3・2
「それじゃあ各自、考えて来たプランの発表をしましょうか」
例の如く駅前のファストフード店にて、昼夜達は昼食を取りながら各自したためておいた守隠し計画のプランを発表する運びとなっていた。当然場を仕切っているのはヤヨイである。今日の昼に集合しようと持ちかけたのもヤヨイであり、そしてまだ昼食をとっていないからという理由で皆にハンバーガーのランチタイムを強要させたのもヤヨイの仕業だった。
テーブルには各々が注文したセットメニューが並びカラフルな包装紙に包まれた食物達が互いの存在を主張し合うようにひしめき合っていた。
夏休み終盤の昼の十二時である。高校生四人組がファストフード店にて昼食を取っている姿が周囲にどう映っているか、そんなものは容易に想像が出来たが、実際、昼夜達がいるボックス席に流れている空気は周囲から安易に取られてる雰囲気とはまるで別物だった。
「じゃあ物部から。さっさと話してちょうだい」
ヤヨイの矛先が自分へと向けられた事により他の者達の視線も当然、昼夜へと向けられていた。
真横に座る卓都然り、はす向かいに座るこずえ然りである。こずえから送られてくる視線を体感しながら昼夜は昨日の事を思いだしていた。
秦雄一。
彼が何を言いたかったのか未だに理解出来ない昼夜が、その後宿題に対して思考を費やす事が出来る訳もなく、正常に機能しなかった自分の思考能力に憤りと反省を覚えながらこの場を押し通すしかなかった。
「ごめん」
昼夜は若干うつむきながら言った。
「なんも思いつかなかった」
当然その言葉にヤヨイが悪態をつかない訳がなく、ひとしきり昼夜の意気ごみの低さとその姿勢を糾弾した後、今度は話しの矛先を卓都へと持って言った。だが卓都の話す具体的プランが昼夜の中に入ってくる事はなかった。
昼夜の意識ははす向かいに座り自分が殺される話しを興味深そうに聞いている千駄木こずえにしか向かっていなかった。
もうこずえには会うな
秦の言った言葉が宙に浮かぶ。何故彼はそんな事を言ったのだろう、そして最期に言ったあの言葉、
人の物を横取り
昼夜は実際、嫌な予感めいた物が自分の中で確立されつつある事に気づいていた。それは考える事すら生々しくて、どこか思うだけで後ろめたさを覚えてしまうような、そんな感覚に近かった。しかし一つだけ断定する事が出来るとすれば、人の物と称した対象にある物を、秦がそれを父親と言う観点から発した言葉では無いのだろうなと、あの男の性格上そんな責任感を匂わせるような発言があの場で出てくるとは思えなかった。
では一体何か? あの男が昼夜を呼び出し、唐突に申しつけたあの言葉に何が潜んでいる?
昼夜は考えたくもない、気分を悪くさせるナゾナゾを命題としてやらされているかのような感覚に陥りながら、それでも答えを導き出していた。
欲望
二つの漢字が組み合わさり一つの単語を形成する。そして生まれた言葉に秦雄一の思惑と言動を重ねれば出てくるのは単純な答えでしか無かった。
更に出て来た解答にその欲望を向けられた対象を選別するとそこにある事実は……
「ちょっと物部?」
とここで昼夜の思考が遮断される。
「あなた私達の話し聞いてた訳? さっきからずっと思い詰めた顔してるけど」
唐突に差し向けられたヤヨイの言葉に昼夜は当然うろたえを隠せなかった。しかし口からでた誤魔化しはまるで喧嘩上等をうたう出来の悪いヤンキーのように彼女へと挑戦状をたたきつけていた。
「もちろん聞いてたさ」
一体何がもちろんなのか昼夜自身さっぱり分からなかったが、口を開かない事には何も生み出しはしない事を彼自身知っていた。だから適当に事の葉を発していた。
「卓都のプランだろ。ちゃんと聞いてたって。結構いいんじゃないか? 大丈夫だから続けろよ」
その言葉にヤヨイの白い目が昼夜を射抜き、卓都が嬉しそうな顔をした。
「……なんだよ?」
たまらず昼夜は疑問を口に出す。しかし時は既に遅かった。
「物部、あなた気は確かなの?」
余り気は確かではないのだろう。こんな集まりに参加してる位なのだから。
