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2・6

 三日が経過していた。

八月の二十一日。月曜日。

昼夜とこずえとヤヨイは相変わらず三星山へと向かいただ黙々と天然の棺の完成へと勤しんでいた。穴の深さはいつのまにか一メートル程までに達し長方形サイズの人が一人すっぽりと入れ位の大きさにまで達していた。

進行は思いの外順調であと三日もすれば、一週間と経たず天然の土中棺が完成するのではないかと思えるほどにスムーズな作業が繰り返し行われていた。しかし翌日の四日目。

八月の二十二日。火曜日。

昼夜達三人が現場へと赴くとその先にあったのは些細な違和感だった。およそ百五十センチ程の深さにまで達していたはずの穴が何故か百センチ程の深さで底を打っており、周囲に置いてあるはずの掘り返した土を入れておいたバケツが幾つか倒れ、辺りにぶちまけれている状態だった。

得も言えぬ違和感が三人を、少なくとも昼夜を包んだのは当然の事ではあったがまだこの時はその事について深く考える事はしなかった。真夏の日差しが木漏れ日となって注ぐ山の中、辺り一面に跳び散らかった土をバケツの中に納める事から始まった作業が予想以上に手間取り八月二十二日の作業が結局の所対してはかどらなかったのは言うまでも無かった。

そして迎えた五日目。

八月の二十三日。水曜日

今にも雨が降り出しそうな曇り空の下、ジメジメとした陽気を鬱陶しく感じながら三星山へと辿りついた昼夜達を待っていたのは今までの労力をまるで無駄にされたかのようなそんな情景だった。

「なんだよこれ?」

昼夜が呟いた先に待っていたのは八月二十二日を最期に見た天然の棺ではなく、それはむしろ八月の二十一日に見た、まるで一昨日にタイムスリップをしてしまったのではないかと思わせるほどに底の浅い穴が昼夜達を迎えていた。

当然バケツに入っていた筈の土達は皆地面に広がっており周囲の土と同化していた。更にはリヤカーが一台忽然と姿を消し常に常備しておいたツルハシが近くの木に突き刺さっている始末である。

二日連続で起きた同様の現象に昼夜達が何かを思わない訳がなく、そしてこの五日間の努力を無駄にさせられたその風景から思う事は一つしか無かった。

「誰かに妨害されているみたいだね」

こずえがハッキリとそう言った。人為的とも言っていい穴の埋め立て作業に姿を消したリヤカー、そして木に突き立てられたツルハシは何度も何度も、幹にその先端部を振りおろしたかのように、まるでわざとそこにツルハシを突き立て昼夜達にこれが人為的な仕業であると分からせる為にそうしてあるかのようなその現場に、昼夜とヤヨイもその言葉に頷く他なかった。

「……なんでこんな事を」

昼夜は呟くように一人ごちた。三星山は決して登山目当てで観光客が来るような山では無い。

地方の田舎に行けばどこにでもあるただ存在しているだけの、整地すらされていないいわば学校の裏にあるただの近所の山である。

とても人が来るような所ではないし、ましてや地元の悪童どもがたまり場にするような場所でもない。それでは何故こんな事が……と、昼夜は頭を捻るのだったが、そんな昼夜を余所にヤヨイがふと口を開いた。

「そういえばこの山って、私有地なんだっけ?」

確かにそういえばという、そもそも大前提として捉えなくてはいけない疑問の登場に昼夜も思いついた。そして

「……あれ?」

首を捻りながら答える。

「どうだったったけ?」

実際の所よく分からなかった。そしてこずえに向けて疑問の視線を投げかけるが、

「さあ」

とこずえも肩をすくめていた。

「さあって」

ヤヨイは昼夜とこずえを咎めるように睨みつけ木の幹に突き刺さっているツルハシを引き抜きながら言った。

「そこはまず最初に確認しておくべき所じゃないの? もしここが私有地だったら私達のしている事は不法侵入以外の何物でもないじゃない。しかも不法に侵入してやっている事が穴掘りだなんて……」

