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守隠し  作者: スタンドライト
初動
2/30

 「え?」


昼夜は突如聞こえて来た、不意打ちにも近いその言葉に瞬きを数回多くして反応を示していた。

誰もいない無人の教室。終業式を終え、通知表が余すところなく平等に生徒達へと配られ様々な一喜一憂が坩堝となって久しくない、まだ昼の十二時を迎えていない日中。


射し込む光の強さから類推するに電気などつける必要もない位に視界が明瞭で、そこに自分以外の誰かがいたとしら一発で判別出来る教室。

そんな教室の中で、昼夜がまるで今し方まで教室の中たった一人、最期の帰路につく男子高校生の画を一身に纏いクラスを後にしようとしていた時の事だった。


「ねえ物部君」


それは衝撃というよりも不可解という言葉がシックリくるクエスチョンマークだった。


「守隠しだよ。知らないの?」


教室の片隅の、一番窓側の奥の席から投げ出された言葉に昼夜は教壇前の席から視線を投じ、半ば固まっていた。そのいつもならハツラツとした感じの、短めにカットした髪を窓から流れ込んでくる熱風にそよがせつつ、容姿端麗とまではいかないまでも目鼻立ちの整った、誰からも嫌悪感を抱かれないであろう清潔感のある顔を硬直させながら、昼夜は固まり、そして千駄木こずえを見つめていた。


「? なに? 私の顔になんかついてる?」


対して、昼夜に見つめ続けられているこずえは可愛いというよりも、可愛らしいと表現した方がシックリくるだろうまん丸の瞳と、小さく、まるで小鳥の嘴のように尖った唇をアヒルの形にしながら不満を垂らしていた。


「守隠し、だよ。知ってるでしょ? 知らないなんて言ったら減点だからね」


神隠しという言葉事体、昼夜が知らない訳が無かった。というよりも、こずえが放った単語が昼夜にとって疑問符的な存在なのではない。自分に向かってこずえが話しかけて来た、という事実の方が昼夜にとってはある意味衝撃的だったのだ。


「……神隠し位なら知ってる」


しかし昼夜はその事実を口に出す事無く、ただ流されるがままに言葉を紡いでいた。一体その言葉にどのような意味が込められていたのかなど分かる訳が無かったが、この奇妙にも懐かしい感覚から逃れたい一心だったのかもしれない。

しかしこずえはそんな昼夜の気持ちを知ってか知らずか、判別は出来なかったがとにかく離す事はしなかった。


「違うよ」


昼夜の言葉にこずえは首を横に振った。肩まで伸びたセミロングのストレートヘアがフルフルと震える。


「物部君が言ってるのは神隠しの事でしょ? 私が言ってるのはそれじゃな

い。守隠しの方。全然分かって無いじゃん」


何故だかは知らないが勝手に罵倒された気分になった昼夜がいい気分を味わえる訳もなかった。

これでも品行方正成績優秀を周囲から冠され人望もそれなりに厚い昼夜にしてみれば、その口調は屈辱的でもあり、苛立たしくもあった。そして同時に、懐かしくもあった。


「なに言ってんだよお前」


昼夜は沸々と沸いている疑問を更に疑問で覆いこんでいた。全く話しが見えてこないとはこの事だろう。


「神隠しは神隠しだろ。あの村単位で人間がいなくなったり、小さな子供とかがいつの間にか痕跡一つ残さずいなくなるアレだろ?

その事以外に何があるってんだよ?」


訳が分からなかった。昼夜は視線を床と天井、そして窓の外と教室後ろにある黒板、つまり縦横無尽と言っていいだろう視線を配し続け言葉を紡いでい

た。


右往左往。


正にその言葉がぴったりと当てはまる情景だった。そしてそれが何故なのかと言えば簡単な事だった。こずえを直視したくないからだ。そして、そのこずえを直視したくない原因に、昼夜の中に、悔恨と言う名の情念めいた気持ちが確かに存在しているのだった。


「守隠しは守隠しだよ」


こずえはそう言うと一歩足を前に出し、そして更にもう一歩、更にもう一歩と足を踏み出し続けた。その結果二人の距離がみるみる縮まりいつの間にやら昼夜のパーソナルスペースに彼女が足を踏み入れる事となったのは当然の帰結ともいえる流れだった。


