2・5
「なるほど」
守隠し計画の詳細を聞き終えたヤヨイの感想はただその一言だけであった。本来であるならばこずえが何故そのような極端とも言える結論に行きついてしまったのか疑問を抱くはずのタイミングで彼女はその権利を放棄するかのようにそう頷いていた。しかしそれはただの理解にしか留まらない、得心を納める、つまり納得までとはいかない認識をしただけの一言に過ぎなかったのだが、それにしても、と、昼夜は五年ぶりに遇った深澤ヤヨイに疑問を抱かずにはいられなかった。
上野にて再会した三人はとりあえず今日の所は解散しようという流れとなりそのまま昼夜とこずえはヤヨイと上野の駅にて別れを告げるのだったが、当然、その家路へと辿る帰り道の中、人ごみにまみれた電車内で昼夜は疑問をこずえへとぶつけていた。
「なんで喋ったんだよ?」
それは至極当然の疑問だった。しかしこずえはその至極当然な疑問に、至極当然に答えていた。
「だって本当にそう思ったんだもん」
通り過ぎる雑然とした風景を眺めながらこずえは言った。
「ヤヨイちゃんなら私達に無い知識と考えを計画に落とし込んでくれそうだし、それに物部君の言う関係者を増やす事に対するリスクっていうのも、ヤヨイちゃんの能力を加味すればリスクにはならないんじゃないかって。単純に言えばメリットとデメリットを天秤に乗せて測ってみたら案外メリットの方が大きかっただけ。それに」
こずえは付け加えるように、そしてそれが一番重きを置いた理由であるかのように、言った。
「誠意を見せたかったの。っていうか見せなきゃいけない場面だと思った」
「誠意?」
「そう誠意。言っとくけど精意じゃないよ」
誰も求めていない上手くもないボケに昼夜は無視を敢行しながらこずえから言葉を手繰り寄せた。
「ヤヨイちゃんがどういう意図で私達にあの話しをしてくれたのかは分からないけど、あれだけの人に聞かれたくないような話しをされたからには、こっちもそれなりの情報の対価を支払うべきじゃない?」
「どういう意図でって、実際あの話しを聞きだしたのは千駄木だろ? それをどういう意図かなんて言うべきじゃないと思うけどな。それよりもあの話しだってどこまで本当か分からない可能性だってあるじゃないか。ただの口からの出まかせの可能性だってあるだろ」
昼夜の言葉にこずえは意外にもすんなりと頷いた。まるでこの会話すらが予測済みであったかのように。
「それはそうかもしれないけど、私達にそれを確認する術は無い。でも一つだけ言える事があるじゃん」
こずえは一度口を閉ざしてから、再び開口した。
「ヤヨイちゃんはあそこにいた」
あそこ。それはつまりマエストロ桂子の占いの館。
「何かがなきゃ一介の高校生があんな高級占い店になんていかないよ。もしあの話しがウソだとしてもヤヨイちゃんが何か悩みを抱えているのは事実。それだけでも分かれば充分じゃん」
「充分って、千駄木、お前まさかこの期に及んで深澤の悩みを解決しようとか思ってんじゃねえだろうな」
「それはないよ」
こずえはあっさりと言う。
「他人の悩みなんて他人が解決出来る訳ないもん。結局悩みなんて個人的な問題だし、殆どが自己認識から来る病気みたいなもんじゃん。でも普通の病気なら薬で治せるけど、悩みに外用薬や内服薬は無いんだもん。結局は自分次第。私がどうこうしようがヤヨイちゃんには一切関係ないよ。でも」
それはまるで占い師のような、マエストロ桂子を彷彿とさせるかのような口調だった。瞬間的に昼夜はマエストロ桂子がこずえを占いの道へと誘っていた事を思いだしていた。
「私はヤヨイちゃんのあの話しを信じてる派だからそう思えるんだろうけど、多分ヤヨイちゃんがこれからやろうとしてる事に、私達の事が絡められている気がするんだよね。っていうか上手くこれを利用してやろうって感じの魂胆があるような、そんな感じ」
