2・7
「なんで俺がここにいるのかだって?」
落とし穴へと落下した小空卓都を救出した昼夜達が向かったのはどこか落ち着いて話しが出来る場所だった。当然昼夜を含む三人の高校生が夜間に山をうろつく不審人物に対し、少なくとも慈悲に満ちた言葉は誰ひとりとしてかける事はなかった。もっともこずえにしてみればそれは予測の範囲内であったかのようでもあり、少なくともブービートラップに引っかかったままの卓都を放っておくような事はしなかった。昼夜とヤヨイが一歩も動けずにただ穴の底から引きずり出されるその光景を余所に、こずえは卓都の手を掴んでいた。
その横で、たまらず昼夜は質問していた。
「お前なんでこんな所にいるんだよ?」
そして卓都は答えるのだった。
「なんで俺がここにいるのかだって?」
まるで出来の悪い伏線の回収をやっとの事で終了させた一登場人物のように。
「一年前の手紙忘れたのかよ? そこら辺うろついてるって言っただろ」
卓都のそこら辺がこんな山の中にまで該当してしまう事をとてつもなく残念な気持ちに思いながら昼夜達は下山し、そして三星山周辺にある、視界に入ったファミリーレストランへと掛け込み、ボックス席へと座るのだった。
当然穴に腰から下までつかった卓都が土と泥にまみれどこかで一戦を交えて来たかのような雰囲気になっているのは致し方の無い事だと昼夜は目をつぶっていたが、ヤヨイはどうやら汚らしい物に免疫が無くなってしまったらしく卓都の事を直視しようともせず目を伏せていた。
昼夜が率直に感じ取れる空気の悪さを、分解する事の出来るキャラクターのいないボックス席で、そんな中でもまるでそれらの空気を一切無視した形でこずえが口を開くのだった。
「じゃあ単刀直入にいこっか」
各自頼んだドリンクバーにカラフルな色の飲料水が注がれている中で、対照的に卓都だけが水をあてがわれているその光景を見ればその単刀直入と言う言葉の後に出てくる質問の内容も簡単に推考が出来ると言う物だった。
「なんで私達の邪魔をした?」
頬笑みながらもきつい口調で詰問をするこずえではあったが、卓都も負けてはいなかった。というより卓都こそ何が何だか分からないと言う風に切り返しをしてくる。
「なにがなんだかサッパリなんだけど誰からの説明もねーのかよ」
しらを切ったつもりなのか、それともただ単純にあの場所を通りかかっただけなのか、実際の所はよく分からないのが昼夜達の見解だった。しかしあの、三星山と呼ばれる地元でも何のスポットとして機能していないただの山に、一人の少年があんな所を、こんな時間に通りかかるだろうかと、それこそ不自然過ぎる疑問が昼夜の脳裏に過ぎるのだったが、そんな昼夜の心理を読みとってか、彼は再び言うのだった。
「だからそこら辺をブラブラしてただけだっつうの」
「いやそこら辺をブラブラって」
昼夜は溜まらず口を突いて出た言葉に、それこそ面白味を感じてしまう程におかしさを感じる。
「お前、ブラブラってのはどういう時に使う言葉かしらない訳じゃないよな?」
「あ?」
卓都が鋭い視線を昼夜に投げかけて来た。しかし動じない。彼が過去、小学生時代に何と呼ばれていたかを知っていればこその対応がしっかりと昼夜には出来ていた。
「お前一体なにがしたいんだよ」
昼夜の吐き捨てるような言葉に卓都は当たり前のように言い放った。
「だから一年前の手紙に書いてあっただろ」
「だから一年前の手紙の内容なんか覚えてないっつーの」
それでも卓都は構わず続けていた。
「地域密着型土着タイプのヤンキーよろしくその辺をブラブラしてるから見かけた時は声掛けろよな、ってそう書いてあった筈だと思うが、まさかこんな形で挨拶されるなんて思ってもみなかったぜ」
「それはこっちのセリフだ」
まさか一年ぶりの旧友の登場が腰から下を地中に埋めた形で再会するとは夢にも思っていなかった昼夜が矢継ぎ早に口を開く。
「というか卓都、さっきから質問してるけどお前何がしたいんだよ? 確かにブラブラするのは勝手だけど、なんであんな所一人でブラブラしてるんだよ? ブラブラするにもそれなりに常識の範囲内ってものがあるだろ。お前のはブラブラというよりも、もう既にブランブランなんだよ。なんだよブラブラするって。なんで山なんだよ。しかも何でこんな時間なんだよ。暗くて何も見えないじゃないか」
昼夜が抱える文句は恐らくこれを百倍にしても足りない位のエネルギーをそこに充填していたのだろうが、しかし言いたい事は一つだけだった。
ブラブラし過ぎだろ
ただそれだけの事だった。しかし卓都はそんな昼夜の意思を無視するかのように返す。
「いや、普通にヤンキーは夜にブラブラするもんだろ」
なんだか色々な意味で痛さを感じさせる言葉だな、と昼夜は変わり果てたかつて博士と呼称されていた旧友を見ながらため息をつくのだった。
というより、一年前とどこかキャラが変わってないか?