「守ると書いて、カミと書く。物部君はそんな事も知らないの? 成績優秀

頭脳明晰品行方正な物部君が、そんな事も知らないなんて驚きだな」


昼夜は目の前まで迫ってきたこずえの存在に胸糞を悪くしながらも、それでもここで一歩足を引く事を躊躇っていた。その行動の結果に何が付きまとうのか、結果どういった感情図が自分に流入してくるのか、予測が出来たからだ。だから昼夜は身を引く事なく、言葉を紡いでいた。結局心は完全なまでに引いてしまっていたが。


「……やめろよ」


苦痛だった。昼夜にとってこずえとの会話は自責の念ばかりを掻き立てる後悔しか生まない会話でしかなかった。

成績優秀頭脳明晰品行方正。

加えて八方美人で誰からも嫌われない容姿を持ち要領もいい。

そんな昼夜が、自分の事を彼女に置き換えて話せない訳がなかった。


「物部君、昔っから要領良かったもんね。色んな人から好かれて、気に入ら

れて、しかもそれがどうやったら出来るかって言うのを熟知してたもんね。ホント叶わないよ。小学校の時も、中学校の時も、そして高校の今も、物部君はみんなの人気者。そして」


こずえは一間をおいて素っ気なく言った。


「私は皆の嫌われ者」


「…………」


昼夜はふと壁にかけられている時計に視線を送った。時刻はまだ十二時十分前。時の流れが異常に遅く感じる時流の中で、昼夜は言葉を選び、こずえはそれにかぶせて来た。


「俺用事がーー」


「お願いがあるの」


こずえは何の迷いもない瞳を、その真っ直ぐな黒眼を昼夜へと注ぎながら言ってきた。


「私を、守隠しに合わせて欲しいの」


意味が分からないとは思えなかった。カミと書いて守る。その言葉に、今のこずえの状況を照らし合わせれば自ずと答えは出て来そうでもあった。しかし昼夜は言葉を返さず、頷きもせず、ただ黙っていた。


「私を守って、隠して欲しい」


たった一つの願い。こずえはそう言った。一つとか言ってる割に要求が二つになっている事に昼夜は気づいていたけど、そこに突っ込むような事はしなかった。しかしそれが不味かったのであろうか? 昼夜が黙っているのをいい事に、こずえは次々に言い放った。


私を誰からも忘れ去られるような存在にして欲しい、忽然と姿を消してその事さえ気づかれない存在にしてほしい、守る事すら隠して、神隠しを実行して欲しい。


そして、


「私の事を殺して欲しい」


そう、こずえは言い切った。


私の事を殺して欲しい。


昼夜の中でその言葉が反芻しない訳がなく、数秒どころか数分、或いは数時間の逡巡が必要だったのは言うまでもないだろう。思い当たり過ぎる節と自分がこれまでしてきた関係性の崩壊を思い返してみればその言葉があながちお遊びでない事に、自ずと行き当たった。

しかし、だけどだ。こずえはそんな昼夜に対して逡巡などは与えてくれはしなかった。

それはまるでこずえから昼夜に対する恨みをぶつけるかのような、そんな行為だった。


「優しい物部君ならやってくれるよね? ほら、小学校五年の時にあったさ……」


こずえの言葉がある種の残酷さを帯びていたのは言うまでもないだろう。それはこずえにとってキラキラと輝く宝石箱みたいな思い出でもあり、今の昼夜にしてみたら忘れたくても忘れられない悪夢のような思い出でもあった。

こずえは昼夜を思い出で縛り、昼夜は悔恨によって、自責の念によってその場に釘づけにされた。


殺して欲しい。


その言葉を聞いても尚、立ち去る事が出来ない昼夜は自分に対して下種たる思いを抱き、そして断る事の出来ない理由を見出してしまっていた。

それほどまでに昼夜が下種で、こずえは被害者だった。そして、それを決定づけるかのように、こずえは言うのだった。

ある意味、その言葉が決定的だったのだろう。


「もし私を守隠しに逢わす事が出来たんなら」


こずえは笑顔で言った。


「私とエッチしてもいいよ」


それはこずえから昼夜にとっての、勅命と言ってもいい言葉だった。


そして、これが二人にとっての奇妙な関係の始まりでもあった。


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