昼夜はこずえの言っている事の意味が分からなかった。一体何を指してヤヨイがこずえの守隠し計画を利用しようとしているのか、さっぱりわからない。
「やろうとしている事……」
しかしこずえは昼夜の疑問にハッキリとは答えなかった。
「多分自分の子供の、まあ子供はもう堕ろしちゃってるか、流産しちゃってるみたいだけど、その父親を断定出来た訳だから、きっとその先の事だろうね」
だからその先が一体何だと言うのだ、と昼夜はこずえに質問をしたのだがこずえはハッキリとは答えてくれなかった。というよりも私だって知らないし、と途端に何も分からない少女を気取るかのような口調になって、これでおしまいとばかりに最期に一言放ってその話題を終結させるのだった。
「まあ私の予測が遇っているとするならば、私達の計画に関わってメリットがあると思う要因がその先とリンクしているのかもしれないね」
それはまるで今後の何かを暗示するかのような、占いめいた言葉に昼夜は聞こえた。
「もしかしたら私達の外側にいる、今の所計画とは関係の無い人間を対象としているのかもしれないけど」
昼夜は最期の最期まで意味が分からないまま電車に揺られるしかなかった。
そして地元の日野町へと帰ってきた昼夜とこずえはそのままそれぞれの帰路に立った。
こずえは寄る所があるから、と言ってこの一年間で見慣れた直接家に帰る事のないプチ家出少女のような雰囲気を纏いながら夕日の彼方へと消えた。
「じゃあ明後日ね」
こずえが見せる背中に何も感じる事が出来ない昼夜が、そもそもこずえは今日、何を占ってもらいたかったんだろうと、疑問に思いながら帰路につくのだった。
そしてこずえが最期に発した明後日となるまでの時間の流れ方は異常なまでに急速だった。
日野駅のいつものファストフード店で待ち合わせをした昼夜とこずえ。そして数十分の遅れとともに現れたのは深澤ヤヨイだった。
そうこれはヤヨイを含めて行われる最初で最期の守隠し計画立案会議だった。
「で? 実際具体的にはどうする訳?」
開口一番でその具体的内容を問いただしてきたヤヨイに対して説明を行ったのは昼夜だった。こずえは昼夜の隣りで最近新発売となった新たなるスイーツ商品を口にしながら黙っていた。
山中黙殺生き埋め事件
そう称する事に決定していた守隠し計画の具体的な内容を話す昼夜を余所に、ヤヨイは少なからず何か思う事があったのか、どことなく何か言いたそうな、まるでそのプランに存在している穴を看破しているかのような表情をしながら話しを聞いていた。
しかし実際ヤヨイは何一つ口をはさむ事はしなかった。たった一つだけの要求を除いて。
「私達だけじゃその計画は無理そうね」
ヤヨイはまるで実際にその計画を実施した経験者のように言った。
「少なくともあと一人、出来るなら男の人がいないと成功はしないわ」
断言と言ってもいい物言いだった。
しかしその言葉に昼夜が首を縦に振る事は出来なかった。
「いや」
短い否定を露わす単語の中に固い拒絶の意があったのはヤヨイに伝わっていた事だろう。だが昼夜は敢えてそれを口に出し、頑なな姿勢を誇示していた。
「人数は出来るだけ最少限で行く。確かに人出があるに越した事は無いけど、成功したその後に秘密を知る人間が多ければ多いほど情報を秘匿するのは難しくなる。だからこれ以上人数を増やす気はない」
と断固たる決意で昼夜はそう言ってのけるのだったがヤヨイもそう簡単には折れない鋼の心を誇示してきた。
「私の言っている意味をどうやらはき違えているようだけど」
彼女はそう前置きして言い放った。
「私が言いたいのは人出が多いに越したことではない、レベルの話しでは無くて明らかにさっき話したプランの内容を実行するには人が足りないと言ってるの。さっき物部は最小の人数だけでいきたいと言っていたけど、冷静に考えてその生き埋め殺人、最少の人数すら満たしていないのよ? このままじゃ確実に失敗に終わるわ」
失敗?