等と言える訳もない昼夜が曖昧に首を縦に動かす事しか出来なかった。当然直後にヤヨイが口撃を開始した。
「結構いいんじゃないか、とさっき物部は言ったけど、私は決してそうは思わないわ。何しろこの小空が持ってきたプランを一言で説明するならそこにあるのは皆でこずえの首を絞めて殺しの罪の意識を共有しようっていう、自分本位かつ後々リスクを高めそうな何の具体性もないプランよ。
それを物部が結構良いと、そう判断するのなら私はこれ以上あなた達に付き合っていられないわ」
「…………」
昼夜は一しきり沈黙した後、卓都を見た。卓都はヤヨイとは対照的に不敵な笑みを浮かべていたが、すまん、と昼夜は内心で卓都に謝罪をして切り返した。
「まあ、確かにそれは無いよな」
納得のヤヨイが頷き、当然卓都がコロリと表情を切り替えて不服を申し立ててくる。
「ちょっと待てよ昼夜。何がそれは無いんだよ。んな頭ごなしに否定なんてオレの意見を何だと思ってやがる」
「具体性を欠いた非現実的な意見でしょ」
ヤヨイの冷たい言葉に卓都は火を注ぐ。
「バカ野郎。なに言ってんだよ。これのどこが非現実的だよ。いいか、このプランのどこが優れ物なのか説明するとだな――」
「戯言はいい加減にして。時間が惜しいの」
卓都に対して相変わらずのヤヨイである。そして、ヤヨイに対しても相変わらずの卓都である。
「時間が惜しいね。よく言うぜ。どこぞの中年オヤジと乳繰り合ってる時間は無駄じゃ無くて、この時間は無駄だって言うのかよ?」
人間それなりに生きていればそれなりに日常生活の中で他人に言ってはならない地雷的言動がある事に気が付きそれを無意識的に避けようとするのが常識的な人間なのだが、この場合卓都は思い切りその反面を突くかのように、避ける事の出来ない怒りをワザと誘発させるかのように言葉を放っていた。しかしヤヨイは応じなかった。まるで卓都の放つ言語がチンパンジーの鳴き声と認識しているかのようにそれを無視するとこずえに向けて言葉を向けた。
「で? こずえは? まさかあなたも何も考えてないとかいうんじゃないでしょうね?」
卓都とヤヨイのやりとりを微笑ましく見つめていたこずえが表情を一つも変える事なく口を開いた。まるで悪びれる風でもなく。
「なにも考えてないよ」
「おい」
ヤヨイと卓都が思わずユニゾンしていた。そして直後に二人の視線がバチバチと火花を鳴らし互いにそっぽを向く。どこぞのラブコメに出てくる幼馴染キャラクターかよ、と昼夜は一人思うのだったがそう言えば実際この四人は幼馴染と言ってもいい関係だったと、今更思い出して苦笑いが生まれそうになった。しかしそんな昼夜の苦笑いを余所にこずえは続けていた。
「だって私が考えるなんておかしいじゃん」
と。
「そもそも私はこの守隠しを実行する会の依頼者なんだから、皆にはもっと頑張ってもらわなくちゃ。私が企画立案してその詳細まで決めてたらみんなの出番ないじゃん」
「いや、その守隠しを実行する会ってどうなんだその名称」
卓都が思わず突っ込みたくなった気持ちも分からないでもない昼夜である。まるでその呼び方ではどこかの社会的団体が現体制に対して異議を唱え間違いを是正する為に活動してますよ的な、そんな社会正義を念頭に置いた団体のように聞こえるが、実際これはそんな物とは違う。
千駄木こずえの個人的な依頼を叶えるべく集まった、小規模な団体なのだ。いや、もはや団体とさえ言わないだろう。四人という人数を普通にカテゴライズするとするならば、そこに当てはまるのは団体というより、グループという単語だ。
「っていうか自分で自分を守隠す手段を考えるなんて思いっきり切ないじゃん。私は自分の身を自分で守る事に限界を感じたから物部君に守隠しを依頼したの。だから私は自分でプランの内容なんて考えたくない」
「とか言いつつこっちが出したプランには口を挟むんだろ?」
「当たり前じゃん」
昼夜の言葉にこずえはその通りと言わんばかりに頷く。
「ホントはこの前の生き埋め殺人だって嫌だったんだから。あんな汗水たらして自分の棺桶掘るなんてホント悲しいよね。第一全然センスないし。もっとこう、洗練された計画はないのかな?
