずえの死と同時に訪れた死体の消失に三人がただひたすら呆け続けながらもその詳細を探るべく部屋中のありとあらゆる所を探した直後の事であった。
もはや怪奇現象と言ってもいいその事実に卓都とヤヨイから昼夜へと向けて猜疑の目が向けられるのは当然の流れだったのかもしれない。しかし部屋中をくまなく探し、ベランダから外に出て直ぐ目の前にある裏山も探した後。もはやお手上げと言った感じの卓都が日もどっぷりと暮れた帰り道、バスの停留所で言うのだった。
「打ち上げでもしよう」
そうでもしないとやってられないだろと。
打ち上げなどする気にもなれない昼夜ではあったが、不可解な現象と紛れもないこずえの死になにか自分の中で区切りをつける為に首を縦に動かしていたのかもしれない。
ヤヨイはどことなく無表情のまま、卓都を睨みつけるように見つめてから渋々頷いていたが、昼夜からしてみれば彼女も同じ気持ちなのかもしれないと、こずえの神隠しに動揺を抱いている自分と二人を同じ気持ちと思いその場を割り切るのだった。
詳しくは後日連絡するから
卓都がそう言ってバスに乗り込み、次いでヤヨイが神妙な面持ちのまま昼夜の肩に手を置いてからバスへと乗り込んだ。
最後に見せたヤヨイの視線がなにかを昼夜へと訴えかけているかのような、そんな錯覚に襲われもしたが何一つ語る事のないヤヨイの口に昼夜は特別頭を回す事もなくそのまま二人と別れた。
深夜、ベッドの中で当時の現場の状況を思い返す昼夜が中々眠りに付ける訳がなかった。
敷かれていたブルーシート、設置されていたビデオカメラ、崩れ去った座布団に転がっていた椅子。床に落ちていたトレーニング用ゴムチューブ。
それら全てが、カメラを除いて綺麗になくなっていたのだ。昼夜が死体を発見してから再び部屋に入るまでの二時間半。彼はドアの前に張り付き一歩も動く事はしなかった。
という事は誰かが死体を動かした場合、出入りしたのは反対側のベランダと言う事になる。
二階建てという物の、実際それ程の高さを有する事はないその構造上、ベランダの鍵さえ何とかすれば犯人が侵入してこずえをどこかへと移送する事は簡単なように思われた。
というよりも実際昼夜達が確認した所ベランダの鍵は不用心にも開けられていた。よって昼夜が茫然としている間に死体が何者かの手によって動かされた事は明白だった。
或いはこずえが死んでいなかったという事実が昼夜の中で可能性として浮かび上がるが、それはないだろうと彼はベッドの中で首を振る。
確かに脈を取って確認した訳では無かったが、彼女は確実に死んでいたと、昼夜はそう思わざるを得ない光景をその目に焼き付けていた。あれが錯覚などである訳もなく、そして見間違いを起こしてしまうほど自分の集中力があの場面で欠けていたとも思えなかった。
千駄木こずえ
昼夜は寝返りを打ち彼女の顔を思いだす。
自身の幼馴染であり友人であった彼女を殺してしまったのは昼夜達が作りあげたあの装置による物だった。
十一時半、指定された時間に宅配員がデリバリー商品を持って来たのは明白だった。その証拠に一階にある集合郵便受けには袋に包まれた弁当が一つ置いてあったし、何より昼夜がドアを開けた瞬間既にこずえは宙釣りにされ首を括られていたのだ。動きは一切なく停止した彼女の表情が生を宿しているとはとても思えなかった。
死。
今までその概念を現実として受け止めた事のなかった昼夜が初めて目の当たりにしたのが自分を含めた共同作業による殺人だった。
紛れもなく千駄木こずえは死に、その原因と手段は自分の行為によって実行され、完遂された。
そして当たり前の事だが死んだ人間は二度と生き返る事がなく、本当の意味での取り返しがつかない事象でもあった。
今頃千駄木家では帰りの遅いこずえを心配し母の清子と秦雄一がみけんに皺を寄せあっているのだろうと、後に自分の内にかかってくるかもしれない電話に懸念を抱きながら意外と自分が冷静である事に気が付き、そしてふと思い当たっていた。
涙が一滴も出ていないと言う事に。
千駄木こずえが死す直前の昼夜の決意は並々ならぬ物があった。
今までのこずえとの関係性を振り返りそこに宿っていた自身の感情と彼女の言葉を一つ一つ洗い流した作業の中で生まれたのはこずえが本当は死なんか望んでいないのではないかと言う決め付けだった。
しかしその決め付けを行う前提として昼夜の中に、素直な、気持ちとして彼女に死んでほしくないと言う感情があったからこそその決め付けを見つけ行動の起因にする事が出来た筈なのに、昼夜は自分が涙一つ流す事なくその後の展開を慮っている事に半ば呆れ果てていた。