ヤヨイの直接的なダメだしに昼夜は眉をひそめた。そして黙っていられなくなる。
「なんでそんな事が言えるんだよ?」
昼夜は自分自身、何故こんなにも熱くなっているのか分からなかった。
「さっきも説明したと思うけど、このプランは眠っている千駄木を土の中に入れて埋めるだけの作戦だぞ。穴なんて事前にほっておけばいいだけの話しだし、こずえを入れて土を戻すのだってそれほど大した作業じゃ――」
「随分と悠長な事を言っていられるわね」
ヤヨイは颯爽と言い切る。
「少なくともこれは誰かを貶める為に掘る落とし穴じゃないのよ。生きた人間をそのまま埋めて永久に掘り起こされないように隠す為の穴掘りなの。そうなると少なくとも深さは三メートル以上、いえ、もっと堅実性をとるなら四メートル以上の深さの穴が必要だし、こずえの身長と横幅分、それ以上の面積の穴を掘らなきゃいけないという事を認識している訳?」
ヤヨイの言葉に説得力がない訳では無かった。昼夜は実際にそれ程の穴を掘った事がないから何とも言えないが、とその前提を元になんとかなるだろうと楽観的な見解を持っていたのだが、その甘さはものの見事に看破されていたようだった。
「それに四メートル級の穴を掘るには掘り返した土を整理しておく為にいくつものバケツが必要だし土の性質によっては粘土質だったり石が多かったりで、一日かけても終わらないケースだってあるわ。それをあなた達は三人で、しかも一日の内に穴を掘って人を埋めて何事も無かったかのように地面を慣らすって言うの? しかも山の中の木の根が張り巡らされた厄介極まりない土を?」
ヤヨイの言っている事は最も過ぎた。そしてマトモ過ぎた。だからこそ昼夜に反論の余地は無かった。しかし、だけどだった。それでも譲れない部分はあった。
「わかった」
昼夜は頷いていた。しかし直後に、条件を出すのだった。
「このプランについては深澤が全面的に仕切ってくれてもいい。というか頼む。多分俺と千駄木だけじゃ無理だ。考えが甘かったよ。だけどだ」
昼夜は言った。
「もうこれ以上関係者を増やすのはなしだ」
その言葉にヤヨイが嫌味を当てつけるのは最もな感想でもあったのかもしれない。
「その超安全策が裏目に出なければいいけどね」
隣りで傍観者のようにスイーツへと手を出していたこずえが最期にまとめるのだった。
「じゃ買い物に行こっか」
という事で翌日。
昼夜達三人は日曜大工用品を総合的に扱っているディスカントショップへと繰り出し穴掘りに必要な専門的物品を漁っていた。
結局の所話しの落とし所は一週間という時間をかけて少しずつ穴を掘っていこうという、高校生として享受する事の出来る数少ない貴重な夏休みを穴掘りに一週間も浪費するという、とてつもない徒労感を味わう事となるプランへと変更を余儀なくされた。
更に言えばその一週間をかけて行う作業の後に待っているものが達成感や感動といった類の物ではなく確実に訪れるであろう虚無感である事を知っていた昼夜が、こずえとヤヨイという確実に世の男子達から可愛い、或いは綺麗と分類される女子二人をはべらしての買い物だというのに気分が乗らないのも仕方の無い事だったのかもしれなかった。
「まず確実に必要なのはシャベルね。値段は確実に一万円以上の物を買う事。それに力を上手く利用する為に足をかける部分がシッカリした物を買うべき。物部、あなたにあらかじめ言っておくけど園芸用スコップなんて買ったらそれで目玉をくりぬいてやるから。ああ、それと」
等々、何故ヤヨイがそれほどまでに穴掘りに対して知識が豊富なのか疑問を抱かずにはいられない昼夜だったが、そんな質問をしている暇もなく昼夜達一行は余りに余った守隠し計画運営資金を惜しげもなく使った。(上野で占いをしてもらった時点で残金は百二十万程であり、穴掘り用具を購入しても残りは百万程である)
「物部君みてみて。これすごいね」
等と一人呑気な事を言っているこずえを余所に、昼夜はヤヨイ指導の下、人間を生き埋めにするに必要と思われる物品を大枚はたいて購入していった。
結果的に購入した物を羅列するとこうなる。
まず土を掘り返す主戦力となるステンレス製シャベル十本。固い地面、或いは岩に直面した時活躍するであろうツルハシ五本。穴を簡単に開けると称される穴掘り器、スパイラルボーダー三本。更には電動スコップを五本購入し、掘り返した土を整理しておくバケツ三十個に、バケツ三十個では足りない事を想定しリヤカーを二台。