まるで推理小説の中にでも出てくるような、死体が忽然と姿を消しちゃうような圧倒的な推理マジックが展開されるような守隠し。私はそういうのを待ってる訳。それなのに、この物部昼夜ときたら、ふざけるのは名前までにしとけって感じ」
「いやちょっと待て」
昼夜は思わずその滑りのいい口調に待ったをかける。
「確かに俺がふがいなく千駄木の希望に添えていない事は申し訳ないと思ってる。だけどその事で俺の姓名にいちゃもんをつけられるのは納得がいかないんだが……」
「え? でも物部君の昼夜って名前はそういう風に使われる為に命名された名前なんじゃないの?」
こずえはそのまま真顔で言う。
「この子は将来無個性で悩む事になりそうだからなるべく面白い名前を付けて他人から名前の話しで弄られやすいようにって、そういう意味で昼夜なんて奇天烈な名前を付けられたんじゃないの?」
更にこずえは続ける。
「それとも物部君が生まれた時間が昼だかも夜だかもよく分からない、壁時計の掛けられた窓もない部屋でひっそりと、長針と短針がゼロを指す時間に生まれたから昼夜って名前になったんじゃないの? まあこの場合物部君にそれほど落ち度はないけど、変わりにバカを確定されちゃうのは残念な事にご両親だよね。言うに事書いて昼夜って……ねえ?」
「ねえじゃないだろ」
人の名前で遊ぶのはやめろと、昼夜はこの年になって忠告しなければならない悲しさ満点の指摘をそのまま口に出そうか迷った。しかしそれも束の間である。
「お陰で私が物部君の事を昼夜君って呼ぶのにも躊躇いが生まれちゃったし」
「残念だよ!」
思わず声を荒げた昼夜自身であったが、それを自身で咎める気にはなれなかった。
「俺はてっきり自分との距離を置きたいとか、いじめられているにも関わらず俺が助けてくれないから軽蔑の意味を込めて他人行儀みたいな呼び方をしてると思ってたのに、しかもそれでかなりセンチメンタルな気分になってたっていうのに、お前それは残念過ぎるだろ」
ちなみに言えば昼夜がこずえの事を千駄木と呼ぶようになったのも同時期であり、そして地味にこずえから物部君と言われた後からだったりもする。
「別にそれは関係ないよ」
こずえはあっけらかんといった。
「ただ物部君の名前が私自身、なんて恥ずかしい名前なんだろう、って思ってたからもうそう呼ぶのやめちゃおうって思っただけ。もし物部君の名前が他の名前だったら今でも普通に下の名前で呼んでたし」
どうなんだそれ
昼夜が少しというよりも、事の他大きな心因的外傷を刻み付けれている隣りで卓都もそれに同調していた。
「でも確かにそうだよな。昼夜の名前って、実際字に書いてみたらわかるけど、かなりダッサいよな」
「お前が言うな」
タクトとか音読みされる指揮者を連想させる純日本人の名前の持ち主にそのような事を言われるとは心外だった。というより、
「いい加減いいかしら?」
ここでヤヨイがイラつきながら再加入してくる、
「その名前にまつわるくだらないくだり、いい加減控えてもらえないかしら。よくもあなた達大したプランも考えて来ないくせにダラダラ喋れるわね。どういう神経してる訳? もうちょっと慎み深さとか学んだ方がいいわよ。もっとも、これから死んでしまうこずえに慎み深さなんて学ばせても何の意味もないんだろうけどね」
ヤヨイは恐らくその言葉をブラックジョークか何かのつもりで言ったのだろう。微妙にほくそ笑んだその様子から見て取れるのは少しばかり昼夜達の談笑に混じりたいと言う少女らしい感情の発露でもあった。
しかしそのブラックジョークをブラックジョークの領域として受け取るには昼夜は真面目過ぎたし、卓都はそもそもヤヨイとジョークを言いあう仲ではなかった。そして、ネタにされた当の本人、千駄木こずえはそれをブラックジョークと取らず確かにその通りの真実だね、と納得しその場が収まるのであった。
結果生まれたのは最終的にヤヨイのプラン発表の展開だった。
予期しなかった話しの展開にヤヨイは幾ばくかの逡巡を覚えていたが、恐らく昼夜達を冗談の通じないヤツと認識する事によって己のプライドを守ったのだろう。
彼女はスベッたという自己認識の欠片もない表情をしながら、遂に来たとばかりに口を開くのだった。
「お待ちかねという所かしら」
昼夜はふとこう思っていた。
何故彼女はこんな性格になってしまったんだろうと。
以前のヤヨイは生真面目の権化としかその特徴を周囲に霧散させていなかった筈なのだが、今ではそれが形をひそめて自意識過剰な女という見事なキャラ特性が彼女の背景に馴染んでしまっている。
彼女をこのように変えてしまった物とは何なのだろう?