「随分仲の良い三人組だなと思われたんだろうね」

「そうじゃないでしょ」

ヤヨイが突かれた風に突っ込む傍ら、しかしヤヨイだって、と昼夜も人事を言えない彼女の行動に口を出した。

「でも、それは深澤だって同じだろ」

昼夜の言葉にヤヨイは目を尖らせる。しかし昼夜は臆せず言った。

「そもそも山を選んだのは深澤だって一緒だったじゃないか。よくそんなんで俺達にだけ文句が言えるよな」

正直すぎる正論は時として会話を推し進めない事があり、またそれは同時に話題提供者からしてみれば希望した答えでないのが時としてある。そしてこの場合が実際にそうであり、ヤヨイがため息とともに漏らした疑問が結局の所は会話の中にある本懐だった。

「で? 結局どうなの? ここは私有地なの? それとも違うの? 或いは知らない訳?」

昼夜とヤヨイが同時に首を傾げ、更にヤヨイは深くため息をついた。当然そのため息に昼夜が苛立ちを覚えない訳がない。

「つーか何だよ。なんで私有地かどうかがこの問題に関係してくるんだよ」

荒らされた現場が意味する物は明らかに人為的な行為。しかもそこにあるのはワザとそれを知らしめるかのような、まるで脅しと似た手法を使用して昼夜達へと中止を迫る謎の人物。

「私有地だったら持ち主がいるでしょ」

ヤヨイはめんどくさそうに言った。

「だからこれをやったのはこの山の持ち主なんじゃないかって事。或いは金で雇われている管理者か。そうすれば納得いくじゃない。他人の山を勝手に荒らしている高校生達にその作業を中止させる為にやってるんだとしたら、納得がいくでしょ」

なるほど、と昼夜は思った。確かにそう考えるのは普通なのかもしれないと。しかしそれだけでは納得がいかない部分もある。

「でも多分私はこの山私有地じゃないと思うな」

とここでこずえがヤヨイの前言を撤回した。

「まあ私有地じゃないならなんなんだって言われれば分かんないけど、それこそ市有地なのか、それとも国有地なのか分からないけど、とにかく共有地だとは思うな」

当然その言葉にヤヨイは納得がいかない。

「なんでそうなる訳?」

それは自分の推論が外れである事を看破された偽物の迷探偵が如き振る舞いでもあった。

「もしこの山が共有地なんだとしたら私達がこんな事をされるいわれがないじゃない。しかもそもそもこんな誰も昇らないような山の中を散策して掘ってあった穴を埋めるなんて、それこそ通りすがりの人間がする行為じゃないわ。これは明らかにこの山に関連がある人間が行った行為で、その関係を検討するとするならば私有地としか断定する事が出来ないわ」

しかし、

と、こずえは落ち着いた口調で言った。

「でも、この現場を見て私が感じるのは、なんの権利を持ってない人が、後ろめたさを抱えながらあれやこれやの方法を駆使してなんとか立ち去ってもらいたいって言う、そう言った気持ちなんだよね」

「…………?」

こずえの不可解な言動に昼夜は言葉を付け足した。

「つまりこういう事だろ?」

それは解として導き出された答えへと続く式を穴埋め式に埋めて行く作業に近かった。

「もしここが本当に私有地なんだとしたら立て看板を置くなり、直接俺達を注意するなり、つまり所有者が所有者として俺達のこの行為を止めさせるのが普通だろって事だろ? でも実際は違う。かなり回りくどいやり方で、しかも直接的なアクションを避けつつ俺達に作業の中止を迫るような形を取ってきている。だから――」

「ここが公有地って事。加えて実際面と向かってそれを伝えられない何かしらの理由がある。そして犯人はここで作業をされたくないか、或いは」

一旦ここで間を区切ったこずえ。まるでその言葉に何か意味合いを持たせるかのように彼女は言った。

「この作業を遅らせる事に意味を見出しているか」

しかし昼夜にはその意味が分からなかった。こずえの言う前者が確かにその通りなのは道理が行くが、後者の意味がよく分からなかった。

作業を遅らせる事に意味がある、人間?