計三十万円以上を超す壮大な穴掘りチャレンジの為に昼夜とこずえの一年の内の数カ月の結晶はあっという間に消え去っていた。
そして当然ではあるが、それらを購入したはいいが実際に現場へと全ての道具を持っていける訳もなく、都度通う際に各々現場へと道具を各自持っていくというスタイルが考案された為か、こずえが生き埋めとされる現場になる山は思いの外近くの、日野町外れにある三星山という小ぶりで誰も登らないような、というよりも整地されてさえいない山のふもとから少し昇った辺りの誰も通らないであろう林の中と決まった。
当然リヤカーやバケツ、ツルハシはその場に置きシャベルを片手にえっちらおっちらとエセハイキング気分を味わいながらの登山となるのだったが、それもきっと数日と立たず疲労感とふくらはぎの筋肉痛との戦いとなり最終的には自分自身を見つめ直すまるで苦行を行う僧侶のような心境でのハイキングとなるのだろうなと、そう確信を抱いて辿りついた三星山麓、林の中である。
八月の十八日。山中黙殺生き埋め事件の実行初日、つまり記念すべき初堀の日を迎える。
「ここら辺でいいだろ」
昼夜が両手で支える二台重ねたリヤカーをドスンと茶色の乾いた地面へと落とした。リヤカーの中には人数分のシャベルとツルハシが二本。そしてこずえとヤヨイはバケツを五個ずつ。
明らかに拭いきれない不公平感を昼夜が自身の胸の内でぬぐい去る事は出来なかったがこの二人の女子を目の前に口応えなどしたら倍率のピントが狂ったカウンターが飛んでくる事は間違いなしだと判別していたので何も言わずシャベルを二人に渡すのだった。
「んで? さっそく掘り始めればいいのか?」
三星山麓の半ばにある林の中はそれほどの勾配はなくなだらかな、比較的平地と呼んでもいいだろう平らな地面が続いていた。周囲に生えている木々も乱雑に生い茂っているというよりも等間隔に、まるで並べられて植えられたかのような錯覚を思わせるほどに適度な感覚で生えていた。当然地面は草で生い茂ってはいるのだが、その中でも草があまり生えていない茶色の面積の多い場所を選定しての、昼夜の発言だった。
「そうね。やっぱりここら辺がベストかしら」
ヤヨイは辺りを見渡してから頷いた。
「他はどこも雑草で埋まってるし、草のある部分を掘り返すのは厄介なのよね。それに掘り返して埋めた後どうしたって違和感が出るし」
となるとやはり、
「じゃあここが私の最期を迎える場所になるわけだね」
こずえが言い放つブラックジョークとも言えない言葉に昼夜は凍りつくしか無かったのだが、ヤヨイはそれを物ともしない。
「随分エコロジーな最期よね。死んでそのまま土に分解されるんだから。きっとバクテリアさん達も大喜びよ。ごちそう間違いなしね」
「ものの見事に食物連鎖の輪に還る訳だ。人間も結局は動物って事なんだね。なんだか生命の無情さって言うのを今になって感じるよ。諸行無常の鐘が鳴るなんて一節が古典にあったけど、正にあの気分だね」
「まあその気分もあと一週間で終わりだけどね」
この二人は本当に友人と称されるべき存在なのだろうかと、昼夜は二人のやりとりを横目で見ながら疑問に思った。だがそんな疑問など穴を掘る作業に対して何のプラス効果になる訳がない事も承知していた昼夜はシャベルを手に取り、比較的柔らかそうな土に対してその先端を食い込ませるのだった。
穴を掘るという作業はどことなく考えるという行動に似ているな、と昼夜はまるで奈落へと続く死への階段を掘り起こす死刑執行人のような気持ちになりながらそう思っていた。
シャベルを地面へと突き刺し土を掘り返す作業が思考と言う名の記憶と感情を喚起させて思いを深める作業と似ているような気がしてならなかった。
地面を掘れば掘る程、土が昼夜の周りに聳え身動きがとりにくくなり代わりに見えてくるのは掘り上げた結果となる深く闇に続く穴だった。
これは思考と同じ原理なのではないだろうか? と昼夜は一連のルーティンワークとなりつつある、突き刺し、掘り返し、土を周囲へと置く作業を繰り返しながら、まるで催眠術にかかったかのように錯覚する。
物事を見返しそれについて深く思考を繰り返すたびに出てくる物は情報の産物と自分の思いであり、そしてその見返りに得られるのは自分自身の中で真理として得られる思考の深化なのではないかと、その掘り続ける穴を見ながら思う。そして周りに堆積された土が思考の深化によって生まれた情報と思いの産物なのだとしたら、人間の思考とは決して深化を遂げればそれでいいという一方的な物の見方も出来ないのだろうなと、昼夜は思った。