と昼夜は一しきり思うのだが答えなど簡単だった。そう、容姿、なのである。
男だったら通り過ぎざまに必ずや振り返ってしまうだろう程に綺麗と思わせるその容姿が、ヤヨイを変えたのだろう。外見と内面は関係ないと、よく美談を持って通説の如く披露されるが、それはもはや通説ではなくむしろ痛説でしかない。
外見と内面は、比例しているのだ。外見が変化すれば内面もそれに伴い自信、或いは劣等感、を生みださせその人間の人格を形成する一つの要因へと変化していく。それがヤヨイの変化でもあり、彼女の純然たる進化なのかもしれなかった。
もっとも、
昼夜は思い返す。
こずえが言う人間は本質的に変わる事が出来ないというその言い分にも理解出来る節があった。何故なら、ブラックジョーク等を飛ばして生真面目さを霧散させてしまった感のあるヤヨイではあるけど、実際宿題を誰もしっかりとやってこないこの状況で一人、その事に対して憤り、真面目に課題に取り組んでいたのは他ならぬヤヨイなのだ。生真面目の権化として恐れられたヤヨイがいなくなってしまった訳ではない。それは形をひそめたのだ。ひそめただけで、しっかりとヤヨイの核となる部分に定着して基盤を持っている。ただヤヨイは成長しただけなのだ。その性質をどこで披露するか、発揮するかを、この五年で学びとり、そして今があるのだ。
そう思いながらヤヨイを見つめていた昼夜の、五年間という時の流れに雄大さを覚えている横でヤヨイは自説の発表に入った。
「まず最初に私達がしなくてはいけない事は……」
そこから始まったのは、それ本当に実際実現可能なのか? という疑問をまず前提に持たなくてはならない厄介この上無いプランの発表だった。
しかしこの前段階における厄介さが後に神隠し計画を完璧な痕跡残さず成立させる要因となると言うヤヨイの自信全開な発言に、昼夜は改めてその内容を自分の中で順序立て、整理してみる事にした。
①殺害の現場を確保する
これはこずえを殺害する現場を確実に、他の者に晒されないよう保存しておくという旨を持った意味の言葉である。つまりこずえを殺害する時、そして殺害した後、確実に他人の目に触れられない、昼夜達が専用に持つ事の出来るスペースを確保するという意味である。
②殺害方法は現場に痕跡を残さず実施する事の出来る、絞殺をメインとして考える
これはつまり昼夜達が専用とする殺害現場に、殺人をほのめかす痕跡(血液等)を残さない事を前提とした殺害方法を選択するという事である。この場合現場に痕跡が残らずとも、こずえの死体に絞殺の痕が残るという事実が浮かび上がるが、実際死体に痕跡一つ残さず殺人を犯すという方法が昼夜達には分からない為絞殺という手法をし方がなく取る事となる。尚、その仕方がなく実施する殺害方法についてのリカバリーは次項にて帳消しとなる。その詳細については次に記載する。
③殺害後の死体はチェーンソー等の切断器具をもちいバラバラにした後焼却する。
これは死体発見の際、絞殺された事による殺人の疑いを少しでも軽減させなおかつ、死体事体を隠匿する為に必要な事項である。
④万が一、警察に死体を発見され自分達に疑いが掛けられた時の為にアリバイを用意しておく。
つまりこれは昼夜達が直接手を下すのではなく、こずえを殺害する装置をあらかじめ作成しておき、昼夜達が学校に行っている間など、確実にアリバイがアリバイとして成立する時間に自動的にこずえを殺害する仕組みを作っておくと言う事である。
以上がヤヨイの掲げた具体的プランを実行する為に原則五箇条であり、そして次がその五箇条を原則として立案された具体的プランの内容だった。
現在まだ使用されていない残りの守隠し計画運営費用、八十万強を使い1Kのアパートを一室借りる。
そしてそれと同時に殺害に必要な物品、絞殺用の縄と椅子、カーテン、そして大量の座布団にスポーツ選手が使うチューブトレーニング用のゴムを購入し殺害装置を作成する。
殺害の装置は1Kの部屋の中央に座布団を積み重ねその上に椅子を置き睡眠薬を服用したこずえがそこに座る。そして首には絞殺用の縄を首吊りと同系の形にし首を通し天井からつるした状態にしておく。