一体それが何を意味しているのか、昼夜には分からなかった。そして、ヤヨイは不機嫌さを醸し出し続けている。

「で? 結局どうすんのよ」

美麗と称されるべき女子の不機嫌顔に男子をおののかせる成分がふんだんに希有されているのは世の男共共通の認識であろう。当然昼夜もヤヨイの不機嫌な表情に祟り神めいた異怖心を覚える。

「こんなんじゃいつまでたっても終わらないじゃない。その犯人を何とかするか、それとも場所を変えるかしないと解決に――」

「簡単な事だよ」

こずえがヤヨイのことばを遮って、それこそ簡単に言い放った。まるで一たす一は二という幼稚園児でも出来るかのような計算を得意気に言うかのように。

「今日一日ここに張り込んでその犯人を捕まえれば良いんだよ」

単純すぎる答えだった。そしてそれは子供が描く絵空事のように、現実と空想を区別していない妄言のような印象が際立っていた。

「捕まえるってお前……」

昼夜が口を挟もうとする矢先、ヤヨイもそれに参加する。

「随分と簡単に言ってくれるけど、こずえ、あんたそれ本気で言ってる訳?」

その言葉にこずえは頷き、快活に言った。

「結構簡単だと思うよ」

そう言うとこずえはシャベルを片手に一メートル程ある穴を指さし説明し始めた。

「まず確実に言える事は犯人が私達の掘る穴の完成を阻止しようとして、それを目的にここへきてる事は百パーセントだよね。しかも来る時間は決まって夜。私達が確実に帰った時間を見計らって来てる」

こずえの説明に昼夜は首を傾げる。

「なんで夜ってわかるんだよ?」

「バケツ」

こずえは言い切った。

「二日間連続でバケツの中に入った土が辺りに散らかされていたけど、それは夜犯人の視界が利かなかったから。多分懐中電灯か何かを持って入るんだろうけど、それでもこんな山の中じゃ灯りは一切ないし、懐中電灯だけじゃ全ての障害物を避けて通るなんて無理だからね。つまり犯人がここに来ているのは夜。周囲にあるバケツが散乱している事がいい証拠って事だよ」

「いや、でも」

「なに?」

昼夜は若干躊躇いながらも口を開く。

「それは犯人が俺達に作業の中止を訴えたいからやってるんだろ? 無くなったリヤカーしかり、木に突き刺さったツルハシしかり」

「確かにリヤカーとツルハシはそういう意図があっての事だと思うけど、でもバケツは違うと思うよ」

「なんでだよ?」

「だってよく考えてみてよ。私達が掘り返した土の内半分はバケツに入れて整理して、もう半分はリヤカーを利用して離れた場所に土を移動させてるんだよ。それで二日連続でバケツの土が辺りにぶちまけれられてるって事は、穴を埋める作業にそれが使われたっていう事にはならない証拠になるでしょ。って事は犯人はわざわざリヤカーを使って、一人で穴を埋める作業をしていた。これは普通に考えれば非効率的だしそもそも目的が不明確過ぎて私の推測に穴ばっかりを落とすんだけど、でもこの推測を事実として仮定し話しを進めた場合、犯人が何故夜に来ているのかを立証する証拠にもなる」