「まあ無駄話はとりあえずそこら辺に置いておくとして」
とここでこずえが滑り込みを果たしてくる。
「とりあえず確認しておきたいんだけど、なんで私達の邪魔をしたの? あそこに掘ってあった穴を埋めていたのは博士でしょ? それはどういう訳なのかな?」
「おいおい」
とここで再び卓都が当惑する。
「なんだよお前達の邪魔って。オレには何の事だかサッパリ、つーかヤヨイ、なんでお前ここにいるんだよ?」
卓都登場から一言も発していなかったヤヨイへとピンスポットが当たった瞬間だった。彼女はストローでひたすらかき混ぜていたアイスコーヒーから視線を外すとその鋭く尖った瞳を卓都へとぶつけ、言い放った。
「ドロップアウターの言葉に耳を貸すつもりはないわ」
その場の空気が凍りつく錯覚を覚えたのはもちろん、この場にいる昼夜だけだった。しかしそんな昼夜の凍りついた背筋にトンカチを振り下ろすかのようにヤヨイは続けていた。
「超有名私立中学へと入学した小空卓都は新たなステージへと昇りつめた事によって己の能力の限界を知った。そしてその劣等的と言ってもよかった容姿からいじめと称される虐待を受け中学を卒業し高校へは行かず日々ブラブラと夜の町、いえ山を徘徊する毎日。親が医者のブルジョワな家庭階級としては最低辺に位置する自らの資質すら劣等と決め込んで逃走を続けるこの」
ヤヨイは再びコーヒーに目を落としながら言った。
「偽物が」
ヤヨイの言葉が残酷に響き渡った。ここで丁度よくこずえがマイペースな発言でもしてくれれば大いに助かるのに、と昼夜はひたすらそう願うのだったが希望が願いとして叶う事はなかった。結果として生まれたのは奇妙な言葉のやりとりだった。
「偽物か」
激怒を超えて憤怒の表情を見せるのではないかと思った昼夜だったが、思いの外冷静なその卓都の口調に衝撃を受けながらも、ヤヨイと卓都、互いが互いに相手を貶し合う事を前提に会話をしている事は明らかだった。
「ヤヨイは偽物が嫌いなのか?」
「嫌いよ」
「なんでだよ?」
「自分が本物じゃないから」
偽物と本物。どうにも物理的に区別する事の出来ない抽象的な概念が飛び交う一歩手前だった。
「まあ私の持論を言えば偽物だとか本物だとかそんなのは実際関係なんだけど、ただ一言言えるとしたら私は中途半端な奴と、自分という物を持っていない奴が嫌いなの。いじめられたからと言ってワザとらしく中学二年デビューを果たしてみたり、自分の限界が見えたからとか言って、格好つけてそれ以外に道は無いみたいに勘違いして高校にもいかない奴とか、私は大嫌い」
「おいおい、お前の価値観はどんだけ前時代なんだよ。未だに学歴至高だとか思ってるのかよ?」
卓都が鼻で笑うように言った。しかしヤヨイは嘲る事なく言う。
「思ってるわ」
それは彼女の断固たる決意が垣間見る事が出来る意思、というより価値観の表れだった。