身動きが取れないとはこの事なのだろう。堆積された土に囲まれた昼夜が思うに、それは思考という名の鎖でがんじがらめにされた囚人のような物でもあった。穴を掘れば掘るほど、考えれば考えるほど、その身体は重くなり行き先を見失ってその場で座り込んでしまう。まるでロダンの考える人を彷彿とさせるかのように、思考は静を露わしており、動を否定する為の内面的な能動行動に思えて仕方がなかった。
そしてそんな思考を繰り返し覚える中で、昼夜は対面でシャベルを駆り地面を掘るこずえを見つめる。
思考の深化というのなら恐らくこずえの右に出る者はいないのだろうという、そんな認識があった。それは彼女が凄すぎる要因につく根本的な原因だし、何より周囲から疎まれる最大の根源ともなった。そして彼女は深化の先に死を迎え入れる事を決意した訳だが、昼夜は思う。
何故彼女は行動をする事が出来たのだろうと。深化の先にある物が束縛を有すると彼女ならしっており、それが死に直結する物だと判別した時、普通ならその場で身動きは出来なくなる物だ。しかし彼女は今、地面を掘り続けている。まるで自分の棺桶を精一杯、満身を込めて制作しているみたいに、生き生きと。
わからない。
昼夜は思った。心底、心の奥底から思った。
こずえの考えている事が分からないと、本気で思った。
「なあ」
そしてその疑問はなんのてらいもなく真っ直ぐ放たれていた。
久々に響いた言葉に黙々と作業していたこずえが汗を拭いながら顔を上げる。
「どしたの?」
一方ヤヨイは特に気にした様子もなくシャベルを酷使し続けていた。その光景はまるで聞く耳を敢えて持たない事を決意したかのような賢人を思わせる真摯さを瞳に宿し、それをまだ一メートルにすら達しない奈落の底へと向けていた。
昼夜はシンプルに口を開いた。
「どうしてそこまで積極的になれるんだよ?」
「……?」
こずえが話しが見えてこないと目をパチクリさせながら首を傾げたので昼夜は付けくわえた。
「死ぬことに対して……いや」
それは違うと、昼夜はそう思い言いなおした。
「考えた結果を行動に移す事だよ」
二人の手が止まりかけたのを察知したヤヨイはその綺麗に縁取られた瞳をナイフのように鋭く尖らせ昼夜とこずえを威嚇してきた。当然二人の手が油を挿された工業用掘削機のように動く。
「いや、普通に考えてそうだろ?」
それでも昼夜は口を閉ざす事はなかった。
「よくこの先どうすればいいのか分からない時はその頭を使って考えろ、なんて言うじゃん。考えなきゃどうすればいいのか分からないし動きようもないのは分かってるんだけどさ、でも俺はそれ逆なんじゃないかなって思うんだよ。だって考えれば考えるほど思った事は深く掘り返されてって、何も見えなかった道から一気に無数の、数えきれない道が出てくるだろ? 場合によって深く掘り過ぎて穴から出てこれなくなる事だってあるし、掘り起こした道が多すぎてもうどこに行けばいいのか分からなくなる時だってあるじゃん。俺はそれが普通なんだと思うけど、どうして千駄木は――」
「死ぬことを選択してそれを積極的に実施しようと行動できるのか?」
物の見事な正解にこずえは少し得意気な顔だったが、昼夜は驚かない。こんなのはこずえの能力からしてみればなんて事は無いのだ。
「なるほど。物部君は穴を掘っている最中そんな事を考えていたんだね。穴掘りと思考の深化をかけてちょっと知的なダジャレを言ってみたかったわけだ。なんとなく気持ちは分からないではないけど、物部君。昔から知ってはいたけどキミ、あんまりユーモアのセンスはないね」
「そんな事を聞きたくて言った訳じゃない」
昼夜はバッサリと言いきった。セミの鳴き声がうるさい真夏の山の中で、深呼吸をしてから再び事の葉を発する。
「だから俺が言いたいのは、千駄木、お前のその守隠し計画は考えた結果出て来た答えなんだろ? しかもその道は超極細で一本の綱みたいなもんだ。それをよくお前は選択して能動的に動く事が出来るなって、俺はそういう事が言いたくて――」
「別に能動的なんかじゃないよ」
こずえは言い切った。それも有無を言わさぬ雰囲気を纏いながらだ。さすがに昼夜もこの言葉には立ちいる事が出来なかった。
「私は思いっきり受動的だよ。それこそ自分からは何一つ動いていない。まあ強いてあげるとするならば最初の一歩だけ、その足を踏み出しただけだよ。だから何てことない。そこまで凄くなんかないんだよ」
「でも」
昼夜は納得できずにいった。それでは今のこの状況はなんだと。