昼夜は疑問だった。何故かこずえの話す犯人が、まるでこずえは知っているのではないかと、そんな風に思えたからだ。

「つまりあれか、犯人は作業を中止させるというよりも遅延させるという事を目的に犯行を行っている訳だから、効率の良いバケツの中にある土を使用しなかったって事か?」

とてつもなく適当な推理だった。というよりこれは推理では無いとも昼夜は思った。

こずえは何かを知っている。

そう抱かせずにはいられない、そんな説明だった。だがこずえは気にした様子もなく話しを続ける。

「まあそういう事だね。っていうか実際の所、辺りが暗過ぎてバケツのある場所がどこなのか分かんなかったのかもしれないけど。だから一か所に集められてるその土の山を見つけてそれを利用しようとしたんだろうけど、その途中で、まあ周囲が暗い訳だから色んな物に躓くよね。バケツとかさ」

それでバケツの散乱か……

そして、

「それが夜に来てるって証拠になるのか」

「その通り」

こずえは満面の笑みで頷いた。隣りでヤヨイは無愛想な顔を浮かべている。しかし……

「それが一体何になるっていうんだよ?」

そもそも話しの本懐は犯人をどう捕まえるかである。

「まさか三人で夜ここに来た犯人を闇打ちしようだなんて思ってるんじゃ……」

「違うよ」

こずえはそう言いながら、手に持ったシャベルを今現在掘られている穴の一メートル手前程で地面に突き立て、口を開いた。

「落とし穴を掘るの」

それもランランとした満面の笑みで。

「それも確実に落ちる千駄木印の特製落とし穴をね」

「落とし穴って」

昼夜は言う。

「そんな簡単に引っかからないだろ。ただでさえここに穴があるのは知ってるんだ。しかも夜の中だから自然とその穴に意識は行くだろうし――」

「だからだよ」

こずえは言う。

「犯人は私達が掘ったこの穴に意識を向かわせてる。二日連続で来てるからそれなりに場所も把握してるだろうし慣れもでてくるだろうね。だから犯人が通るであろう山の傾斜側の、私達が作った穴の更に一メートル前に掘っとけばいいんだよ。そうすれば夜闇プラス今までの穴の認識位置からして絶対に引っかかるから」

「でも」

昼夜は納得しかねた。確かに引っかかる可能性は高いだろうと。しかし落とし穴となると今まで掘って来た天然棺とはまた違った意味での創作活動となる。人を貶める為に作られるトラップがどれほど難しいかは作った事がなくともその難解さは知覚できた。

「大丈夫だよ。適当に一メートルくらい掘ればいいから。それに面積だって私達の穴程じゃない。直径八十センチくらいでいいよ。こんなのただの遊びだし」

「遊び?」

こずえの言葉に昼夜は耳を疑った。今現在、自分の推し進めている計画を前にこずえが何故そこまで余裕でいられるのか分からなかった。そしてもう一つ懸念もある。

「千駄木、お前そんな事いって今日犯人が来ない可能性だってあるだろ。二日連続で来たから三日連続もあるなんてそんな安直な――」

「大丈夫だよ」

相変わらずの断言だった。

「もし今日犯人が来なかったら私の中で誰が犯人なのか断定されるし。それに」

こずえは更に豪語した。

「もし今日犯人が来たとしてもそれはそれで、()に(・)、犯人が成立するからね。どっちにしろ今日待ち伏せはした方がいいって事」

相変わらずの理解し難い、それでいて何故か核心に迫るような発言に昼夜はモヤモヤ感を覚えながらも、その希望に付き合うしかないのだろうなという、諦めにも似た感情が彼を取り巻くのだった。

 そして始まった落とし穴の作成は思いの他順調に進んだ。三人で直径一メートル×五十センチ程の長方形の穴を掘り、一度下山しブルーシートと夕食用の食料品を購入しそれを穴の上に敷いて更にその上から土をかぶせる。真昼間に見ればなんて事は無い簡素な落とし穴の完成だがこれが夜闇の中であればその効力は絶大であり百パーセントの捕獲立を誇るブービートラップとなると、こずえは豪語しヤヨイはどことなく口数少なく、そして昼夜は暮れなずむ夕日を見ながらサンドイッチを頬張った。