死んでほしくないと、まだまだ彼女と話しがしたいと、そう思ったからこそあのギリギリであそこまで動く事が出来たのではないだろうかと、そう自問する昼夜が深夜を回ったベッドの中でいた。
しかし死後のこずえを発見した直後込み上げて来たのは悲しみよりもとてつもない事を、とりかえしのつかない事をしてしまったという認識から来る絶望感と不快感で、今後の自分がどうなってしまうんだろうとう不安に満ち溢れた、いわゆる自己保身の感情だった。しかも立て続けに起こった本当の神隠しに昼夜の意識は更に混乱し、悲しみを享受する時間さえなく卓都の
「打ち上げをしよう」
等と言う気持ちの整理を付ける為に行われる儀礼的な意味しか無い会に二つ返事で了承をしているのだった。混乱した気持ちを、思考に区切りをつける為にも、そしてこずえの本心を見抜き自殺を止める事が出来なかったその事実からも、彼女の意思を汲み取り終了してしまった建前的な目標の達成に花を添える意味でも打ち上げ事態に関しては否定するつもりはなかった。
しかし事実に追いついてこない悲しみと言う名の感情が満たされない中、更に懸念しなくてはいけない事が多数ある中、次第に睡魔が彼の瞼に圧し掛かってくるその寸前、ふと彼はこんな言葉を思い出していた。
「確かにこの計画なら高い確率でこずえを殺す事が出来るかもしれね―けどさ、それでも百パーセントの成功を保証する事は出来ないんだよ。つーかオレが言いたいの失敗するかもしれねーって事じゃなくて中途半端に成功するかもしれないその可能性が一番厄介だって言ってんだ」
卓都の声が夢と現実のはざまでフラッシュバックされる中、そんな事を言っていた彼があっさりと打ち上げをしようと、何もかもが全て終わったかのようにそう言い放った事にふと気付きながらも、昼夜は突然押し寄せて来たその睡魔に襲われて両の瞼を閉じていた。
打ち上げは二日後の日曜日の昼、昼夜が通う高校から家の間にある森林公園で行われた。
内容を簡潔に述べればバーベキューである。
昼夜がバーベキューセットを用意し卓都が肉を調達、ヤヨイが野菜を持ってくると言う至ってシンプルで健康的な宴が昼間に行われた。
しかし当の宴の主役となる者は既にこの世に存在していなく、中心人物が不在のしめやかな宴が打ち上げと言うよりもどこか、偲ぶ会を連想させたのは無理の無い話しだったのかもしれない。
打ち上げの最中、テンポよく焼かれる肉の量に比例して飛び交った話しはどれもが千駄木こずえに関する思い出話だった。
彼女の凄さ、間抜けさ、天真爛漫さ、不快さ、あけっぴろげな性格、それらを懐古しながら小学生時代の話しに花を咲かせ、順繰りに時を駆け上り次第に悲惨な状況を帯びて行く彼女の昔話にその場の空気がトーンダウンし始めたのがお開きの兆侯となった。
昼夜は卓都が取り分けてくれたどこか臭みのある、クセの強い高級肉を頬張りながら彼の、その不一致な言動を見極めようとしていたのだが何一つ得る事の出来ない情報に振り回されるのも疲れたと、大量に残ったピーマンと茄子を視界の端に捉えながら言うのだった。
「今日はもうお開きにでもするか」
もう二度と集う事がないかもしれないこのメンバーを前に、昼夜は特別な感慨を抱く事もなく告げていた。
正直な所、昼夜の本心の中に会ったのは疲れたと言う感情のみだった。
こずえの死後消失した死体に、あれほどまでに計画の完璧な実行にこだわっていたはずの卓都の不可解な納得具合。
卓都たっての希望で備え付けられていたビデオカメラに映し出されていたのはただの空室のアパート内の様子。
それに昼夜の知らない所でなんらかの協調を図っていたと言うこずえと卓都、そして守隠し計画自体を利用する魂胆だったヤヨイ。
こずえの神隠しに卓都が一枚絡んでいる事は明らかだった。彼の分かりやす過ぎる態度はもはや疑問を通り越して疲労すら感じさせるレベルの物であった。
なにも写っていないカメラ等同じ物をもう一台購入しておき予め前日の、完了した準備を一度解除してからの時間帯をそのまんま映像に残しておけばいいだけの話しだし、何よりこずえも卓都と契約関係にあったのだ。そのこずえが最後にビデオの録画ボタンを押すなど余りにも策としては浅はか過ぎる。更に昼夜がこずえの死体を発見してから二時間半。その間あの部屋は明らかに中途半端な密室状態で二階とは言え脚立や何かの道具を使えばベランダから出入り出来る状態であったのだ。