「実際お前は俺達を巻き込んでここでこうして、穴を掘っている。それはお前が能動的に動いた結果なんじゃないのか? だから俺達は今こうして――」
「違うよ」
こずえはシャベルを駆るその手を止め、真っ直ぐ昼夜を見つめながら言った。まるで何かにとりつかれた霊媒師のように、雰囲気を一変させて。
「私は物部君を利用してるだけだよ」
それが一体何を意味しているのか、昼夜が思いだすには容易な一言だった。この一年間ですっかり忘れそうになっていた言葉。つまり
「復讐」
こずえは淡々と言う。
「私が昔好きだった物部君に裏切られた、物部君に対する復讐。私は復讐心を利用して、物部君を利用して、私自身を殺そうとしているの。全然能動的なんかじゃない。それは間逆の答えだよ物部君」
こずえはそう言った後、表情をコロっと切り替えてウインクをしながら言った。
「忘れないでね」
一体何が忘れないでなのか、その忘れないでの意味をどう受け止めればいいのか、昼夜は恐ろしくて考えるのを放棄した。と、ここで逆にこずえが質問をしてくる。
「ていうかさ物部君。さっき言ってた考えれば考えるほど動けなくなるって奴、まあ的を得てない事もないけど、物部君的にはどうなの? その、昨今の困った時の常套句みたいなのになってる『どうしたらいいのか分からない時は自分の頭で考えろ』って奴、その事についてどう思ってる訳?」
こずえの予期していなかった切り返しに昼夜は若干の戸惑いを見せた。正直な所、こずえに自分自身の考えを披露するのはどうしてもその思考力を推し量られている感覚になってしまう昼夜にしてみれば当然避けたい物ではあったのだが、しかし自分から振った話題の手前、そのような事は言えなかった。
「俺は、何も考えない方がいいとは思わないよ。でも、考え過ぎもよくないと思う」
何とも当たり障りの無い答えが出て来た事に自分自身の知性の浅はかさを悔いたくなるのだったが、それでも言葉は紡がなくてはいけなかった。
「っていうかそもそもどうしていいのかわからないって言ってるヤツに対して自分の頭で考えろっていうのも、何となく論理的に矛盾しているような気がしないでもないんだけど、それでも考え過ぎはよくないし、全く考えないのもよくないと思う。……まあ要するに――」
「さっさと手を動かせって事ね」
とここでヤヨイの不機嫌な声が割って入ってきた。
「お互い自分の考えを主張し合ってる所悪いんだけど、傍から聞いててとてつもなくどうでもいいその話題をいい加減切りあげてくれないかしら。じゃないと今掘っている穴の深度が倍の深さに達してしまう恐れがあるんだけど、物部はそれがお望みかしら?」
冗談にしてはいささかきつ過ぎるヤヨイのブラックジョークが昼夜とヤヨイの止まっていた手を動かすには充分な原動力となる事は明らかだった。昼夜とこずえは互いに、
悪かったよ
ごめんごめん
と一方はぶっきらぼうに、もう一方は可愛らしい笑顔で、そう言って再び作業に戻るのだった。
しかしその後続けられた作業の中でも、昼夜は考えずにはいられなかった。何故こずえがこの選択肢を選んだのか、選んで実行してしまったのか。
それは確かに自分に対する復讐もあるのだろうと、納得は出来た。かつて好きだったと言う布石を打たれてしまえば充分に自分がしてしまった事はその相手を傷つけた事になるのだろうと、言い方は悪いかもしれないが逆恨みへと転化してもおかしくない感情である事は分かっていた。
しかしもう一方である、最初の根源的な原因へと目を向けてみればやはり疑問はあった。
思考を連ねれば見えてくる筈であろう無数のルートの中で、何故このような細い道を選び取ったのか、選択してしまったのか、その疑問は未だに払拭する事が出来なかった。
「……なあ千駄木」
手を止める事なく昼夜は口を開き、再びとなる意味合いの違った質問をこずえへと向けていた。
「なんでお前、この選択肢を選んだんだよ」
思考と共に生まれる無数の選択肢の中、こずえの脳味噌から捻りだされる道は無限にも思えた。普通の人間と違う回路を持ったこずえが、もっとより良い答えを、道を見つける事は出来なかったのだろうかと。しかし、こずえはあっけらかんと、簡単に言うのだった。
「選ぶ必要なんかなかったんだよ」
それはある意味、彼女が異人として周囲から認知されている根幹の欠片を見せつけられたかのような、そんなワンシーンだった。
「だって私の中で生まれたのはたった一本の、ぶっといレールだけだったんだもん」
その隣りでヤヨイは無言のまま棺となるべき穴を掘り続けていた。