足場が不安定な状態の中、少しでもバランスが崩れれば積み上げられた座布団と椅子は崩壊し重力がこずえに襲いかかりその自重を持って縄により吊るしあげられる形となる。
もっとも、自ら自分を殺す方法を望んでいないこずえの希望に沿う為には、睡眠薬を服用して自らバランスを崩し死に至る事は不満足。という事でチューブトレーニング用のゴムが登場する。
チューブトレーニング用のゴムは厚さ二センチ程のゴムを輪にしたような形でその長さは三メートル程である。それを一部分切断し長さ六メートル程のゴムへと改造し両端の先端に輪っかを作る。一方の輪っかはアパートドアにある郵便受けのポストに。接着剤や粘着テープを使用し固定する。そしてもう一方の輪っかのついた先端はドアから向かって積み上げられた座布団の裏を通すようにその背後へ回してアパートドアのノブへとひっかける。また座布団の裏を通し、その積み上げられた座布団に接地したゴム面にはラバー製の、幅広な添え木を当てておく。
そして昼夜達が学校で授業を受けている時、事前に依頼しておいいたデリバリー訪問者(事前に時間を指定しておく)がドアを開けようとする。もちろんこの際ドアは開かない。動くのはドアノブだけでチェーンロックが掛けられている事から中の様子は見る事が出来ない。しかしドアノブが動いた事によって作動するのが殺人装置である。部屋の内側のノブにひっかけたゴムの輪っかがズレによって移動しその引力によって座布団を経由しドアポストへと戻ろうとする。
もちろんその時に起動するのが座布団に設置されたゴムの添え木である。幅広なそのラバー製の添え木がゴムの力によってドアポストへと引っ張られその高く積まれた塔が倒壊し、上にあった椅子、そしてそれに座っていたこずえが重力によって引っ張られると同時に垂直落下の途上で縄に首を締めあげられる。
そして誰の邪魔も入る事のない自室でこずえは絶命する。
「これが私のプランなんだけど、みんなどう思う?」
どうもこうもなかった。
素直に昼夜はそれが実現出来る物なのか疑わしいと実際思っていたし、隣りにいる卓都も同様の意見だったのだろう。昼夜と同じ表情をしながら紡ぎだす言葉を見つけられずにいた。しかし対照的だったのはこずえだった。
「いいじゃん、それ」
とても自分が殺されるアイデアを今し方出された人間とは思えないような言動に昼夜自身彼女のらしさという物を感じずにはいられないのだったがそれでも、腑に落ちない事があった。
「いいじゃんそれってお前」
昼夜はたまらず口を挟んでしまう。
「お前ホントにそれでいいのかよ?」
当然ヤヨイから向けられるのは逆風の視線だったが、構わず昼夜は続ける。
「それは、だって結局最終的には自分一人で死ぬって状況を作りあげるんだろ? それってお前の言う自殺は嫌だっていうのに反してないか?」
「ううん」
しかしこずえは首を真横に振って昼夜の意見を伐採した。
「それは違うよ。だってその殺害の装置を設置している以上、そこにあるのは物部君達の殺意だもん。装置とかなんとか、別の言葉に置き換えてはいるけど結局そこの根本にあるのは物部君達が私を殺す為に悩んで、苦心してくれたっていう結晶みたいな物じゃない。だからそれは自殺じゃない。物部君達に殺されるの」
改めて言葉にされてみるととてつもなくイカれた感性を持っているなと、こずえという少女の人間性を疑いたくなるようなやりとりが行われていた訳ではあるが、それでもやはり、と思わざるを得ない事柄も幾つかあった。
「それにしても」
昼夜が口を濁すその正面で、自分の立てたプランに二つ返事が返ってこない事に当然苛立ちを覚えたのだろう。ヤヨイは昼夜に挑戦的な視線をぶつけながら言ってくるのだった。
「それにしてもっていうのはどういう事? まさかこのプランに欠陥があるとでも言いたい訳?」
別に欠陥がある訳ではないと、昼夜はそう思った。しかしだ、しかしである。
「つーかホントに成功すんのかよ」