その時間を利用し卓都がこずえの死体を移送した事は明らかだし、ビデオを止めた状態だったのはその光景が見られたくなかったからだろう。恐らくこずえの中で卓都に依頼した最後の内容が昼夜に対しての復讐と言う意味で、消失を連想させると共にそこに霊的な何かを覚えさせ今後の将来にまでその意思を纏わりつかせる狙いがあったのかもしれない。
しかしそんな事はどうでもよかった。
昼夜は胃もたれを起こしそうな程肉を食べすぎたせいか若干気分を悪くしながらゲップをした。
もう疲れた。
こずえの死後から二日。釈然としない状況と理解する事の出来そうもない旧友たちの行動。
疑いが彼等へと向かい打ち上げと称した宴が殆どお互いの腹を探り合うような意図でしか成立していないその現状に昼夜は辟易を覚えていた。
卓都の目的と同時にヤヨイの本心がどこに存在してるのかは未だに謎でしかないが、それでももう疲れたと、未だにこずえの死に対して涙一つ流す事の出来ない疲労感に打ちひしがれながら昼夜はバーベキューセットの片付けに取り掛かり、それを合図に他の二人も無言で片づけを行うのだった。
「昼夜、俺の持ってきた肉どうだった? 最高だったろ?」
最後に卓都が言ったなけなしの言葉に、昼夜自身胃もたれを覚えながら、もう二度と関わる事のないだろう旧友に答えるのだった。
「最高においしかったよ」
その後片づけを終えた三人がそれぞれの道へと三々五々散って行く様を確認する事もなく、昼夜は重たさしか感じる事の出来ないバーベキューセットを両手に自宅へと帰っていた。帰ってくるなり母親から、千駄木家から連絡があったと報告をしてくるのだがその言葉を聞いてすぐさま旧こずえ家へとリダイヤルをする気にも慣れず愛毎な返事をしながら自室へとこもった。
ベッドへと倒れ込むようにして座り込んだ昼夜はしばらくなにもする気になれなかった。
胸糞の悪くなる打ち上げに出て来た肉や野菜達はどれも不気味な味しかしなく料理そのものを楽しむ要素など見つける事すら出来なかった。
『もっと食えよ昼夜』
お節介にも卓都が取り分けて来た肉は彼曰く高級ラム肉との事でそのどれもが臭みのある独特な物で昼夜の舌に味、匂い、食感、そのどれもが不快感しか覚えさせなかった。
ヤヨイも普通の肉を食べるばかりで結果的に卓都のお節介を断り切れなかった昼夜が高級ラム肉を一人で平らげる事となったのは最悪としかいいようがなかった。
ふと天井を見上げながら千駄木家からの電話を思いだすがかける気には毛頭なれなかった。
不気味で違和感のある、どこか生々しい空気を孕んだあの家の中を思い出すたびに背筋が凍り直視出来ない何かがあの家にはあった。かつて一年前、昼夜がこずえに言った守隠し実行にあたって一つの条件がふと思い出される。
実家を出て一人暮らしをする事。
しかしその条件が叶えられる事はなかった。こずえはその条件を固くなに拒否し、理由を言う事すら拒んだのだ。そこになにかしらの複雑な家庭の事情がある事は確かなのだろうが、結局どうだ? 昼夜は一人内心で苛立ちをぶつけるしか無かった。
結局の所真っ先に連絡が来るのは自分で、疑いの矛先が向けられるのも自分なのだと、昼夜は憤りを覚えざるを得なかった。
そして何故こずえがあれほどまでに家を出る事を拒んだのか、そしてそう言った事実があるにも関わらずどうして毎日自宅に帰るのをギリギリまで引きのばすかのように不必要に外を出歩いていたのか、考えようにもそもそも思考のスタミナが底を尽きていてそのまま満腹感も手伝ってかベッドの上で睡魔という怪物が昼夜へと押しかかってきた。
ウトウトと日中の淡い眠気が昼夜に圧し掛かってくる中ふと思い出す。こずえが死ぬ二日前。
千駄木家へと忍び込みこずえの部屋に入った時見つけた手紙の事を。物部君と名指しで書かれたその手紙にどのような内容の事が記載されていたのか、既にあれが完成されているのか、そして自分があれを読む事は無いのだろうかと、ふと疑問に思いながら眠りにつきかけた時の事だった。
昼夜の母が階下から、そして次第に大きくなりドアの向こう側から、彼目がけて響いてきた。
「昼夜」
ノックも無しに入ってきた母の無礼に半ば寝ぼけながら反抗の意思を示すのだったがそんなチッポケな反抗心など一気に吹き飛んでいた。何故なら、母が放ったその言葉が昼夜にとって何よりも衝撃的だったからだ。
「こずえちゃんから手紙だよ」