「なにか勘違いをしているみたいだけど学歴とは知性の高さを露わす物ではなく目標に向けてどれだけ辛い事を耐える事が出来るのかを露わす、忍耐歴と言ってもいい位に分かりやすいその人の一番分かりやすいパラメータなのよ。或いは目標実現力と言ってもいいのかもしれないけど、私から言わせればやっぱり忍耐歴ね。どれだけ努力して来たか、どれだけ頑張ってきたか、どれだけ他の物を犠牲にしてきたかを分かりやすく指標にしたもの。それが学歴なのよ」
なんとなく昼夜自身、それは分からなくない言葉だと素直に思った。自分が現在通っている進学校に入学する為に必要とした努力、遊ぶ事を犠牲にして割いた時間。そのどれもが昼夜にしてみたら目標の為に忍耐として換言する事の出来る一つの熟語のようにも思えた。そしてその理屈が卓都に分からない訳がないのも、昼夜は知っていた。
「忍耐ねえ」
だが卓都はかつて見せていたその素直そうな眼差しを穿った物へと変化させていた。訝しむような目、疑問を抱かずにはいられない瞳、言葉の真実とは全く関係のない部分で相手に屈辱を遇わせてやりたいと思う瞳孔、それら全てが混ざり合った視線をヤヨイへと向け、そしてこずえへと投射していた。
「なあこずえ」
卓都は言う。
「お前今の話しどう思う?」
虎の皮を借りる狐を連想させる行為に他ならなかった。瞬間的にヤヨイの視線が更に険しくなり、わなわなと身体を振るわせ始めた。
「そんなんだから……」
それは怒り、というよりも憎しみと表現した方が適切なのではないかと思えるほどの悶えで、全身が痙攣を起こしたかのようにヤヨイの身体は震えていた。
「そんなんだからあなたは……だから……私が……」
「…………?」
昼夜はヤヨイの言葉に不可解な印象を感じた。まるでそこにあるヤヨイから発せられた雰囲気が何故か今までとは毛色の違った物へと変化している事に、そしてそれが卓都へと向けられている事に違和感を覚えていた。しかし……
「あの、取り込み中の所悪いんだけどさ」
とここでこずえが介入を果たしてきた。当然その事によって我が意をえたと思ったのは卓都だろう。彼は自分の味方が登場したかのようにその目を輝かせてこずえの意見をまつのだったが、しかし、こずえが卓都の思惑通り言葉を紡ぐ事はなかった。
「そんな話しはどうでもいいから。っていうかいくら博士がしらを切ろうが関係ないし。誰が何と言おうと犯人は博士で決定だから」
一切何も見えてこない不透明な話しの矛先に憎しみの表情を浮かべていたヤヨイの顔に自制の色が灯る。対照的に卓都の表情に灯ったのはまるで打ち合わせと違う事を急遽言われたバラエティ番組の芸人のような顔をしながら唾を撒き散らした。
「おいこずえ、お前さっきから全然――」
「これが正解だから」
こずえが断固とした声で言いきった。それはまるで今後の話しあいには何の意味もありませんよ、それはただの雑談に過ぎませんといった感じのニュアンスすら思わせる、この場にいる全ての人間の言葉を否定した物だった。
「誰が何と言おうと犯人は博士。それがこの場での正解なの。今後における布石にもなるし、四人がそれぞれ目標、或いは幸せになる為の決定事項。それが博士が犯人という事実」
…………一体こいつは何を言ってるんだ?