と、ここで昼夜の代弁者として適任である卓都が何もかもをお構いなしに口を開いていた。当然その言葉にヤヨイが反応しない訳もなく、みけんに深く皺が刻まれる。
「成功? なにを言ってるのあなたは。失敗などする訳ないじゃない。さっきの話しを聞いて無かったの? 一体どこに失敗する要素が見当たるっていうの?」
「いやだからさ」
卓都はヤヨイをしっかり見据えて言い放つ。
「オレが言いたいのはその計画、途中でアクシデントにでも見舞われたら即終了だろって事だよ。人を殺すってのに不測の事態に備えての対応がなんら立てられてねーじゃん。もし何かあった場合はどうすんだよ?」
「だから言ったじゃない」
ヤヨイは頑として引く事を知らない弁護士のように口を動かし続ける。
「そのアクシデントを防ぐためにわざわざ私達専用のスペースを、つまりアパートを一室借りるって。それでもう充分アクシデントが起きる要素は排他していると思うけど、密室にしたその中で一体何のアクシデントが起きるって言うの? 失敗はあり得ないわ。あり得るのは成功だけよ」
どことなく昼夜は二人のやりとりを見ていると、何故か今行われているプランの話しあいとは別に、何か他の部分を以ってして相手に負けたくないと根から思っているかのような、そんな目には見えないプライドのぶつけ合いがそこには宿っているような気がした。そしてそんな二人のやりとりを面白そうに見守っているこずえの顔も、どこか気になった。
「だからオレが言いたいのそういう事じゃねーんだって」
とここで卓都が呆れたように、というか改めて前提を正すように言葉を綴った。
「確かにこの計画なら高い確率でこずえを殺す事が出来るかもしれね―けどさ、それでも百パーセントの成功を保証する事は出来ないんだよ。つーかオレが言いたいのは失敗するかもしれねーって事じゃなくて中途半端に成功するかもしれないその可能性が一番厄介だって言ってんだ」
「中途半端に……成功?」
「そうだよ」
かつての博士を思わせるかのようなその歯切れの良いセリフにヤヨイは若干後退しつつあった。そして卓都は続ける。
「つまりオレ達がやろうとしている事は完全犯罪なんだろ? だったら誰にもその事実を知られちゃいけない筈だ。人が人を殺すんだ。どんなに用心するにしたってし過ぎる事はない。確かにアリバイ工作は重要だとは思うけどよ、肝心の殺人現場に誰一人殺人者を置かないのは明らかに判断ミスだろ。誰も見てない所で殺人が行われるのはハッキリ言って当の計画者にしたって得策じゃないと思うぜ。完全犯罪をするにはその当事者である犯人が犯罪の一部始終に関与して漏れがないかをチェックしなくちゃいけないのに、肝心の殺害の現場に犯人がいないんじゃそこに信頼性は皆無だろ」
「信頼性?」
とここでヤヨイが復活を遂げる。
「あなた一体何の話しをしているの? その信頼性って言葉は一体どこから出て来た訳? 私達は一体誰に対してその信頼性を勝ち得ようとしているというの?」
「なに言ってんだよ」
だが卓都もヤヨイの反論に負けてなどいられないと言った感じで、まるでテンポとリズムだけで漫才を成立させる若手芸人のような勢いで言葉を返していた。
「オレ達に対してのに決まってるじゃねーか」
正直その言葉にどのような意味が込められていたのか昼夜自身よく分からなかったのだが、それでもヤヨイにしてみたら余計に反論の意思を強める事の出来る言葉だったのだろう。
「なにか随分と抽象的な話しあいになりつつあるみたいだけど、小空、あなたやっぱ辞典を片手に持ってないとダメみたいね。あなたのセリフどこかの安いドラマにでも出て来そうだもの」
「ふざけんな」
卓都が唸る。
「オレのセリフが安いんだったらお前の考えたプランは素人が考えた推理小説の劣化板プロットじゃねーか。なにが密室だっつーの。お前実はバカなんんじゃねーの?」
「そっちこそふざけるな、よ。バカはあなたでしょ? なによ頭なんか金色に染めて、似会ってるとでも思ってる訳? 気持ち悪い。アジア人なら黒髪で通し無いさいよ。眉毛だけ真っ黒で気持ち悪いわよ」