夜に来る、とこずえは明らかに断言していたがそうは言っても夜は長く、そして夏とは言え冷え込む。夜の六時を回り始めた辺りから風が冷え込み始め日中にかいた汗を乾かすその冷風が昼夜の薄着に弱気と言う名の帰宅願望を抱かせない訳にはいかなかった。

「千駄木」

昼夜は自分が何故半袖短パンというとてつもなくラフな格好でこの場にいるのか、猛省をしながら口を開いた。

「これ、このままここで待つのか? いつ来るかもわからない犯人を相手に?」

現在昼夜達は穴のある位置から五メートル程離れた茂みの裏にいた。二枚購入しておいたブルーシートを敷き、傍らには飲み物類とスナック菓子、そして懐中電灯と張り込み準備万端といった感じのベストポジションで、まるで発掘現場を連想させるかのような守隠し計画進行現場を見ながらの待機だった。

「俺、結構寒いんだけど。ちょっとこのまま何時間もまつのは勘弁な気が……」

「大丈夫だって」

こずえは相も変わらず笑顔である。

「一時間、少なくとも二時間は待てば必ず来るから。それまでの辛抱」

だから何故お前にそんな事が分かるんだと、昼夜はそう口にしかけたがそのセリフを言うべき役割を担っているのは自分ではなくヤヨイなのではないかと、口を噤んで彼女の発言を待った。しかしヤヨイはもうかれこれ数時間、ずっとそうしているように曇りきった表情をしながら無言を貫いていた。

「……深澤?」

本来だったら冗談じゃないと、こんな不毛な事やってられるかと勢いよく立ち上がりもっと効率の良い方法を探そうとする筈の彼女だったが、しかしヤヨイは無言を保ったままである。

なにか考え事をしているかのような表情をしながら、茂みの向こう側にある昨日まで掘り続けていた穴を見つめ続けていた。

「深澤、お前どっか体調でも悪いのか?」

しかし昼夜の言葉にヤヨイは無言で首を横に振るだけである。と、横でこずえが今更ながに言う。

「まあトイレが近くにないのがネックだよね。最悪そこら辺で野ションするしかないし」

「女子高生が野ションとかいうな」

たまらず昼夜は突っ込んだ。そしてこずえも引っかかったとばかりに付け込んでくる。

「あれ、物部君はあんまりお下劣な会話はダメなんだっけ?」

「お下劣って」

昨今飛び交わないその前時代を匂わせる単語に昼夜は切り返しの主導権を握られたまま開口していた。

「別に、俺は夢を壊すなって言う意味で言ったんだよ。確かにそういう需要がない事もないとは知っているけど、俺は女子高生の口から野ションなんて単語は聞きたくない」

「へえ。じゃあ物部君は女子高生に対して何らかの夢を持っているって事なんだ。夢を壊すなって事はそうなんでしょ?」

「別にそこまで深読みして会話をしなくたって……」

「どんな夢?」

どんな夢って……

昼夜が当然戸惑わない訳がない。

「そんな将来の夢を聞く時みたいなキラキラした瞳をしながら聞いてくる質問じゃないだろ。それに俺が女子高生に抱いている夢なんてお前には関係な――」

「あ、わかった」

昼夜の話し等聞く気の無いこずえである。

「きっと毎朝学校いく時迎えに来てくれる幼馴染とかでしょ。白のハイソックスにツインテールで、別にただ通り道だったから毎朝寄ってるだけなんだからね、とかそういう事言いながらも結局毎日一緒に登下校して一緒にお弁当食べて、お互い赤面しながら罵り合う、そういうのが物部君の理想の女子高生像なんでしょ。ほんと分かりやすいって言うかステレオタイプだよね」