事情が全く理解できない昼夜が怪訝な表情はおろか、そもそもこの女は本当に頭が大丈夫なのだろうかとさえ思えるほどの不安に満ち溢れた表情をしていた訳だが、それもその表情も最もだと感じ、それに追随してくれるものが後二人いると思っているからこそ現れた物だったのかもしれない。だからこそ、臆面もなく千駄木こずえという人物に対してそのような視線が送れたのかもしれない。しかし実際は違っていた。
「…………」
沈黙。納得のいく展開が、要素が一つも見当たらない状況の中で、卓都は黙り、そしてヤヨイは憎しみを自制していた。二人共にそこから読み取れる表情は妥協である。
そしてその妥協がどこから生まれているのか、何と比較して存在しているのか、何を対象として既存しているのか、昼夜には分からなかった。だからこそ生まれた一つの疑問が昼夜の中で誕生した。
「おい千駄木」
それはこずえの言葉に黙った二人の様子を見れば明らかに分かる事だった。
「お前、俺に何か隠してるだろ」
そしてその問いにこずえは簡単に頷くのだった。
「隠してるよ」
まるで自分の発言する全ての言葉が正解みたいな言い方で。
「でも教えない」
彼女は満面の笑みで言うのだった。
「だってこれは、私にとっては、物部君の復讐を完遂させる為の物だもん。それで、物部君には自分を許す為の材料になる重要な事だもん」
「私……にとって(・・・)は?」
その言葉に昼夜が反応したのも言うまでもない。
「おいそれはどういう事だよ? じゃあ卓都と深澤にとってっていうのは――」
「それはプライベートな事だから言えないよ」
「プライベートって――」
「ちなみに博士」
まるで昼夜の言葉など知ったこっちゃない感じのこずえが話しを遮り卓都を名指しした。しかしその先にあった卓都の表情に記されていたのは予想外でも何でもない、まるで演目通りの舞台を淡々とこなす演者のような印象がそこにはあった。
「私の頼みを聞いてほしいんだけど」
こずえの言葉が昼夜の中で輪唱した。
「……おい」
ふざけるな
昼夜はそう言おうとした。しかし出てくる言葉は一つもなく、ただの濁点としてうまれた呼吸の漏れカスにかぶされるのはこずえの言葉のみだった。
「私の守隠し計画を手伝ってほしいの」
既に予想外ではなくなってしまった想定外の現象の数々に昼夜は言葉を濁しつつそれを反芻するしかなかった。というより卓都がその誘いに常識人としての通常なる対応をしてくれるだろうと、そう思い、願っていた。
『いやそもそも神隠し計画ってなんだよ』
と昼夜の中の卓都はそう答えてくれるはずだった。しかし帰ってきた言葉に何らかの既成を感じてしまう昼夜にしてみればそれは想定外中の予感の範囲内だったのかもしれない。
「別にいいけど」
卓都があっさりと承諾し、こずえは笑顔で彼と握手をしていた。それを傍から無表情で見つめるヤヨイに、何故こんな事になってしまったのか全くと言っていいほどわからない物部昼夜。
「じゃあ博士。これからよろしくね」
嬉しそうなこずえの顔。予定通りといった卓都の表情。まるで何かしらの感情を押し殺しているかのようなヤヨイ。
四人にとっての幸せ、四人にとっての正解、復讐、自分を許す、ヤヨイの卓都に対する態度、突如現れた確実に犯人ですらない卓都、そしてそれを犯人と断定しそれが正解だというこずえ、まるで示し合わせたかのように黙った三人。そこにあるのは明らかな利害の一致。
そして卓都の守隠し計画への参加。詳細も知らないはずの彼が二つ返事で頷いた事による事前の情報のリーク。
「……なんだよこれ」
昼夜は周囲にいる三人の人間が恐ろしく思えた。まるで自分の知らない所で幾つもの物語が展開され、それが最終的に自分の下へと帰結してしまうのではないかと、そんな予感があるにも関わらず全くと言っていいほど事態が呑みこめず蚊帳の外にいる自分が、恐ろしくて恐ろしくてしょうがなかった。
「……なんなんだよ」
予定されていたかのような四人での会話。
これが何を物語っているのか、昼夜には全く理解する事が出来なかった。