「気持ち悪さの度合いで言ったら見ず知らずのオヤジに股開いてるお前に負けるけどな」
「はあ?」
「あ?」
おいおい。
昼夜はため息をつく。バカはお前達二人だと。そして存分に二人のやりとりを楽しんだ感のあるこずえが口を差し挟んだ。
「じゃあこうしようよ」
それは二人のくだらない口論を終結させる為には願っても無い提案だった。卓都の意見を取り入れつつ、ヤヨイのプランをないがしろにしない、シンプルながらも最良の方法がこずえの口から発せられた。
「カメラを設置して私が死ぬ所を一部始終録画しておけばいいよ」
殺害される当事者から出た言葉に迫力がない訳がなかった。
自家製スナッフフィルムの作成を自ら提案したこずえの言葉に、さすがの卓都とヤヨイもヒートアップさせていた口を自らたしなめるように閉ざしていた。対照的にこずえは淡々と、特に思う所もなく加える。
「まあ博士の言う所の殺害者を現場に置くって言うのとは少し違うけど、でもビデオで現場を録画しておけばなにが起きたのか把握は出来るでしょ? それにこれならヤヨイのちゃんの言うアリバイもちゃんと立証できるしね。第一あれだけの殺人装置を考えておきながら犯人が現場にいたらそれこそあの装置の意味がないもんね。犯人が首締めれば良いだけの話しになっちゃうし。だから折衷型っていう事でいいんじゃない? お互いそれなりに間違った事いってないし」
確かに、と昼夜は率直に思った。卓都とヤヨイ、互いに言ってる事は一理あるしどっちがどっちでもそれなりに成功はしそうだった。そしてこずえのバランスを取った結論の出し方も納得の出来る物だった。しかし、一つだけ昼夜には懸念があった。
「でも」
昼夜はせっかくまとまりかけた、こずえの有無を言わさない雰囲気が漂う中で不安を口にしていた。
「映像を記録しておくって、かなり不味くないか?」
それは昼夜が最初から考えていたプランに反する、確たる証拠を残してしまう計画に他ならなかった。犯罪は手が込めば込む程証拠が残るというその性質から言えば、殺人の装置を作る時点でかなりの証拠処理能力が必要とされるのに、加えて映像記録が残るとなると更に取りこぼしが起きた際のリスクが高くなるような気がした。
なにがきっかけで殺人が事件として認知され犯罪と立証されるのか、高校生の昼夜にしてみればそんな事は分からなかったが、しかしそれはほんの些細な事からなのだろうという確たる自覚もあった。だがこずえはあっけらかんと言うのだった。
「大丈夫だよ」
まるで全てを悟りきった、死を直前にしたガン患者のように。
「私の死体が回収されるまでドアが開けられる事はないし、そもそもアクシデントが起きない為に借りる部屋なんだから、ビデオが証拠として流出する可能性は無いよ。もちろんこれは物部君達がビデオを見た直後、すぐに破棄する事が前提の上での話しだけどね」
ビデオを見た直後。
その言葉に不気味な生生しさが込められていたのは昼夜を含め、他の二人も肌で感じ取った感覚に違いなかった。
うずたかく積まれた座布団の上に椅子を置きその上に座るこずえ。ドアノブが動いた衝撃でチューブ型のゴムが外れ座布団を崩しそのまま首を支点に宙ずりにされるこずえ。
いくら睡眠薬を服用しているといっても窒息死が苦しくない訳なく、その表情は苦しみに歪むだろう。いくら死を望もうと、死と言う物がこずえにとって救いの道であろうとも、救済へと至るその通り道にあるのは身体的苦痛だ。
自分達が仕掛けた装置で人が、しかも千駄木こずえが死ぬシーンを映像を通してみる事になる昼夜達がその光景を想像しゾッとしない訳がなかった。卓都自身自分が何故このような発言をしてしまったのだろうと、その浅はかな発言に珍しくもうつむきかけていた。
しかしそんな昼夜達三人を余所に、こずえは嬉々として言うのだった。
「じゃあまずは部屋探しからだね」
それは死と言う物に対して何ら恐怖を抱いていないどころか、そもそもその概念こそが自分にとって必要な境地であるという事を悟りきった者にしか出来ない表情だった。