決してそれがステレオタイプでない事くらいはそう言った情報に疎い昼夜でもわかる事実だった。とういより、

「千駄木」

昼夜は言う。

「お前それどうなんだ」

非常に分かりやすいというか、さっきのセリフでこずえが何に萌えるのかを認識してしまった昼夜がそこはかとなく悲しい気分になるのだった。

しかしここで会話が終了しないのもそれはこずえの持つ特性の一つだった。

「っていうかいいよね、幼馴染って言葉」

「…………」

お前には実際、目の前に幼馴染と呼ばれる存在がいる事を知ってて発言しているのか? と昼夜は疑問を抱かずにはいられなかったが、恐らくこれはこずえ流の嫌がらせなのだろうと、そう認識するしかない昼夜がただ耳を傾けるしか他に道がない事は知っていた。

「だって幼馴染って、幼いころからの馴染みって意味でしょ。そりゃ心も以心伝心だよ。顔赤らめながら悪態ついたって可愛く見えるんだもん。ほんとラッキーな特性だよね。周りからみたらずるいと称されてもおかしくないよね」

ここにきてその周辺からのアプローチをかけられるとは思ってもみなかった昼夜である。何とも始末の悪い話題の展開っぷりに彼自身自虐的に話しを持っていくしか無かった。

「……そうだな。確かに以心伝心だよな。どっかの幼馴染とかとは違ってさ」

「ホントだよ」

こずえは我が意を得たりとばかりに、それこそ傲慢に話す。

「どっかの幼馴染は方割れがいじめられているのを知っているっていうのに知らんぷりだもんね。以心伝心どころか意思を疎通させる気力すら見られないよね」

「…………」

昼夜は改めて感じ取っていた。こずえの本質がサディスティックである事と同時に、この楽しげに思われる時間も全て、本懐は復讐にあるのだなと、そう感じ取っていた。

私の為に貴重な時間を割かせ最終的には一人の人間の人生を終わらせこれから続く数十年と続く長い一生を後悔と苦悩にまみれた人生にさせてやろうと、こずえは思っているのだろう。

それはやはり究極的に復讐で結果的に人の人生を滅茶苦茶にさせかねないある種直接的な暴力を振るわれるよりも遺恨を残しそうな残酷極まりない手法だった。それをこずえは何のためらいもなく実行し、しかもその実行に当の復讐の対象者である昼夜を選定し自ら復讐される道を歩ませている。実際狂っているとしかいいようのない状況だと昼夜は思った。誰も理解できない関係性が未だに続いている事に、いや、続いているどころか始まってしまった事に対して、それこそ異常さを感じ取るしかなかった。しかしそれは同時に、昼夜が自分自身にも言える事なのではないかと、そうも思えるように最近なっていた。

目をつぶっていたはずの現場に、途中から声をかけられたからと言って直視を始めたその事実に、何故そのまま目を逸らし続ける事を断行しなかったのか、昼夜自身、よく分からない心理現象ではあったが、これは恐らく他者からしてみれば理解し難い行動なのだろうと、そう思えた。

自分の幼馴染からの殺害依頼に手を貸す幼馴染。そしてそれ自体が自分にとっての復讐だと言われながらも手を緩める事のない幼馴染。

償い、とでも思っているのだろうか?

昼夜は自分自身に問う。そしてそれが欺瞞であると直ぐに気付く。

結局は自分が自分を許す為に材料を探しているだけに過ぎないのであはろうかと。こずえがいじめられているのを知りながら見て見ぬふりをした昼夜自身に宿っているのはそのチッポケなプライドを傷つけた小さなしこりだった。客観的に見て、昼夜は思っていた。

見て見ぬふりをする事が人間的にどういう風に捉えられるのか。

そして自分自身がそのどうしようもないレッテルの中に組み込まれ劣等者として自分を認識してしまうのが、それが嫌だった。

そして何よりその気持ちがこずえに対して罪だという感覚にすり替わって行くのが自分の小ささを露わしているようで嫌だった。

だからこそ昼夜はこの守隠し計画に参加していた。

昼夜が今後こずえの死を一生引きずりながら生きて行く事は彼自身、充分に承知していた。

しかしそれ以上に昼夜は自分で自分を許したかった。なにも出来なかった自分が、最期の最期にこずえから復讐される事によってその事から許されると言う、どうしようもない位に小さな事実が欲しかった。

一年前には気付けなかった自分自身の本心。付き合ってやるかと言っておきながら心の片隅に存在して蠢いていた醜い自己保身的な気持ち。それが今、一年たち、こずえと会話を続ける事によって見えて来た気がした。

そしてそんな醜い自分が、自分に復讐をたくらむこずえに対して助けを求めているという奇妙な事実に目がくらみながら、夜は更けて行った。

ふざけた会話が時の流れを急速に動かすように、自身の内面へと目を向けその思考を鏡面に映った本心と対話をさせる時間が緩慢と流れるように、時間は刻々と流れて行った。

いつの間にかセミの鳴き声も小さくなり何の虫だかよく分からない生物達の鳴き声が辺りを包む中、すっかり夜の闇が三星山を包んだ時の事だった。

まるで全ての世界が野と化し文明が崩れ去ってしまったのではないかと思わせるほどに深遠なる暗闇が山の木々達を席巻する中、明らかに虫達の音色とは違った異質な物音がその世界に響き渡った。

「来た」

こずえが小声で言い、隣りにいるヤヨイがピクリと、そこまで驚かなくてもいいのではないかと思えるほどに衝撃を露わにする。

しかしその受けた衝撃を何とか昼夜達へと隠そうとするヤヨイの動作がどこか間の抜けたピエロのようだと昼夜が思うのも束の間だった。

夜闇の中とは言え長い間光も無くそこにいた昼夜達が何も見えないという事はなかった。

男と思われるそのシルエットをぼんやりと視認しながら、その行き先を一歩、また一歩と落とし穴目がけて進む男に昼夜達の視線は一心となった。

犯人の男はどこかフラフラとした足取りをしながら、まるでどこに何があるのかも分からないと言った感じの雰囲気で辺りを見渡していたが、唐突にそれは鳴り響いた。

「おあああ!!」

間抜けな男の声にその直後に響いた物音。そして鳴り響くブザー音。そう。男が落とし穴に落ちた証拠となる為に仕込んでおいた衝撃で鳴るタイプの防犯用ブザーである。穴の底に置いてあったブザーを犯人が落下と同時に踏みつけたのだろう。

まさかこうもあっさりとあんな落とし穴に引っかかるとは、と、そして本当に現れた謎の男に驚きを隠せないままも、昼夜達は行動にでていていた。

落とし穴に足を取られその腰の部分までが土中に埋もれる男目がけ、懐中電灯を点灯させ疾走するのだった。

犯人を目の前に第一声をなんと発言すればいいのだろうと、昼夜自身おぼつかない足取りでこずえの後について言ったが、段々をハッキリとしてくるシルエット、そして光が表わすその犯人の顔の輪郭が自分の知っている者と似ていると、そう思い始めた瞬間だった。

そんな疑問は一気に吹き飛んでいた。そう、なんと

「卓都!?」

昼夜がもつ懐中電灯に晒し出されていたのは落とし穴に腰まで埋もれた小空卓都こと博士と呼ばれる、かつての四教の四天王だった。

「……お前こんな所でなにやって……」

と昼夜は言葉を失うのだったが、何故か、その時昼夜は周囲の人間に目を走らせていた。それは特別確認しておきたいという事があったからではない。ただ直感的にそうした方が今後の役に立つのではないかと、そう思ったかである。だから、昼夜は二人の、いや、三人の人間の顔を見た。

こずえの得意気な笑みを、

卓都が浮かべる不可解な半笑いを、そして、

ヤヨイが見せた醜悪な微笑を、

昼夜はそれぞれ確認し、何故かこの場に存在する空気が気持ち悪いと、そう思ったのだった。


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